東部にて 5
迎えの飛行戦艦はすでに王都からやってきていた。コークスはその艦が『サウダージア三世』でない事に若干がっかりしたようで、ほんの少し背中を丸めたまま乗り込んで行った。すっかり打ち解けた司令官補佐と握手したフィリップは、辺りを見回してあの青年将校を探したが、彼の姿はなかった。司令官補佐にそれとなく尋ねてみると、彼はまた汗を拭いて詫びた。
「申し訳ごぜぇません、午後から非番でして」
「いえ、宜しく伝えておいて下さい。色々助かった、と」
そう言って敬礼し、答礼を返された後に飛行戦艦に乗り込み、まっすぐ士官用の部屋に入るなり、フィリップは部屋の隅にあった狭いベッドに腰かけた。
「すまない、少し疲れたから、一人にしてくれないか」
着いて来たレイムズとコークスにそう告げると、レイムズがコーヒーの入ったポットを、コークスがカップと角砂糖の袋をテーブルに置いて、一礼して出て行った。動揺しながら飛び立つ飛行戦艦の重いプロペラ音を耳にしながら、フィリップはぎゅっと目を閉じた。
本当は眠ろうとしていたのだが、プロペラの音と振動で次第に目が冴えてきて、彼はのろのろと起き上がり、ポットから熱いコーヒーをカップに注いで、角砂糖を二つ取り出して放り込み、かき混ぜないで飲んだ。それからベッドに戻って、何の気無しに横になった。
東部であった色々な事が、彼の頭の中を巡った。ローズロット城、小部屋、襲撃、それからローズロット村での老人の話、赤毛。ラウラは赤毛の魔女だ、と言った老人の暗い目を思い出して、彼は思わず身震いした。
気がついたらベッドの隅で丸くなっていた。まるで子供だ、とフィリップは思って、少し恥ずかしくなった。ベッドの端に座ってもう一杯コーヒーを飲み、軍服の襟と裾を正して、大きく深呼吸した。
様子を見にレイムズとコークスが現れた時、彼は部屋に備え付けられたタイプライターのカバーを外し、自分の人差し指とキーとを交互に睨みながら、何かをたどたどしく打っていた。
「中佐ぁ、もうよろしいんですかぁ?」
「ああ」
遠慮がちなレイムズの声に、フィリップは頭を上げて答える。安心した風のコークスが、数枚の書類をテーブルに置いた。
「巡察の報告書の梗概をお持ちしました。サインを頂ければ、後は我々が」
「ああ、すまない」
フィリップは万年筆を受け取って、ざっと目を通し、署名欄にサインした。
「これで頼む」
「了解しました。……中佐殿は、何を書いていらっしゃるのですか?」
コークスがタイプした書類を覗き込む。そして、難しい顔をした。
「ラウラ嬢の件ですか」
「ああ」
フィリップが打っていたのは、彼が東部で体験した事の箇条書きだった。レイムズがそれをひょいと取り上げ、読み上げる。
「一、ローズロット城の伝説。ラウラの状況と酷似。
二、ローズロット城の小部屋。ラウラが生活していたと推定。
三、同小部屋にて襲撃を受ける。犯人不明。
四、村にて「魔女」の噂を聞く。シェリルの話を裏付ける。
五、同村にて赤毛赤目の女性複数と遭遇。村には多いとの事」
「なるほど、これらは関係ありそうですな」
コークスがうんうんと頷いた。フィリップはタイプライターにカバーをかけながら、間延びしないレイムズの声に何となく違和感を覚えていた。こちらの方が正しいのは分かっているが、何より「いつも通り」ではない。
「でもぉ、結局ラウラちゃん個人の事って分かんなかったですよねぇ」
レイムズがいつもの調子でそう言って、紙をひらひら振った。
「小部屋の件もぉ、彼女が住んでたっていうはっきりした証拠はありませんでしたしぃ?」
「赤い髪の毛が落ちていたではないですか」
コークスが言うと、レイムズは首を振った。
「村にあんなに赤毛の人がいたらぁ、証拠としては弱いわよぅ」
「……まあ、確かに」
「『魔女』の件だってぇ、ラウラちゃんが『魔女』だって言われたんじゃなくてぇ、ラウラって名前の『魔女』がいるって話だけだったしぃ、同名異人って可能性もあるわよぅ」
「……そうでしたな」
彼女は意気消沈したコークスの肩を鹿爪らしく叩いて、それからフィリップに向き直った。ちょっとだけ、得意げだ。
「写真でも持っていくんでしたねぇ、中佐ぁ」
「そうだったな」
そう返した上司の無表情が少し曇ったのを感じ取ったのか、彼女は慌てて両手をぶんぶん振り回した。
「で、でもぉ、少なくとも『魔女』がラウラって名前なのは分かったじゃないですかぁ。もし彼女があそこから助け出されたんならぁ、つまり現在『魔女』扱いされてるのはラウラちゃんってことですよぅ」
「……あれ?」
コークスが眉をひそめて呟いたのを、フィリップは聞き逃さなかった。
「どうした」
「いえ、ちょっとした疑問が」
「なんだ」
「……ローズロット村の人たちは、ええと、アルモント夫人ですか? 彼女がラウラ嬢を助けた事については一言も言っていませんでした。何故でしょうか」
「あたし達も言わなかったしぃ、知らなかったんじゃないのぉ?」
レイムズが首を傾げながら言ったが、コークスの眉は元に戻らない。
「いえ、誰かがアルモント夫人にラウラ嬢の存在を喋っているはずです。そうでないとアルモント夫人の話と合いません。そして、あんな小さな村で、村中で畏怖されている『魔女』に関する重大な話を、我々が来るまでにそれなりの期間があったにも関わらず、村人全体が把握していないという事はあるのでしょうか? 自分はやはり、彼らは何かを隠しているような気がします」
「一理あるな」
フィリップはあの老人との会話を思い出しながら答えた。コークスは眉をひそめたまま、心配そうな顔で続ける。
「……それから、もう一つ。その、これは疑問というよりは自分の個人的な感想なのですが」
「言ってくれ」
「変な言い方になってしまいますが、普通『魔女』は討伐されるものじゃないですか。いえ、ラウラ嬢が『魔女』だと決まったわけではないですし、彼女が討伐されるべきだとも思っておりませんが」
コークスはそう言って顎に手をやり、下唇を噛んで、それから不安気にフィリップを見た。
「何となく不自然な気がするのです。普通、村の目と鼻の先にいる『魔女』を放っておくでしょうか? 自分なら、その、何らかの対処をすると思うのです。大昔は良くあったと聞いております」
「魔女狩り、って奴ぅ?」
レイムズは嫌そうな顔で言い、それから憤然と胸を反らした。
「ラウラちゃんみたいな可愛いコにぃ、そんな事いけませんよぅ!」
「……彼女が、村に手を出してなかったからじゃないのか」
フィリップは無視した。コークスはむっとしているレイムズと無表情のフィリップを、物凄く困ったような顔で見比べて、そしてようやく口を開いた。
「それでは現在も『魔女』扱いされている理由が分かりません。何もしないのに恐れられる事があるでしょうか? もし恐れられているとしても、何故彼女は『魔女』なのでしょうか? ……というのが自分の疑問です」
フィリップは答える事が出来なかった。レイムズも黙りこくっている。コークスも黙ってしまって、結局乗艦が王都に着き、地上に降り立つまで、三人とも険しい表情のままだった。
枯竹四手です。宜しくお願いします。
連載14話目の投稿となります。
長らく中断していました。申し訳無いです。
また前のペースに戻せるよう頑張ります。




