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事件は紅茶と共に  作者: 枯竹四手
東部にて
12/27

東部にて 3

 結局、今日も良く眠れなかった彼は早起きして、その日の午前に予定されていた艦隊演習を見学する事にした。まず本営内を案内する予定だったらしい司令官補佐の将校は、大いに慌てた。

「いんえ、見てもらいたくねぇわけではねぇんですけれども」

 慌てると訛りと汗が出るらしく、彼はまたハンカチで額を拭っている。

「東部本営の艦隊は精強揃いだと聞いています。総司令部へ実際のところを伝えたいのです」

「はぁ、了解しました」

 司令官補佐はそう言って頭を下げ、一時間後にはフィリップは軍帽をかぶり、まだ寝ぼけ眼のレイムズと緊張で眠れなかったらしいコークスと共に、東部本営旗艦の艦橋に乗り込んだ。

「おはようございます」

 後ろから声をかけられたので振り向くと、昨日車を運転していた青年将校だった。彼もあまり眠れなかったらしく、青白い顔をしている。

「昨日はすまなかった」

「いえ、とんでもないです」

「……そう言えば、君はローズロット村の出身か?」

「いえ、違いますが」

 不審気な目つきを寄越す彼に曖昧な笑みを何とか作って浮かべ、フィリップは轟音と共に揺れて浮上を始めた飛行戦艦の外を眺めた。左舷の遥か遠くに、灰色の尖塔が見えた。

 横で艦隊についての説明を始めた青年将校の話を聞き流しながら、彼は昨日の事を反芻した。

 レイムズはああ言ったが、状況から鑑みて、ラウラはほぼ確実にあの小部屋に住んでいたはずだ。それでは、昨日古城で発砲してきた人物は、レオンのアパートメントで自分あるいはラウラを狙った人物と同一であるのか。

 可能性は限りなく高いが、確証はない。やはり、今は情報が少ない。

 今日ローズロット村に行けば、あるいは新情報が得られるだろう、と彼は考えた。城の裏手から伸びていた獣道のような通路は、恐らくあの村に向かっていたはずである。

「右舷各砲、榴弾装填!」

 先ほどまで汗を拭いていた司令官補佐のきびきびした声で、彼は現実に引き戻された。右舷に目をやると、目標用の無人気球が一列に浮いていた。

「主砲及び副砲諸元、目標右舷気球群! 斉射!」

 砲声が轟いて、飛行戦艦が大きく揺れた。高圧蒸気の力で発射され、空中で拡散した榴弾で気球は一つ残らず撃ち落とされ、炎を上げて墜落していった。観測員の明朗な大声が、全目標を撃墜した事を高らかに告げた。艦隊は鋭く回頭し、少し遠くに揚がった次の目標気球に、長射程の主砲塔が向けられる。

「主砲、徹甲弾装填! 発射!」

 司令官補佐の声をかき消して、重い砲声と共に解放された熱い蒸気が一瞬視界を隠し、すぐに晴れた。精密に計算された弾道が気球の中心を貫き、爆発を生んだのが双眼鏡無しでも良く見えた。

「実弾演習は今ので終了です。続いて艦隊運動演習を行います」

 また説明を始めた青年将校の言葉は、フィリップの耳にはほとんど入っていなかった。実弾演習は久しぶりで、耳鳴りがしていたのだ。

 彼の乗る旗艦は高度を下げ、演習場のほとんど地面まで降りた。彼らは上甲板に出て、整然と並んで航行する飛行戦艦の戦列を眺めた。

「見事な艦隊運動ですな、閣下」

 コークスが双眼鏡を覗きながら言うと、レイムズも頷いた。緊張気味だった司令官補佐は胸を張った。

「我が東部方面本営艦隊は、隣国との国境と樹海を挟んで接しておりますので、特に空中戦闘に備え常に最高の状態を保ち……」

 自慢げに説明する彼に上の空で相づちを打ちながら、フィリップは午後の事を考えていた。


 演習が終わり、東部本営に戻ったフィリップは、顔面の全力を挙げて微笑を浮かべ、司令官補佐と艦隊を褒め、それから集められた各艦の艦長と握手して、レイムズが書いた短い訓示を読み上げ、いつもの無表情と一緒に部屋に戻った。

 もう彼らの担当になっているらしいあの青年将校が部屋にやってくると、フィリップは開口一番ローズロット村について尋ねた。

「あの村は、ローズロット城の裏手にあるんだな?」

「はい、そうですが……」

「そこまで案内してもらえるか?」

「……何故です?」

 流石に怪しまれたらしく、青年将校は難しい顔をした。

「何も無い辺鄙な村ですよ? 軍の施設もありませんし、巡察する意味は無いかと思いますが」

 フィリップが答えあぐねていると、コークスが横で咳払いをした。

「実は、我々はただ東部本営の巡察に来たのではないのです」

「え?」

 訝しげな表情の将校に、コークスは人目をはばかるような仕草をして、それから小さく続けた。

「ローズロット村付近に隣国の諜報施設があるという情報があるのです。我々は上層部よりそれの調査を命じられておりまして、昨日ローズロット城を訪れたのもそれが理由なのです」

「そ、そうなんですか?」

 びっくりした顔の彼に、コークスは大儀そうに頷き、何か言おうとしたレイムズを片手でさりげなく制した。

「はい。ローズロット城には何もありませんでしたが、それはつまり村には何かあるかも知れないという事です。演習の時に中佐殿が貴方に出身をお尋ねしたのは、何か怪しい場所をご存知かも知れないと思っての事なのです」

「なるほど……。それは大変失礼しました」

 話の途中から安心したような顔になっていた青年将校は、深く頷いた。コークスも物々しい形相をして、それから少し残念そうな顔を作った。

「本当は土地勘のある貴方と一緒に行きたかったのですが、ここに勤務している以上、顔が割れている可能性もあります。我々は間違いなく顔が割れていないので、我々のみで調査に赴きます」

「大丈夫ですか?」

「我々も手だれですので。それに今回は予備調査のようなものですから、深入りはしません」

「そうですか……。もうローズロット城には行かれないのですか?」

「ええ、あそこには何も無いでしょう」

「了解しました」

 彼はぴしりと敬礼した。コークスは答礼し、それからまた声を潜めた。

「この件はどうぞご内密に。上層部しか知らない事ですし、確定的な情報でもないので、あまり混乱させたくありません」

「分かりました。玄関に蒸気車と地図を回しておきます」

「君」

 青年将校はぎくりとして立ち止まった。コークスとレイムズも、ぴたりと動きを止める。

 フィリップは、静かな表情を浮かべて将校を見ていた。

「……騙す気は無かった。すまない」

「い、いえ、とんでもないです」

 うわずった声で答えた青年将校が出て行くと、コークスはフィリップに勢い良く頭を下げた。

「申し訳ございません、処罰は如何様にも」

「……いや、構わない。よくやった」

 フィリップはそう言って、入り口近くのハンガーにかけてあったマントを取った。

「全て君の所為にするつもりだったのだろうが、そうはいかない」

 ぎくりとしたコークスに視線を送って、彼は部屋を出た。レイムズとコークスも慌てて後を追う。

「君が私やレイムズに喋らせようとしなかったのは、もし彼が誰かにこの件を伝えたとしても、君の独断専行の嘘に出来るからだ。違うか?」

 バツの悪そうな顔をしたコークスに、フィリップは歩きながら静かにそう言った。童顔の准尉は、肩を縮めた。

「……申し訳ございません、自分は、その」

「構わないと言った。が、次からは必ず私に言ってくれ」

「はっ!」

 立ち止まって敬礼したコークスを横目に、レイムズはのんびりと笑った。

「上司冥利に尽きますねぇ、中佐ぁ?」

「君もそうだ。どうやったかは聞かないが、仕事をすり替えてこの巡察を用意したのは君だろう。本当にありがたいが、あまり無理はするな。飛ばされでもしたら、私が困る」

 仕事面でもそうだし、あるいはコーヒーメイカーの扱いの点でもそうだ、と思い、フィリップは口元に手をやってみた。しかし、口角はいつもの様に平坦だった。自分の冗談では、この鉄仮面が動く事は無いらしい。

「……えへぇ、部下冥利に尽きますぅ」

 照れるレイムズと追ってきたコークスを従えて、フィリップは後部の煙突から熱い煙を吹き上げている蒸気車に乗り込んだ。

 枯竹四手です。宜しくお願いします。

 連載十二話目の投稿となります。


 この話で、文字数的には大体半分話が進んだ感じになります。

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