7 模擬戦3 撃破
相変わらず『風景召喚システム』によって召喚された森に立ちこもる、冬の朝に見られる靄のような霧。この霧は模擬戦が始まってからずっと浮かび続けており、陣夏のいら立ちを加速させて、苦い唾を口中に広がせる。
それに追い打ちをかけるように短くなっていく制限時間。既に残りは4分未満だ。ここでエレクを仕留め損ねると、胸に靄がかかったような気分になって胸糞悪くて仕方がない。
陣夏は周囲の霧を睨み、己の愚鈍さに思わず舌打ちをした。
彼はとても単純なことを見逃していた。陣夏、いや、この森を包み込む半透明な空気は、相変わらず不気味に漂い続け、肌をピリピリと刺すような感覚を陣夏に与え続けていた。
「……奴は面倒な『術式』を使うのか……」
陣夏は小さく呟き、大きく溜息をついた。その溜息の中には自分の愚鈍さに向けられたものも少なからず含まれている。陣夏は片手に握っている拳銃の中からマガジンを取り出し、残弾数を確認する。銃身に送られているのも含め、あまり残っていなかった。陣夏は思わず舌打ちをし、マガジンを元に戻す。
そのまま彼は彼の術式では上位に当たり、『鷹の目』を上回る、『鬼人の眼球』を発動した。
目を瞑った瞬間、脳裏に構築されてゆく、術式による地形、熱源、物体、風の流れ。その映像が瞼の裏に映し出され、再び陣夏は行動を開始する。湿った霧によって滑る足元など気にする暇は既になく、彼は佐是の流れの中心点と思しき場所を特定した。
この『鬼人の眼球』は彼の持つ術式の中では上位に当たり、『鷹の目』の『上位術式』。基本は『鷹の目』と同じで、地形を使用前に頭の中に叩き込んでおく必要がある。それに、この術式によって特定できる生命反応は熱源での『100%ではない不確定な物体』である。
が、この術式の最大の特徴は、体で感じる風の向きから、自分周辺の風向きの特定。
加えて構築された空間内の熱源と物体の熱源の比較によって特定できた、『自分のいる空間内で発生している風向きの特定』である。
『鬼人の眼球』によって瞼の裏に映し出された地形から、風がこの森の中央付近から発生しているのが確認できた。そして、そこに映る1つの熱源反応。
「やはりそうなのかよ……」
陣夏は自分で立てた推測に狂いはなかったことに対してイラつきを覚え、舌打ちをした。できれば外れてほしかったと内心で呟いた。
現在、森林中央付近に1つの反応。恐らくこれがエレク。その周りから渦のように噴き出る風。そして2つのやや大きな反応。この2つの反応がある場所は、舞花と大智がエレク側のチームの生徒と交戦しているのだろう。
陣夏は一般術に分類される『身体能力強化術』、いわゆる『身体強化術』を想像詠唱し、脚力を強化する。彼自身は強化しなくても早いのだが、今は時間が切羽詰っているのでさらに速度を速めるための措置を行った。陣夏は普段、この術式はあまり使用しない。『師匠』から『この術に頼りすぎるな』と脳内に刷り込まれているためだ。
故にこういう事態に陥った時、自分の想像以上の効果を発揮する。
強化しなくても早い速度が出せる陣夏に『身体強化術』を使用した場合、それは文字通り鬼に金棒だ。今の彼の速度には誰もが目を見張るだろう。車と速度を張り合えるくらいだ。
風を置き去りにして木々の隙間を駆け抜ける。
彼が通った後には、揺れる木々のみが彼が通過した名残として残って湿った風が吹き抜けていく。その速さには彼自身も驚きを隠せないでいて、思わず目を開いた。
脳内に構築されていた森林が掻き消え、視界に霧に包まれた森林が映った。目の前に入った木の幹を寸前で避け、完全に体勢を崩す。言うまでもなく、彼の速度は瞬く間に落ちてゆく。彼は急いで体勢を立て直すとともに地面を蹴った。
そのまま拳銃の対象に向けた。
舞花がエレク側のチームの女子生徒と対峙して1分ほど経った。周辺の木の幹にはペイントが付着しており、塗料の臭いが鼻の神経を刺激する。それとともに女子生徒からの鋭い視線が気を挟んで肌を刺す。2丁の銃で構え、木の陰から一瞬で飛び出す。
「さっきまでと一緒にしないで!」
彼女が雄叫びのように叫び、地面を蹴る。湿った地面にもかかわらず、滑ることはなかった。彼女は実習服の裾をはためかせながら森林の木々の間をすり抜けて、右手の銃口を動き回る対象に向ける。そして、トリガーを絞った。
拳銃が火を噴いたかわりに訪れたのは重々しい破裂音とともに腕を少々曲げる反動。
その反動に間を置かずに左手の銃口を右手と同じ方向に向けた。
セミ・オートマチック式の拳銃は空薬莢を排出して銃身に銃弾(ペイント弾)を装填される。地面に硬い音が響き渡ると同時に彼女はトリガーを引き、マガジンから少しずつ銃弾が消え失せていく。女子生徒も彼女と同じようにサブマシンガンのトリガーを絞って舞花を邀撃する。
空になった薬莢が湿って固くなった地面に落下し、再び何かに籠ったような音を放つ。だが、その音は重々しい破裂音に掻き消されて彼女たちの耳に届くことはない。
銃弾がマガジンの中から消え失せて、銃自体の重みが薄れる。
舞花の拳銃の残弾数は1。
舞花は中学の頃から使っていた銃の重みが変化したことを長年の勘で感じ取る。そこでトリガーを引く指を止め、そのままある『術式』を脳内詠唱した。
その内、刹那の時間だが舞花の2丁の銃のグリップの内部から眩しい光が放出された。その光は霧の立ちこもる中で淡くなり、薄れていく。
そして、彼女はトリガーに再び手をかけて連射を開始する。
トリガーを引き、本来ならスライドが引かれたままになっているはずの銃の姿がない。彼女はそんなことは気にもせずにトリガーを引く。
相手の女子生徒はマガジンの入れ替えを行わない彼女に驚きの表情を隠せないでいる。
が、何より、いつまでたっても弾が消えない、まるで弾が湧き出るように出てくるマガジンに驚倒していた。
それもそのはずだ。
舞花が先ほど詠唱した『術式』は召喚術に分類される『術』、『交換術式』。この術式はその名の通り、『交換を召喚術で行うための術式』である。対象の物体が『召喚術』で出された物であり、種類が同じであれば使用が可能である。
舞花はその術式を行使し、銃弾の装填を行ったのだった。
舞花と女子生徒は円を描くようにして、追い合っているような構図になっていた。銃弾が飛び交い、彼女たちの脇にあった木々に付着する。霧が濃いので敵の姿を識別しにくいが、彼女たちにとってそんなことは関係なかった。
ただ目の前にいる敵に意識を集中していたのだから。
舞花はそろそろ勝負を付けないとマズイと感じて口中に苦い唾が広がる。
残り時間はもう僅か。大智と陣夏はうまくやっているかは気になるところだが、今は自分のことに集中しなければならない。
そして舞花は腹を括って地面を大きく蹴った。
その行動に驚きの表情を隠せない女子生徒。その女子生徒は急いで舞花の脳天にサブマシンガンを向けた。だが、その時にはすでに口元で微かな笑みを浮かべている舞花の姿が目の前にあった。
「なっ……!!」
舞花は女子生徒に突っ込んでいった勢いのまま詰め寄り、その顔面に右足の蹴りを入れた。舞花はその長い髪とともに反動で体が右方向に一回転する。その反動に任せ、右手を大きく振り上げた。顔面を蹴られた女子生徒は舞花を視界ギリギリで鋭い目つきで捉え、サブマシンガンの銃口を向ける。
女子生徒はトリガーを絞った。
が、その銃弾は空しくも振り上げていた彼女の右手によって弾道が逸らされた。霧によって湿った地面にペイント弾が付着する。そして、彼女の右手からは拳銃が消え失せていた。だが、女子生徒はそんなことに気をとめなかった。
だが、女子生徒にとってこれは致命的なミスとなった。
女子生徒は顔を歪めて舞花を睨む。そして彼女はサブマシンガンから手を放し、眩しい光を放つ。『収納術式』だろう。分かっていたことだが、舞花は思わず目が眩んだ。
これが致命的なものとなった。
彼女が目を開いたころには目の前には『非殺傷武具変換術式』によって変換されたペイント付きの刃引きがなされたナイフが出現していた。舞花の左手の拳銃はそのナイフに叩き落とされてしまっている。彼女に武器はない。
抵抗する手段がない。彼女の口の中に苦い唾が広がった。
「さて……覚悟はいい?」
すでに女子生徒の顔は歪み、目は大きく開かれていた。嫌でも怒りが感じられる。舞花は彼女の予想外の抵抗に舌打ちしたい気分に見舞われ、顔から余裕がなくなった。
舞花と女子生徒との距離は実に10メートル。
「死になぁぁああ!!」
女子生徒は歪めた顔のまま、舞花のもとを目指して突っ込んでくる。舞花の目だけ上を向いた時――――
舞花の表情に笑みが浮かんだ。
そして、彼女は時間の経過がおもむろに感じられた。接近してきているはずの女子生徒の動きがゆっくりに感じられた。
舞花は、右の手を空に向けて伸ばした。
その空には黒く輝く物体が1つ。
その物体はおもむろに空から落ちてきて、霧に包まれた森林に突っ込んでくる。その黒い物体、拳銃は彼女の手の中に収まり、その指はトリガーに掛けられた。
女子生徒は突如出現した舞花の拳銃に驚愕の表情を浮かべた。
舞花は右手に収まる拳銃を突っ込んでくる女子生徒の鼻先に向けた。
そのまま引き金を引いた。
キャンセルできない銃弾の道。
突っ込むことを止めない女子生徒。
女子生徒と銃弾は、お互いに突撃する形となって衝突した。
女子生徒の体にペイント弾が付着し、実習服を赤く染めた。そして、そのペイント弾は女子生徒とともに地面に付着して彼女の動きを止めた。ステージがフォーマットされるときに彼女の姿も模擬戦を始める前に戻るから心配はない。舞花は『交換術式』を脳内詠唱し、マガジンを交換した。
それから舞花は撃破した女子生徒を一瞥すると、地面を蹴っていた。
彼女は自分が援護すべき者のもとへと足を急がせた。
○
霧が濃く、なかなか敵を発見できずに苛立ちを感じていた大智は、サブマシンガンを構えて慎重に前進していた。彼は霧と森林の木々に自分の周りを囲まれながら警戒の視線を流している。その目から出ている警戒の念は霧の中にもまれて消える。大智はサブマシンガンを構え、息を殺して前方へ進んでいた。
先ほど発見したエレク側の女子生徒。大智が接近しているところで彼女も彼の接近に気付き、至近距離では人の体など容易に貫通させる銃弾を放って姿を眩ませた。
その女子生徒の装備はスナイパーライフル。
つまり、かなりの強者。
大智は彼女の装備を見た時は鳥肌が立った。
1年生の時点でそこまでの『召喚術』を扱える者はそう多くない。実際、アサルトライフルよりもスナイパーライフルを召喚する方が難易度は高い。
それも、飛躍的に、だ。
人の記憶は大脳辺縁系(人の情動や意欲、記憶、自律神経などに関与している複数の構造物の総称)の一部である『海馬』と呼ばれる場所に収納されるのだが、『術式』もその場所に収納される。もちろん、その容量にも人によって違いがあり、それによって『術式』を収納できる量も差がつく。
その中でも容量が多いといわれるのが、『スナイパーライフル』や、『バズーカ』などの重火器。そして、その『術式容量』が多くなれば多くなるほど召喚する難易度も上昇していく。
この2つの種類の『術式』の容量の大きさ、俗に言う『術式容量』は特に大きい。その中で分類していけば大きいものと小さいものと差はあるのだが、大智の持つサブマシンガンとは『術式容量』の大きさが全く違う。
量が多くなれれば多くなるほど満足するまで食事が食べられるのと同じように、その容量が大きければ大きいほど、その銃自体の性能は上がっていく。だが、それによって腹が膨れるように、脳内の記憶容量は少なくなっていく。通常生活には然程影響はないが、収納できる術式は少なくなる。
つまり、あの女子生徒の記憶容量が少なければ、スナイパーライフルを収納するだけで精一杯になるのである。
大智はそのことに賭け、サブマシンガンを構えなおす。
濃い霧が彼の身を包む。
静寂が駆け抜け、彼の神経を鋭くさせる。
大智は木々の陰に隠れながら前方に移動していく。タイムリミットが迫ってくるのが分かる。大智は顔を引き締め、目だけを動かして周辺の景色の動きを監視する。霧によって見えにくくはなっているが、彼の前方10メートルまでは見えている。敵と接触したのはつい先ほどなのでそこまで遠くに行っていないはずだ。
その時、大智の第六感が彼の脳内に警鐘を鳴らした。
と同時に銃声とともに彼の頬をライフル弾――変換術式によって変換されたペイント弾――が掠った。大智は即座に木の幹を盾にし、視線だけを木の陰の外に出す。大智は舌打ちをしたい気分になった。
「クソッ……!」
霧のおかげで視界がはっきりとしない。それに、自分の視界は10メートルしかないということを再認識させられた。
相手はライフル。対して自分は肩幅弱の大きさのサブマシンガン。
今の世の中、民間にはフル・オートマチック式のライフルは出回っていない。あの代物は軍だけだ。対して、サブマシンガンはフル・オートマチック。
つまり、連射性では彼に有利。
そこに、大智の勝機がある。
大智はサブマシンガンライフル弾が飛んできたと思われる方向に向けて、トリガーを絞る。彼のサブマシンガンは火を噴き、耳を劈くような連続した発砲音が森林に響く。
それに呼応するかのようにライフルによる銃弾が木の幹を掠る。そこに微かな量のペイントを付着させて、その銃弾は森林の彼方に消える。
大智は邀撃するのを止め、空になったマガジンを銃から引き抜く。そのまま『召喚術』で新たなマガジンを召喚し、サブマシンガンに叩き込む。大智はその銃を一瞥して銃弾が装填されたのを確認すると、流れ続けている高威力のペイント弾の嵐の中に飛び出す。
女子生徒は彼のその行動に動揺したのか、銃声の間隔が微かに乱れる。
大智は銃弾が現れる霧の向こう側を目指してジグザグに揺れながら確実に近づいていく。音が大きくなってきているのが何よりの証拠だ。
大智はジグザグに揺れながら、そして木の陰に身を隠しながら接近していく。
銃弾は周辺にペイントを付着させていき、木の幹を掠め取っていくのを横目に捉えて足を動かす。
そして、かなり音が大きくなってきている。
加えて時間も少ない。彼は一気に勝負をつけようと息を大きく吸い込み、何かに弾かれるような速さで木の陰から飛び出した。
今までにない速さで進撃をする。彼はサブマシンガンを片手で握りライフル弾を無視して彼女に接近する。頬の肉を微かに掠め取り、鋭い痛みが大智の神経を襲う。
「クッ……!」
紅の粒が頬を伝って地面に赤いシミを残して液体としての姿を放棄する。やっとまともな(?)一撃が与えられたということで女子生徒の顔からは笑みが零れた。
「馬鹿ね!」
スナイパーの女子生徒の口元が緩んだ。
女子生徒はトリガーを握っていた手とは逆の手をグリップ上方のスイッチを入れ替えた。
その直後、その手で長い銃身を折り曲げ、アサルトライフル用のマガジンを召喚した。そのまま、ライフル用のマガジンを引き抜き、アサルトライフル用のマガジンを突っ込む。
スコープを外し、彼女の後方へ投げ捨てる。そのスコープは眩しい閃光を一瞬だけ放ち、姿を消した。
スコープを外したところに出現したのは照門と照星。ここはスナイパーライフルでいうスコープにあたるところだ。
そして、スナイパーライフルだったその銃は、完全にアサルトライフルに姿を変えた。
「私の銃はライフルだけじゃないのよ!」
女子生徒は大智に対し、笑みを浮かべながら変形した銃のグリップを握って連続的なペイント弾を撃ち散らす。さっきまでとは打って変わって、中程度の威力を孕んだ銃弾の嵐が大智に向けて飛翔する。
大智は形態を変えた彼女の銃に対し、『身体強化術式』を発動した。
強化された足からは強烈な蹴りとともに、大きな一歩が繰り出され、一気に彼女に詰め寄る。
銃弾は大智に襲いかかる。
大智はそんなことで気をとめず、体中に傷を作りながら彼女に突進していく。
彼女との距離は50メートル。
そして制限時間は2分もないだろう。
焦りから霧が異常に濃く見え、まずい唾が口中に広がる。大智はサブマシンガンのトリガーを絞ってその女子生徒に邀撃する。鈍い振動が断続的に腕に響く。
嵐と嵐がぶつかり、お互いに体中に傷を作る。
「チッ……!」
マガジンから弾がなくなったことに思わず舌打ちをする。大智の脳内からはすでにマガジンの『術式』はなくなっていた。
その刹那、彼の脳内に警鐘が鳴った。
その瞬間、大智のいたところをペイントが赤く染めた。
女子生徒は敵の男子生徒の顔面にペイント弾が直撃したことを確認し、その場から離れようとした。
が、視界の正面に映った出来事で、その思考は放棄された。
赤く染まっていたペイントが空中から地面に落下し、硬い音を鼓膜の中に響かせた。女子生徒は目を大きく開き、その物体を確認する。
その物体の正体が分かった時、無意識のうちにその男子生徒の姿を捜した。
それは、側面にペイントが付着したサブマシンガンだった。
肝が潰れような気分に見舞われ、呼吸の間隔が微かに早まる。時間の経過がゆっくりに感じられ、集中感が高まる。
風が吹き抜けてさらに緊張感が増す。霧が深まり、視界が狭まる。
「――――!」
木が揺れる音を鼓膜で感じ、男子生徒の場所が読めた。
その場所には揺れ動く1つの影。
「――――そこね!」
彼女は即座に後方を視界の正面に捉え、銃口は火を噴いた。
セミ・オートマチックモードにして発射された一発の弾丸は確実に男子生徒の腹部を捉えたと思われた。実際、その周囲にはペイント弾が散らばっている。女子生徒は勝利を確信し、笑みを浮かべる。だが、再びフル・オートマチックモードにアサルトライフルを戻し、警戒の念は怠らない。
その刹那、何か長いものを素振りしたような振動音がフィールドに響き渡った。
そこには槍と刀を合わせたような形をした物体を両手で構えた男子生徒の姿がそこにあった。その武器は『薙刀』。槍のように長い柄の先には、刀のように湾曲を描いて片面にのみにある刃が特徴のこの武器は、呪術の祖が現れたと考えられている平安時代に出現した武器だ。現在ではすっかり廃れてしまい、その姿を見る機会は滅多にない。
その薙刀はもちろん、『非殺傷武具変換術式』によって刃引きがなされ、その刃にはペイントが付いていた。
その男子生徒、大智は女子生徒を睨みつけるように目の形を鋭くしていた。その薙刀の刃を地面すれすれに構え、柄を両手で握る。刀の構え方でいう居合斬りのような構え方で、一気に勝負を決めるかのような雰囲気を醸し出している。
大智が微かに足を動かし、地面と足が擦れる音が微かに響く。
風は霧を巻き込み、新たな霧を誘いながら抜けていく。
風が女子生徒の髪を揺らし、視界を曇らせた、その刹那の時間。
大智が動いた。
『身体強化術式』にとって強化された足からは骨が軋む音ともに強烈な一歩が繰り出される。女子生徒はトリガーを絞り、大智の鼻先に銃弾を叩き込んだ。
大智はそれを寸前で見切り、サイドに飛んだ。
銃弾はその間を潜り、白い霧の彼方に消える。
そして、女子生徒が反応するよりも早く薙刀の一撃が彼女の腹の中で木霊した。霧を振り払うかのようにリーチの長いそれから放たれた一撃は、彼女の予想を超えた痛みを与えて女子生徒の体には赤い液体が付着させた。その物体を付着させたまま木に激突した女子生徒は、その粘着性の高いペイントのせいで身動きが取れなくなっていた。その付着した物体からはペイントのような臭いをした刺激臭が大智の鼻をくすぐった。
その一撃を放った薙刀、『雷融』。
武蔵坊弁慶が所持されていたとされる『岩融』に習って造られたとされる、現代に残る数少ない薙刀の一本。
それが今の大智に召喚できる最高の武器だった。
それ故に、彼は薙刀の扱い方は誰よりも自信がある。それで銃弾を斬り裂く自信だってある。実際、さっきも2発ほどの銃弾を両断した。
大智は大きく息を吐き、意識を切り替えた。
彼は雷融を片手に、動く足をとめようとはしなかった。