1 入学式
時は2067年。
人類はこれまで3度の『世界術式大戦』を味わい、そして、その3度目の『世界術式大戦』である第3次世界術式大戦(WSWⅢ)も終了し、ようやく落ち着きを取り戻し始めた現代。
科学技術とともに『術式』の技術も発達し、その種類も多くなった。
この世界に『魔術』などという物は存在せず、その代わりに様々な『術式』が存在する。
『術式』とは、『術』を使用するために使用するものである。『術』を使用するためにはその術式を脳内で唱えるか、その『術』を使った時の風景を想像するだけでよい。大体の奴は前者のやり方で『術』を使用する。因みに『術式』を扱う人間は『術者』と呼ばれる。
想像した方が楽なのでは、と思う人もいるかもしれないが、後者の方法だと、かなり高度で正確な想像をしなければならない。それは最早、想像と言っていいかさえ分からないほどのもでなくてはならないほどだ。
世界の中には『術式』を扱えない人もいる。人には才能という物がある。『術式』をどのくらい扱えるか、それ以前に『術式』で『術』を使用することができるか、というのはその才能に左右される。
『術式』の歴史は古く、その日本での歴史は平安時代の陰陽師にまで遡る。陰陽師は『呪術』を扱っていたのが起源だ。
『術式』には大きく分けると何種類かに分かれる。種類が多いのはその後の物で、基本的に第1歩のところはそこまで多くない。それに、代表的なものは3つだけだ。
1つは『召喚術』。これは攻撃武器や防具などを自分のものとして召喚し、それで戦闘行為を行うという物だ。その用途は戦闘行為にとどまらず、日常生活にも役立っている。
もともと『召喚術』は『物をスペース0で収納するため』に造られたもので、それが軍事的に利用されている。これを使う者は『召喚者』と呼ばれる。この術式はすべての術式に中で、習得が一番容易であり、この術式を使う者が大多数を占める。この『術式』に家の血などというものは関係ない故に、有名な家などは存在しない。逆に考えれば、努力すれば上に上がれるということである。もちろん、才能というものも存在するが。
2つ目に『忍術』。日本の戦国時代や江戸時代に活躍したと思われている忍者達が編み出した『術式』で、一番の得意分野は『偵察』である。
もともと忍者は『偵察』がその仕事で、偵察対象にばれないように追跡したり、盗み聞きをしたりするために忍術が造られたと伝えられている。
この術式を使えば更衣室などを覗いたりできるが、そんな輩はこの『術式』を絶対に習得できない。この術式は習得しにくいのだ。そして造られた目的が『偵察』なのだから日常生活や戦闘行為などで扱いづらいことこの上ない。故にそういう輩は大体『召喚術』のほうへ流れていく。
因みにこれを扱う人は『忍術者』と言われる。この『術式』にも有名な家などは存在しない。そこらは廃れてきた影響も交じっているのかと思わせる。
最後に『呪術』。これは前の2つとは違い、先天的な能力により使用できるか否かが左右される。故にこの術式は普通に人に扱うことできない。
『呪術』と『魔術』は同じと考える人もいるかもしれないが、厳密には違う。
『魔術』は『手品』であると言われているが、『呪術』は『手品』ではない。言うならば、『祈り』である。
この『術式』の『術』を使用する場合も、脳内で術式を唱えるだけでいいのだが、先天的な能力として持っている『祈り』をささげる必要がある。それにより、初めて『呪術』の『術式』が意味を成して唱えた通りの能力を発動する。
これを扱う者は『呪術師』と呼ばれる。
そしてその呪術師の中でも有名であるのが『森羅万象を知る家』と呼ばれる森閑家、雀羅家、万里家、象潟家、そして呪術の各属性に特化したとされる七家である。
メジャー的な3つの術式。
現代はそれらの術式が主流である。が、その中でも『忍術』は衰退期を迎え、世界は『召喚術』と『呪術』に分かれていった。その呪術は先天的な能力により左右されるため、世界各国は『召喚術』を扱う『召喚者』育成に鎬を削っていった。
日本ではというと、各地で『術者』育成機関が造られ、それを導入する私立の学校も現れ始めた。それらの学校では完全な実力主義で管理され、力があるものは階段を駆け上がり、また力がないものは階段を踏み外す。そんな弱肉強食の世界だ。
もちろん、そんな学校で友達が作れないわけではない。ただ、それは友達という名のライバルなのだ。気を抜けば飲み込まれるかもしれない。友でもそれなりの距離を置く必要がある。
そんな術者育成機関、『私立塙ヶ咲学園』。
とある都市に位置するその高校には、普通の高校のように『普通科』はなく、『術者育成科』のみがある。その学科では術者を育成するために術式の基本やその応用、そして模擬戦などの実習活動が行われている。この高校は術者育成にかけては日本でも有数のエリート校で、海外から来ている者もいる。そのため、寮も完備されている。
この高校は3棟の一般棟(1年棟、2年棟、3年棟)と特別棟、運動場に体育館(講堂)や実習館など、施設の設備も完璧と言ってもいいだろう。それに加え、セキュリティもバッチリ。これ以上に完璧な学校は数が少ないだろう。
そんな学校へと足を踏み入れる多数の生徒。その生徒のほとんどが真新しい、青い上着に水色のネクタイで、それに似合うような灰色のズボンという制服に身を包んでいる。いや、すべてと言い替えた方がいいだろう。
なにしろ、今日は入学式なのだから。
その生徒達の顔には緊張の表情が見て取れる。この高校はそのエリートさ故に憧れる生徒も多いのだ。それ故に緊張する。
もちろん、それの例外も存在する。
「ふわぁぁあ……、ねむて……」
その例外の1人、瀬々嶋 陣夏は校門近くで大きく欠伸をする。その少年はどこか間抜け顔で雰囲気もそれ相応の感じがせず、髪もボサボサ。それに加え、せっかくの制服も形が若干崩れていて、新しいという感じがしない。どうにかカバンは新しさを放っているが、そのカバンには持ってくるべきものが入っていない。つまり、ペチャンコ。
その少年はまさに『異端児』と呼ぶのに相応しいだろう。
周りから浮いているのが嫌でもわかる。
その少年にもそういう自覚はあった。
そして、これから始まる学園生活は、自分にとって楽の混じる苦があることも。
○
陣夏は入学式のために、片手に校内案内地図をもって体育館に爪先を向けていた。体育館は一般棟と特別棟の間にあるのでそこまで迷うことはない。むしろ、自分の所属するクラスの教室を探す方が迷うに決まっている。
陣夏はそのまま一般棟の裏へと回った。温かな太陽の日差しが陣夏の感覚をくすぐる。彼は思わず顔を上げた。
校舎の裏では元気のいい生徒たちが興奮した様子でざわざわと騒いでいた。
「おい、あの子見たか?」
「ちょー可愛かったよな?」
「俺らラッキーだよな、あんな子と一緒のクラスになれるチャンスがあるなんて!」
陣夏の耳に流れ込んできた会話。陣夏はそんな会話のことには目もくれず、そのまま体育館に突撃した。体育館の中には2、3年生が用意したと思われる大量のパイプ椅子。そのパイプ椅子は窓からさしてくる太陽の光を反射し、銀色に輝いている。
何も指示がないのでどこでも座っていいのだろうと陣夏は判断し、一番後ろで端っこの席に腰かけた。少しずつ席が埋まってきていた。陣夏は体育館の壁に付けられていた時計を見上げた。そこにはあと10分で入学式が始まる時刻を示していた。陣夏はその暇な時間をどうしようかと思考を探らせた。その結果、あとの時間は携帯端末で時間を済まそうと考えた。
陣夏はズボンのポケットの中から携帯端末を抜き出し、電源を入れた。そのまま、インターネットに接続する。最近読むのにはまっているオンライン小説のページを表示させ、そのままその大量に並ぶ文字列を脳内に叩き込んでいく。
読み始めて数分が経ったその時、陣夏は自分の隣に誰かが座るのがわかった。陣夏はその人物を一瞥し、また携帯端末に目を戻した。
隣に座っていた人物は腰にまで伸びる長い黒髪にそれを後頭部でまとめたポニーテール。それにつんとした鼻に、パッチリとした目。陣夏は脳内に浮かび上がった言葉は、綺麗な人だ、だった。
チラッと見たのが分かったのだろうか、その隣人が陣夏の横顔を捉えた。
「失礼でしたか?」
その隣人の少女は陣夏に話しかけた。陣夏は携帯端末をスリープモードにしてポケットに突っ込んだ。その後にその少女の顔に顔を向け、口を開いた。
「別にそんなことはねぇよ。でも、周りが俺に向けている視線を知っててここに座ったのか?」
「どういうことです?」
陣夏は心に浮かんだ若干のいら立ちを隠し、そのまま自分の制服に指を向けた。その後、周りを見るように促した。
彼女は納得したような表情で顔を戻した。
「なるほど。どうりでここに人が集まらないわけですね」
「……それは褒めてんのか」
「もちろん。そのおかげで私は助かってます」
陣夏はどういうことだ、と彼女に問う。彼女は知りません、と答えた。陣夏は軽くため息を漏らし、彼女の感性の鈍さに呆れの念を抱いた。
入学式まで残り1分となった。あとの時間はこの少女の話につき合わされることになると感じた陣夏は携帯端末の電源を切った。入学式の間になられると困るのも電源を切る理由の1つだ。
彼女が最初に口を開く。
「そういえば名前を言っていませんでしたね」
「そういや、そうだな」
「私は明結 舞花です。強い『召喚者』を目指してます」
彼女が先に名のった。陣夏は反射的に口が開いた。
「俺は瀬々嶋 陣夏。なりたいものとかは特にない」
陣夏が名のり終えると、入学式の始まりを告げる静寂と暗闇が体育館を包み込んだ。
○
入学式が終わり、一般棟の1年棟に向かっていた。その棟の廊下でクラスが発表されるからだ。別にどのクラスになろうがどうでもいいことだが、早く見て早く教室に入ることに越したことはない。それに、『召喚術』を学ぶのは自分の正体を隠すためであって、彼が本当に『召喚者』になりたいわけではない。
陣夏がちょうど1年棟の玄関に差し掛かった時、陣夏よりも少しだけ身長が小さいと見える女子生徒が大きな紙を丸めた状態で運んでいたのが見えた。その女子生徒はとても新入生には見えず、この人について行ってみることにした。陣夏はその女子生徒から5メートルほど離れたところからついて行った。傍から見ればこれはストーカーだ。陣夏は苦い唾が口中に広がるのを感じながら口元を緩める。前方を歩く女子生徒は急にピタリとその足を止めた。
ばれたか、と思ったが、その女子生徒は先ほどまで丸めていた紙を広げ、それを壁に張り始めた。恐らくこれがクラスを発表するものだろう。
「……そこの新入生……さっきから何なの?」
「……分かってたんですか?」
陣夏は苦い唾が口の中に広がるのを感じながら女子生徒に言葉を吐く。彼女は陣夏には視線を流さずに黙々と紙を張り付けていく。陣夏はその景色を見ながら体中に力が入っていくのが分かった。それは意識的なものではなく、無意識的に、だ。それだけ、彼女には力があるということだ。
「さっきからずっと、ね。あなたって、ストーカー?」
彼女は意地悪そうな顔を陣夏に向ける。陣夏は反射的に目の形を細める。
「断じて違います。クラスが分かるかもって思っただけです。」
陣夏は感情が籠ってなさそうな声で吐いた。彼女は陣夏の顔から視線を外し、残り少なくなった紙に手を伸ばした。その紙には新入生の中での生徒会候補が書かれていた。
「それにしてもあんた、私をつけるなんていい度胸してるわね。」
「何でです?」
「それは私が」
彼女はそこで間をおいた。顔がにやけていることから、ワザとなのだろう。そして、その言葉の欠けている部分を補うことができる言葉で紡いだ。
「私が天下の生徒会長、椎凪 渚沙だからよ!」
渚沙はその小さな身長の、決して大きいとは言えない胸を張る。彼女は手に持っていた大きな紙を陣夏の方へ投げつけた。手伝え、ということなのだろう。陣夏は一つ溜息を漏らすと、渋々と渚沙の方へ爪先を向けた。
陣夏は彼女よりも身長があるのにもかかわらず、彼女が貼った紙よりも下側の方を貼らされた。陣夏はそのことに、さらに溜息をついた。それに彼女が手を止めているところから見て、これが最後だったのだろう。10クラスすべての新入生のクラス割が発表されている。
しかし、その中に一枚だけ、別の紙よりも白い部分が圧倒的に多い紙が貼り出されていた。その内容は、新入生の中での生徒会役員候補生だった。
陣夏はその紙を一瞥し、クラス発表の紙は眺める。そんな彼を渚沙は訝しい目で見ていた。
「……今、貧乳だって思ったわね……?」
陣夏はそんな戯言を無視して。
「椎凪先輩……、何ですか?」
「無視するなっ!」
彼女は頬を膨らまし陣夏を睨みつける。その表情はどこかMっぽい風情があったが、そこはあえて触れない。
彼女は少し間を空けていつも通り(かは陣夏は知らないが)に戻り、訝しい目に戻った。
「……新入生って、まだこの校舎の玄関にいるはずなのよね」
「そうですか。で、それが?」
「いやいや、新入生みんなそこだし。なんで君だけがここにいるのかって」
渚沙は、なぜ陣夏が受付をすり抜けてここにいるのか、ということが気になるらしい。陣夏は目を細めた。
陣夏は少し間を空けてから再び口を開く。
「先輩って、サプライズ好きですか?」
「別にいいでしょ!?」
彼女の頬が微かに赤くなったのが分かった。
「……先輩は、恥ずかしがり屋ですか?」
渚沙の頬が引き攣った。
その刹那、彼女の目に殺意が籠ったように陣夏は感じた。
すると、いつの間にか陣夏の目の前に一丁の自動拳銃が出現していた。
(速い……!)
陣夏は反射的にそう思った。先ほどの刹那のような時間で術式を詠唱したのだろう。
陣夏は仕方なく両手を上げて降参のポーズ。
「それは言わないこと。いい?」
渚沙の声色は硬く、割れそうにない感じだった。
「……以後、気を付けます」
渚沙は自動拳銃を陣夏の顔の正面から下ろし、手から離した。
すると、その銃は少し虹色の混じった明るい白い光を放って、まるでそこにはなかったかのように消えた。
これは『召喚術』の基本である『収納術式』。収納術式は召喚したい武器を、自分の脳内に『術式』として収納する術式である。誰でも最初から武具が召喚できるわけではない。その召喚したい武具が脳内になければ召喚のしようがない。そのため、この術式は『召喚者』にとっては基本中の基本、そして常識だ。この術式は『一般術』に分類されている。
この『一般術』は先天的な能力を必要とせず、どの術式でも発動可能な術式であるが、その反面でその術自体の能力は低い。
話を戻すが、『召喚術』の召喚速度、『収納術式』の収納速度はその人自身の持つ才能、そしてそこからの努力によって向上していく。
そして彼女の召喚速度、収納速度は一瞬だった。さすがは生徒会長と陣夏は脳裏に浮かんだ。
「そういえば、名前、聞いてなかったわね」
渚沙は思い出したかのように陣夏に言った。陣夏はそのことに気づいていた。だが、そのことはどうでもいいと思いながら流していたのだが、彼女はようやく気付いたようだ。陣夏はその口を開いた。
「瀬々嶋 陣夏です。」
そのとき、彼女の顔が緩んだ。
「あなたが……そうなのね……」
陣夏はゆっくりと息を飲み込み、渚沙の表情を読む。生徒会長に自分の正体がばれるのは仕方のないことだ、と陣夏はこの瞬間割り切った。そして、目を細める。
高鳴る鼓動。そんな中で渚沙は口を開いた。
「……入学試験の合格者の中で最下位なのが、君だったわけね」
陣夏は彼女の台詞に安堵の息を漏らした。彼女はそんな彼を訝しい目で見ていた。だが、その視線はすぐに外された。
「どうしたの?」
「いえ、何も」
陣夏は貼り出された紙の中から自分の名前を探し出すと、そのまま踵を返した。渚沙はそんな彼の背中に、心の中から興味が溢れ出てきたのだった。
○
陣夏は注目されるのを嫌い、裏の玄関から1年棟を出た。そのまま何食わぬ顔でその棟の正面玄関に向かおうとしていたのだが、その望みは目の前の厄介ごとに邪魔されていた。
入学式の時のような綺麗な人――舞花ではない――が不良に絡まれているのだ。そして、追いかけられていた。その少女は必死にその不良を振り切ろうとして逃げていた。
このエリート校でもそういう輩がいるのか、と半ば他人事のように陣夏は眺めていた。
だが、その光景はだんだん彼に近づいてきている。陣夏は、錯覚か、と思い、右目を軽くこすった。しかし、再び目を開くとその光景は先ほどよりも大きくなっていた。
その少女は陣夏のところにやっとの思いでやってくると、彼の背中に逃げ込んだ。
「お、おい」
「お願い……助けてください……!」
声は比較的柔らかくて高く、まるで何処かのアニメのヒロインのような声だった。これに落ちない男子はいないのではないのか、と思わせるほど。
それに加え、彼女はその少女は舞花といい勝負をするのではないのかと思わせる美貌。違いがあるとすれば、舞花を言うならば『美しい』で、この少女は『可愛い』だ。
陣夏は他人からの頼みはなかなか断れない性質であり、それがこのような可愛い子であればなおさらだ。
陣夏は一つ溜息をつき、己の親切心を呪った。
彼はようやく追いついた不良に向き直った。
「そこの新入生……その子とどういう関係だ……!」
不良は息を荒くして陣夏に言い放つ。意外に体力がないんだなと内心で呟き、この子を擁護する単語を脳内から探す。
そして、質問の意味を再認識した陣夏は、顔が曇るのが分かった。
「どういう関係って、そりゃあもちろん」
「彼氏です」
「…………はい?」
少女は陣夏が言おうとしたことを跳ね除けるようにはっきりと断言した。
陣夏は彼女の言うことに訝しい思いを抱けずにはいられなかった。
そして、そのまま当事者である陣夏はその話の中で1人、置いてきぼりをくらう羽目となった。
2月10日 森羅万象を知る家と、各属性に特化した家というものを追加で設定しました。