5.昼休みの先輩
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「おい、起きろよトリウマ」
……友人の声に釣られるように顔を上げる。どうやら眠っていたらしい。いつの間に眠っていたんだ俺は。
「全く、ホームルーム前に寝てると思えば次は授業中に寝るとは、三年寝太郎かお前は」
「その語感だけで判断するなよ、寝太郎って凄い奴なんだぜ」
「えっ、マジかよ。眠ってる奴のことをそう言ってんのかと思ったぜ。まぁそんなことよりも飯食いに行こ――うおおっ!?」
言葉を切り上げ、右側を見た一平が目玉飛び出させそうなほどに廊下にいる存在を凝視している。何がいるかと思えば、スラッとした身体つきをさせた女生徒が一人で歩いていた。
「アレは二年生の氷野先輩じゃーないですかぁ! すまんチョウマ、俺は友情よりも恋を取る! 罪深い俺を許せー!」
そう言って一平は氷野先輩とやらのとこへと走っていった。勝率ゼロパーセントの男の末路は言うまでも無いのか、それとも一発逆転ホームラン狙いの空振りに終わるのか。いや、どっちも同じ意味か。
時間を見ると、現在十二時五分ちょい。授業が終わってそんなに経っていないようだ。起こしてくれた一平に感謝だな。
さて、大好きな昼休みを余すことなく堪能するとしますか。
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玄関から見て、右端に存在している教室四部屋分、いや六部屋分ほどの食堂。そこの食券で味噌汁とご飯セットを買った。百円というお手軽さは俺にとってはマジ感謝。寝た後っていうのはさっぱり食欲わかないし。
食堂の中は大盛況――とはいかないようで、沢山の人が座れるように置かれたと思われる長くて白い机の中にパラパラと空いてる席が存在している。一人ぼっちの俺からすれば十分にありがたいことだ。食べやすい。
既に食堂のおばちゃんから味噌汁とご飯を受け取った俺は、空いてる席に行こうとした。すると、空きのある席に見覚えのある人物が一人で座ってたので、その人の対面に座る。
「こんにちは、そんでお久しぶりです霧野宮先輩」
俺が声をかけると、手に持つサンドイッチに目線を向けている真面目系かつ静かなメガネ系女子生徒――霧野宮 冥先輩はゆっくりとこちらを向いた。
「……なんで、いるの?」
眼前にいる眠たそうな目をする先輩は質問してきた。別に不快そうな顔つきではないので、単純な疑問だろう。
「今年からこの高校入ったんですよ。でも先輩がいるなんて思ってもみなかった、知り合いいるのは心強いですよ」
「……そっか。そうなんだ」
「んで、相変わらず先輩は一人ぼっちライフ満喫中ですか」
そう言うと、霧野宮先輩はメガネの奥の瞳から俺をキッと睨んでくる。
「違う。今日はたまたま、友達の二人が部活のミーティングあるから先食べてて言ったから待ってるの。橋居君という本物の一人ぼっちと同じにしないで欲しいと思う」
「お、俺だって友人が――」
と言おうとして、止めた。友人がナンパ行ったから一人とか普通の一人ぼっちよか全然寂しいから止めた。よし、ここは見栄を張らせてもらおう。
「俺は霧野宮先輩と一緒にご飯食べたいから一人で来たんだ」
「……うそつき」
あっさりとバレた。言うのもやや恥ずかしいのに、あっさり看破された。
「……でも、嬉しいこと言ってくれたから一つあげる。入学祝い込みで」
そう言って、先輩は自前の袋から卵とレタスかキャベツが挟まれてるサンドイッチを出して俺に渡そうとしてくれるが俺は右手を平たく出す。
「すみません、俺はこれだけで腹いっぱいになりそうなんで今回は遠慮しておきます。美味いもんは食える人が食う、それがいいことだと思いますしね」
「……そう。ごめん、差し出がましいことしたね」
「とんでもない。今後から先輩がおごってくれるってんなら喜んで毎回ごちそうになります。ぶっちゃけ便利道具扱いレベルで」
「……橋居君って、時々最低だよね」
冷淡な声が心を刺してくる。痛い、言葉が痛いです先輩。
「……なんてね。冗談ってわかるよ、橋居君ってそういう人って知ってたし」
「そりゃ助かります。気だるくゆるく、堕落した人生をモットーにしているというのも知識に入れとくなお良しっす」
「……悪いとこ目白押しなのに良いとはこれいかに。でもだから、いいと思う……ううん、むしろこのままでいいとも思う、そんな君がいいなって思う……」
先輩は顔をうつむかせながら、サンドイッチをリスみたいに小さく食べる。ああ、俺も食べ始めなきゃな。
「ありがたいですけど、頼みますから先輩は真似しないでくださいよ?」
「……ふふっ。割と踏み込んじゃってるかもですよ」
先輩はアジサイのような雰囲気を出しながら静かに笑顔を見せながら言う。まさか俺の影響とか言わないですよね先輩。白米ぱくりっ。
「……そういえば、橋居君はもう、ああいうのと会ってない?」
話題を変えるように霧野宮先輩は聞いてきた。ああいうの。その言い方だけでもうわかった。ああいうのは、ああいうのとしか言い様ないものな。あの、異端どもは。
そう、霧野宮先輩もその悪い異端どもと関わってしまった被害者だ。一般人であったが、俺と同じく不幸で奴らと関わりあいになってしまった。その結果――能力者という、先輩曰くのああいうの側の人間になってしまった。その時のご縁があってこうやって先輩と仲良くなれたから俺としては嬉しい半面複雑なのだが。
そんな訳で、異端関係の中では先輩は大分まともな存在でまさに俺にとって頼れる……かはともかく同じ話題を振れるという点ですごく気があう。ただ、たまに天然ボケするのがたまにキズというか。まぁ、そんな感じで霧野宮先輩は俺にとって素晴らしい先輩である。会うの久々だけど。
「いや、早朝早々に会合しましたよ。そんで持って白い髪の人外女子と番号交換。朝っぱらから異端、人外とバンバン関わりました。ああでもその白い髪の女子、レイリアって言うんですけど可愛いんで先輩も気に入ると――」
「番号、交換……?」
話していこうとしたとき、先輩はなぜか驚いたような表情を見せてサンドイッチを落とそうとしていた。危ないですよ。
「先輩? そのままだとサンドイッチ落ちますよ?」
俺がそう指摘すると、先輩は慌ててサンドイッチを掴む。番号交換がどうしたというのか。
「……えっと、橋居君。もしかして、いっぱいの人外の女の子と仲良くなってアドレスいっぱいゲットとかしちゃっているの……?」
「いや、まさか。今回が初めてですよ。そもそも人外で好意的に接されたのも初めてで、甘い貴方が好きとか言われた時には流石の俺も驚いて――」
話している途中にからんっ、と机に小さく響く音が鳴る。何かと思ったら、そこには眼鏡を落としたまま固まっている先輩がいた。なんかさっきから様子おかしくないか。
「あの、先輩。眼鏡落としてますよ」
再び指摘すると、先輩はまたも慌てて眼鏡を付け直して人指し指で眼鏡のずれを直す。やっぱ人外関係の話はまずかったかな。話の話題を変えなきゃな。
「そんなことよりも今日一平って言うクラスメートが」
「は、橋居君……!」
滅多に強みのある声を発さない先輩が、こちらに顔を近づけて怒るような表情を見せながら声を強めて名前を呼ぶ。も、もしかしてデリカシー無く異端関係の話したからか? 話切り上げときゃよかった!
「な、なんですか先輩?」
「あ、あの……! 電話番号と、メ、メアド。教えて、欲しい……!」
「……番号とメアド?」
先輩はなぜか力強く頷く。そういえば、先輩には連絡先教えてなかったっけ。先輩の怒りと何の因果関係があるのかさっぱりだが、アドレス程度で治まってくれるのならば安いもん。ていうか、むしろ俺の方がラッキーだろ絶対。
「もちろんいいですよ。断る理由ないですし、つうか大歓迎。空っぽのアドレス埋めてくれる先輩の優しさにむしろ感激」
「う、ううん。そんなことない。橋居君の油断も隙もならないとこに自分なりに危機感を持ったからこそであって……」
「? とりあえず、赤外線でいいですか?」
再度、先輩は頷く。レイリアと違ってやはり先輩は赤外線通信を知っているらしい。……いや、それは先輩をバカにしすぎだな、現代で普通に暮らす先輩はそれぐらい知ってて当然か。
お互いに携帯を開いて赤外線でデータを交換する。おっ、先輩のアドレス来た。
「これで良しっと。そっちもアドレス届いてますか?」
「……うん。ちゃんと届いてる」
「そりゃ何よりです」
おっと、喋ってばっかで食うのを忘れてた。携帯画面を開く先輩から目線を変えて俺は冷めそうになってきているご飯と味噌汁をガツガツと食う。すると、誰かが霧野宮先輩の隣に座る。
「……おや」
その姿は、さっきも見たような風貌だった。ていうか丸っきり一緒。確か、氷野先輩だったか。ということは一平は予想通り、いや当然のようにナンパ失敗した訳か。にしても霧野宮先輩の友人がこの人とは、霧野宮先輩とはまた別ベクトルで静かそうな雰囲気を出してるな。
「まさかメイの彼氏候補がこの学校にいたとは、不思議な縁……いえ、異常な縁ですね。おふた方的には」
「み……水恵。誤解を招くような発言はひ、控えて」
霧野宮先輩はあたふたと手を動かす。変わった言い回しするなこの人。なんであれ、挨拶はしておこう。
「えっと、初めまして。俺、橋居鳥馬っていいます。霧野宮先輩のお世話になったしがいない一後輩です」
「知ってますよ。メイから聞いてますし、他のところでも聞いてます」
氷野先輩は不適な笑みを見せる。他のとこってどこですか。
「私は氷野 水恵です。恐らく、貴方が貴方でいるのであれば長い付き合いになっていくだろうと思います。以後よろしく」
なんか意味深な言い方をしながら右手を差し出してきたので、俺も右手を出して握手を行なう。なんかこの先輩からはこう苦手な雰囲気を感じるのだが、きっと気のせいだろう。さて、容器の中身も空になったことだし長居はせず、先輩の邪魔にならないようさっさと教室に戻るとするか。
「それじゃあ霧野宮先輩、氷野先輩、飯食い終わったんで先行きますね」
「あ、うん。また後で」
「もう戻るんですか? 私のことはお気になさらずにして結構ですよ。むしろどんどんイチャイチャしてしまってください」
氷野先輩は気遣っているような発言をしてくれる。とはいえ、俺だって空気ぐらいは読めるしもう一人先輩が来ると考えたらここで去るのが無難だろう。
「そうしたいのは山々なんですけど、イチャイチャって女の子同士の専売特許だと思うんですよ。という訳で霧野宮先輩、ぜひそちらの先輩とのイチャイチャ動画をメール添付お願いします」
「任せてください」
「……っ!」
霧野宮先輩の代わりに氷野先輩が返事をする。無表情だが、どこか活き活きとしている気がした。この先輩には冗談っていうのが悪い意味で通用しなさそうでちと怖い。マジで送ってこないだろうな。そしてそんな氷野先輩の肩を掴んでゆする霧野宮先輩見て、教室へ戻ることにした。