4.我が学び舎に到着
渡綱町にある、いくつかの高校の一つ。私立伊辺川高校。俺はその高校に通っていた。
別に、特に秀でた特徴は思いつく学校でもなく、強いて言うのであればスポーツ系の部活が盛んで大体の部活は毎回県大会に行けているらしい。それ以上の結果については、まぁ誤差程度だ。俺は部活動やってないんでその程度が情報の限界である。いや、今年一年生になったばかりなので上出来と言うべきか。
ボケッとした頭で校内に入っていくと、ワンッと吠える声が聞こえて一瞬びくりとする。まさか――と思ってそちらを振り向くと、柴犬が校内に迷い込んでいただけであった。驚かせてくれる。
「うわーっ! かわいい!」
「名前なんていうんだろうね!」
そんな犬に近づく女子達。登校時間的にはまだ余裕があるので構っているんだろう。いつもなら構ってやるのだが、他に構う奴もいるし、今朝のことを思い出すんで今日はパス。
柴犬と女子たちを尻目に、俺は真っ直ぐと教室へ向かっていく。そういえば犬で思い出したが、あの犬は結局なんだったのだか。レイリアが微妙に新しい存在とかなんとか言ってた気がするがまぁ、レイリアが突き刺しクリスタルアタック(命名)で倒してくれたし、心配することもないか。
そんなことを思いつつ一階にある教室に入って席につくと、机が誰かの影によって薄黒くなる。
「よっ、おはようトリウマくん。今日も一般的な登校だな」
「一般的以外の登校方法があるとでも思ってるのかよ、一平」
目の前を見ずに返答する。その正体がわかりつつも顔をあげると、やはり野球キャップをよく被っている男、幼なじみの正波 一平が机の前に立っていた。
「あるぜ、謎の美少女と仲良く登校とかな」
「んな都合いいことあるか。それにその謎ってのは絶対に要らない」
「なんでだよ。ミステリアスな美少女ってのは王道かつ魅力的だろーが!」
「ただのミステリアス、ならそうだろうけどな」
俺の発言を聞いて一平は訳わからんって感じの表情を見せる。けど俺の場合そのミステリアスポイントが物騒な関連になりそうだから却下したい。
「ところでこの学校、中々の美人ぞろいとは思わないかねトリウマくん」
「えっ、そうなのか」
「そうなんだよ。お前は人の顔を覚えるの苦手だからわからんとは思うが、かなりいる。アイドルなんてもてはやされるレベルの女子が多い!」
「へー、そうなのか。この学校って容姿水準高いのな」
全く知らんかった。かと言って俺は一平みたく女子にがっつこうとは思わないし、それをありがたく思うのはまだまだ先なんだろうな。
「まずは生徒会の会長の咲野先輩だろ? 書記の三旅先輩もいいし、バスケ部の四葉先輩も最高だし他にも図書委員の霧野宮先輩に」
「……霧野宮?」
聞き流そうとしていた時に、聞き覚えのある苗字が聞こえた。
「おっ、文学系先輩には目ざといのー。確かに霧野宮先輩は大人しいと聞くしな、俺達男としちゃあ静かで清楚っぽい子ってのは良きモノとも言えるしな。勿論元気で可愛い子も大歓迎」
「それって可愛けりゃなんでもいいってことじゃないのか」
「そうともいうな。けれど許せ。それが男であり、彼女らが無条件で放つ美に誘惑されてしまった罪深き俺だ」
誰に言ってんだかコイツは。やや呆れかけるがまぁわからんでもない。
そんなことより霧野宮先輩がまさかこの学校の生徒とは、予想外というかなんというか。暇な時にでも図書室に顔を出してみようかな。これで苗字が同じだけの他人なら恥ずかしいが、まぁそうそう被りそうにない苗字だしその心配はないだろう。
「いや、しかし良かったぜ。俺はお前が女に興味を無くしてジジイになるまで犬とのんきに老後を過ごす余生を送っていくのかと不安になっていたからよー」
「あー、それは全然アリだな。ていうかさっさとジジイになってそんなのんびりとした人生を送りてーな。世の中は目まぐるしすぎて俺じゃついていけない」
「何言ってんだ若者。苦労あってこその余生だろうが」
「……正論はずるくねーか」
俺がそう言うと一平は歯を見せながら笑う。腹立つ。……ん? なんか無性に周りから女子の声が聞こえなくなってるような。……ああ、なるほど。
「ははは。って言うか思ったんだけどよ、なんでお前制服の肩の辺り焦がしてんの?」
一平は早朝出会った黒いワンワンちゃんから受けた唯一のダメージ箇所を指す。
「ああ、アイロンかけてたら焦がした」
などとありきたりな言い訳をすると一平は対して気にした様子もない表情を見せる。これで違和感を覚えて追求してきたらむしろ驚く。名探偵かお前はって。
「そうか。まぁそんなことよか、可愛い女子のお話の再開でもしよーじゃないですか!」
「悪いけれど、パス。残り時間は眠って過ごす。俺まで周りの女子に変な目されるのは勘弁だからさ」
一平はそれを聞いて驚くように目を見開いてキョロキョロと周りを見渡す。そして女子の不審な目に気付いて、周りに愛想笑いをしている。そして俺の方を向いて一平は目をつりあげて言った。
「は……早く言えよぉ! トリウマァ!」
「俺もさっき気付いたんだ、悪く思うなよ」
そう言って、一平の反論を聞く前に俺は机に伏してホームルームを待つことにした。
++++++
それは小学校のときに母親からある物を教わった日のことだ。二度目の怪物に襲われた日のこと。人のいない夕暮れの路地でのお話。
「母さんさ、アンタを助けてあげたい。けれどね、きっとこの先母さんだけじゃ助けきれないときが来ちゃうんじゃないかって思ってる」
俺を助けにきてくれた母さんは、怪物を倒した後に俺の肩を掴みながら辛そうな声でそれを俺に申告する。けれど、俺はそれを聞いてホッとしていた。
母さんにこれ以上、無茶させずに済む。
ガキだった俺は俺なりに、そんなことを考えていた。
俺は小学生三年辺りに、怪物と呼ばれる不可解な連中に襲われた。そして、一ヶ月も経たないうちに、俺はまた怪物に襲われた。
最初は怯えた、怖かった。けれど母さんが助けてくれた。もう出会うことはない、そう思っていたのに。怪物はまた現れた。
今回も母さんに助けられたが、俺はこう思っていた。こいつらは、また出てくるんじゃないのか。って。
それを思うと俺は――腹が立った。
どうしてあんなのに俺が震えなきゃならない。どうして母さんに心配させなきゃならない、俺はもっとのんびりと生きていきたいのに。とか言う熱血補正入ってんじゃないのかってぐらいのプラス思考で奴らに対して怒りを感じていた。だから俺は。
「だから――」
「母さん、母さんの技を教えてよ」
母さんがうつむきながら、辛そうに言おうとしたと思われる言葉を先回りして言ってやった。
母さんは、魔法使いだ。少なくとも、当時の俺にはそう見えていた。レーザーのような赤い光やバリアのような青い光を自在に操って怪物を倒す姿は、まさしくゲームで見た魔法使いのような姿であった。
だから、それさえ使えれば俺も迷惑をかけずに済む。何よりも――。
「アイツら、ムカつくんだ。ウミやトラ、姉ちゃんにだってアイツら戦いに来るかも知れないんだろ。だったら俺強くなる。強くなってアイツらぶっ倒す」
驚いてこちらを見る母さんに対して小さな俺は、今じゃやることすら恥ずかしいサムズアップを母さんに向けていた。それを見た母さんは、優しく笑みを見せて言った。
「……情けないね、母さんはアンタをそれに教えることを躊躇った。そういう世界を見せたくないと思ってさ」
「そういう世界? よくわからないけど、もう見ちゃってるよ。あいつら倒せるんだから、お化けみたいに怖くなんかないんだ。母さんの技さえ使えればらくしょーさ!」
んなことねーよ。とつっこんでやりたいぐらいに自信満々な俺に対して、母さんは表情を一変させ真剣な表情をさせて言った。
「甘くみちゃ駄目よ、鳥馬」
その表情の豹変っぷりに、俺は思わず息を呑んでいた。
「アレはね、世界に見えちゃいけない連中なの。何故だかわかる? まさしく会っちゃいけない存在だから。会えば、殺されてしまうぐらいの連中なのよ」
「会っちゃ、いけない」
ただ、母さんの言葉を復唱するように声を出した。そう言った俺に対して母さんは頷く。
「そう。母さんが使っていた技も、本来この世界には無かったはずのもの。だから鳥馬はこれを人に見せちゃいけない。世界に無かったものがどんなに危険かは、さっきので鳥馬にもわかるわよね」
俺はコクリと頷いた。あの怪物ですら倒せるほどの力を得るということは、何も考えなければそれに成り下がってしまう。そこまでは考えてなかったとしても、当時の俺はその危険性を十分理解していた。
「だから、母さんとしてはこれを教えるのは本当は反対。もしかしたらもう怪物は出てこないかもしれない、だとしたら鳥馬を無意味に危険にさせるものを教えようとしているんだからね。それに、本当に扱えるようになるかもわからない、それでも鳥馬は教わりたいの?」
一瞬、言葉が詰まる。けれどすぐに口を開いた。
「男に二言はねー! 母さんも父さんもウミもトラも姉ちゃんも、ついでに自分も助けられるんなら最高だ! 守れないこと以上に、こわいもんなんてあるもんか!」
自分を、家族を。それらを守れないことの方がどれだけ怖いか。その時無力なことがどれだけ惨めでかっこ悪くて情けないか。それを言葉に力強さを持たせて母さんに吐き捨てた。
言葉を吐いた俺を見て、母さんは清清しそうに口を吊り上げる。
「うん、よく言った。それでこそ男の子。んで、私の息子だ。――それじゃ、早速修行を開始するわよ」
「え、今から? 明日からに……」
「何甘ったれてんの! やるって言ったからにはやる! さぁ、家帰って早速修行よ修行!」
「う……うぁー! まだゲームクリアしてないのあるからやりたいのにー!」
そんな子供らしい未練をはきながら、俺は母さんに引きずられていった。確かに、言ってちょっと後悔したけれど、母さんの辛そうな声はいつもの元気な声へと戻っていた。それだけで、少し安心してしまっていた、俺がいた。