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3.吸甘鬼の水晶少女

 甘い。それは砂糖とかが入ってる飲み物やお菓子などに対して言われる言葉。人間性に対しても、皮肉や冗談で言ってくる人物も多いだろう。たまに本気で言う人もいるが。

 けれど、目の前の白髪の少女はそれを好むような発言をした。優しさとは言わず、甘さと。


「人を見捨てられない甘さ、怠惰に生きようとする甘さ。それだけでもいいのに、私と同じ異端。そんな素敵な貴方を私は酷く気に入ったと思ったの」


 人間なのは良かったのか悪かったのかだけどね、と少女は付け加える。よくわからん、いや、何と言うかつまるところ。


「俺が駄目人間だから気に入ったってことですかね、怪物さん」

「えっ、あ……いいえ? 駄目ではないわ、駄目と甘さは非なるもの。私はそれが解る、解り得るのよ」

「え、どうしてさ」


 俺が問うと、彼女は手に持ったミルクティーを飲み、満足したような表情をして言った。


「私ね、甘さを理解し甘味を以て生命を維持する怪物なの。――言うのであれば、吸甘鬼、と言ったところかしらね」


 ――吸甘鬼きゅうかんき。その発言を聞いた俺は、最初に思ったことを口にした。


「……語呂悪くね?」

「う……うるさい! じゃあなに、シュガードレインとかそういう名前考えろって言うの!?」

「ていうか自分で考えたんすかアンタ」

「しょうがないでしょ! 無名の怪物として名を馳せるなんてこの世界じゃ難しいんだから!」


 白めの肌のおかげで、興奮すると頬が赤くなっているのがわかりやすいこの怪物少女。さっきまでの言動からして彼女は照れ屋さんだということはもうなんとなくわかった。

 恐らく、このネーミングからして血を吸う怪物、吸血鬼という怪物をモチーフとして考えた名前なのだろう。想像するに糖分を取ろうとしていく怪物、ってことだろうか。なんとも可愛げのある怪物だろうか。


「えー、甘い物が好き。だから甘さのある人間も好きって解釈でおけー?」

「まぁ、そういうことかな。ただ、甘いもの取らなきゃ死んじゃうからただの好きってわけじゃないけど……って、別に貴方が好きってわけじゃないからね! 気に入った止まりなんだから!」

「それはありがたいってか、なんというか」


 つまり、彼女は異端という親近感。甘さという好物に惹かれて俺を気に入ったってことか。ただ、自分を異端と言われるのはシャクだ。


「言っとくけど、俺は別に能力者とか魔法使いなんて類の人間じゃない。ただ巻き込まれ体質なだけなんだよ。甘いのは認めるけど、異端とは認めるわけにはいかないね」

「そうなの? 私から逃走って行動を行なわない時点でこういうのは慣れっこな異端者だと思ったけど。でも、うん、いいわ。それは取り消してあげる。それでも貴方が不思議な何かを体得している、やや善人体質だっていうのはどうあがいたって撤回できないけどね」

「善人っつうか、偽善者だよ俺は。自分の気持ちに気持ち悪さを残さないためにそれをやろうとしてるだけ」

「自分の善を否定するのね貴方は。でもその甘さもまた素敵だと私は思う。……んー! 貴方が飲食物なら食べてしまいたい! ちょっとだけかじっていい?」

「勘弁してくれよ吸甘鬼さん」


 今にもよだれが出てきそうなくらい目が輝いてらっしゃるので俺は顔を背ける。前言撤回。やっぱなんだって怖いもんだよ、怪物ってのは。

 そう思いつつ彼女の瞳をふと覗いてみると、その目は先ほどの水晶のように、鏡のように輝く目とは異なっており、青く澄み切った目に切り替わっていた。あの変化は一体なんだったのだろうか。


「……そういえば吸甘鬼さん」

「レイリア・クォーリティア」

「……ん?」

「私の名前よ微妙人間。そんな名前で呼ばれっぱなしじゃ私としてもなんかむずがゆいし」


 成程、そりゃそうだ。自分で考えた名称を呼ばれるって言うのは存外恥ずかしいものではある。名前があるのであれば名前で呼んだ方がいいだろう。


「んじゃあ改めましてレイリアさん、さっきの水晶みたいなのはアンタの力か?」


 今は消えているが、邪犬を滅ぼした輝く透明の何か。正直言うと、意味不明で凄いというだけしかわからんアレを彼女は作り出したんだろうか。


「ええそうよ。透明水晶、略して透晶。私の眼から生み出す、世界に刻む神秘の力。いわゆる、私の異常故の力という奴ね」


 つまり、あの邪犬の顎を貫いた柱のような剣のような突起物やガラスの破片のようなものは彼女が生み出したモノということは間違いないらしい。言い方からして、それを使う時はあんな透明な眼になるらしいのだが、うーん。


「……一応、わかった。ありがとう」


 ギブアップ。駄目だ、さっぱり理解できん。こう、CDをMP3プレーヤーで再生しようとしているぐらいに噛み合わない気がした。恐らくだが、俺が知ってるオカルトとはまた別のオカルト展開な事柄なんだろう。やっぱり俺は、オカルト的なのは肌に合わない。彼女がアレを作り出せるということ、それさえわかればまぁいいとしよう。


「質問は以上?」

「うん、以上だ」

「……なんか質問しておいてあまり理解しようとしてない気がしたんだけど」

「え。や、きっと気のせいだ。それより、そろそろ解放してもらえないかなレイリアさん。早めに出たとはいえ、学校に遅れてしまう可能性もあるしさ」

「学校? ああ、人間の通う学び舎のことね。えっと、じゃあ」


 彼女はスカートのポケットにもぞもぞと手を入れる。何を出すのかと思ったら。


「じゃーん!」


 非常に嬉しそう表情で、猫のような口をさせながら取り出したのは――携帯電話だった。


「びっくりした? 異端の私が携帯電話なんてーって! 最新の怪物っていうのはね、ちゃんと携帯電話だって使いこなせるんだから!」


 彼女は優位に立ったような表情、いわゆるドヤ顔をしながら語る。確かに驚いたではあるが、もうこの娘っこが嬉しそうだからその驚きなんかどうでもいいかと思ってしまった。


「それで、貴方も携帯電話持ってるでしょ? だから、あれ。アドレス交換しましょ。そしたらすぐに連絡が取れるでしょ?」

「あー、そうだけど……」


 弱った。俺としてはここで別れてすっぱりとさよならしたいのだが……彼女の嬉しそうな表情が俺の良心を揺さぶってくる。これが、彼女好みの心の甘さってやつですか。塩味な心にしてしまいたい。

 ……まぁ、いいか。別に面倒だったら連絡を取らなきゃいいだけだし。人の目が無ければ俺は残酷になれる少年。なぜなら怠惰がモットーであるからだ。


「おっけー、わかったよ。それじゃあ、赤外線通信でいいか?」


 俺がそう聞くと、レイリアさんは物知らぬ子供のようにキョトンとした表情をする。


「なにそれ? 新手の肌荒れ光線?」


 ……どうやら、赤外線通信がわからないようだ。教えてあげるのも構わないのだが、とりあえず今は電話番号だけ教えればいいかな。


「……ごめん、じゃあ連絡先で」

「あ、うん」


 まだよくわかってないような表情でレイリアさんは俺に電話番号を教える。知識を持ってるのか持ってないのか、なんて曖昧な怪物なのだろうか彼女は。

 など考えながら俺は携帯をポケットから取り出して彼女の携帯番号に電話をかける。すると、設定変更を行なっていないようなシンプルな着信音が鳴る。


「うわわわっ!?」


 それにうろたえる白い髪の怪物さん。もしやとは思ったが、彼女は携帯を使い慣れていないんだろう。間違いなく。

 とりあえず、俺は携帯の着信を切る。すると、彼女はまたも驚いた表情で自分の携帯画面を見ている。そして睨みつけるようにジッと見ている。


「……それじゃ、それをアドレス帳に登録しておいてな」

「えっ、ええ。ちゃんとやっておくわ、任せておいて全然大丈夫よ」


 わからないけど虚勢張ってる感が半端ないな。一体携帯の契約とか彼女はどうやってやったんだ? ……仕方ないな、本当に。


「……貸してみ。アドレス登録しとくからさ」

「だ……大丈夫よこれぐらい! 私だってこんなのぐらいは……あっ!」


 俺は彼女の携帯を取り上げて、ささっとアドレスを登録して渡し直す。


「これで登録できたから、大丈夫。言っておくけど、電話したら毎回取ると思うなよな」

「あっ……うん、ありがとう」


 彼女は、携帯画面に映っている俺が自分で登録したアドレスを見ながら呟いた。


「はしい、とりうま?」

橋居はしい 鳥馬ちょうまだよ。どっちでもいいけどさ」


 どうせ学友からもトリウマとか呼ばれてるし、そんな名前でも聞きなれたもんだ。鳥を切って鹿を付け足すような名前で言う奴もいるが。


「そっか、チョウマって言うのね。わかったわチョウマ、今度から私もそう呼ぶ。だから貴方もレイリアって呼び捨てていいからね」

「あいよ。そうするよ」


 さて、ちょうどいい時間だ。今から学校に向かえば間に合うだろう。全く、朝から怪物に絡まれて不幸な朝であった。

 学校カバンを持ってベンチから立ち上がったとき、レイリアは言った。


「け……けれど勘違いしないでよね。貴方は美味しそうだけど、好きってわけじゃないんだから」


 顔を赤くさせて顔を背けながらそう言った彼女を見て、よくわからんとは思ったが、改めよう。やや不幸な朝であったと。

 可愛い怪物も世の中にはいるもんだと思いながら、レイリアに笑みを送って公園の石造りの道を通りつつ学校へと向かうことにした。

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