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19.夢と現と

「起きて、チョウマくん」


 誰かが呼んでいる。誰だ――


「って、いででででっ!」


 頬をつねられて無理矢理たたき起こされた。なんという嫌がらせ――ってあれ、痛くない。


「あははは、当然だよチョウマくん。ここは夢の中なんだから」


 思考を読んだかのように返答する黒髪の少女。エスパーかと。


「って、お前は……」


 名前を言おうとすると、黒髪の少女は俺の口に人差し指を当ててくる。


「言わなくていいよ、そんな自己紹介みたいにさ」


 風の吹く草原に座りながら、少女はクスクスと笑う。その顔は、昔とさっぱり変わっていない。そのことがまさしく夢なのだと、俺は認識した。


「そんなことより、チョウマくんってば異端相手に悔い改めろなんて、物凄いこと言ったね」

「……まぁ、自分でも変なこと言ったとは思ってるさ」

「変すぎるよ。危ないものに情けなんて、危ない以外の何でもない。自分の命が惜しくなかったの?」

「ん、まぁ、割と」

「……呆れちゃうなぁ。でもそれはそうだよね、じゃなきゃあんな自暴自棄に魔力を目一杯生成なんかしないよね。魔法使いでもあんなの愚かすぎて使わないよ」


 あれ、コイツ魔法使いのこと知ってたっけ。


「だから、君の夢なんだから私はなんだって知ってるよ。――君が私に未練があるってこともさ」

「…………」


 思わず、黙ってしまう。けれど吹き飛ばすように、少女は微笑みながらクスクスと笑う。


「気にしなくてもいいって言ったのにいつまでも気にしちゃって。男の子ってそういうとこ、引きずっちゃうよね。もっと自由にロマンチストに生きてみなきゃ駄目だよチョウマくん」

「……でも、俺はお前を守れなかった。守れたはずなのに、守れなかった」

「あははっ、そうかもね。でもそれはそれ、これはこれって言うでしょ? 第一、今のチョウマくんってそんなキャラじゃないでしょうに。キャラ崩壊しちゃってるよ?」

「キャラ崩壊ってお前な……」


 夢の中だって言うのに、昔と何にも変わりやしない。ちょっとぐらいは都合よく優しくなってもいいんじゃないかと思う。


「や……優しくって! きゃあ、チョウマくんって私をそんな野獣の視線で見ていたの? 歳を取ってチョウマくんは変態露出男になっちゃったんだね、ついでにロリータコンプレックスを患っちゃったんだね!」

「そういう意味じゃないっての。だからその暴漢に狙われる女性の怖がるポーズを止めろ。本気で俺がそういう人みたいじゃないか。ていうか露出してないし」

「もー、冗談だよ冗談。チョウマくんが夢の中なのに悪いことばっかり考えちゃうからはぐらかしてあげただけ」

「そりゃ大きなお世話様なことで」


 ああ、もう。コイツのペースに引きづられっぱなしだ。しんみりした感じも全く無い。

 すると俺を宥めるように少女は言う。


「まぁまぁ。話を戻すけどね、チョウマくんは思い出を大事にしすぎなの。私を大事に思ってくれるのは嬉しいけど、それで現在を捨てちゃ意味ないよね。私が最後に言ったこと、全くわかってくれてない」

「……は?」

「だってそうでしょ? わかってるならあんなバカな真似しない。言葉じゃなくて思い出ばーっか見てさ、私の言葉より思い出の方が大事なの?」


 なんか知らないが、黒髪の少女は怒るように言ってくる。思い出と言葉にそんなに違いがあるのか? 第一、それを蔑ろにしようだなんて俺は思って――。


「いいや、思ってる。もう、これじゃ死なせる訳にはいかないね」

「……なぁ、俺はお前が言ってることがさっぱりわからないんだが」

「うん、それも知ってる。だからそれを知るまでチョウマくんは死んだら駄目なのです」


 などと言いながら、黒髪の少女はポケットの中から何かを取り出す。


「ちゃーんと私の言ったことを百点満点でわかるまでは死ぬのは許しませんなんです。ちゃんと、現世で答えを見つけてきてください」


 そうして取り出されたものが見える――いや、お前それ言葉と全くあってないんですけど。


「なぁ、待て。お前今死んだら駄目って言ったよな。なのに――なんだその巨大ハンマー」


 というか、ポケットからどうやって出した。いやいや、ポケットにどうやって入れた。そして何で野球選手のように素振りをしているんだ。


「それじゃ、現世で待ってるお友達によろしくね、チョウマくん」


 にっこりと、少女は笑う。ああ、昔からろくでもないとは思っていたが、夢の中じゃ更にろくでもなかった。


「待て。わかった、死なないから、頑張るからそのハンマー振り下ろすのはやめ――」


 ぐしゃりっ。



 潰された。骨も肉も何もかも。


 それでも、最後にあの言葉が聞こえた。あの時と同じ、あの言葉が。


「――私の分まで、みんなを守ってね」


++++++


「……ここ、は」


 目を覚ます。その天井は、見たことがない。

 眠っている場所は――ベットか? なんか白くて病院のベットっぽいけど。


「気がつきましたか」


 声が聞こえた。まだ霞む目でそちらを見る。――なんか、知ってるような気のする人だ。


「どうやら、まだ回復しきってないみたいですね。ゆっくりと眠っていてください」

「……ああ、悪いけどそうさせて――」

「そして貴方が完全に眠ったところで全裸にひん剥き、メイにその写真を売りさばくので」

「やっぱもう大丈夫だ」


 そんなこと言われておちおち寝ていられるか。って、メイ?


 視力が回復していく。そして、近くに座っている人物を見るとそこにいたのは――。


「……氷野、先輩?」

「正解です。よく覚えてましたね」


 ピンポーンと、指で輪っかを作って言う。いや、どうして氷野先輩がここに。そもそもここがどこかすらわからないんだけどさ。

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、氷野先輩は説明し始める。


「ここは、私達の組織の医療室です。遠神くんに貴方の様子を見て欲しいと言われて見てみたら、死にかけてたので治療しました」

「治療したって……」

「一応、これでも私達は裏側に住む組織です。貴方が魔力どうこうでズタボロになろうが治療できる。そういうエキスパートもいるんですよ」


 すらすらと当たり前のように言ってく氷野先輩。エキスパート半端ない。

 それで、会話していて一つわかったことがある。まさか――氷野先輩まで、修復者の人間だったとは。


 そう言った視線をぶつけていると、氷野先輩はふっと笑う。


「言いましたでしょう。貴方が貴方でいるのなら、また会うことになると」

「……あんなんでそんなの察せないですよ」

「それは駄目ですね。メイの彼氏になるには十年早いと言わせてもらいましょう」

「それ、金銭面的な意味ですか」


 そもそも、霧野宮先輩の彼氏とか俺には手が届かないというか何と言うか。


「そういえば、レイリアや遠神、それと――あのキャップ女は?」

「レイリア・クォーリティアですか。あの子ならほらそこに」


 氷野先輩は俺の斜め左に視線を向ける。

 そこには、俺の左手を握りながら眠るレイリアがいた。


「貴方が倒れてその子心配してましたよ。よっぽど好かれてるんですね、この女ったらし」

「その言われ方、すっごい嫌なんですけど」

「じゃあフラグメイカーとでも言っておきますか? メイといいその子といい、なんですかその美少女吸引能力は、腹立たしい。いっそ死んでそれを治してから蘇るべきだったんじゃないですか?」


 淡々と酷く言ってくる氷野先輩。俺がなんかしたとでも言うのだろうか。


「それと、遠神くんはもう治療を終えてトレーニング中です。私も止めたんですが、どうしても特訓がしたいと涙目で頼み込んでくるので」

「……アイツもほんと真面目な奴だな」


 呆れるように俺は言う。すると、氷野先輩はあさっての方向を見ながら笑うように息を漏らす。……追求はしないほうがよさそうだな。

 まぁ、それでも生きているのなら良かった。アテって言うのは修復者の仲間のことだったんだな。アイツのおかげで俺も助かったんだし、後で礼を言わなくちゃならない。


「それで最後に、あの人狼のことですが――行方不明です」

「……行方不明?」

「ええ。私が貴方達のところに駆け付けた時にはもう人狼はいませんでした。けれど、そこのレイリアさんが言ってましたよ、アレはもう殺人鬼にも狩人にもなりきれない、と」

「どういうことですか、それ」

「さて。私にはわかりませんが、心が折れたんじゃないでしょうか。貴方を殺せず、遠神くんを殺せず、レイリアさんを殺せずとね」


 ……そういうもんか。確かに、あの女は元々人間っぽかったし、それもまた有り得るのかもな。

 なんであれ、殺さなくなったって言うならそれで何よりだ。


「さてと、目覚めたのならもういいでしょう。後は、のんびりと休んでいてください。私も修復者としての任務があるので」

「ああ、おけー。さんきゅうです、氷野先輩」


 そう言うと、氷野先輩は微笑みを向けたあと、部屋から出て行った。……やっぱあの人はどうも苦手だ。


「……んー、チョウマァ……」


 レイリアの寝言が聞こえる。……起こすのもなんだしなそのまま寝かしといてやろう。俺もまだ眠い。


 ……何となしに、俺はレイリアの頭に手をポンッと置く。


 ――ありがとな、レイリア。


 そう漏らして、俺は再び眠りに着いた。

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