18.戦闘のあと
甘すぎると、俺は言った。
目の前で目を白黒させている奴に言ってやった。
でも、そいつは、笑った。
「は、はははっ。甘い? それは君なんじゃないの?」
――答えない。
「君、私を殺せないからここで止めたんでしょ? ここで殺さなかったら、君のせいで殺人が起きるんだよ?」
――答えない。
「後ろにいる、あの子は私以下の存在なのかな? 仇も取れない、臆病者」
――――答え、ない。
「そうじゃないって言うのなら、やってみなさいよ。君が私をここで逃がすのなら、この町の住人はどんどん死んでいく。――そんな悪夢、耐え切れるわけないでしょ?」
歯を強く、噛み合せる。
身体は確かにボロボロだ、それでもこの女を俺は殺せる。けれど、けれど――俺は、コイツの言う通り、怖がっている。怖くないはずが、ないだろう。
でも、それは。
「――お前も、だろうが」
コイツも、一緒だ。
「わたし……も? 何を言ってるの? 私は君みたいに臆病じゃない、あっさりと人を殺していける」
相変わらず笑顔を見せるキャップ女。けれど、その表情はどこか引きつっている。
「ああ、そうだろうよ。お前は殺せる。殺さなきゃ生きていけない――臆病者の偽悪者だ」
「っ……!」
もうコイツは人を傷つけた。だから人を殺せる。――自分で、そう思い込んでいる。
そんな甘ったれた逃げ道をこいつは勝手に作っている。
人を殺すって言うのは、自分を殺してしまうのだ。生きていてもいい居場所を、片っ端から奪われる。
だから逃げられなくなって、生きても大丈夫だと思える居場所――すなわち、悪へと走る。
――そんなの、ただの幻だって言うのに。
コイツはきっと、俺に殺して欲しかったのだろう。自分らしくあることの出来た今を継続したまま死にたいと。
それは、他人の嫌う最低の我侭。
それを聞いてやれるほど俺は、甘くない。強くない。
だから言ってやる。
「悔い改めろ」
一言、そう言った。
そして、言葉を紡いでいく。
「お前はまだ……憎たらしいけど、人を殺していないんだろ。なら、まだやり直せる」
そう言うと、キャップ女は始めてこちらへ明確な嫌悪を露わにして言った。
「ふざけんな! アンタ何様よ! そんな綺麗事で満足するわけないでしょ!」
「知ってる。でも、そう言うしかない。俺はアンタの言ったとおり最低なぐらい甘ったれの弱虫でさ、怖いんだよ。――死を見てしまうのが、たまらなく怖い」
喉の奥が震える。
本当に、もう見たくもない。どうしてあんなものを見たいと思う。失われるって言う空虚感を、どうして受け入れられよう。
けれど、キャップ女は更に嫌悪の表情を浮かべている。逆に、俺を憎むかのように。……実に、腹立たしい。
「……あの子、私に殺されたのよ。憎くないの? 殺してやりたいとか思わないの!?」
「憎いし殺してやりてぇよこのクソアマ!」
拳に力を込め、間髪入れず叫ぶように言い返した。
俺の怒号に、キャップ女は唖然としている。
ああ、そうさ。ぶっ殺したい。殺意を持ってその全身をゴミみたいにしてやりたい。
でも――出来ない。出来っこない。
母さんからこの力を教えてもらった時の言葉と、幼い頃の正義感。
そして、殺人に苦しんだあの子の言葉と、レイリアの笑顔が――――たまらなく、俺の殺意を殺すんだ。
どさりと、キャップ女から手を放す。
……違う、力が入らなくなってきたから、放さざる得なかった。
「……どうして、泣いてるのよ君」
キャップ女は言う。……泣いてなんか、いるもんか。
「泣かないでよ。そんな顔をされたら、なんだか笑えないじゃない。私に……人間らしさを思い出させないでよ」
「…………」
「どうして……どうしてよ。なんで君は泣くの。そんなの、私に見せないでよ。見たくなんか無い、そんなの見せられたら――私が、悪いことをしてるみたいじゃない」
震える声で、キャップ女は言葉を漏らす。けれど、その言葉になんて返せば――。
「悪いことを、したのよ貴方は」
……え。
「悪いことをした。間違いなくやったの。力を持ってもね、悪いことは悪いことなんだから」
聞き覚えのある、声。
「人間って、力があればそれを実行出来てしまうから、出来るのなら何をしてもいいって暴走してしまうこともあるからね。力は甘さを生み出す最高の呼び水だもの。同時に、弱さに溺れて甘える人間も一緒に増えていくんだけどね」
顔を上げて、真正面を見る。そこには――。
「そんなどうしようもなく甘いところがきっと……人間の愚かなとこでもあって、素敵なところでもある。私はそう思うわ、人間さん」
……レイリア・クォーリティアが、平然と、威風を持って立っていた。
「……貴方、どうして……」
俺の聞こうとしたことを代弁するように、キャップ女が目を見開いて問う。すると、レイリアは不敵に笑った。
「たかだか人間の怪物モドキ程度に、私は殺されない。――――怪物って、有り得ない存在だから怪物って呼ばれるのよ、モドキさん」
見下すように、優越感に浸るように、彼女は怪物として狩人に言い告げる。
言われた狩人は、力なく笑う。
「まさか……女の子の一人も狩り切れてなかった、なんて。
あははっ……ほんと、最悪。最低よ、貴方達…………こんな最悪な気分になるのなら、君なんて見逃しておくべきだった、だったんだ……!」
そして、彼女はへたり込みながら涙を流す。まるで、夢から覚めて帰ってきたように。
……いいや、夢だったんだろう。人殺しを楽しめる、狩人になるという夢想。
どうして、コイツがそれに至ったかはわからない。けれど、そうなるキッカケがあったから夢を掴もうとした。
結局は、人として間違った方向性の夢だったから、結果的にこうなってしまった――いいや、それを知っていたからこいつは獣になりきろうとしたのかも知れない。
それでも、最後の最後で獣になりきれなかった。演じられなかったのだろう。――心に、人が残ってしまっていたから。
……なんて都合のいい解釈。けれど、いいじゃないか。いいことがあったんだ、悪くみえていたものを手の平返して好意的に見てもさ。
「という訳で……どうす――チョウマ!?」
ああ、なんか疲れた。凡人のくせに無茶しすぎたせいだな。――今日は頑張りすぎた、たまには、地面で寝るのもいいもんだ――。
そこで俺の意識は、ふんわりと、途切れた。




