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ウィンターソルジャー  作者: 鷹雪
帰還者と盗賊達はバカ騒ぎ
9/27

異貌の帰還者

 地下にある看板のないレストラン、そんなシーフギルドは今、とても騒がしかった。

大きな声を上げているのはあのエルフのコヨーテと呼ばれる幹部に間違いない。そして、それに続くように男達の声もまた、このうす暗い地下の空間と水面に跳ね返るように低く響いていた。

 入口から入ってきたグリフはその面白い新しいギルドのたたずまいと、そこでなにやら騒いでいる連中を目を細めて見る。続いてマッカローニが入ってきてフードを下ろすと、彼の方に顔を向けて

「なかなかいいじゃないか、正直俺もここがいいな。ここから追い出される時はうちに譲ってくれないかな。」

 笑えない冗談だったので、マッカローニは顔色を変えずにただ後ろから強めにグリフの背中を押しだすと歩きはじめる。


 騒いでた彼らだが、誰かが入口から入ってきて、しかもその中の1人が先ほどからこの場より姿を消していたマッカローニだと確認した。するとさっそくだが、声が一番デカイあのコヨーテが口火を切る

「ああっ!?この馬鹿野郎がっ。この重大事にコソコソどこかに隠れやがって!だいたい、柄にもないてめぇの子飼いのガキ………。」

 自分の相棒が連れているもう1人が誰なのか、確認しようとしてか段々と声が小さくなっていく。

周りの盗賊達も自然と誰を連れてきたのかと興味しんしんの様子だった。だが、そんな仲間達の視線をはぐらかすように、後ろについてくる友人の正体には触れず。

「みんな、この一大事に席をはずしてすまない。この友人を迎えにいかなくてはならなくてな。もう一度言う、すまなかった。」

 マッカローニの口からまず謝罪が飛び出すと、思い出したように再びコヨーテが噛みついてくる。

「本当だぜ、相棒。この一大事に。そんなどこぞの貴族なんて、どうでもいいじゃないのさ。」

「いや、そんなことはない。彼のおかげで皆にいい知らせがある。」

 コヨーテの文句にいきなりマッカローニは極論ともいえる、希望を提示して見せた。

「マックさんよォ。お前さんは腕もたつが頭もキレる。それはここにいる全員がわかっていることだ。そのあんたがこの状況でいい知らせがあるというんだ。それは昨日のあんたの問題児の起こした一件に解決の目処がついた、そう考えていいってのか?」

 重々しい口調で聞いてくるのは古参のドワーフの盗賊、錠前破りの達人オマリである。普段はめったに口を開かない彼が語ることで、皆は頷きながら同時にその中身に興味を示しだした。

「そうだ。知っての通り、ボスは今留守だ。帰ってくるのは早くても4日後。それまで待っているわけにはいかない。俺達の力で解決するしかないんだ。」

「そんなことあんたに改めて言われなくてもわかってるさ。それじゃベルンハルド、警備の方はどうなんだよ?今、むこうの連中に動きは?」

 そう不満げに口にするのはまだ若さの残る人間だった。その彼に聞かれてベルンハルドという盗賊にしてはいように体の大きい男が口を開く。

「今朝からは不思議とこちらに対して動きはない。そして、今もってどこにも攻撃された形跡はない。だがそれもいつまでつづくかわからない。やつらがこちらに報復してくるであろうことは間違いないからな。」

 大男の口にする淡々とした言葉で再び皆のあいだに重い空気立ちこめていく。

「わかってる、だがその心配はもういらない。ところで、今はどんな話しになっている?」

 マッカローニが皆の顔を見回しながら聞くと、カウンターの中にいたエプロンをした黒い肌の女性が口を開くと

「あの娘をどうするかって話しになってる。へススがむこうに調停員を送って引き渡してはって言ってて。他はうちで処分しようとか。あとはまぁ、色々だけどそのあたりだね。」

「そうか、ありがとうレニー。つまり、まだまとまっていないわけだな、よかった。」

 その言葉に眉を吊り上げたコヨーテが怒鳴り声を上げた

「良かった?よくねーよ!あのクソガキ。いちいちムカついてたあの○▲×●◆が調子に乗りやがって。お前がだいたいなぁ…」

 まだまだ罵声が続く、そんな時である。登場以来一言も口を開かなかったグリフの口元に笑みが浮かぶと「ぷぷっ」となにかが漏れ出し、それはすぐに大きな哄笑へと変化した。


ウォハッハハハハハハッハッハッー!!


 凄い笑い声であった。いや、その中にどちらかというと常軌を逸した狂気を感じる響きがあった。壁に反響し水面を揺らさんばかりの大笑。それに盗賊達は呆気にとられてしまったが、次第に自分達が笑われていることを理解して、それぞれの顔に怒りの表情を浮かべる。

 だが、それでもグリフは笑うのをやめない。マッカローニが袖を引っ張ることで、ようやく落ち着きを取り戻していく。

「おいっ、だいたいなぁ。そこにいる、お貴族様ァはいったい何なんだよ!?」

「やれやれ、まったく”お前等”の相変わらずぶりを見ると涙を抑えるのにも苦労するなぁ。」

 コヨーテの噛みつきを全く無視するようにグリフはそういいながらも、目尻に沸いた涙を本当に吹いているあたり。案外本気で大笑いしてしまったのかもしれない。

「グリフター!?」

「まさかっ」

「そんな、嘘だろ?」

 その声を聞いてどうやら貴族の正体に気がついたらしく、テーブルに座っている幹部も古参の盗賊達もみな頭を抱えんばかりにショックを受けた。7年ぶりに再会した相手は、かつての姿とは見る影もなかった。そうだあんなにぶくぶくと太ってはいなかった………。

 しかし反対にグリフはと言うと、これまで誰にも見せたことのない。どこか不敵で、尊大で、クソ生意気で、そして狂気を感じる調子っぱずれの話し方。そんなかつての盗賊グリフターの顔がそこに現れていた。

「や、久しぶり。しっかし、相変わらず不満面をするのが好きなあんたはいい”先輩”だったぁ。なぁ、バズ?おっと、バズ先輩とお呼びしないと、またまた不満が口からこぼれ落ちちゃうのかな?」

 すると先ほど大男に話しかけた若いのが口をとがらせながら

「お、お前…じゃない、あんたに先輩なんて……」

「呼ばれたくないね、もう関係ないんだし。だったか?まったく成長してないみたいだね。」

 言いかける相手に最後まで言わさず、台詞をいいきってしまうと人の悪い顔をした。

「おい、若いの。お前、どんな面を下げて……。」

 ドワーフのオマリが口を開いて凄もうとすると、グリフはその目を平然と見返しながら

「こじ開ける錠前と女の股座がありゃ満足のドワーフさんが、誰に何を言ってる?キラキラ光るものを探して、さっさと自分の仕事に戻ってろよ爺さん。」

 口のきき方も普段以上に悪く、滅茶苦茶である。そんなグリフの登場に頭を抱える奴等がいる一方でベルンガルドと呼ばれたあの大男は

「久しぶりだな、グリフター。あんたが戻ってきてくれるなら安心だ。頼りにしてるよ。」

 いきなりこれである。

「なにいってるんだ、デカブツ。あんたの仕事を俺に投げつけてもしょうがないぜ?」

 愉快そうに馬鹿にしながらそう言うグリフだが、それまでと違い言葉の中にわずかに情を感じさせるものがあった。続いて

「おお、レニー。レギニータ、その指輪を見てがっかりしたよ。レオンの情熱に負けちゃったのか。残念、あんたのベットに今度こそどう入って口説こうか楽しみにしていたというのに。」

「レオンにも挨拶してちょうだいね。それと子供も出来たんだ。上の店にいるから暇な時にでも寄って頂戴。」

カウンターの中の女性がそういうと微笑んだ。


ふざけてんじゃねーぞ、相棒!!


 突然上げられた抗議の声は、いつものコヨーテにしては幾分調子も勢いも弱くて外れた罵声だったが、マッカローニに向けて怒鳴った。

「こんな奴を連れてきて、何を考えてるんだよ!?」

「コヨーテ、ね。」

 名前を口にすると同時に、再びグリフの表情は冷たいものへと変化した。

「黙れよ、お前が今さらここに来ていったいなにを…」

だが、最後まで言い切る前にグリフは耳をほじくりながらバカにした調子で

「キャンキャンうるさいエルフだな、相変わらず。口だけの腰ぬけは元気で何より、だ。」

「誰のことを言っていやがる。」

「ああ?お前だよ。俺が殺した男に後ろから突かれてベットで腰抜かすところを一部始終見学した。この俺が、お前に言ってるのさ。」

「このっ、てめー!」

 そう言ってコヨーテは自分の腰の武器に手を伸ばそうとするが、次の瞬間その手は止まり。変わりにヒッと悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。コヨーテの様子を見ていたグリフの方が、震えあがるほどの殺気をだしてくると容赦なく彼女に向かってぶつけてきたのである。

「おい、おいっ。押さえてくれよ友人。コヨーテは俺の相棒なんだぞ。」

 それに気がついてマッカローニが慌てて前がかりになる殺気立つグリフを押し止め、ベルンガルドは腰を浮かしかけ、レニーは心配そうにあちこちに視線を飛ばしていた。



「とにかく、問題は解決する。このグリフィン・ライバーの力を借りることでな。いいな、皆!?」

 マッカローニの言葉に、先ほどの殺気に震えがった盗賊達に反対を口にするものは誰もいなかった。

 それを確認すると、グリフの方を見てうなづく。お前の番だ、ということだろう。



「田舎から出てきたばかりの”貴族”。名前をグリフィン・ライバーといいまーす。よろしくー。」

 間の抜けた幼い声で自己紹介すると、ペコリをお辞儀までする。いきなりの変わりように皆もどう反応していいかわからずに顔をしかめるだけだった。

「さてー、今日のお話なのですが。盗賊さん達には聞いてほしいことがあります。

 実はライバー家はここに引っ越してまだ1週間たっていないのですが、毎晩の事。路地からただよってくるなにやら不穏な気配に一家全員がおびえて眠れないのです。そう、怖くてぶるぶる震えながらベットにもぐりこんでいます。はやく太陽昇ってきてー。」

 突然始まった話についていけず、盗賊達は口をポカーンと開けて見ているだけだった。それをまったく気にしないでグリフは一方的に話を進める。

「なんでも近所の話では、あそこは日が落ちると同時にとっても危険になるとか。おかげで困っている人も多いと聞きました。自分達、田舎者でしたからそんな事情がわからなくて。もう、びっくり。」

「ああー、その。いいかな?グリ、フさん。」

 恐る恐る手を上げたのはベルンガルドだ。彼もいきなりの展開についていけないが、かといって周りが誰もグリフを止めようとしないので自分が声を出すしかなかったようだ。

 しかし、それは間違いだったらしい。すぐにまたあの凶悪なグリフターの顔に戻り

「デカブツくん。君等の悩みがどれほど小さいか、それを僕が今説明している最中なんだ。つまりこの話の最後まで聞けば、君等の問題は終わっているという仕組みなんだ。死なないと黙らないわけじゃないだろ?口を閉じて、もうちょっとまってなさい。」

 やさしく子供に諭すように言うと、再びまたあの軽薄な調子で

「なので、今日は皆さんにお願いと相談があってきました。この町の上層の管理を皆さんにやってもらいたいと思うのです。」

 沈黙が支配した。誰もが黙って口を開かない。その顔には困惑が広がっている。

ベルンガルドは再び周りを見回すと、再び手を上げる。それをみてしょうがないな、と肩をすくめてからグリフは顎で話せと意志表示する。

「その、たびたびすまない。それは無理だ。知らないと思うが、この町の上層にいまのうちは手が出せてないんだ。」

 大きな体ですまなさそうに語る大男の顔をグリフはじっと見る。

ちょっとした間があってから、手をパタパタさせつつ

「そうか、わからなかったか。ごめんね!この話し方も正直、こっちも7年ぶりでさ。いきなりは調子が出ないらしい。そんなわけでズバリというな。

 今夜中に上層にいる連中を叩きだす。その手伝いをしろ。

変わりに明日からはあそこは俺の物になるから、お前等にもちょっぴりおこぼれをくれてやる。どうだ?」


まさか!?


 シーフギルドにいるほぼ全員が、その宣言にそう答えそうになっていた。



「マッカローニ、あんた本気でこいつのいっていることを?」

 それは言外に正気か?と言っているに等しかったが、マッカローニに躊躇はなかった。

「もちろんだ。どのみち小娘1人の命で収まる話ではない。なら、別の方法を選びだすしかない。」

 そんな必死に語る彼の横から、邪魔だどけと手でシッシッとしながらグリフがどかせると

「オッサン、邪魔。答えるのは俺の役目。さて、と。本気かって!?まったく悠長な連中だねぇ。」

 そういって大笑いしながら

「ひっきりなしにお前等、そこにいるデカブツに動きがどうたら聞いてたって?まったく、とんだ間抜けな盗賊達だな。あいつらが動くわけないだろうが。」

「なんであんたにそんなことがわかるんだ!」

 どこからともなく声が上がるが、声の主を探すまでもなく胸を張ってグリフは答えた。

「わかるさ。だってあいつら、俺と戦争してる最中だからなぁ。」

 その言葉に全員が目を皿に丸くする羽目になった。


「簡単に説明するな、上層を我が物顔だった連中は昨夜から断続的に正体不明の存在によって攻撃にさらされている。で、それがだれかわからずに混乱しっぱなし。」

「…その正体不明っていうのは?」

「そりゃもちろん俺に決まってるじゃないか。そして、その仕上げを今夜にでもしようってわけさ。わかったかな?」

「そ、それは本当なのか?」

「本当なのか!?とか聞くなよ。誰に言ってる?お前等が穴ぐらでエルフの娘とやらをどう料理するかで激論を戦わせている間に、相手が別の奴と戦い始めたからってショックを受けないでくれよ。ほれ、むしろ喜んだらどうだ?部外者になれるのは嬉しいのだろ?」

 だが、皆どうしていいのかわからない。そりゃそうだろう、どうしたらいいと脂汗を浮かべて必死に悩んでいた事が横から表れた男によってその全てが無駄だったと知らされたのだから。

「と、とにかく。俺達の方針は決まった。問題は明日には解決する。今夜が勝負だ。これから作戦を詰めるから、皆は待機していてくれ。それと…おい!だれかっ。ウ-テを牢から出してやってくれ。」

 マッカローニのその言葉に、再びキッとなってコヨーテが反抗しようとする。

「ちょっとまちな!それとこれとは別だよ。あのクソガキにはおとしまえをつけてもらわないと…。」

「落とし前をお前に言われたくないデスヨ。コヨーテ、吠えるだけのお前と違って彼女は使えるから呼んでもらってるのさ。わかったらそのだらしないお口を閉じて、よばれるまでエールでも飲んでな。」

 グリフが憎まれ口を聞くと、彼女は何を言うでもなく唇をかみしめたまま引き下がった。その彼を心配そうにマッカローニが腕をつかむ。

「おい、コヨーテにお前は絡むな。面倒になるからな。こっちで話そう。」

そう言うと、2人は奥の部屋へと消えていった。



▼▼▼▼▼


激しい足音をさせて走ってきて、勢いよく扉をあけられた時はさすがに自分もこれまでかと覚悟を決めようとしたものだが。現れたバボはなぜかやたら興奮していて

「やった、よかった、たすかったぞ!」

といってあたしのうでをとるとぶんぶんと上下に振りだした。正直、すごく痛かったけどそれで自分が死ななくてもいいらしいということだけはわかった。

 牢を出ると若い盗賊達の何人かが「よかったな」と言ってくれる中、バボに手をひかれていく。

 連れて行かれた先では、幹部をはじめとしたそうそうたる顔触れが、なぜか複雑な顔をして黙っていて、こちらが姿をあらわしても、もう興味を示すことはなかった。

 一番驚いたのは、あたしが目の前にいるというのにあのコヨーテが罵声どころかこちらを見ようともせず、なにやら尋常ではない様子でエールを出された先から次々に飲み干していたのが印象的だった。


 しばらくすると、奥から現れたマッカローニさんが私に行って貰いたい場所がある。そう告げると、あたしにあの最悪の体験をさせた調本人達の家に再び行けとだけ言った。

 正直、行きたくはなかったけれどその様子はとても断れるものではなかったので仕方なく私は「はい」とだけ答えた。



 私が貴族の住処を歩く頃、太陽はその姿を隠そうとする時間になっていた。

あの夕焼けが終わり、夜が来るとここら一帯は盗賊にとって危険地帯になる。それまで心のどこかでいやだなーと思っていたせいか足も進まなかったが、そうもいっていられなくなっていた。


(ここか)


 ライバー邸。

 あの日はひどい気分でよくよく確かめることはなかったけれど、よく見るとなかなかに立派なお屋敷だった。

ここまできておいてなんだが、自分のような盗賊にもなれない半端なエルフの小娘の事など、ここの人間の貴族達が覚えていてくれるか急に心配になってきた。

 とはいえ、門の外にこのまま突っ立っているわけにはいかない。ゆっくりと訪問を知らせようと門の呼びりんに手を伸ばそうとした。

 その手が触れようかと言う時であった。いきなり中から門が開けられると、昨日の護衛とかいう美人の人間が顔を出してきて

「おっ、来たか。入りな。」

 とだけ言うとそのまま顔を引っ込めてしまった。

 仕方がない、覚悟を決めるのは今日何度めだろうか?そうおもいながら、その何回目かの覚悟を決めて私は門の中へ体を滑り込ませた。



 大きな家の廊下を、機嫌がいいのか鼻歌を歌う露出の多い装備(これって意味があるのかしら?)の彼女についていくと居間らしき場所に出た。

「おうっ、やっぱ来てたぜ」

 そういう彼女の声に振り向いたのは、あの老人だった。椅子に腰かけていた老人は、あたしを見るとよく来てくれたと言って近くの椅子をすすめた。庭に面した窓側には昨日会った孫もいてこちらを一度だけちらっとみると目で会釈してきた。そしてよく見えないが何事かを一心にやっているようだった。

 その後も、番犬達に足を膝の上に乗られたり、老人に昨日はどうだったと話題にしずらいことを聞かれたりしたが、なぜ自分がここに来たのかは教えてもらえなかった。

 そうしている間にも太陽はとうとう姿を消してしまう。それを目の端に見ながら(ああー、どうしよ。これでここからでられなくなっちゃったよ、あたし)などと暗く考えてしまった。

「そろそろ夕食の時間だな。ん、そうだ。今日は食べていって貰うからな、エルフのお譲ちゃん。」

 そう言ってにっこりとわらうお爺さんにあたしはどう答えればいいというのだろうか、せいぜいひきつった笑顔で必死に対応するしかなかった。

「それでは皆様、夕食の時間です。お部屋の方へお願いします。」

 自分は背中になって見えなかったが、どうやらメイドさんらしい。そう告げた彼女の声で皆が立ちあがろうとしたので自分もそれにならう。そのついでにと見た彼女達メイドの姿に驚いてしまった。

(あの市場にいたサフ族がメイドをしている!?)

 そう思いながら一瞬だけ固まってしまった。ショックだった。

狂乱の一族、戦闘民族と呼ばれ恐るべき闘争本能と無秩序さで知られる獣人が貴族の家でメイドだって!?

 とはいえ、あの時老人が口にした愛人にくらべるならば。メイドのほうがまだ説得力がある、ような気がしないでもなかった。

 そんな動けないでいたあたしのそばに来た孫の人が耳元で囁いてくれた。

「あのさ、彼女は人狼じゃないよ?間違えたでしょ、サフ族っていう種族の女性なんだよ。」

 どうやら、驚いた顔の自分を見て彼はなにやら気をきかせてくれたようだ。

 孫の人は名前をフィンレイ、フィンと呼んでほしいといった。偉そうな貴族をイメージしていただけに、人懐っこい彼の態度に少し戸惑ってしまった。

 そして、私は対面することになる。

私を助けてくれた救世主、私の生きる場所はここだといった人間に。

 食堂で、とても人間の礼儀にのっとったふるまいをする、かっぷくがいいというか、横に太いというか、これが元シーフだとはとても信じられない。そんな彼に。

「シーフのお譲さん。よくこられました。今夜はお付き合いしてもらうことになりますよ?」

 グリフィン・ライバー。

 そう言って笑顔の彼は初めて会ったエルフのあたしに一礼をしてきた。

なぜだろうか、その時私は顔をしかめて出来るだけ離れようとした。

 その理由については後にわかった気がする。その時、彼の身体から血と死の匂いが、恐ろしい殺気の残り香のようなものと一緒に感じたのだ。




▼▼▼▼▼



今夜の男達は様子が違った。いや、その一言で言い表すのは乱暴に過ぎるか。

 それぞれの目の奥には恐怖が濁ってたまり、しきりに左右を確認し、おたがいが離れないようにと身を寄せ合っている。

 明らかに数日前まで、貴族でもないのにこの場所で我が物顔で笑いあっていた彼等はそこにいなかった。

 太陽の明かりのない夜のこの街は、彼等の縄張りであるはずだったのに。

 だが、それはもう違う。

「なぁ、やっぱり今日はやめといた方が…」

誰とはなく、そんな声が流れてくるとたまらずに怒りの声が上がる。

「うるせぇ!そんな寝言いってられるかよ。ここは俺達のモンだ。俺達のシマなんだ。そこにおっかなびっくりやっててどうするつもりだっ」

 いいながら感情が高ぶったのか、怒鳴る男は激しく顔が歪んでいく

「でもよ、相手がわからないと…。」

 もうそいつに最後まで言わせなかった。怒りの声を上げると同時に、飛びかかると激しくそいつを殴り始める。それはどこか狂気にかられているようで、慌てて周りがそれをやめさせようとする。

「落ち着けよ、殺しちまう気か!?」

「おおよ!俺が殺せば、ふ抜けたこと言う奴もいなくなるだろうがっ。」

「いいから、落ち着けって。な?」

「だいたいな、そんな泣き言を今のボスにいってみやがれ、それこそ命がねぇよぉ。」

 この丸一日、彼等は正体不明の敵の攻撃にさらされ続けていた。そして信じがたい話なのは、その相手が誰なのか。自分達にはさっぱり分からないでいた。

 ようやく死体が出てきたことでそれに気が付いた時には、かなりの人数が姿を消していた。そしてそれからずっと、定期的に確認するたびに誰かが必ず姿を消していっているのだ。

 組織を裏切れない恐怖と、自分が次の犠牲者になるのではないかという恐怖に彼等は皆とりつかれていて、それも限界にあった。

 組織の一部からは前日の昼過ぎに下っ端が貴族にぶちのめされた一件から自分達の一団を攻撃しているのは盗賊達だという声もあった。が、肝心の奴等はというとすっかり自分達の場所にとじこもったきりでてきた様子が全くない。それに攻撃を受けたのは昨日の朝からである。理由としては筋が通らない話だし時間もおかしい。

 だがそうはいっても自分達のボスがいつまでも悩んでいるわけがない。明日の朝にはシーフギルドにむかって攻撃命令が下るはずである。

 同時に、この町の下層でつくられた組織に対しても我々の一団が先頭切って攻め込むことでこの街の支配権を掴む時だと訴えることになるだろう。

 そう、今夜だけの我慢なのだ。

 おびえながらも必死にカラ元気を出す彼等は、恐怖におびえなくて済む明日の朝を夢見てその時が来るのを待っていた。




 最初に気がついたのは、若い奴だった。

いつも以上に明りを多めに用意したここにフラフラと近づいてくる姿がある、と。

 それは次第に明りにその姿をさらしていく。


女だった。


 立った1人の女が、こんな時間に1人で、それもこっちにむかって歩いてくるのである。

よく見ると、なにやら凄い格好をしている。

 豊満な胸は服からこぼれ落ちそうだし、スカートは大きくスリットが入って見事な足のラインがちらちらと見え隠れしている。細い肩は、いかにもはかなげでいて、目鼻は整い薄いピンクがかった赤髪は両脇にまとめられ垂れ下がっている。

 そして何よりその表情だ。なにかの熱に浮かされたようでいて、浮かべた笑顔には淫靡さがにじみでている。

 どう考えても、おかしかった。

「お、おい。大丈夫か?」

 男達の中から誰かが、女に声をかけた。

すると女は爪を噛み始めると

「アハッ」

と声を上げる。そのいかにも物欲しげな女の声が、男達の本能に直撃した。

「えっと、こっちへこないか?寒いだろ?ここなら暖かいからさ。」

 再び誰かがそう声をかけると、女は爪を噛みながらも上目遣いにゆっくりと明りに近づいていった。



 彼等は自身の中の恐怖と、突然現れた美しい女の出現にすっかり惑わされていた。

この瞬間にも、彼等を囲む暗闇の中でうごめく存在に気がつく者は誰もいなかった。

 そしてきっと気がつかないことだろう、その瞬間が来るまで。

 彼等に近づく女、ファーギーがいったいなにに興奮を覚えているのかを。

もし、今。彼女後ろに回ることができれば見ることができただろう。彼女の尻に下がっている、2本の凶器の存在を。

 だが、彼らはその瞬間が来るまで気がつかないのだ。

そしてその時、彼等は叫ぶのだろう。この女、斧を持っているぞ、と。彼等に襲いかかる複数の影があることを、1人は恐ろしく身軽な太った悪魔を。もう1人は恐ろしく鋭い斬撃を繰り出し続ける戦士を。



▼▼▼▼▼


もう、あたしの頭の中はパニックで一色になっていた。


穏やかだった夕食を終え、再び居間に戻るとお茶など出された。老人はなにやら驚いた、だのこの町は昔と違ってなどと意味のない話ばかりをし続け。それを聞いている風のファーギーとグリフの2人の横であたしはずっと同じように聞くという作業に耐えていた。

 フィンだけは先ほどと同じく、窓辺にすわるとなにかをやっている。そんなずっと何をやっているのだろう?重要なことなのだろうか?

 とはいえ人間の、それも貴族の家での作法などわからない私はどう達フル目っていいかわからずひたすら時間が立つことだけを待っていた。

 だが、それも唐突に終わりを告げた。

 老人が一息つくと、外を見てこう漏らしたのだ「そろそろいいか」。たったこれだけだったのに、この言葉に反応してか3人が一斉に動き出した。

 グリフは立ちあがるとメイド達を呼び何事かをテキパキと指示を始めた。ファーギーという護衛はいきなりその場で服を鼻歌を歌いながら脱ぎだして下着姿になり、メイドが持ってきた新しい服をあのすごい鎧の上に着ると、なにやらあちこち破き始めた。

 そして窓際にいたフィンは、並べていたモノを手に取ると自分の身体にとりつけはじめた。それでわかった、彼は鎧び手入れしていたようである。


 そして準備を終えた彼等に連れられたわたしの前に、信じがたい光景が広がっていた。

 わずか3人が声も上げる暇もなく複数の敵を、人をただの肉塊に変えていく様を。

 なんだろうこの人達は、なんでこんな無茶苦茶な事をやっているんだろう。まったく理解ができなかった。

圧倒的な暴力、その激しさにわたしは震えることも忘れていた。


 作業を終えると彼等はわたしに聞いてきた。「こいつらに見覚えは?」と。だから素直に答えた「パートリー団を名乗っている、強盗、誘拐を生業としている」と。彼等は「わかった」と答えると、さらに信じられないことをいってのけた。

「ウ-テ君、あと2つ。同じように襲撃をするから、その後でこいつらの本拠地に案内してくれ。」

 わたしはこの時、それを聞いて理解しても気絶しなかった自分をほめてやりたかった。



▼▼▼▼▼


 パートリー団はスラムの西側に本拠地を構えている。

 彼等は下層のここから、中層の北市、上層の商人街のはずれにでる販路を押さえていた。これこそ、かれらが率先して上層に人を送りこめた理由であり、強みでもあった。

 商人、貴族をあいてにいい感じに締め上げることでだいぶ楽をして収益を上げていた。

同時にその両方をうまく扱うことで、自分達の組織の中での発言力を強くすることができた。


 そんな彼等がこの日は様子が違っていた。

ボスのテレンス・パートリーの不機嫌さは終日ひどいもので家のもの達もそろって顔を出来るだけあわさないよう、逆鱗に触れないようにと近づかないようにしていた。

 そんな自宅に夜遅く、来客の知らせがあったのだ。

 警護についていた男達が応対すると、そこには太った男の一団がいた。

男は全身を黒一色でまとめている愛想のよい太った男を先頭に、とても魅力的な人間の女と緊張しているのか、顔がなにやらひきつり気味のエルフの少女。その後ろに小さな樽を肩の上に抱えてフードで顔がよく見えない鎧姿の戦士がいた。

(この時間だ、護衛なしでは歩けないか)

 そう思いながらも、「どこから来た?」ぶっきらぼうに問いただして見る。すると先頭に立ったデブが口を開くと

「はい、私共。プラウドプア商会より使いで参りました。こちらのパートリーさまへの面会の上で直接お渡ししろとのことでして。」

 そういうとにっこり笑う。どうやら戦士が持っている樽か、それともこの女達が土産と言うことらしい。

 普通ならばこんな時間に、などと怪しむべきことだが彼等にそれはない。理由は簡単で、夜の世界を支配している彼等に露骨に何かを贈るなどというのはやはり世間体がはばかれるのである。

 そこで、こうして夜陰にわざわざまぎれることでこっそりと働きかけてくることが多かったのだ。

「ふむ」

 そういいながらも、わざとらしく彼等のあいだを見て回る。女の近くに寄った時など匂いを嗅ごうとわざとらしく大きく息を吸ったりして見せる。そして

「おい、お前。ものは相談だけどな。女を一人置いていけよ。」

「え、いや。それは困りますよ。」

「そう言うなよ。1人ならいいだろ?」

「といいましても、贈り物ですからね。あとで主人がそちらのボスとお話しして食い違いがあっては私もしかられてしまいますし、そちらも大変なことになりますでしょ。」

「それじゃ、あっちのひょろいエルフの方でいいぜ。あっちならボスの好みじゃないからな。俺が請け負ってやるよ。」

 なにが請け負ってやるというのか、いい加減しつこい彼等に困りはてながらも太った男は

「なかなかにご執心ですね。しかし、お断りさせてください…あ、わかりますよ。いいたいことは。しかしですね、実は手紙も預かってまして。私が思いますに、主人はそこにきっちりと贈り物について明記していると思われます。そういうわけですから、娘はどうか。許していただきたい。」

 途端に門番たちの顔はムスッとなって膨れていく。それに気がついたように男は懐からなにやら金が入っているらしい袋を取り出すと

「こちらは私の私物でございますので。どうか、これで。お仕事の後にでも一杯やって、女を抱く。その足しにしていただきましたら。」

「なんだよ、これっぽっちか、」

中も見ないでそう腐る相手に笑みを向けながら、男は会話を続ける。

「いやいや、連日このような大変な仕事をなさっているあなた様ですから。酒は一杯で、女は1人。それでは足りないでございましょう。値段に寄りますが、何人いけるか、選び放題かと存じます。」

 そう言われて、ようやく中を見ると想像以上の中身にコロッと満足したらしく。いかめしい顔に戻ると、彼等の一団を中に招き入れた。



 テレンス・パートリーが面会の場に姿をあらわしたのは、それから10分ほど後のことである。いつもならもったいぶって見せる彼だったが、時間的に見ればこの時は随分と早く姿を表したといえるだろう。

 先ほども触れたがこの日の彼は非常に機嫌が悪く、そのくすぶった怒りが血のたぎりへとなりかわって、彼から睡魔を取り去ってしまっていた。

 彼自身にしても、これは大変嫌なことであり。こういう時はどこからか女を呼んできてその胸の双丘の間で思う存分暴れて眠りたいと思う。だが、今日ばかりはその気にはなれなかったのだ。


「それで、なんといったか?」

「プラウドプア商会でございます、パートリー様。」

「ああ、なるほどな………聞いたことのない名だな?」

「それは…それはですね。やはりまだこの街では新参者でございまして、はい。」

「ふん、なるほど。」

 いかにもな笑顔を張りつかせたデブ、こなれてそうな商売女に、なんだか売れ残ったっぽいエルフの娘。金で雇われた傭兵、そんなところか。

 テレンスは一同を見てそう判断すると、多少機嫌を直して見せながら

「それで、どんなごようかな?」

 わかりきっていたが、お約束の問いかけを発した。

ところが、返ってきたのは彼の期待した物ではなかった。

「は、それなんですがね。”我等”の主人が申すにはまず、あなたさま自ら目にしていただいたうえで買っていただきたい物があるのです。」

「俺が見て、かってほしいだと?」

 途端に機嫌が悪くなっていく。なんだ、この連中は?

「はい、すぐ終わりますので。まずは見ていただけませんでしょうか?」

 デブは緊張してきたのか、懐からハンカチを取り出すと汗を盛んにふいている。それをみて多少、哀れに思ったかテレンスは大仰にうなずいてみせてやると、相手の顔はパァッと明るく変わり後ろに立つ男に合図を送る。

 傭兵らしき男は前に進み出ると肩に担いでいた樽を下ろしてその封をはずした

(あの中のものなのか。)

 そうテレンスが見ながら、ぼぅとそんな感想をいだいているときだった。


 それまでの空気が一変すると黒服のデブ、もといグリフはさっと樽の中に手をつっこむと勢いよく取り出して、中の物をテレンスに向かって投げつけたのである。

 慌てて飛びのいたテレンスだが、彼も悪党どものボスである。その際に部下を呼ぶ呼び鈴の仕掛けをしっかりと作動させていた。1分もしないうちに部下がここへ殺到するはずである。

「なにをする!?」

 そう声を出して使者達を見たテレンスに戦慄が走った。

 この状況でデブも、女も、戦士も口元に笑みを浮かべていたのだ。そして見た、自分に投げつけられ転がっているのは今の時間なら、上層で仕事に励んでいるはずの部下の首である、と。

「バートリー様、その首。いくらで買っていただけるかな?」

「ふざけるなっ、こんなものっ。金なんか出せるかっ!」

 グリフの不気味な問いに飲まれまいとしたのだろうか、反射的のそう答えた瞬間。グリフがわずかに左を向くと何かささやいた。

 と、同時に扇情的な服を着たファーギーが信じられない速さで移動すると、たちまちテレンスの退路をふさい距離を縮めると、その胸をどこからともなく取り出した手斧で叩き割る。

 断末魔の声を上げる暇もなく、もう片方の斧の刃が振り抜かれ、テレンス・パートリーの首は見事に身体から離れて宙を舞った。

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