トラブルメーカーズ
「ちょっと、なにやってるんだよ。2人そろってさー。」
ライバー邸の居間であがる呆れた声の主はフィンレイ・ライバーのものだった。
めずらしいことに、椅子に座っていた彼の横にはあの獣人のメイド2人が申し訳なさそうに立っている。
市場での騒動の後、案の定というべきか。不安であった自分らよりも先に戻っているはずの当主が帰還しなかったことで、こうして恥ずかしながらとさっそくフィンに報告したのである。
フィンにしてみれば。隠すことなくこうしてサッと動いてくれるのはありがたいのだが、それにしても別れる時にもうちょっとなんとかしてほしかったという気がしないではない。…もっとも、そもそもついていかなかった時点で自分が言える立場ではないのだが。
「わかったよ。暇だし、僕が出てくる。まだ家の中のこともあるから2人は留守番をよろしくね。」
正直にいうと、フィンはあの巨大な町の中へと出るのはあまりにも気が進まなかったが、祖父が一人で迷子になっているかもしれないと思ったらそうもいっていられなかった。
「私達2人共、ですか?」
「うん、だっておじいちゃんも帰らなかったら探しに来いって言ってたんでしょ?なら、僕らでも探せるところにいるってことだよ………多分ね。もし、日が暮れるまでに見つかりそうにない時はグリフを呼ばないとだめだろうけど。いや、まずいか。一応あの兄ちゃんにも知らせておいてもらおうかな。」
「わかりました、おまかせください。あの、ファーギーは?」
「ああ、皆が出た後でどっか行っちゃったんだよね。まったくこんな時に。まぁ、いいさ。しょうがない。それじゃ2,3時間ほど見て回ってくるよ。後はよろしく。」
そう言って門に向かって飛び出したフィンだったが、不意にその足を止めた。新しい家の庭でさっそく日向ぼっこを楽しんでいる番犬達が目に飛び込んできたからだ。彼等は優秀な我が家の門番である、そしてなにより彼等の鼻はきっとフィンの勘にくらべたら祖父が今どこにいるのか、その正確さは比べる必要もないはずである。
(そうだ、ついでにこいつらも散歩に連れて行ってみるか。)
それはとても良い考えに思えた。
客人達の後ろ姿が見えなくなると。シーフギルドには再び穏やかな空気が戻ってきた。
そのことに安堵してマッカローニはため息をつく。(やれやれ、もっと面倒になるかと思ったが。)あの老人は挨拶といっていたがあの引き上げっぷりからすれば本気ではなかったようだ。
あのまま今もここで駄々をこねられたら、正直こっちが困ることになったはず。しかし、逆を言えばそのうち”本気で聞きにくる”こともあるかもしれない、今のうちに自分達の方でも覚悟を決めておいた方がいいのだろうか?
気がつくと、隣に耳を落としてすっかりしょげかえっている可愛いウ-テが立っていた。
「おお、そういえばいたんだったな。どうした?」
気をとりなおして話しかけると、マッカローニの言葉に彼女は体を震わせた。
「あの、本当に。申し訳なくって……ごめんなさい。」
「ん、なんだ?」
「あの老人をここにつれてきたのは、自分なので……。」
どうやら勝手にいろいろと気に病んでいる、そういうことらしい。
(誰も何も言っていないのに、仕方ない奴だな)そう思って苦笑しながら、マッカローニは彼女を励ました。
「いやいや、お前さんが気にすることじゃないさ。むしろお前で良かったくらいだ。」
「……?」
「いや、考えてもみな。他の新人や若い連中だったらって。あの爺さん、ここにはこれなかったさ。あいつらのことだ、つまらんいたずらでもして相手を怒らせていたら、それこそこんな簡単には終わらなかったろうよ。」
「はぁ……。」
「ま、そういうことだから。お前は気にしなくていい。それに、あの爺さんは大金を置いていってくれたんだ。今日は、いい経験をしたと思うんだな。」
そう言いながらも、マッカローニは心の中で思っていた。
(さて、これは色々と手を打っておかないと。あの連中にうちもひっかきまわされることになりかねんな。)
ほんとのことを言うと、この懐の金も持って帰ってほしかった。どうせ、そのかわりにこの後でとひどい要求をしてくるのは目に見えていたからだ。
(まったく、あいつのやり口が誰の真似なのか。よーくわかったよ。)
ウ-テがギルドを出たのはそれから少ししてのことだった。
本当はマッカローニを誘って昼食でもと思ったが、どうやら仕事がたまっているらしく断られてしまった。まぁ、それならしょうがない。それに、そろそろ奥の方からまたあのコヨーテが、あのエルフが戻って来そうな気配があった。
客人でいら立っていた彼女である、またウ-テがちょろちょろと自分の目の前を歩いていたというだけで噛みついてくるのは目に見えていた。
そういうわけで、彼女はギルドをあとにした。
裏から出ていってもよかったのだが、バボにもう一度礼を言っておこうと思い入口から出た。しかし、どうも仕事の時間になったらしく来た時にたむろっていた若い盗賊達の姿と合わせて先ほどの場所にはもう誰もいなかった。
(そっか、皆ギルドの仕事があるもんね。)
当たり前のことだったが、そう思うとなにやら寂しい気持ちになってしまう。
マッカローニは気にするな、とは言ってくれたが。やはり今回の事は自分のミスなのは間違いないだろう。
そして、そんな自分はギルドのメンバーにはきっとなれない。
自然とあの怒鳴り声を上げるコヨーテの顔が頭に浮かんでくる。
彼女とウ-テは大きなくくりで見ればエルフと同じ種族ではあったが、残念ながらそれだけでは受け入れられない。そういうエルフの事情というものがあった。
簡単に説明すると、ウ-テとコヨーテは正確には同じエルフ族ではない。そして、お互いの氏族としての対立はそうとうに根深いものがあるのだ。
だが、シーフなどと裏稼業についているのである、コヨーテも彼女も別に対立などというものを忘れてしまうという選択肢もあったかもしれない。が、きっと性格もあったのだろう。お互いがお互いを嫌い合うという結果になってしまった。
そして、彼女は新入りでむこうはギルドの古参であり幹部であり、盗賊達に仕事を回したり率いたりする人物である。
彼女に目をつけられている自分が、この先にギルドに入ることなどやはり想像することはできなかった。
はァッ
自然とため息をついてしまう。
いっそこの街を出ようかとも考えたことはこれまでにもあった。しかし、生きるすべを教え、自分によくしてくれるマッカローニに恩を返すこともなく、特に知り合いもいない世界にまた1人だけで出ていくのはやはり躊躇するものがあった。
そんな、すこし感傷に浸っていた時である。
「あっ、本当だ。出てきた。」
「ほれほれ。わしのカンはまだまだ冴えておるなぁ。」
彼女のか細い肩が震え、背筋に冷たい汗が落ちていく。
ギギギ、と骨がきしむように声のした方向へ体を向けて見た。建物の壁に寄りかかって座る、あの老人と突然現れたあの護衛の女性がそこにいてこっちを指差して見ていたのだ。
なぜ、そこにまだいるんだ?
彼女はさすがに一瞬ではあるが、今度こそ逃げようか?と考えてしまった。
しかし、こちらの考えがまとまる前に向こうは人懐っこい笑みを浮かべて近寄ってくる。
「あの、いったい、なんでしょう、か?」
自然、声だけでなく身体も警戒しておかしなことになっていた。
なのに、むこうは気がつかないとでもいうように気軽にこっちの肩などに手を置いてきて
「実はな、帰り道がわからなくて困っておったんだよ。すまんが、案内を頼みたい。」
「はァっ!?」
「いや、そうなんだよ。あたしもさ、爺さんのあとついて来ただけだからいちいち覚えてなくてよぉ。」
「田舎から出てきたばかりだしな、こう大きな都市だと老人が気軽に散策とはいかんでな。疲れてしまって。」
いやいや、そこまで自分がなぜ面倒をみなければならないのか。
どう断ろうかと、さっそく頭の中で考えていると空気を呼んできたのだろうか、ケイン老は
「それに腹が減ってきての。昼には家に戻りたい。そうだ、よかったらうちでお譲ちゃんもたべていくといい。」
「ああ、それもいいんじゃね」
なんか勝手に決められてしまった。まぁ、金貨の入った袋をポンと投げてよこすような貴族の昼食のことなど興味はあるけど、それはどうでもいい。それとは別に、どうも自分はこの人達とは妙に因縁のようなものを感じる。出来るだけ綺麗に別れることで、この先に出会うことのないようにしよう。
「……わかりました。それじゃ、どこにいけば?」
そろそろウィンター・エンドは昼の時間に差し掛かろうとしていた。
異変に気がついたのは貴族の住む区画に入ってすぐだった。
人がなにやら集まっているのである。ケイン老もファーギーも、そしてなによりウ-テ自信も興味がわいてしまったので、ついついなにがあったのかと見に行ってしまう。
近づくと、人だかりの向こうからなんだか犬の唸る声、吠える声が聞こえてくる。
「ん?」
なぜか隣でファーギーが小首をかしげたが、気にせずに人をかき分けて進む。
列の前まで行くと、そこに何がおこっているのかようやくわかった。そして……なかなかわらえないことになっていた。
2人のむさい男が、顔をボコボコにされ気を失った状態で柱に縛り付けられている真っ最中であったからだ。
そして、彼等を裸にひんむいて縛っているのはなんとフィンである。その傍らには2匹の番犬がいつ命令が下ってもこうげきにうつれるようにというのか、座りながらも鋭い目を男達に向けて低く唸っていた。
「ぷぷっ、なんだこれ。」
ファーギーがさっそく目の前の光景に笑いのツボがはいったらしく、そういうとゲラゲラ声を上げて笑いだす。
「おいおい、フィン。なーにをやってるんじゃ。」
まさか孫がこんなことをやっているとは思わなかったが、あまりのシュールさに毒気が抜けてしまったらしいケイン老がフィンに呆れた声をかけた。
「あれ?おじいちゃん、帰ってこれたんだ。っていうか、ファーギーも一緒か。よかった。」
そういうフィンだったが、顔を見ると鼻血がでているようだ。とっさにウ-テが近寄ると懐から出したハンカチでそれをぬぐってやる。
「あ、ありがとね。」
なんだか恥ずかしそうにそういって礼を言うフィンを、ちょっぴりウ-テは可愛いなと思ってしまった。
「なにがあったんじゃ?」
「ああ……おじいちゃんを探しにヤンとマールをつれて歩いていたんだよ。そしたらこいつら、いきなり絡んできてさ。」
フィンはそう言うと、なにがあったのか説明しだした。
それによると、突然難癖をつけてきた彼等は夜、犬の吠え声がうるさかったと言ってきたらしい。どこからどう見てもならず者、というか貴族には見えない、ここらに住む住人に見えなかったが。しかし、一応フィンはそれはすまなかった、今後は気をつける、と返したところ。それじゃダメだと今度はいうのである。
ならばどうするんだ、と聞くと今すぐ犬達を自分によこせと答えた。しかも、今この場でそいつらをぶち殺すとまで言う。
ふざけるな、となったところで男の片方がフィンの顔をぶん殴ってきた。それに反応して犬達がのこりの1人を襲い、そこで剣を抜こうとしたのでさすがに激怒したフィンが2人をのしてしまったのだという。
「それで、なんでこんなことをしておる?」
事情はわかったが、それでも孫がなぜ裸同然の男達をしばりあげてさらそうとしているのかわからずにそう聞くと。孫は祖父にこう答えた。
「いや、ね。なんか彼等が言うには、自分達はここの衛兵にはつかまらない。お前、おぼえてろとか言うんだよ。正直言って怖くてさ。それに実際、いくら呼んでもさっきからだーれも来ないし。だからさ、ここで誰が見てもわかるようにさらしておこうと思って。」
そう言うと、フィンは男達を地面に足をついた形で柱に手足を縛りあげる作業を終わらせた。そこにゲラゲラ笑っていたファーギーが寄ってくると、どうやらその辺から調達したらしい紙と紐でつくった即席の看板を男達の首にかける。
犬嫌いの僕達
貴族の坊やにいじめられちゃった、えーん
「なんだよ、坊やって。17歳は子供じゃないだろ。」
フィンは書かれた文言に小さくブツクサと反論するが、書いた相手はというと
「サイコー、これっ、これって最高だぞフィン。」
自分でやっておいて、さらにツボに入ったのか凄い笑いようだった。それにつられてか周りの見物人からも押し殺した笑い声が聞こえてくる。
なにやら満足げなフィンと犬達、それを大喜びするファーギー、なにをしているんだと苦笑いしながらも頭を振る老人。
だが、ウ-テは違った。
一体、どこの馬鹿だろうと彼等を見たのだが、最初ボコボコにされ気絶する人間の顔がよくわからなかった。しかし、じーっと見ることでだんだんと記憶のどこかに見たことのあるこの町の人間だとわかりかけてきた気がした。
そこで、ついつい近づいて顔に手をやり左右に傾けたりなんかしてみた。それでわかった。最悪だった。
後ろで楽しげなライバー家の住人達の前で、ウ-テだけは血が凍り、心臓はおかしく感じるくらい早く鼓動を刻んでいた。なんてことだろう、こいつは。こいつらは。
一刻も早くここから離れなくてはならない。いや、ここに来るべきではなかったのだ。自分が今日、最凶最大のミスをおかし。マッカローニを苦しめる羽目になったことを理解して、彼女は絶望し始めていた。
翌日、貴族街の入り口にある広場の片隅にグリフィン・ライバーの姿があった。
彼はここにあるカフェに座り、のんきに茶などをすすっている。これは珍しい光景だった。
この町に来てからというもの、連日をグリフはこの上層の中にある商人ギルドに潜入していろいろと活動をしていた。
だが、この日はそれもお休みらしい。彼は珍しく、太陽の下で優雅に時を過ごしていた。
そんな彼の座る席の反対に、突然ことわりもなく座る男の姿があった。
だが、彼はその人物をとがめるでもなく。むしろ迎えるように笑みを浮かべて語りかけてきた。
「よく来たね。なにか飲むかい?」
それには答えず、男は手を上げて店主になにやら注文をすると大きく息を吐いた。そして、ようやくこの時になって顔を隠していたフードをとる。そこに現れたのは、あのマッカローニであった。
しかし、その顔はケイン老と会った時に比べ一層沈んだ様子であった。
「どうした?悪いことが立て続けにおこってどうしたらいいかわからない、そんな感じだな。」
「わかるか?」
「ああ、ヒドイ顔だ。組織の偉い人は大変だね。」
「そうでもない、今からお前もおんなじ顔をすることになる。」
「なんだよ、それ。」
フフン、と鼻で笑うグリフには答えず。すぅと息を吸うと声は抑えて一気に吐き出した。
「昨日な、うちにお前の爺さんが来たんだよ。」
たったこれだけだったが、グリフの顔は見事にひきつり。その手は動きを止める。
「そう、その顔だ。そいつで俺も少しばかり溜飲を下げることが出きる。」
いぜん顔色は良くなかったが、そういってマッカローニは笑みを浮かべた。とはいえ、どこかそれは強がっているようにも思えた。
「ジョーク、だよな?」
「残念だが本当だ。俺が大変な思いをしたのは分かってもらえると思う。」
その言葉に今度は一転してグリフの方が頭を抱えると、大きく息を吐いた。どうやら友人の予言は実現したようである。
「…どうだった?いや、なにを話した?」
「ふん、お前もわかるだろ。お前との交友関係と例の事件について教えろと言ってきた。」
「言ったのか!?」
「まさか!お前との約束もある。なにより、あれについては俺達が言えることなんかないさ。わかるだろ?」
「それで、じいちゃんは納得した?」
「ぜんぜんそうは見えなかったな。だが、挨拶にきたってことらしく素直に帰ったよ。正直、叩きださなきゃならないかもとちょっと思ったけどな。とりあえずは良かった。誰にとっても、な。」
「ああ、まぁね。」
しばし、お互いが無言になる。
その間にマッカローニの注文した品が来て、彼はそれに手をつける。ここでようやく彼も一息つくことができた風だった。
だが、両者が再び会話が始まるにはまだしばらく時間が必要だった。
「それで………それがお前の悩みだった、ってことか?」
かすれた声で聞くグリフだが、一応は見た目以上に深いショックをうけ、そこから急速に回復してきているようだった。
「いや、それも悩みに入ってしまった、が正しい。」
マッカローニの答えはどうもよくわからない。困惑した表情のグリフに、突然彼は違う話しをしてきた。
「お前、この町でのうちのギルドの立ち位置は理解しているのか?」
「なんだよ、突然だな。まぁ……そう言われると返答に困る。一応噂には聞いているが、詳しくは知らない。」
「そうか、なら俺が今から教えてやる。マック先生の即席講座だ。」
グリフは眉をひそめた。どうやら彼の問題は、思った以上にまずいもののようだ。
ここで三国連邦のシーフ・ギルドその近況について少し語る。
7年前、シーフギルドの本部移転はタウン・フォールの事件の影響のひとつであり、三国連邦にも大きな衝撃を与えた。
それから7年。なんとかこの町の中層に位置する平民街に食い込んだシーフギルドであったが、これは表現を変えるならそこにしかいられなかったということでもあった。
この国第3位の町ということは変わらなかったが。住む人を膨れ上がらせていったこの町の変化にシーフ・ギルドは完全には適応できなかったのだ。つまり、事件の影響からそれほどまでシーフギルドは弱体化していたのである。
まぁ、それも無理のない話であった。300年を越える歴史のあった土地を捨て、この地に来た時。ギルドには若いものは数えるほど少なく、古参のシーフがほとんどでその数も十数人しかいなかったのだから。それでも新たなボスの下、再起を図った彼等はシーフとして再び力を取り戻そうと精力的に活動した。
その甲斐あって国中にそのネットワークを張りなおすことはできたのは喜ばしい話であったが、逆にウィンター・エンドでの主張争いでは劣勢に立つことになってしまった。
それがいわゆる下層、スラムである。そこで毎日あらわれる半端者や悪党達による暴力と金の争いは、膨れ上がるスラムの大きさに比例して激しくなるばかりであった。
結局、そこでの争いに犠牲を多く出すべきではないとの判断からギルドは手を引く羽目になったのだがこれがどうやら裏目に出てしまう。数年前からスラムでの争いの規模が小さくなり、変わって同盟を組んだ荒くれ者達によってまとめられはじめたのた。
ギルドの誤算は、彼等の力が想像以上で下層どころか一足とびで上層まで抑えられてしまったことだった。
以来、小競り合いが続くのだがいつ劣勢になるかわからない。そんな危険が潜んでいた。
「なるほど、あのブドウ玉がギルドを留守にしっぱなしなのも理解できる。」
即席講座が終わったのを感じてグリフは感情なく感想を述べた。しかも言葉の中に今のギルド長への悪口を入れておくのも忘れていない。
「ほう、俺達のボスを、お前が理解できる。ってのか?」
そう聞くマッカローニはどこか意地の悪い顔つきになっている。
「グリフターからそんな冷たい言葉がでるとは、いやいや。我らのボスが聞いたら、きっと大泣きしちまうだろうさ。」
「やめろ、それは。」
不愉快そうに言うグリフだったが、名前が許せなかったのか、ボスがなくというのが許せなかったのか。それはわからない。
「へぇへぇ。で、だな。そこに来て昨日の”お前等”だ。うちはあれからこっち激震だらけで大騒ぎになってるんだよ。」
「……今、”お前等”っていったか?爺さんとファーギーのことか?」
友人のお気軽なその態度にため息が出そうになる。それをこらえてマッカローニは平常心でいようと念じながら聞いた。
「お前、昨日の話はどこまで知ってる?」
「そういわれてもなぁ……昼に市場でじいちゃんが騒ぎを収めて。なにやらどっかをほっつき歩いていたらバカ女と一緒に帰ってきた、くらい?あ、それとうちの犬が気にいらないとか寝言を言ってフィンに潰されたアホがいたらしい。こんなところかな。」
「何だよ、お前……それだけ聞いててその反応か?おかしいだろ。」
「なにがだよ。わからんし、知らんのだからしょうがないだろ。教えろ。」
「お前の弟と爺さんが見せしめにしたのがな、そのスラムを仕切る連中の下っ端だったんだ。そしてな、お前の爺さんに頼まれて。うちの可愛い盗賊見習いがその時に案内していたんだよ。わかるか?
どこかの田舎から出てきたばかりの貴族に仲間がさらしものにされていると聞いて慌てて駆け付けた奴等が何を見たと思う?そいつらをボコボコにして笑い物にしているガキと爺さんがいて、そのそばにシーフギルドに出入りしている娘がいる。奴等はそれを見たらどう考える?」
「………そりゃ、ヤバイな。ヤバすぎる。」
言われてようやくグリフも納得したようだった。そしてなにやら考え込む、それを見てマッカローニは茶を口元に持っていく。かく言う彼もまた、ここにはある提案を持ってきた。そしてそれには他ならない、友人の協力が不可欠であった。
するとグリフが口を開く。
「むこうは動いたのか?」
「いや、まだだ。こっちも気をつけているしな。だが、境界線はピリピリしていて今は近づけん。」
「なら、ここもやばいんじゃないか?しまったな。どうして知らせなかったんだ。場所を変えてもよかったのに。」
顔をしかめる友人に、それきたと喜び勇んで待ちかねたセリフをマッカローニは口にした。
「そうなんだがね。そういうわけで今はギルドの中は紛糾している、そこにいきなりお前というでかい火の玉を放り込むことだけは避けたかったのさ。」
「いや、それにしたってなぁ……。」
「まぁ、ここは確かに奴等の縄張りだが無論何人かは入り込んではいるだろうさ。それでも、スラムに行くのに比べればゆるい。心配は無用だよ。」
そう答えるマッカローニの返事を聞きながら、店主を呼んだグリフはお茶のお代わりを注文した。そして、それが運ばれてくる間もじーっと友人の顔を見つめている。たいしてマッカローニの方も、突然興味をなくしたとでも言うように周りに目を配ったりしている。
運ばれてきたお茶にさっそく手をつけるとグリフはようやく口を開いた。
「どうやら、あんたはなにやら考えがあるらしいな。というよりも、俺だけの話をきくことは出来ないってかんじだ。なにを考えているのか、教えてもらえるのか?」
いよいよマッカローニにとって、シーフギルドにとって勝負の瞬間が来た。まるで仕事をしている時のように、集中して、強い意志をあらわすようにはっきりと彼は友人に提案を始めた。
「グリフター…いや、グリフ。まずはこれを聞いてほしい。あんたのところのハンターギルドにうちからシーフを迎える気はないか?」
突然のおかしな提案にさすがにグリフも驚いて聞き返してしまった。
「なんだよ、それ。わざわざギルドのシーフをうちに回してくれるって言うのか?ちょっと突然だし、理由も見えないから即答はできないぞ。」
「いや、今すぐにでも了承してもらう。そうでないと困るんだ。」
それには黙っているが、グリフの目は先を続けろと言っていた。
「実はここに来るのに俺はギルドを抜けだしてきたんだ。いま、あそこはひどいことになっている。あの馬鹿共、新人を叩きのめして憂さ晴らしなんぞやっているのさ。
そんな場合じゃないのに、だ。
だが、ボスは留守だし、俺の言葉だけでは足りない。強烈な”指導者”が必要なんだ。」
「そこでこの俺にその”指導者”役をやってくれって?寝惚けてるのか、おっさん。」
めずらしくやさぐれた声を出すグリフを無視するが、内心ではこれなら手ごたえがあると感じはじめていた。
「そんなのは知らん。他の呼び方だってあるさ。とにかく、ビビっている連中を正気に戻す必要があるんだ。それも急いでね。お前ならそれができる。お前のギルドなら出来るんだ。」
必死で頼み込むマッカローニをみて首を振りながらも、グリフはおかしそうに
「おっさんよ。あんたみたいな利口な悪党がそんな下手な頼み方するってのはやっぱりあやしすぎて恐怖すら感じてくるぞ。でも、いいさ。話を聞く気にはなったよ……この極悪中年が、なにをしてほしいのか言ってみろよ。」
この瞬間、マッカローニは自分の賭けが勝ったと感じて心の中で安堵した。
「今回の話。実は問題をややこしくしているのは他ならない俺たちなんだ…かつて、シーフ達は秘密結社や暗殺教団などと通じることで力を保ってきた。だが、あの事件でみんなそういう連中を毛嫌いしちまっている。
今、俺達にいるのは強力で頼もしい味方なんだ。
変化の激しい町の流れに合わせられなかったギルドはこのままだとこの町からも叩きだされる日が来るかもしれない。
お前のことは皆知っている、お前の力も認めている。
悪くない話だと思わないか?今まで以上にうちの連中を便利屋扱いしても、文句を言う奴はいないんだ。お前だから皆は黙るのさ。」
「ふむ、持ち上げてくれて嬉しいけどね。うちは家族でやっているだけの小さな”自称”ハンターギルドだ。そんなものに、あのアホ共が頼りに思ってくれるのかねぇ?
ま、それはいいさ。なんにしても力づくってのは昔から大好きだったからね。
それとは別に、どうもお前さんと話していると透けて見えてくるもう一つの狙いがあるみたいだ。うちによこす奴はもうきまっているんだろ?」
知らず知らずにマッカローニは唾を飲み込んだ。
「ああ、決まっている。」
「女だろうな?」
「喜べ、女だ。エルフだがな、この町に流れてきたところを俺が拾って仕込んだんだ。まだ若い、160か170歳くらいだったかな。未熟なところはあるが、素直だし鍛えれば伸びしろはあると思う。」
「いいのかい、おっさん。俺がおかしな気をおこして昔みたいに食っちまってもさ。」
いたずらっぽく聞くグリフとは反対に、それを聞くとマッカローニは顔を曇らせて苦い声で言った。
「正直言うとな。それでも一向に構わん。なんならお前の女にしてやってくれ。頭を下げればいいのか?それなら頼む、この通りだ。」
いきなり真剣に語りだし、あまつさえ本当に頭を下げ出した年上の友人にグリフはおどろいてしまった。
「おい、よせよ。なにいきなり言ってるんだよ。そんなこと言いだすなんて。」
「いやいや、これは真面目な話なんだよ。お前がいいと思うなら、好きにしてくれ。」
「…ひょっとしてあんたの女なのか?」
「そんなわけないだろ!……今は関係ないことだ、気にするな。とにかくお前の所に送る奴は決まっている。そいつはお前が好きにしてくれていい、そのかわりうちにも力を貸して欲しい。それだけだ。」
この時のシーフギルドの幹部である彼の心中は、それこそ複雑極まりないものだったことだろう。ギルドに向ける忠誠と、1人の新人にむける複雑怪奇な思い。それを誰が理解してくれるだろうか。
「ま、話しは聞いたよ。それじゃ、まずこれから懐かしのシーフギルドへいこうか。故郷のみんなに俺がどう罵倒されるのが楽しみになってきた。そしてその後で、その可愛いエルフちゃんにも会いたいかな。」
「ああ、ああ!ありがとう、助かった。」
「いいさ、そのかわりに条件がある。そのエルフちゃんのこと、全部を話せないんだろうけど出来る限りは聞かせてもらおうか。」
「そうだな、当然だ。何でも教える、聞いてくれ。」
すると、席を立ちながら代金を机の上に放るとグリフは一変して危険な笑みを浮かべていった。
「もう一つだ。俺も今日、あんたに頼みたい事があったんだ。だが、どうやらあんたの願いをかなえることがそれを聞いてもらう近道のように思えてきた。だから、だね。俺が何を口にしたとしてもそれについて皆の前で反対はしないでくれよ。」
同じく席を立ちながら、再びフードで顔を隠すマッカローニだったが。その表情はなにか難しい物を飲み込むように、とても厳しい表情をしていた。そして、それを楽しそうに見ながらグリフは続ける。
「大丈夫、上手くいけば明日にはあんたを苦しめた問題はどこにもなくなるさ。ただ……そうだな。今夜は死人がたくさんでることになる。苦労はするだろうが期待しておいてくれ。」
(ああ、そうだった)
マッカローニは心の中で思った。この若き友人はこういう奴だった。そうだ、ひと暴れするならできるだけ多く、楽しく、たくさん殺したい。
そんな恐ろしい本性を時にむき出しにする奴であった。
▼▼▼▼▼
ウ-テは暗い牢獄の中にいた。
盗みはしても誘拐はしない盗賊なので、ここが使われることはめったにないはずだった。
そして思い出す。
前日、家まで老人達を送り届けた後。せっかくだから寄って行けと盛んに口にする老人達に、なんとか断りを入れると彼女はそのまま早足で上層の貴族街をでた。
様子が気になったが、あの連中の所へ再び戻る勇気は自分にはなかった。
シーフのいる平民区に戻ってくるとようやく安心することができたが、それもつかの間のことですぐに気分が滅入ってしまった。
次に彼女がとった行動は、お気に入りの店に入ると大好きなデザートを「急いで持ってきてくれ」と念を入れながら注文した。なのに、時間は彼女に追いついてしまった。
急いでも完成しなかった店主がのろかったのか、それともいち早く場所を特定された自分が悪かったのか。
席について待っていると、店先にバボが姿をあらわしたのだ。
いつものような陽気さはその顔にはなく、むしろ蒼白で緊張してひきつっているのはウ-テでも見てわかった。
気付かないふりをしていつものノリを試そうかともちらっと思ったが、そういう雰囲気ではないのはあきらかだ。彼女もだまって目の前の席に座るように目で合図すると、バボも何も言わないでそこに座った。
沈黙は長くはなかった。
「ギルドから、呼び出しが出てるんだウ-テ。よかったら……違うな、俺と一緒に戻ってくれ。」
それが何を意味しているのかは明らかであったが、多少の抵抗を試みることにした。
「昼を食べそこなっちゃっててさ、今注文してるとこなの。お腹もペコペコだしね。それまで待っててくれないかな。」
それは出来るだけおかしくないようにと気を使ったせいか、かえって白々しさを感じさせてしまうほど浮いた台詞であった。
「だめだよ。外で皆も待っている。」
バボは小さくそう言うと少し顔を動かして、ウ-テに外を見てみろとうながした。それに従って彼女が視線を向けて見ると、たしかに7人ほどの若い盗賊達がいるのが見えた。きっと、バボが申し出て自分が連れ出してくるからと言ったのかもしれない。(これは逃げられないな)そんなつもりもなかったが、そんな感想をもらす。
いつもと違った、お互いの間に冷たい空気が流れる中。バボが小さい声で聞いてくる。
「ウ-テ…お前、逃げるつもりなのか?」
それは彼の口から始めて聞くとても悩ましい響きの問いであったが、ウ-テはそれを聞いて思わず苦笑してしまう。そして
「そう見えるのかな?………違うよ、そんなつもりはない。次、ここにくることはできないかもしれないからさ。せめて最後にって思って。」
最後までいうことができなかった。わかっていた事だったが、自分の口から”最後”と出たことがとても現実的で恐ろしいことだと思い知ってしまった。そう、改めて彼女は打ちのめされていた。
「それだけなんだけどさっ。ダメなのかな?」
お願いするような気持ちでバボの目を見て話した。だが、それをきくと彼はキュッと口を結んで強く唇をかむ。
それも一瞬で、すぐに彼は口を開いた。
「コヨーテさんがさ、お前はどこだって大騒ぎしてるんだよ。正直いうけど、あの人さ。自分の手でお前を捕まえるとか言い出して。それはまずいから、変わりに俺達が代わりにすぐ連れてきますからって約束して来ちまったんだ。だからよ……待てないんだ。」
なんとなくバボが言っていることが幾分現実をやさしく言い換えているということは想像がついた。あの幹部のコヨーテが自分を捕まえるというはずがない、きっと殺すと騒いでいるのだろう。
彼女は諦めなければならなかった。
ため息をつくと、この店に未練を残していくことを忘れることにする。そして顔を上げると
「あんた達の中にさ、チョコレート好きな奴いる?ここのパインケーキはさ、あたしすっごく大好きなんだけど。なんか食欲なくなっちゃってさ。誰か代わりに食べてくれないかな?おごるからさ。」
「ああ、ケーキを嫌う奴はいないよ。皆自分がって大騒ぎ間違いないさ。それじゃ、いこうか。」
立ちあがりながらも彼女の視線は自然と店の奥へ向けられた。だが、残念なことに店の主人もケーキも結局彼女は見ることができなかった。
(ああ、本当に今日はついてないわ………)
そう思ったが、もう彼女はため息をつかなかった。
今年最後の投稿となります。
それではよいお年を。