盗賊ギルド
(なんでこんなことになってしまったんだろうか)
ウ-テは久しくなかった、自分の情けなさに泣き叫びたい気持ちでいっぱいであった。そのとなりには、あの老人がニコニコ顔でついてきている。そうだ、こうなってしまったのは何もかもすべて。自分のミスで責任だったのだ。
ウ-テを助け起こした老人は、名前をケイン・ライバーであると名乗った。
そしてウ-テの手を握ったまま離さずに、彼女に告げたのだ。「お前さん、盗賊だよな」と。
目の前が真っ暗になった。とうとう、自分は仕事でミスを犯してしまったのだ。この後に待っているのは、衛兵に引き渡され監獄に放り込まれるだろう。だが、自分は正式なギルドのメンバーではない。つまりもしかすると、自分は再び日のあたる世界に出てこれるかどうかわからなくなる可能性もあるのだ。
どうにかしなければならなかった。
この老人と取引をするか?それとも逃げるか?いや、好きものだというし自分の身体を?それとも、それとも殺す、か?
そんな不安におびえるウ-テに老人は意外な事を要求してきたのだ。
「あのな、わしをお前さんのギルドの偉い奴に会わせてほしいのだよ。」
「なんですって!?」
「ギルドの幹部でもいいわい。わしはそいつと話したい事があるんだ。どうだ、仲介してくれんかね。」
人間の老人に自分が色目を使ったり、殺したりしなくていいのだと一瞬は喜んだが。すぐにそれも変わる。なぜそんなことを言い出すのだろうか、と。
「いっておきますけどね。」
「ん?」
「ギルドの場所を知っても、衛兵は動かないわよ。」
「ん?…ああ、そりゃそうじゃろうな。わかっとるよ。それにそんなことはせんよ。」
「じゃ、なに?財布をかえせっていうこと?」
「そうじゃない。それなら最初から言うさ。あれはあんたにやる、仲介料がわりじゃ。」
「わっかんないなー。」
さっぱり相手の思惑がわからず、彼女はイライラしてきた。
「あんたみたいな爺さん、ほいほいとギルドに連れていくわけないでしょ。それに、なにが仲介料よ。あれだってあたしがあんたから奪ったものよ。そんな大きな顔をして恩着せがましく言われたくないわ。」
「じゃ、返してくれるのか?」
「そんなわけないでしょ!っていうか、あたしが走って逃げたらあんたは爺さんだから追ってこれないじゃない。ああ、そうか。それっていい考えかも。」
思わず自分でいいながら、それが名案のような気がしてきた。
「あんたヒドイお譲ちゃんだの。この老人を放って逃げるというのかい?」
「ええ、そうよ。悪い?だってあたしは盗賊なんだもの。そういうものでしょ?」
悪い笑みを浮かべながら、さっそく逃げられるように身体を低くして動きだそうとした。
「そうか、じゃ。べつに頼むとするかのう。」
だが、老人はのんきにそういってほぅ、と息をつくと顎で何かを示しながらいった。
「お前さんが出てきたあの店。あの店の店主に事情を話して案内を頼むか。そっちの方がはやそうだしなぁ。」
逃げるの撤回、やめ。なんて爺さんだ。
「ちょ、ちょっと!なんでそうなるのよっ。」
「ん?だってあそこの店主も盗賊じゃろ?それもそうとうな腕の持ち主じゃな。わしくらいになると見ればわかるよ。」
「そっ、そんなことっ!」
「だって、お前さんは気がつかなかったが。むこうはワシに気がついていたじゃろ?何か言われなかったか?」
………!?
なんてことだ、そういうことだったのか。
店主のレオンが帰りがけに言った言葉の意味をこの時初めて彼女は理解した。彼はこの事を言ったのだ。そう、この老人をギルドまで丁重に案内しろ、と。
彼女は観念するしかなかった。
とはいうものの、表の道を他人を連れてギルドに向かうというのは彼女にはなかなかに難度が高いものがあった。
その理由はいくつもあるが。しかし、それをこの老人に説明するわけにもいかない。せめて自分の今日の運にまだ残りかすでもあることを祈るしかないだろう。
ケイン老をつれウ-テは平民街の裏道に入ると、あまり空気のよくない場所から地下へと続く階段に出る。そこもすでに座りこんでいる変な奴等がいるが、そんなのにいちいち構っている暇はない。おかしなのに絡まれないようにそれが当然である、とさっさと降りていく。驚いたことに、老人の方も同じように涼しい顔でひょいひょいとついてくる。
どうやらこの貴族の老人も、こういう場所に抵抗はないようだった。
こういう地下街はウィンター・エンドのどの層にもあるが、そこは言ってみると無法地帯。女と老人がそうそう気軽に歩ける場所ではない。当然、ウ-テもケインもこのまま中に入っていけば安全は保障できなかった。
しかし、一つだけ。彼女には頼るあてがあった。
降りて行った先の入口の近く。地上からの日が差すその場所に、若い盗賊達が固まっていた。仕事の合間に、情報の交換にと彼等はここに良くいる。言ってみれば、未熟な盗賊達の集会所である。
(バボいるかなぁ?っていうか、朝の事怒ってないといいなぁ)
近づくと、さっそく中の1人が寄ってきた。
「よぉ、どうかしたのか?」
言葉は挨拶しているが、あきらかにウ-テの後ろについてきているケインを見て警戒している。余計なことで面倒を起こしたくない。ウ-テは簡潔に用件だけを聞いた。
「バボ、いるかな?」
「…ああいるぜ。おーい、色男!彼女がお前に会いに来たぜー。」
それはからかっている風だが、若い盗賊達の誰も笑う者がいなかった。その中から、あの彼が出てくると駆け足でよってきた。
「どうした、ウ-テ?」
心配げに聞いてくる彼だが、彼もまた老人を鋭い目で見ている。それを安心させたくて
「あのね、このお爺さんをギルドまで連れてけっていわれて。ここを通らなきゃいけないから、助けてほしいの。」
「ああ、それはいいけどさ……。」
「マッカローニさんに会わせたくて。レオンさんのところから連れてきたの。」
自分は嘘は言っていない。そうだ、自分は嘘はついていない。必死に心の中で言い訳をする。あわせる相手は予定だが間違ってないし、老人が言うことが本当ならばレオンからも話がもうむこうへついているだろう。
バボ達はいまだに不信の目をしていたが、ウ-テの出した名前が大物だったからだろう。素直に言うことを聞いてくれることになった。
ウィンター・エンドのシーフギルドは平民街と上層の間に位置する、浄水施設に隣接して存在している。
ここは千年以上前に作られたというドワーフの施設で、下に向かって広大な地下迷宮になっている。ここにドワーフがつくるオートマトンが徘徊しているともいわれ、なにかあるのではと入る酔狂な奴もいるが。そういういらぬ好奇心を抱いた連中のだいたいが地上に再び戻ってくることはなかった。
ここの入り口に当たる部分の一角に、現在のシーフ・ギルドの本部がある。
本部と言っても、別に書類だの事務仕事だのしているやつはいない。それどころかこんなところなのに、なにやら場違いなレストランが開いている。そんな感じである。
一年を通して暑くもなく寒くもないこの場所にはバーのカウンターがあり、まるで普通に店を開いているという風にイスとテーブルが並べられている。それが、見上げるほどの壁一面をすべるように流れ落ちる水、静かに揺らめくこともない静かな床に広がる水面とあいまって幻想的に見せていた。
ただ、違うのはそこにいる客と思しきもの達が、ギルドの幹部たちであり。彼等が、ここから三国連邦のすみずみまでの盗賊達の活動を見守っているのである。
そこに若者達に囲まれたケイン達が入ってくる。
幹部達は彼等の集団をじろりと見るが、別段誰も慌てたり聞いてきたりといったことはしない。どうやら思った通り、上からすでに話しは来ているようだった。
地下のレストランというべき彼等の場所に近づくと1人の中年男性が立ちあがって話しかけてきた。
「お前達、ご苦労だったな。ここから先は俺が話しを聞こう。」
彼こそこの古参メンバーのなかでもやり手と噂されているマッカローニその人である。
そして彼は、老人の前へと行くと一礼をして挨拶する。
「これはこれは、有名人である三国連邦の竜殺し卿ではありませんか。我らシーフ・ギルドに御用があるとか。私、マッカローニがその話を聞きましょう。」
それをうんうんとうなづいていたケイン老は、にこやかに
「噂のケイン・ライバーです。どうぞよろしく。」
どこかわざとらしいおかしな挨拶を交わし終えると、このギルド運営の地下レストランの一角にある机へと案内される。
その一方で、マッカローニは連れてきた若者たちに手をひらひらとふることで暗に帰ってよし、と伝えた。しかし、ぞろぞろと出口へと移動し始めた連中の中にウ-テの姿はなかった。
彼女にしてみれば、連れてきた手前。出来ることならこの老人がどのような話をするのか知っておきたかったのだ。とはいえ、マッカローニにとがめられれば出ていくしかない、だが、不思議と彼は彼女のその態度には何も言わなかった。そして、それは周りにいた数人の幹部達も同じであった。
本当ならこの後、すんなりと話しあいにうつるとだれもが思うところだが。そこはやはりライバー家の男。年老いたとはいえ、その波乱万丈ぶりは健在である。
マッカローニによって追い払われてしまった若者達が、いよいよこの場から姿を消そう。その時であった。
突然、目の前の扉を蹴飛ばした長い足が見えると続いて泡を吹いている臭い男がフラフラしながらも勢いよくギルドの中へと倒れ込んできたのだ。若者達はとっさにそいつの身体を受け止めてしまい。匂う男に鼻を曲げながら「誰だっ」と叫ぶ。
その様子に、奥にいた幹部達も腰を浮かしかける。
「おーい。爺さん無事かぁ!?」
なんと続いて入口に姿が表れたのは、やたら肌を露出させ腰に2本の手斧をぶら下げたファーギーがそこにいた。確か家を出る時まではフィンと庭で暴れ回っていたはずであったが。
てっきり、どこからか襲撃されたのではとちらと思った幹部たちだったが、女1人とわかってか警戒はそのままだったがゆっくりと元に戻っていく。
(ありゃりゃ、どうしてここに。ワシをついて来ちまったのかな)驚きと困惑で顔をゆがめたケイン老だが、すぐにマッカローニに合図をしてあれは自分の連れであることを告げた。
入口では突然の乱入者に一瞬は呆気にとられた若き盗賊達であったが、すぐにも剣に手を伸ばして抜こうとする。
「よせ、その女性も客だ。お前等はそのまま行って良いぞ。」
飛んできたマッカローニの指示にしぶしぶではあるが従わないわけにはいかなかった。
そんな不満げな彼等を極上の笑顔で「またなー」などと送ると、満面の笑みを浮かべてファーギーは飛び跳ねるようにケイン老のところまできた。
「なんじゃ。ファーギーちゃんついてきてたのか。」
「当たり前だぜ、爺さん。あたしはあんたの護衛、だからな。」
「まったく、意外にお前さんは律義というか真面目というか。まぁ、いい。話しの間その辺でおとなしくしとってくれ。」
「わかったぜ。」
なにやら上機嫌にそう答えると、彼女は2人から少し離れたテーブルに移動する。
「やれやれ、どうも騒がせてすまんな。わしも知らなかったのでな。」
「いや、確かにこの町は治安が良くないですからね。護衛がいるのは当然のことですよ。」
すると、カウンターの向こうにいた女性が声をかけてきた。
「なにか飲むかい?」
「エールを!つまみがなくてもいいぜ。高いのだとなおいいな。」
なぜか答えたのはファーギーで、それを他のテーブルについていた盗賊達がジロリと見るが本人はまったく涼しい顔のままだ。ケイン老は苦笑いを浮かべた後で
「彼女にはエールを。ワシはミルクがあれば、なければ水で頼む。」
マッカローニは何も言わずただ宙に人差し指を下にクルクルとまわしただけで、カウンターの女性はうなづいてきた。どうやらいつものやつ、ということらしい。
「それではご老人。まず話しに入る前にこれを。」
そういうと、懐からなにやら貨幣のつまったとおぼしき袋を取り出しすと差し出した。そして、離れに座るウ-テを顎で指し示しながら
「彼女はうちの訳あり新人でしてね。腕は悪くないが、人を見る目がない。竜殺しの懐から頂戴したのにあとをつけられるとは、なんとも情けない話で。とりあえず、これはお返しします。」
どうやら、ウ-テのやったことは一切ばれているらしかった。彼女は白い顔を真っ赤にさせて恥ずかしさから下を向く。
しかし、ケイン老はそれを興味なさげに見るとマッカローニの方に押し返し。
「いや、それはあのエルフのお譲ちゃんにやったものだよ。もうわしのではない。気にせんでくれ。あれは約束の報酬だ、この席にワシがあんたと話せているだけで十分にお釣りになるからの。」
大きくなかったとはいえ、金と銀しか入っていなかったのである。彼のいうとおりのはずはなかった。これはひょっとして借りを作っているつもりなのだろうか?とはいえ、受け取らないというならここは黙って引き下がるのも手だろう。
マッカローニはそっと袋を懐に戻したが、涼しい顔の老人はなにをするそぶりは見せなかった。反対にそれを近くで見ていたファーギーなどは「もったいね」などと小声でもらすが場所のせいかその声は嫌に響いてしまいここにいる誰の耳にも届いた。
「さて、それではご老人。我々に話があるとか。御用をうかがってもよろしいですかな?」
「うんうん、そうだな。……まぁ、もう知っていると思うが。ワシを含めたライバー家はここに数日前に来たばかりでな。それまで、田舎でとっととくたばろうと思っとったが。これが存外しぶとくて。孫もワシも飽きてしまってな。」
「は、はァ」
なんだか伝説の傭兵のファンキーな語り口で始まる身の上話に毒気をぬかれつつも、「それで用はなんですか?」というのが口から飛び出すことはなんとか耐えてみせた。
「でな。多分そろそろ孫もここに挨拶に来るころかも、なんて思ってな。その前に当主のワシが先に挨拶しようと思ったのよ。」
「それはそれは、そういうことなら我々としても…」
「うん、それはいいんじゃ。ところで、一つ聞くが。グリフはまだここのメンバーではないよな?」
一瞬、シンと場が静まる。
壁際にいた古参のメンバーの何人かは、顔を見合して奥へと引っ込んでしまう。
逆に、テーブルについていたのは身動きこそなかったが、視線は自然にケイン老へとむけられた後でマッカローニに移っていく。それはどう答えるつもりだ、そういっているようだった。
マッカローニはというと、なんとかひきつった笑いを浮かべ「なんのことでしょう。」とわずかに抵抗して見せるが、それは無駄であった。
「とぼけんでもよいぞ。ある時期からあいつが誰の目にもトチ狂っておったのはわかっておる。別に今さら保護者ヅラしてここに文句を言いに来たわけではないのだよ。まず、はっきりさせておきたいから聞いたんじゃ。」
「……今、ギルドに彼の席はありません。これでいいですか。」
「ほうほう、そうか。それを聞けて良かった。これで話しも出来るというものよ。」
とはいうものの、いきなりこの緊張感である。この後に待っているのも相当なものになると、予想された。
(参ったな。こんなことなら、あの馬鹿を呼んで引き取ってもらうんだった。それかボスがいるときにでもとお帰り願うとか)マッカローニは理性と蛮性を会わせ待つ有能な男である。その彼にしてみても、この後に待っている老人の話しは難しいものになると予想された。
だからこそ今ここにいない。あの若い友人と留守のボスに丸投げしたくてたまらなかった。
「お前さん達の事は聞いておるよ。7年前、あのダウン・ウォールの本拠地からここへ移転したそうじゃな。」
ほら、来たぞ来たぞ。
「ダウン・ウォールじゃないです。タウン・フォールですよ、ご老人。」
「以前はその名だった。だが今はダウン・ウォールでいい。」
「………。」
「かつて、この三国連邦における第2の都市じゃった。美しく、優雅で、同時に危険な場所であった。」
「ええ、まぁおっしゃる通りですよ。我々がここに移る前はあそこにいました。それで、ご老人は何が言いたいのです?」
「正確には聞きたくてここに来たのだ、若いの。うちのトチ狂っとる方の孫とお前さん達はその頃から仲良くやっていたようだしな。それに、これからうちはお前さん達とは懇意にやっていきたいと思っておるんだよ。だがな、それならばまず過去のいきさつについてはっきりしておきたい。」
(やはりそうだったか)どうも、マッカローニの嫌な予感は的中してしまったようだ。
「噂でも聞かれたことと思いますがね。あの事件で死者多数の上、半壊したあの町に我々はいられなくなりまして。だから格は少しばかり落ちますが、ここに移ってきた。それだけですよ。無論、あの町には愛着を……。」
「わしが知りたいのはな、若いの。あの町の名前を変えるほど災禍となったあの『ダウン・ウォール事件』についてその顛末という奴をな、お前さん達に直接に聞きたいと思ってきたのだよ。」
その言葉に盗賊達の目つきが鋭さを増すが、それにケイン老は気づいてないわけではないだろうに涼しい顔をしていた。
ウ-テは話の内容はさっぱりだったが、なにやら不穏な空気が老人が話すたびに流れ始めたことでもう目を上げることはできずに、身体を縮めるばかりであった。ファーギーの方はというとふるまわれているエールを傾けながら、なにやら楽しそうな事になりそうだと口元にぶっそうな笑みを浮かべている。
「ご老人。残念ながらそれには答えられません。」
「ほう、どうしてかね。」
「確かに世間の噂では、あの事件は街の裏にいた俺達のような連中が中心に引き起こした。なんて言われてますがね、残念ながら我々からしたらあれよあれよと悪いことが重なっていって巻き込まれた。そんなもんです。あの時、いったい何が起きていたのか。いまだに我々にもわかってません。」
「そんな言葉で誤魔化されんぞ、若いの。」
そう追及するケイン老の目はさきほどまでのひょうひょうとしたものから変わり、鋭さを増している。その気迫もまた、とても老人のものとは思えないほどの勢いがある。もはや剣を握れぬであろうに、ただの老人とは思えぬ迫力はさすが竜殺しと感心させられるものがあった。
「ふざけんじゃねーぞ、返事は聞いただろ?とっとと帰りやがれ。クソ爺!」
突然、そう怒鳴り散らす声が違う席から上がる。見ると、エルフの女盗賊がなぜか殺気立って席を立っていた。
「おいおい、コヨーテ。相棒。落ち着いて座ってろ。」
マッカローニはわずかに顔を曇らせてそういうが、実は内心では(このバカ!自分から目立っちまいやがって)と激しく彼女のことを罵っていた。なのに、その相手はますます興奮したのか肩で荒く息を吐きながら
「やかましい!あのクソ野郎のジジイだけあっていちいちムカつくんだよっ。なにがこれからも仲よく、だ。あんなトラブルの塊みたいな奴なんか、こっちがお断りだっ。」
「おい、だまって座れないなら奥に行けよ。」
「ハンっ!なにが相棒だよ、このヌケ作が。こんな爺にでかい顔されるなんてあたしは我慢できないね。あんたがやらないなら、あたしがそいつをここから叩きだしてやる!」
コヨーテと呼ばれた彼女は、もはや話しながら激昂していっているようだ。いつ、テーブルを回ってケイン老に近づくか、それも時間の問題に思われた。
がらっ
その時、ひとこともしゃべらずにそれまで大人しかったファーギーが動く。腰を浮かせると、にやにや笑いを浮かべてコヨーテと呼ばれる彼女の顔を見ている。その姿は明らかに(そんなことさせないぜ。やってみろ。)と挑発していた。
「なんだよ護衛風情が、登場からはりきりやがって。」
「キキキキッ。そうキャンキャンほえるなよ。とがったお耳が真っ赤になってるぜ。」
「なんだとぉっ!?」
「いいからさっさと来なよ。それとも男連中も一緒に出てくるのを待ってんのかい。」
罵りだした彼女達だが、そんなことを許すわけにはいかなかった。マッカローニは目で合図をすると、ずんぐりしたドワーフと、ひげを生やした男が今度は席を立ってコヨーテを両側から拘束し、力づくで彼女を奥へと引きずっていく。
それが不満で抵抗するコヨーテだが、男達にしっかりとつかまれては抵抗は出来ない。結局、引きずられながら「マック、この腰ぬけ野郎。」とか「調子に乗んなよ、用心棒が」とか叫ぶことしかできずに姿を消していった。
それを確認すると、ケイン老にマッカローニは語りかける。
「ダウン・ウォール事件。あれによって三国連邦第2位の街は半壊し、おびただしい死者も出した。裏稼業の我々シーフも当然、痛手を負いましたよ。つまりあの事件については我々にとっても気分のいい話ではないんですよ、ご老人。」
「つまり話すつもりはない、ということか?」
「はっきりいえばそうです。我々の恥を、客人にすべて話して聞かせるなんてことはできません。我々だって思いだしたくないのですからね。」
「ならば少し変えよう。グリフィン・ライバーはあの事件でどういう立場にいたのだ?なにがあった?」
「……ご老人。」
しつこく食い下がるケイン老に、マッカローニの顔が歪む。そこにはただ不快感だけではなく、もっと別の感情がいくつもまざりあったような。とても複雑な物が表れていた。
「7年前、あいつは満身創痍の半殺しにされて帰ってきた。あいつの母親の亡骸を抱いてな。好き勝手絶頂だったあやつが、見事に叩きつぶされ、へこまされて負け犬になりはてておった。」
「………」
「あの事件で、あいつと母親は確かになにかに巻き込まれていたよ。だが、それがなんであったのかいまだにわしにはわからん。教えてくれ、あの場所でなにがあった!?」
「ドラゴンスレイヤー。あなたの希望はかなえることは我々にも出来ません。その理由もお話しした。」
「ダメなのか。」
「我々では、ということですよ。どうしてもというなら、あなたのお孫さんから聞くのが一番です。」
「ふん、あいつが素直に話すならこんな苦労はせんわい。」
「そのかわり一つだけ。我々とグリフ…お孫さんの間ではすでにその時の問題は”解決”してます。そしてだからこそ今。あなたのお孫さんは我々の側にはいないのです。」
真剣な目でお互いが見つめ合う。
張り詰めた緊張感が、一触即発の危険物に感じられて仕方がない。
だが、驚いたことにケイン老の顔が次の瞬間には崩れていた。
「やれやれ、願いはまたもかなわなかったか。ま、それも仕方なし。」と疲れたような声で誰に言うともなしにつぶやくと、ファーギーの方に顔を向けて「それじゃ、挨拶も世間話も終わったし。今日の所は帰ろうかの。」と呟いた。
どうやら納得はしていないが、諦めてくれるらしい。そう思うと盗賊達にしても、助かったという気になる。
形の上では丁寧に送り出されて、老人と用心棒はシーフ・ギルドを後にした。