老人とエルフの娘と
「ほう、これがそうなのか。」
ケイン老がつぶやくと、エリーはその手を握って
「さ、いきますよ。この混雑ですから、子供みたいでいやだとか。いわないでくださいね。」
すかさずその台詞を吐こうとしていたが、気勢を制されてしまい。悔し紛れにフン、と鼻息荒くすることで老人は我慢した。
数万人が住むと言われるウィンター・エンドは主に大きく3つに分けられた区からなっている。重要区(特例区、または貴族街ともよぶ)、平民区(市場区ともいわれることがある)、スラムである。もちろん、それぞれの中にはさらに細かく色々な分け方の元で施設があるのだが(シーフギルド、魔術師ギルド、etc)いったん、それは置いておこう。
とにかく今日、ケイン老とメイド達がきたのは平民区でありここには北と南にわかれて2つに市場が開かれていた。
「ここが南市場ってやつかの?」
きょろきょろと人混みの中をかき分けて歩くケイン老に、メイド達は答える。
「ええ、北の方はこれまで毎日通っていたんですが、こっちもそろそろ見ておこうと思いまして。」
「ほうほう。なにか不都合があるのかの?」
「不都合ではないのですけど…こっちはさらに歩くことになりますし。それにこっちだと一部があのスラム街にある闇市場と繋がっているというので。」
「ほう、なるほどのう」
本当に分かっているのか、知りたかったのかは分からないが。ケイン老はとりあえず賑やかな市場を楽しんでいるようだった。
そんなライバー家当主の手をしっかり握って離そうとしないエリーと、その分買い物に集中しているのか、あーだこーだとブツブツ言いながら店先を除いて回る忙しそうなレイラの姿があった。
人の住む巨大都市ということで、市場でも多少バラエティ豊かな亜人族の顔は見てとれる。特徴ある耳、肌の色、目の色のエルフ達はなかでも多く、こうして歩いている間もすぐ横を、家の中を、店先で、様々に微妙に違う彼等を見て取ることができる。
次に見てとれるのは、オークと呼ばれる褐色のいかつい身体をした戦士達である。ただ、これは正直に言うと正確ではない。なにが正確ではないというと、そもそもオークとはモンスターに分類される種族である。そいつらは教会が言うところの太陽神をあがめる人間の存在を憎み、襲ってくる凶悪な戦士達でもある。
しかし、この市場にいるオークはそのモンスターとは厳密には別なのだ。しかし、身体的特徴が似た部分が多いことから、彼らもまた普通にオークとよばれてしまっている。それもあるのだろう、その独特で強烈な文化はある人には引き付ける一方で、到底受け入れることはできないと引いてしまう者も多い。
他にもちっこいシャオ族やリザードマン等もいるが、エリーやレイラのようなサフ族の顔はなかった。そのせいもあったのだろう、貴族らしき老人の手を引いて市場を歩く彼女達の姿は次第に注目されていった。
ウ-テはこの時、4件目の仕事を終わらせたところだった。
しかし、彼女は正式なシーフのメンバーではない。なにか不都合なことがおこったからといって助けが来るのを期待することはできない。なので、本日の仕事もそろそろこの辺で終わりにしておかないといけなかった。
彼女の盗賊としての技術は、唯一ギルドでよくしてくれているマッカローニの仕込みによるものである。教師も生徒もどちらも優秀だったらしく、またたくまにシーフを名乗れる程度の技術を覚えることができた。おかげで、こうして細々と仕事で食べていくことができるわけで、そうでなければどこかの売春宿にでも転がり込む羽目になっただろう。
実際、それが亜人とはいえ”女”の自分に残された生き方のひとつではあったが。
ちなみに今日の収穫は、財布を2つ。次が銀細工のフォーク、そしてりんご、パン、チーズ、そこそこのワイン、以上。こんなもんか、といわれるかもしれないがこんなもんである。失敗など出来ないのだから、むしろこれでも十分と言えるくらいだ。
そんな時、市場を歩く目立つ3人の姿が目に飛び込んできた。
(あれってサフ族!?女なのか、それにしたって勇気があるわ。)
さすがに驚いてしまった。
この町でサフ族に会おうというなら、まずスラム街の僻地にいってみるしかない。彼等は優秀な戦士であり、狩人であり、盗賊でもあるが。しかし、とにかく癖が強いところがあり、つきあいにくいのである。
さらに顔が犬顔なのだが、これがどうにも人狼を思い起こさせるのでいい気分ではない。時に、ワーウルフ退治と偽って彼等を狩ろうとする輩も多いという。
ようするにはっきりいえば、こうした大きな町では彼らサフ族を中に入れるなどとすれば普通はいい顔をされなかった。
それにしても、だ。こんな白昼を堂々と、この町の中層にあたる市場の中を誰の財布で買い物をしているのか知らないが、貴族らしき老人を引きずりまわすなんて!
「命知らずというか、なんと言うか。大丈夫なのかな。」
思わず考えていた事が口から飛び出る。
そこには少しだけ、自分のように居場所のない女達に対しての憐憫のようなものもあったのかもしれない。周りでは、3人を見てごそごそと耳打ちしたり、意味ありげに見ている連中が増えてきている。トラブルは早晩おこるだろう。
そんなことするべきじゃないと思っていたのに、ウ-テは思わず彼等の後をつけ始めていた。
その時は来た。
「ちょっと待ってもらおうかー!」
そう言うと同時に、市場の往来の真中を見るからにすごい筋肉をさらしたオークの男がそういって、レイラ達の前に立ちふさがったのだ。それはもう、まるで劇の一幕のような見事の登場の仕方で。それまで人混みだったそこがパーっと人が裂けて空間を作ってしまったのだから。その中を、前と後ろをふさぐオークの男達とケイン老とメイド達がいた。もはやそれは舞台と言ってもよかった。
しかし、何が起きたのかよくわからなかったらしく。レイラをはじめとした彼等は何を言っているのかわからず首をひねっているばかり。
「この市場を痩せたメス犬がなにを物欲しげに歩きまわっているのかと思ったら、どうだい。驚いたことにお貴族様を連れ回していっちょまえにお買いものか?」
そんなあざける声に、まるでなんともないというようにレイラが口を開く。
「はい、こちらはなにぶん今日が初めてでして。あの、なにかありましたの?」
なんとも緊張感のないその聞き方に、もしかしたらバカにされたのではと思ったのかもしれない。オークの男達の顔が怒りに歪むと
「なにか、だと?ここにメス犬が入り込んでいては他の客に迷惑だといってるんじゃねーか。」
「あら、それは初耳です。そうだったのですか?」
「そうだったとか寝てんのか!?サフ族がいたら普通はそう思うだろうがっ!」
そんなどこか抜けたやり取りをする間も、エリーとレイラは微妙に身体を動かしてケイン老を自分達の後ろにやって守ろうという姿勢をみせる。当然、彼等もそれを見逃すはずがない。逃がさないよう、距離はとってあるが人混みの中に飛びこませまいという雰囲気が出ている。
その緊張感の高まりと、暴力の予感に周りの観客は唾を飲み込んで言葉もない。
(あちゃー、こりゃもう終わったかもね)
彼等もなかなかの使い手たちなのは見てわかったが、この場所を遠くにさっきまで剣呑な目で見ていた連中は多い。あの女達がこのままなにごともなくここから立ち去ることなどウ-テにも出来るようにはとても思えなかった。
「こりゃ、2人とも。じゃまじゃ、どけっ」
そんな時である。
2人の背に隠されていた貴族の老人が女達の尻を押しのけて何を思ったかずいっと前に出てきた。
「なんだよ、爺さん。悪いのに引っかかっちまったみたいだな。いいからもうちょっと待ってな。そいつらはお仕置きして、助けてやるからよ。」
そう老人に語るオークを見ると、ケイン老はほぅとうなづくと
「こりゃ、こりゃなんともご親切に。なにやらいろいろと迷惑をかけてしまっているようだ。」
輪をかけてのほほんと返す主人の姿に、エリーとレイラは顔を見合わせた。
「おお、まかせておきな。そのかわり礼はたっぷり弾んでもらうぜ。」
うんうん、とうなづきながらそれを聞くケイン老だったが。突如、目つきを変えてねめつけると
「この大馬鹿ものがっ!」
と凄まじい声を浴びせた。それは大した迫力で、屈強なオークといえども一瞬、動きを止めてしまった。
「まったく……お前さん、あれか?ここの用心棒だろ?違うか?」
「あ、ああ。そうだ。おれはここの市場の責任者に雇われているんだよ。」
「そうだ。てっきりあんた。そいつらにかどわかされたんだろうって思ったからさ。」
いきなり高圧的に変わった老人の姿に、ついついのまれてしまってか正直にオーク達は答えてしまった。
「そうじゃろう。ま、そんなところだろうと思った。」
などとうなづきながら勝手に納得を示したケイン老は、すたすたとエリーとレイラの間に戻ると。いきなり2人の腰に手を回すと、グッと自分に引き寄せ
「こりゃあな。”ワシの女達”だ。無礼な口はワシが許さんっ」
いきなり宣言してしまった。
それを何とも言えない顔で聞いているオーク達はまだどこか不信らしく
「なぁ、爺さん。さすがにそれは…その年じゃ無理だろう?」
などとまたバカ正直にいってしまった。
その言葉に、眉を斬りきりと吊り上げてケインは再び激怒する
「アホたれっ!キサマのような若造と比べるなっ。今も毎日とっかえひっかえこいつらで楽しく元気にさせてもらっとるわい!」
なんという貴族にあるまじき下品な言いようか。だんだんと、この老人の方が貴族として偽物ではないかと思うほど酷い会話になり果てている。
「それじゃ、その…お二人は、その、ご老人のってことで?」
「だからそうだといっておるだろうがっ。わからんやつだなっ。」
そう言いながらも、2人に回した手を離すと尻の尻尾の下に手を突っ込んでペロンとなであげる。当主のむちゃくちゃな言い様を黙って肯定していた2人だったが、それにはさすがに驚いてピクンと身体が震えて尻尾と両耳がピンと立つ。
「ほれみろっ。ワシが触るだけでこの通り大喜びじゃ。みてわかろうがっ」
「し、しかしですな。その、サフ族の女、なのですよ?本当なので?」
「くどいっ!」
すっぱりと言いきってしまったが。まだどこか、オーク達は納得しきれなかった。人狼に間違われるなんて例があるだけあって、サフ族の口はヤバイ。恐ろしく鋭い牙がならんでいるのである。それを、女とはいえ愛人に2人も?
「よいか!ワシは若いころよりあらゆる女を味わってきた!人間ならば老いも若きもそろって、亜人ならば尻と胸と女であれば何でもじゃ!エルフ?当然じゃ、オーク?まぁ、あれもなかなか味わい深かった。シャオ…はあんまわからんの。ドワーフとにたりよったりというところか。リザードは、ありゃーほんとなかなか衝撃的な経験じゃったワイ。とにかく!わしゃ色々試してきた。そして今が”これ”なのだ」
「これって、そんな。往来でちょっと恥ずかしいですわ。」
なぜかレイラは照れている。というか、すっかりなりきっているのかもしれない。よくわからない人だ。
「しかし、昼間のデートを兼ねてと考えていたが。これではなぁ……。どれ、またオークの女を手に入れた方が良いかの?」
なんという絶倫の爺さんだろうか。これが本当のことを言っていると理解していいのか?
とはいえ、彼等もそれを頭ごなしに否定できない理由もあった。
何せこの世界、広いといえども。こと性に関しては、人間ほど貪欲で理解不能の存在はいなかったからだ。
なにせ人間ときたら、エルフはもちろんのこと、オークもシャオも、そしてリザードマンですら興奮するというのは有名な話である。まさに存在が変態と言っていい。それにここまで堂々と自分の趣味を公言し、とっつきにくいことで知られるサフ族の女がそれに従っているのを見ては信じざるを得ない。
「す、すいませんでした。」
結局、2人の屈強なオークは。これでもかと身体を縮めて頭を下げる羽目になった。それと同時に、それを見守っていた人も興味を急速になくし。煽ろうと待ち構えていた連中も、チェッと舌打ちしてその場を離れていく。
市場に流れていた緊張が解けるのを感じながら、ケイン老は尊大な態度のままオーク達に近づくと
「まぁ、勘違いしてもしょうがないかもな。そのためにワシも今日はここについてきたのだが。気にしなくてもよいぞ。」
などと声をかける。それにますます恐縮して、並んだオークはペコペコと頭を下げる。
人の世界であるこの町で、亜人である彼等がうまく生きるためのすべともいえた。
そんな2人が離れようとすると、今度は逆にケイン老の方から呼びとめた。
「えっと、なんでしょうか?まだ、なにか…。」
「うん、実はな。お前さん等の仕事を少し減らしてやろうと思ってな。」
そういうと近づいて馴れ馴れしく2人の盛り上がった上半身の筋肉をぺしぺしと叩く
おお、さすがはオーク。見事な体だ。などと褒めた後で
「実はな。この2人を連れてこの後の買い物に付き合ってほしいのだ。」
「えっと、我々がですか?」
「そうじゃ。ワシがいてもこうして目をつけられたんじゃ。このまま続けたらまたあるかもしれん。そりゃ歩いているだけで絡まれ続けるのは流石に困るよ。」
「はァ、確かにそうでしょうね。」
「で、思ったんじゃ。お前さん達が彼女達に付き合って送り迎えをしてくれないかとな。ほれ、お前さん達はここでは名の知れた強面じゃろう?お前さん達がついてれば、周りも安心。わしも安心じゃ。」
なんて面倒な話だろうか。それに別にそんな案内役はごめんである。二人はひきつった笑いを浮かべながら必死にことわろうとした。しかし、
「そうか?ならもう一つの方を頼まれてくれんかの?」
「なんでしょう?」
これ以上なにをいいだすんだこの爺さんと汗が流れる中
「あのな。お前さん達のボスに会わせてくれ。」
「はいい!?」
一体何を離す気なのだ。2人は恐る恐るその理由を聞いてみると
「ん、ああ理由を知りたいのか?それもそうだな……あのな、彼女等がこうして買い物できんとなにかとうちは不便でな。なんでお前さん等のボスに会って直接面通しをお願いしようかとな。」
やっぱりろくな願いではなかった。そんなことをすれば、たちまち2人がどのような思惑のもとで難癖をつけたのかを読まれてしまう。そうなればどんな処分が待っているか。
結局、2人はこの迷惑な老人の希望通り市場を案内することでなっとくしてもらうことにした。
「当主、なんだか偉い事になりましたね。」
「今晩は私の番でしたよね。たっぷりサービスいたしますよ。」
なにやら含み笑いを浮かべるメイド達に(やれやれ、こいつらもまた)と呆れて苦笑いをかえしてしまう。
「あのな、とにかくわしらではちょいと目立つみたいだから。お前達はこれからこちらの2人にな。」
そういうと、後ろで情けない顔のオークの用心棒たちを指すと
「この2人に付き合ってもらってだな。買い物をしてくるといい。それと、ついでだからいろいろと案内してもらってきなさい。」
その言葉に今度はメイド達の方が驚いた。
「ご当主。それでは、一緒に来られないということですか?」
「ああ、そうじゃ。」
「でしたら、私も一緒に帰りましょうか?」
心配そうにエリーがそういうと、手でいやいやをして断りながら
「それでは面倒じゃろう?確かに歩くが、ここからならまだ日もあるし。ワシだけでいいじゃろう。別にスラム街だっけ?そっちにはいかんしな。多少は寄り道するかもしれんが、その時はほれ。グリフかフィンに言って。ワシも迷ったらさっさと可愛いおねーちゃんの居る店を探してそこで遊んでおるんでの。迎えに来てくれ。」
どうやらこの老人はそもそもこの市場めぐりに飽きてきた、ということらしい。ここから1人で散策する気まんまんであった。
(困ったわ。止めたくても私たちでは聞いてくれないでしょうし。坊ちゃん達がいないと…)
それによりにもよって、このオーク達を自分達に付けたのである。そこには自分を追ってくるなというメッセージをひしひしとかんじてしまうが、だからといってようやくおさまった騒ぎを蒸し返すようなことを言いだすことも出来ない。
結局メイド達は、ケインの作戦にまんまとはまることを選ぶしかなかった。
そして、老人は望み通りの展開を迎えた。
それからしばらくして、平民街の高台にケイン老の姿はあった。
そこから見下ろすと、街の半分とその先にスラム街が見ることができ。後ろを向いて見上げると、そこには城塞をはじめとした貴族達の街を眺めることができる。
(もう20…いや、十数年か?とにかくそれくらいになるのかのー)
老人はかつてのこの町の姿を思い出す。
まだあの時はフィンレイは生まれていなくて、そして妻が亡くなって。あのメイド達もいなかった。
それにあの時はこうして街に繰り出して、なんてこともなかったな。家の中で、そうだ。来る日も来る日もずっと、怒鳴り散らしていた気がする。
思い返すと、一家がバラバラになりかけたのはあの時からではなかったのか?
そして思い出す。ガリランドの騒ぎのすぐ後、グリフの口からこの町へ引っ越そうとの提案があった時のことを。
あの時あいつは、きっと気を使ったのだろう。ギルドの今後のことを考えたら田舎町では出来ないなどと言ってここの名をあげた。それに多少の抵抗はあったが、受け入れた自分の姿を思うと複雑である。
その反動であろうか?ガリランドのあの家を、きれいに処分してしまった。きれいに、というのは建物を粉砕しつくしてやったという意味だ。あそこにはもう戻ることはない。
そして、グリフがあんな提案をしなければ三国連邦の首都にいる息子を頼ろうと考えたかもしれない。しかし、それはどう考えてもいいものではない。やはり、グリフの言うことを聞いたのは正解だったのだろう。
一家崩壊、7年前のあの義娘の死からおきたあの争いに胸を痛める。だが、時が立つことでワシと孫達はこうして仲が戻ってきた。一緒にここにも来ることができたのだ。もしかしたら、もう少し先ではあいつとも………。
それは老人の秘めた夢。決して誰にも言えない、失ったものを取り戻せたらというそんな想いだった。
高台から町を見下ろしている老人に気にするものは周りにいなかった。
ある者は忙しくし、ある者は通り過ぎていく。その中で、1人だけ。離れた場所からケイン老を見守るのはあのウ-テであった。
彼女がここまでついてきたのは、別にこの老人になんらかの思い入れがあったわけではない。
サフ族の女達と別れ際に、オーク達に懐から出した銀貨を渡しているのを見たからついてきたのだった。亜人の女を愛人にする老人だと?人間の癖に!?
そうしたちょっとした反感が彼女の今日の最後の仕事のターゲットにケイン老を選ばせていた。
しかし、なんというかさすがは人間の貴族である。夜はどうか知らないが、街の景色なんぞ見てなにやら物思いにふけっている様子。
(このくらいちょろいわよ)
素早く近づくと、一瞬の早業で腰に会った革袋を斬り落として見せる。
それを手にして、離れると中身を確認した。
(なに、これ!?)
それほど重みもないからと、手に取った時はガッカリ気味だったが中身を見てちょっと驚いた。金貨と銀貨しか入ってなかったのだ。さすがにこれには驚き、同時に興奮してしまった。
どうやらあの爺さん。思った以上に御大尽さまだったらしい。これほどとは思わなかった。
そろそろ時間は昼の正午にさしかかろうという頃。
ウ-テは、平民街の一角にある小さな質屋へと入っていった。ここでは一応、なんでも屋という看板になっているのだが実際はシーフギルドが運営する”表向き”の家業であり、安全地帯でもあった。
店の名は○○○○。
中に入ると、店主のレオンがいつもとかわらぬ無口さで出迎えてくれる。この寡黙な人物は、日がな一日。こうしてカウンターの中で茶を片手に本を呼んでいるか、モップを手に掃除しているかのどちらかしかやっていない気がする。
しかし、彼はシーフギルド幹部の1人である。たとえば緊急時には真っ先に情報と人を動かす前線指揮官のような役割も持っているし。そうでないときは、こうして仕事のあがりの中からギルドに収める分の回収口もやっている。
ウ-テの姿を確認するとこの主人は一言
「おかえり。」
これもいつものことだが、こうして声をかけるのはウ-テだけである。どうやらこの主人に自分が多少は好意を持たれているというのが、ちょっと嬉しかったりする。
ギルドのメンバーでない以上、実を言えばウ-テがここを訪れる必要などない。しかし、彼女は正式ではないにせよ。シーフの技術で毎日を生活している。そういう意味で、やはりここは多少なりとも貢献せねばと思い。こうして仕事の後には必ず、自分の働き分からできるだけ納めに来ている。むこうも、それを別に受け取って素知らぬふりをしてもよかったし、受け取らずに追い返すこともできただろうが、レオンはなにもいわずに彼女の名を他のシーフ達と同じように帳簿にのせてくれていた。
今日は、あの老人のおかげでいつもに比べると随分と多い。
金貨を3枚だけとりだすと、フォークと一緒に残りの袋を提出した。それを顔色一つ変えずに受け取って中身を確認すると、いつものように取り出した帳簿に彼女の名を記す。ここまで、ウ-テは決して口を開かないが、レオンが自分の名を書いたところを確認するといつものように身をひるがえして店を出ていこうとした。
だが、今日は違った。
「ウ-テ、ちょっと待て。」
驚いたことに彼が呼びとめてきたのだ。
彼女は正直、自分が何かミスで藻やらかしたのかとちょっとあせったが表情には出さないように努めて振り返る。
「この後、ギルドに顔を出せ。」
「……今、これからすぐに?」
「そうだ、今からむかえ。あと一つ。表からいけ、いいな?表から入るんだ。」
それだけ言うと、彼はまた手元に本を持って読みだした。言うことはそれだけ、らしい。だが、わざわざ道順まで指定したということはなにかあるということだろう。
レオンが言った表、というのはこの平民地区にあるギルドの本部へ普通にいけという意味である。当然だが、たどりつくのに猥雑な手順があるし、なによりもっと楽に行ける方法はあるのだ。それをわざわざ……どういうことだろうか?
そんなことを思って店を出る。
さっそく表の道からギルドへ向かおうと歩き始めた、その時であった。
うっかりしていた、なにかが足に絡まってつんのめってしまう。
(やだ、よりにもよって店の前で!?レオンに見られたかも)
そんな事を思いながらも気はずかしさから顔を真っ赤にして地面に両腕をついた。すると、そんな自分に誰かが近寄ってきて
「おお、お譲さん。大丈夫ですかな?御怪我はありませんか?」
と聞いてきた。お譲さん?御怪我?行くあてもないエルフの小娘に何を言っているのだろうと思いながらも、ちょっと嬉しい気持ちもあって
「あ、はい。大丈夫ですから。ちょっと……えっ?」
相手の顔を見上げてウ-テは動きが止ってしまった。
そこには、満面の笑みを浮かべたケイン老がいて。彼女にむかって手を差し伸べていたのだった。
ここまでの様子をレオンは店の中からそっと全てを見ていた。
(やれやれ、まだまだ新人だな。あの娘も。)
そう心の中でそっとつぶやく。
のんきに店先で昼行燈の店主をやっている彼だが、これでもシーフギルドの幹部である。彼女が店に入ってくるあたりから、ウ-テをつけてきている相手の存在に気がついていた。なにかあれば、とも思ったが彼女の今日の上がりをみてなんとなくその理由がわかった気がした。
多分、彼女に財布を奪われた相手であろう、と。突発仕事でこれまで上手いことやってきたウ-テだったが、ついにミスをおかしたのである。しかし、とられたことに怒っているのならこの店の中に入ってくるはずである。
それが、あのように店先で待ち構えて彼女に近づいたということは……。
(本来なら彼女をかばう理由などなかったが、ついついギルドに向かうように言ってしまった。まぁ、あそこだったら……んんっ?)
ここでレオンは彼らしくない自分の判断と、あの老人から感じる違和感に気がついた。
自分はあの老人を知っている?どこかであったのか?
必死に頭を動かす、こんな表商売をやっているのだ。人の顔は覚えて当然、なのだがすぐには思い出せない。
「あっ!ああー、あーそうかー。そうかそうか。」
ようやくあの老人に感じる違和感の正体に気がついた。そうか、それなら確かに間違いない。
グリフター。
彼はギルドに来て自分の名前をそう呼べといった。ふざけた奴だった。
そして、今日のシーフギルドの救世主にして………。
彼の頭の中は過去のシーンを思い出していたが、その手は紙を取り出すとさらさらとなにかを書きつけはじめる。
(なるほどね。マッカローニ。お前の娘と、お前の友人。全部お前絡みだな。)
紙を丸めると、金属製の小さな入れ物に押し込んで脇にある管の中へと押し込める。
ボシュッという音がして、金属の入れ物がそこから消えると。この後、ギルドでおこるであろう騒ぎを思って、彼の口元はすこしばかり人の悪い笑みを浮かべていた。
感想等よければください。