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ウィンターソルジャー  作者: 鷹雪
死霊のはらわた
19/27

最初の事件、その始まりについて

(お断り)

 当事件、通称【ぜルダ事件】における報告書は、その一部をフィンレイ・ライバーの日記の記述と合わせることで構成されている。そのため、中には”あまり必要のない”話も出てくるのだが、当の本人が言うところでは某責任者にむけての激しい抗議の意が込められており、これを正しく記載するようにとの交換条件が出されたためである。

 自分にはその意図するところがさっぱり理解できなかったが、本人がそうしてくれというのだから仕方ない。そういった事情があるため、いささか読みにくいうえに状況が把握しづらいかもしれない。注意されたし。

                                      記載者  ヨニー・レーン


▼▼▼▼▼


うごおおおおおおおあおおあrsこー!

ぐっぐっぐっぐぐっぐぐぐぐっぐぐ

あびびひっひひひひっひいいいいいい

うっ、うご、うごか、うけ、うごけっ

あああああああああああああああああああああ


(以下不明領が続くため略)


▼▼▼▼▼



『DAY 1』


 ウィンター・エンド。

この町はそういう名前らしい。

だが、僕は言いたい。これは町ではない、都市であろう、と。


 ガリランドの町を出た僕らはおじいちゃんの体調とグリフの用事とやらの関係でこの町に入るのに陸路ではなく、巨大で長大な河を最後に船で下るという道を選んだ。

 その間も心晴れない僕は、ファーギーに連日つつきまわされ、からかわれ、ひどいの有様だった。だが、それも仕方のないことだろう。あのガリランドの住人達からは、まるでなにかの仇のような扱いを受け、追われるようにして出てきたのだから。

 そして、その旅の途中も平和でお気楽な旅だったと言うわけでもなく………いや、やめよう。とにかく、僕らは船に乗ってウィンター・エンドの隣にある城塞の港から町へと入っていったのだ。



 その町はとにかく巨大であった。本当に大きすぎて、言葉がなかった。

そりゃ、そうだろう。内門とかいうところをくぐってみたら(ここも見上げてしまうほど立派だった)目の前に広がる景色の半分以上が人の住む建物だったのである。

 僕など、たかだが数百人規模での田舎町しか知らなかったのだから。その雰囲気にのまれたとしてもしょうがないのだ。

 さらにショックだったのはこんなにバカでかい町なのに、この三国連邦では大きさが第三位なのだとか。でも、第2位の町より人が多い。訳がわからない、3番目だというのに。おかしいだろ?

「いや、おかしくはない。理由があるんだ。町の人間というのはな、普通はそこの責任者の認可を受けるものなのだよ。だが、ここでは大勢が無許可にもかかわらず居住しているのだ。つまりな、ここから見える町の半分ぐらいが違法なのだ。」

 おじいちゃんからそんな凄い事を聞かされてしまった。



 そんな混然と猥雑なこの町にこれから僕は住まないといけないのである。

 この時点で、僕はすでに頭の中は真っ白。喉の奥からえづいてしまえとさかんにナニカが突き上げてきているのを感じる始末。いっそ、それをやれれば楽だったのだろうけど、旅の途中でファーギーにさんざんつつきまわされた経験からプライドが邪魔をしてか、そんなみっともない格好は死んでも見せたくはなかった。


 そんな僕の気持ちなどまるでわかろうとしないで、周りときたらおじいちゃんもファーギーも「久しぶりだな、こういうところ」などと感想を漏らして嬉しそうだし、あのメイド達ですらいつもとかわらぬニコニコ顔の下ではウキウキと浮かれている様子が見てとれた。


 この現実に打ちのめされているのは僕だけなのか?そう思っていた。


 が、違っていた。不思議な事に兄のグリフは前日から妙に静かで、この時も表情は普通ではあったけれど、喜んでいるようにも見えなかった。なので、僕はその隣へと、よりそってから兄に話しかけてみた。

「ここ、大きい」

「まぁな」

「これから、どうなるんだろ」

「そうだな」

「やっぱり、ここでもハンターを?」

「ああ」

「いつから?」

「明日だ」

 短い問いに簡潔な答えの応酬。ちっとも気は晴れなかったけど。それでもあいつらの中にいるのに比べたら、こっちの方がまだましだった。……いや、そう思いたかったのだ。



 が、やはり間違いだったのだ。

 そこから延々と歩き続ける事2時間ちょっと。ようやくのこと、僕らは新居の前に立つことができた。

「ここも大きいのね」

「ん、そうだな。お前の母さんの家だ。ガリランドのわしの吹けば飛ぶようなあそことは比べるまでもないな」

 おかしな話だけれども、この時僕は改めて自分の家が貴族なのだと思い知った。前の家はあの田舎町でも中の上ぐらいの大きさだったけど、ここはあそこに比べると軽く3倍以上の大きさと広さを感じる。


「庭は前とそう変わらんが裏にある。しかし、景観は素晴らしいぞ。絶景と言ってもいい。おすすめじゃ。」

(ああ、その言い方で想像できます。庶民の家々を見下ろせるわけデスネ)

 おじいちゃんはそう言って僕らに勧めてきたが、逆に僕にしてみたらその時点で、もうどうでもいいことであった。

「中、見てきてもいいかな?」

 レイラの「どうぞ」と言う声と渡された鍵を握って急いで屋敷の中へと入る。


 正直に言おう、めまいがした。

 吹き抜けの玄関とか、広いし、無駄に。

適当にのぞいてまわった部屋は、どれも思った通りごてごてとしていた。僕の感覚でいうと、それらを表現するのならいわゆる成金くさいものばかりだった、となる。

(こんなの冗談じゃないぞ)

 心の中で呻いた。急いで『自分の居場所』を見つけ出さなければ、またぞろあのクソでかい部屋に貴族の子だからと放り込まれることになる。そんなことはお断りだ。できるだけ狭くて、薄暗い部屋を目指して僕は屋敷の中を駆け回った。

 違和感は全体の半分ほどの部屋を見て回ったあたりから感じ始めていた。

ないのである、こういう場所にあるべきものが。

 そう、アホみたいにでかいだけで、シンプルさの抜け落ちた気色悪い部屋ばかりが続く。傲慢に上から目線で「お前等はここだから」みたいな、いかにもな貴族の家には必須のやたら貧相で、狭くて小さい部屋が、なぜかこの家には一つもない。

「あれっ………あれっ………あれっ………。」

 ドアを開ける、中を見る、閉じて次に向かう。これをひたすら繰り返し、気が付いたらとっくに2週目に入っていた事にようやく僕は気がついた。


「………っ!?」

 これはどういうことなのだろうか。確かこの家は元々は母の物だと聞いている。

その人の名義の家の中に、当然あるべき小汚くて、狭くて、貧乏臭い部屋が一つもないということはどういうことなのか?

 亡き母の顔はもうほとんど思い出せないが、当時からメイド達にあてがう部屋を差別しない。そんな超革新的な思想を持った女性だったということか?というか、そうでなければこんな家、説明ができない。

「どうだ、気にいったの(部屋)はあったか?」

 その時の僕は、自分の中で確実になにかが壊れ始めていたところだった。そこに兄と2人の忠実なメイドがニコニコと笑顔で話しかけてきた。

「……ここ、ないんだけど?」

「なにが?どうした?」

 調子を変えずに聞いてくるグリフの笑顔はなにかを予感させた。次にその右隣りのエリーにむかって

「貴族の家に必須の貧乏臭い部屋が一つもないのだけど…。」

「まぁ!そうでしたか?」

 驚いたふうな台詞なのに、なぜニコニコしっぱなしなのだ?続いて左のレイラに

「なんでかなぁ、なにがあったのかなぁ?それにね……それに、それにさぁ。なんでか理解できないんだけど”明らかに無理やり手を加えたっぽい倉庫”っていうか保存庫らしいのがさ、かなり多めにあるような気がするんだけど?」

「あらあら、やっぱりばれちゃいましたね。」

 ばれちゃった、などというわりにはこちらも普通にいうし。なんで皆して笑顔なの?

「これってさ、やっぱ。潰したんだよね?部屋をさ。貴族の家に必須の傲慢の象徴を。なぜ、そんなことするのかなぁ?」


 すでに魂が抜けかけている僕に、グリフは近づくとポンと僕の肩に手を置くと

「ん、引っ越す前にな。ちょっと手を加えた、それだけの話だ。今後を思うと倉庫がどうにも足りないと思って。部屋は多くあるのだから、使わないところから先に潰していったらこうなった。」

 そのなめらかに回る舌に、いけしゃあしゃあと自分に言い聞かせようとする態度に、早くも反応してしまう。

「違うだろ、ブタ野郎。なにを理由があるから仕方ないよね、みたいな言い方してるんだよ。やりやがったんだな?ここにくるとわかったから、先回りして全部ふさいで退路を断ったんだな?」

 壊れかけた僕は自然に兄を罵倒しながら、相手の目を見て淡々とそう語った。鼻の奥がツンとする、目尻からなにかヤバイものがあふれ出てきそうな感じがした。兄弟が無表情で見つめ合っていることを気にしたのか、レイラがとりなすように

「引っ越す前に手を入れるのは仕方なかったんですよ。ただ、色々と足りない物を何とかしようとしたらこうなってしまっただけなんですから。坊ちゃん、こらえてください。」


 こらえる?なにをこらえるっていうんだ?ガリランドの屋根裏は最高の住み心地だったのに、それを追い出されて。その結果が、用意されたのが、あの趣味の悪いごてごてした無駄に広い部屋だっていうのか?

 頭の中をぐるぐるとそんな問答が続いている中、グリフがとうとう僕に止めを刺してくる。それはたった一言だった。

「それで、どこの部屋がいい?」

 発作的に右の拳を兄の顔面に叩き込むと、僕は自分の顔を覆ってしまった。限界だった。

「そんなぁのぉぉぉ!あんまりだぁぁぁぁーーーー!」

 フィンレイ・ライバー、17歳にして数年ぶりに。人の目をおかまいなしにポロポロと涙を流して大いに嘆き悲しんだ。



『DAY 5』


 あの血も涙もない兄が言った「明日から」というのは嘘でも比喩でもなく本当のことだった。

翌日から僕は、いつのまにか用意されてた貴族らしい服装ってやつを腹話術師の持つ人形のように着せられて、おじいちゃんのあとをついて挨拶に回ることになった。

 といっても、その時忙しかったのは僕1人だけではなかった。メイド達は荷物の山を前に家の中の事に追われており、面白い事にあまりにやることが多いからファーギーでも役に立つと言ってこき使いだした。

ファーギーも最初はそれをぶつくさ文句を言いつつも、言われた通りにしていたし、それ以外にも僕らの送り迎えにぴったりつくという完璧な仕事ぶりに、ちょっとどころではなく僕は感心して彼女のことを見直していた。


 しかし、反対に同じ大変そうでも何をやっているのか全く話すことなく、連日姿を消している奴が一名だけいたが、まぁ自分の部屋をさっそく真っ暗にして閉じこもらないだけマシ、そう思うことにした。


 この数日、近所を中心にいろいろな人に僕は会った。

 なんというか、それは言ってみれば全部段取りの決まった舞台のようなもので。まずひとしきりおじいちゃんがなにやら話した後、僕を紹介。僕が一歩前に出て、叩き込まれた礼儀作法に従いご挨拶。その後は適当にお茶などしながら世間話、そこでも可能な限り会話に介入して自己アピール。で、適当なところで失礼する。これの繰り返しだ。

 これの難しいところは出過ぎず空気にならないというとこと。やはりというか、おじいちゃんはどこか豪放なところがあって、いつもの調子で話すと相手に眉をひそめられてしまうことが多い。

そこで、そうならないよう僕がなにげなく間に入り、おじいちゃんの面子を潰さないよう気を使いながらも叩き込まれた話術と礼法で乗り切るわけだ。


 まぁ、言うだけならたやすいがこれが最初は苦戦の連続だった。

 介入に遅れて無言の時間を作ってしまったり、逆に早すぎてグダグダしてしまったり。また、うまくいったとおもっていてもよく考えたらおじいちゃんの言ったことを全否定してしまっていて、帰り道に怒られたり。まぁ、これは僕が悪かった。

 そして思ったのだ、やっぱり自分は田舎の貴族暮らしを満喫していたんだなぁ、と。

 講師にならって、グリフを相手に復習したときなど(バカじゃないの)と鼻で笑っていたものだった。だが、あれは本当に必要なことだったと、この数日でいやと言うほど学ぶことができた。

 それと同時に、この習ってからほぼ全力で使ったことのない技術をふるうのを楽しもうと決めると、時に同じことの繰り返しになったとしても、そうそう退屈と言うこともなくなった。


 おじいちゃんも、そんな僕に気をつかったのかもしれない。

 あいさつ回りの間に、そのついでにと町の建造物を見て回ったのだが、それらはどれも印象的であった。

 かつての刑務所を模様替えしてつかっている工場。微妙に、傾斜しているというか、曲がってそびえているように見える魔術師ギルド。かつての宮廷跡が、今は図書館になっているとか。


 ちなみに、ここでなぜかおじいちゃんに案内されてつれていかれたのが異種族と、600年前から伝わる人気のエロ本とかいうのを見せてもらった。そんなのに全然興味なかったのに。

 他にも男女の営みの研究とかいうのも見せられ、「おお、これなんかおススメ」などと、すでに引いている僕にお構いなしに楽しそうにしていた。信じられないのは、それをファーギーも一緒になって面白がっていたってことだ。

 ちなみにこの2人は盛り上がり過ぎて最後は大騒ぎしてしまい、広大な本棚の中を探しに来た警備と司書の女性によって追い出されてしまった。しばらくは顔を出せないな、とこぼしていたがそれも当然だろう。


 そうそう、これに似た酷い体験と言えば教会に行った時もヤバかった。

 ここの教会もかなりのもので、城に負けない荘厳さと大きさだったのだが。よりにもよってそれを見上げていたおじいちゃんが、、わざわざ教会の人達が行きかう中で

「フィン。これを見て見ろ。クソのようにでっかいな。そびえたつこのクソは見事なものじゃー」

などと言いやがったのだ。当然、まわりからは白い目で見られる羽目になった。なのに、本人はと言えば「田舎とは違うな」とか「さすがは見事な物だ」などと言って平然としている。僕はこの時おじいちゃんにそっと言ってやりたかった。それ、フォローしたつもりなんだろうけど全然フォローになってないからってね。

 だから、まだなにやら言い足りなさそうなおじいちゃんを引っ張って帰ってきたのだが、正直いってその間にもまたおかしな挑発的言動をかまして誰かに呼び止められないかとヒヤヒヤしたものである。




 さて、そんな毎日を過ごしていた僕だったが本日からは少し本気にかからねばならん。そうおじいちゃんに言われていた。

 今日これから会うのは、この町と城塞を運営する執政への挨拶と子爵家への紹介。つまり、領主にあたる人物と会う約束を取り付けるためのものだという。 

 まぁ、正直僕にしてみたらまたいつものようにしていればいいのだろうな、ぐらいに考えていたのだけれど。それはどうやら甘いらしい。なにせ、出かけにあの兄がわざわざ寄ってくると「いままでの予行練習で勘も戻ってきただろう。今日は本番だからな、しくじるなよ」などと激を飛ばされてしまったのだ。

 それに驚いたが、まかせろというつもりで「それならどこで何をしているかわからない、君が行けばいいじゃないか」と言ったら兄はフンと鼻で笑った後でどこかに出かけていってしまった。まぁ、ようするにミスはするなよがんばれよ、ということだろう。


 いつものようにおじいちゃんを先頭に僕、ファーギーが続いて家を出る。

城に入る大きな一本道の脇に立つ衛兵にお爺ちゃんが話している間。僕はファーギーと話していた。

「今日もこの後、家に戻るの?」

「ん?ああ、あのクソメイド。あたしの裁縫の腕は悪くないとかおだててさ。あたしをこき使ってくるんだぜ。嫌になっちまう」

「へ、へぇ。裁縫、できるんだ。」

「は?当たり前だろ。元は流れの傭兵だぜ?それぐらいやれなきゃダメだろ。」

「そうかぁ。なるほどねぇ。」

 などと虚ろな返事はしたが、実際は心の中では(いやいや、あんた傭兵じゃないって言われてたけど。まだばれてないと思ってるのか)などと、つっこむにつっこめない感想をつぶやいていた。


 まぁ、といっても。彼女自身の本名とか過去のことは、ファーギー自身が触れたがらない話だし。おじいちゃんもグリフも聞くなと僕やメイド達にも厳命していた事なのでだまっている。実際それで不都合はないし、2人がそこまでいうのはなにか考えがあってのことなのだろう。そう、考えたからだ。



 用件を伝え終えておじいちゃんが戻ってくると、ファーギーは「それじゃ、フィン。頑張って来いよな」と(ほんとうにわかっていってるのかね?)言ってそこで別れた。僕はおじいちゃんとならんで、城に向かう一本道の大通りを歩いていく。


 それにしてもここも面白い形をしていた。

城から伸びてきているこの通りの両端には、伝説の巨人族でもなければこえることはできないのではないか、そう思えるほどの厚みと高さの壁がずずっと続いている。それはつまり、城に行くには必ずこの道を使わなければいけないということになる。

 この壁の向こう側には、町を見下ろす巨大なガーゴイルとそれに絡みつくように襲いかかる竜達の像をはじめとした彫刻が彫られているはずだ。

 それにこの道は意識しては気がつかないが、ゆるやかな坂になっており、途中で何回か階段が用意されている。


「ここって面白いね。色々見てきたけど、ここが一番かな」

「ん、そうか」

「うん、ここの道にいる人達はみんなあの城に用がある人、なのかな?」

 城と町を結ぶ一直線の道である。そこには牛や馬を連れ大きな荷物を置いている人や、なにやら礼服を着た人などが話していたり、歩いている。

「そうだ。ここにはあの城と子爵様に用がある者が必ず通るし、そうでない者はいてはいかんからな。彼等もなんらかの用事があるということだろうさ。」

「子爵様ってのは、あの城に住んでいるんだよね?」

「うむ、そのご家族もいてな。だから、日用品などの搬入もここを使っているはずだ。他に出入りできる場所はないからな」

「それ、本当なの?」

 意地悪く笑いながら、おじいちゃんを見る。こういう、言ってみれば「ここ以外に出入り口はない」などという建物は実際はそんなことはない。そんな話を聞いたことがあるからだ。

 それを察してか、片目をつぶっておじいちゃんは

「むむっ、言葉には気をつけられよ。若いの。不用意な言葉は自身の命を縮めますぞ」

 答えられんし、第一自分は知らない。まぁ、ようするにそういうことなのだろう。


 しかし、大変だったのはここからであった。

執政殿は大変にお忙しい、ということらしく。僕たち2人は待たせに待たされたのだ。

 といっても、それにイライラしてたのはおじいちゃんだけ。僕の方はと言えば、結構楽しく時間を過ごさせてもらった。

 その理由としては、始めて見る城の中のカオスな様子にすっかり魅いられてしまったということがあるだろう。


 城に入った入口からすでに凄いことになっていた。馬がいて、ラクダがいて、平然と木箱を積み上げて置いている商人らしき連中。人も色々いて、肌の違う者、異様な風貌の戦士達。他にも、獣人、エルフ、オークをはじめとした亜人が勝手にそれぞれの言語で話している。

(すごいな、人々が集まって。この熱気)

 なかなかここに来てからも調子の上がらない僕だったが、この瞬間だけはなにやら興奮に似た高揚感を感じていた。


「ん?おお、こりゃいい…フィン、あれを見て見ろ。」

 そうつぶやいていたおじいちゃんが顎で指し示す方向に視線を向けると、僕は驚いた。

 なんと、こんなに多くの人の中をピンクの下着のように透けて肌が見える格好の女性が平然と歩いていたからだ。

(ど、ど、どういうことだっ!?)

 こんな大勢の前にあのような格好で出歩くことが理解できなくて、動揺してしまう。

「落ち着け、フィン。顔が真っ赤だぞ。よく見て見ろ、彼女の服装を。裸ではないぞ」

 いきなりうろたえ始めた僕を見て、やれやれというようにおじいちゃんがたしなめた。

そう言われて改めて見直してみる。確かに、肌が透けて見えるが肝心な部分はちゃんと隠されている。つまりそういう衣装なのだということがようやくわかった。


 落ち着きを取り戻していく僕を見ながら

「たぶん、あれは前を歩いている男が興行主。つまり旅芸人なのだろう。許可を得るために来ているのかもな」

 そうつぶやくおじいちゃんに、僕は一般常識の観点から疑問の声を上げた。

「それにしたって、あの恰好はないよ。裸じゃないか。もう、びっくりしたよ」

「そうか?あんなのは薄着ぐらいにしか感じないが。まぁ、実際にあの恰好で芸をするのかはわからんが、芸人を嫌うクソつまらんアホが多いからな。ああやってビシッと、なめられんようにするのも。ああいう連中にとっては必要なのじゃよ」

 おじいちゃんはそう言ったが、僕はすぐには納得できなかった。

あの恰好で舐められないだって?余計にダメ出しされるんじゃないのか?

 気がつかなかったが、そんなことを思っていた僕はじっと彼女のことをガン見していたらしい。向こうがこっちの目線に気が付くと、なぜか片目をつぶってウィンクして笑いかけてきた。

 僕はそれにどう返していいかわからず、なにやらおかしなものを口にしたような、そんな変な表情で通り過ぎていく彼女を見送った。

「おやおや、色男じゃな。お前は気にいられたらしい。」

 なぜか勘違いをしてそういうおじいちゃんに、僕は苦笑いしながら返事をする。

「まさか、きっと違うよ。誰も見向きもしないところに、変な小僧がじっと見てきたから、からかっただけさ。気にいっただなんて、そんな。話してもいないんだよ?」

 僕としてはなかなかに的確に状況を把握した認識だと思ったのだが、それをきくとおじいちゃんは悲しげにはぁとため息をついて

「なにを言っておるのやら。お前の…お前のその女嫌いというか、固いというか、奥手なのか。女好きのライバー家の血を引いた男とはとても思えんよ。それに、そんなことを言ってはお前のためにとその服を用意したグリフやエリー達も可哀そうだとは思わんか?」

「これのこと?」

 自分が今着ているこのゴテゴテした礼服、何かあるのだろうか。

「ピンをはじめとした小物は最新の流行を抑えつつ、古式ゆかしいデザインでありながら、遠目で見てもしっかりと印象に残るような色使い。何年もの間、部屋の中に閉じこもっていた男が、その弟にこれほど気を使った物を用意したと知ってわしなんぞ感動で泣きそうになったくらいじゃ」

「そう……なの?」

「そうなんじゃよ。ほれ、あのファーギーちゃんだってお前のその姿を見ていいと言っておっただろ」

「あれはただ、悪くないよって意味でしょ」

「ちっちっ」

 どうやら僕の答えは気にいらなかったらしく、腹立たしげに舌打ちすると

「なにをいうか。なんなら帰ってすぐにそれでファーギーちゃんを押し倒しに行ってみぃ。余裕でイケるぞ」

「なにいってんの」

 笑って取り合わなかったら、おじいちゃんは本当に頭にきたらしくプイッとそっぽを向かれてしまった。どうやらしばらくは口をききたくないということらしい。

 まさかね、そんなこと。あるわけないじゃないか。



 それからしばらくして、ようやく呼び出しが来たのだが、ここでまずいことになった。

なんと呼んでいるのはおじいちゃんだけで、僕は遠慮してほしいということらしい。これにはさすがに僕も驚いたのだが、それ以上におじいちゃんがヤバイ感じに静かに激怒した。

「これはまた、どういうことですかいの?」

 きっと落ち着こうと思っているのだろうけど、顔は怒りに歪みかけており、口調もところどころおかしくなっている。

なにより、一番まずいのは言外から漏れ出ている『いい根性だな、コラ』という雰囲気でこの人がこの後に笑顔で和気あいあいとご挨拶など出来るとはとても思えなかった。

 しかし相手もこちらが激怒するというのはある程度予想していたようで。立てこんでいて忙しい、時間が押しているので、そのかわりにきっとご要望はかなうはずですからと、頭を何度も下げている。可哀そうに、この人もきっとこんな損な役回りはごめんだと思っているのだろう。


 おじいちゃんの怒りはもっともだし、自分もやはり気にいらない部分はあるがそれを今、この人に向けて言っても仕方ない。

僕は自分の役目を果たすことにした。

「まぁまぁ、お忙しいのはここを見ればわかりますよ。確かにこれほどの人がまっているのですから、さぞ執政殿も頭が痛いのでしょう」

「はい、はい、その通りでして」

 僕の助け船に助かったと思ったか、しきりにうなづいてくる。

 正直言うと、この時心のどこかで(ああ、兄ちゃんならここで相手を八つ裂きにかかるんだろうなぁ)などとブラックな想像とそのやり方を自分もやろうか、などと一瞬だけ考えてしまったのは内緒だ。

 だが、やらない。僕は兄ではないのだ。

「確かに今日はご挨拶だけだし、ね。おじいちゃん、子爵様との面会を約束してもらえるならそれでもいいんじゃないかな」

「むむむ」

 僕の言葉におじいちゃんも少し冷静になってくれたらしい、その顔にはいまだに「納得できない!」と書かれているが、言葉の激しさがなくなってきたところを見ると考えてくれているようだった。

 結局、僕は遠慮しておじいちゃんが面会の間。この城の中を見て回ることにした。




 わかりもしないのに、僕は壁に飾られた絵や彫刻を見て「へー」「ほう」などと呟きながら見て歩いていた。

 気がつくと、あのカオスだった人の波も声もぱったりとなくて。ただただ、静かな広間の真ん中に僕は立っていた。そこはあの入口によく似たデザインであったが、あの混沌とした人の波と声だけがないので少しだけ混乱した。

(あれ?ここはどこかな?)

 どうやら、知らず知らずのうちに建物の奥まではいりこんでしまったのかもしれない。

一応、見学してもよいとは言ってもらえたが、だからといってどこを見てもよいということではないだろう。急いでさっきの場所まで戻りたいが、このまま回れ右をすればいいのか、それとも他の道を探すか。ちょっと悩んでしまう。

 そんな時だった。


 広間の中央から見上げた階段の先に彼女がいたのだ。


 正確に言うと、一瞬前まで人の気配がしなくて。今も人とは思えない、そんな妖しい少女がそこに立っていた。

寝起きなのだろうか?その白い寝間着はフリルがついており。こちらにむけた体は小首を心持ちかたむけ、それはどこか狂気を感じさせる雰囲気を作っている。

 美しい長い金髪が輝き、その反対に大きな眼はどこか病的な影を差し、体はよく見るとびっくりするほど華奢という表現をこえて骨と皮だけのように見えた。

 そしてなにより驚いたのは、彼女は泣いていた。声もなく涙を流して僕をじっと見つめていたのだ。


 しばらくは時が凍りついたかのように、そのままお互いは見つめ合っていた。

 その間も彼女の頬を大粒の涙があふれ出ると次々に流れ落ちていく。

僕はただ、彼女の姿に美しさと醜悪さの両方を感じていて。ただそのことに言葉どころか身動きひとつも出来なかった。

 なぜ彼女は泣いているのだろうか?そしてあの狂気を感じさせる異様なたたずまいの理由は?僕に何か用なのだろうか?


 変化は彼女からおきた。

 次第に彼女の喉、いやそうではない。体が泣くという行動に反応してか、次第にひっくひっくと声が漏れてくるようになった。これはさすがになにか声をかけた方がいいのだろうか?

「あの………。」

 ようやく僕の方も呪縛がかかったような状態を抜け、声をかけようとした。

 だが、その言葉を最後までいうどころか、僕は飲み込む羽目になる。


 こっちを見つめていた彼女の口がゆっくりと開いていく。


 その動き、あの形、この反応。それは僕の記憶の中に似た情景があった。

 あの日、あの夜、あの地獄のような腐臭の中で見た。おぞましい死者の群れ。彼等が僕を見た時、まずなにをしたか?

そうだ、あいつらもこうやって口を開いていって…。


いやああああああああああああああああ!!


 それは病的で、彼女のような細い体から出ているとはとても思えない。そんな嫌な叫び声だった。

僕はその姿を前に、ただただ驚愕して立ちつくし、見ていることしかできなかった。

 声はいわゆる恐怖を前に少女がおびえてあげる、そんな悲鳴では決してなかった。僕がその声から感じたのは、そう。奴等のように、奴等と同じく獲物を前にしてあげる歓喜の声。

 それと全く同じ響きを、彼女の声から感じていた。

彼女はひょっとしてデッドマン(死人)なのか?とすら思った。

 彼女のその声が聞こえたのだろう、複数の足音がこちらに向かってくるのを聞きながら、僕はただ彼女を見つめながら。

(泣き女、バンシー?)

 そんなことを考えていた。

人々が姿を表し始めた時には彼女の声は悲鳴ではなく、うめき声になっていた。僕の方はというと、いまだ先ほどの映像の衝撃からまだ立ち直ることができず、彼女の姿を見てまだ見ぬモンスターの影を思い描いていた。

 そして、その姿は当然僕の知る奴等の姿に重なるようになった。


僕と彼女は駆けつけた人達の手でそれぞれがはなされるその時まで。結局、一度もお互いから目をそらすことはなかった。

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