ザ・モンスター
そんな静寂を廊下からだんだんと近づいて聞こえてくる騒ぎがやぶった。
わーわー、きゃーきゃーと声がする。なにがあったのだろうとフローラは眉をひそめ腰を浮かそうとするが止められた。
「マスター、そのままで。ようやくむこうも話がまとまったようです。」
そういいながら、グリフはグラスを傾け。未練がましく中に一滴もでのこってないかと舌をだしている。
騒ぎはどんどん近づいてくる。
ドカンッ!
すごい音がして開かれた扉にスカートなのをおかまいなしに片足をかけてあらわれたのは、部屋から出ていったきり姿を見せなかったあのファーギーだった。
「待たせたね。そっちの話は終わったかい?」
「ああ、問題ない。そっちもうまくいったようだな」
「もちろんさ。誰に話しているんだよ……ォオラッ!さっさと部屋に入れっ」
ファーギーのそれまでとは違った、あまりにやくざなしゃべりと態度に目を丸くして口が開けなかったフローラだったが。彼女がそう言って廊下からなにかを部屋に投げ込んだのを見て今度はおどろきに目を剥いてしまった。
「いたぁ~い!いたい、いたい」と半泣きで放り込まれたのは、なんとあの小憎らしい口を聞いてばかりのヨニー・レーンであったからだ。
あの女性に何かされたらしい、必死に頭を守ろうと抱え、体もすっかり縮こまってしまっている。
「こ、これは一体!?ああっ、なんですかライバーさんっ」
「落ち着いて、マスター。彼には先に同意してもらおうと思いまして。我々が会議をしている間に彼女が『説得』してくれていただけですよ」
またあの薄気味悪い薄笑いを張りつけて、この貴族の男は平然とそういいきった。
「説得!?はァっ!?なに言っているんだよ、このデブ野郎っ。自分の女に…イヤ、そうじゃない。こんな滅茶苦茶な暴力女に僕を拷問させておいてっ。なにが説得!誰が説得!」
今だ縮こまったままの情けない姿であったが、自分がいる場所とそこにいる人間について理解したのだろう。ヨニー・レーンは一息で叫ぶようにそう反論をまくしたてた。
それを聞いて一瞬だが驚いた顔をしたグリフは、ジト目でファーギーを見る
「おい、どうなってるんだよ。全然納得してないじゃないか」
するとファーギーは少し慌てて
「ちょっと待てよ、ちゃんとやったんだって…この野郎、あたしにさっき言ったこと全否定かよ。ふざけてんじゃねーぞっ、この種馬野郎!あたしの上に乗っかっていった言葉を。この場に来て、もう忘れて見せるとはいい根性じゃねーか!」
そういうと、スカートの中からすばらしい脚線美がちらりとのぞかせながらも鋭い蹴りが、ヨニーの横腹に思いっきりめり込むと蹴られた方も「おうっ、オフッ」と息ができないのか、魚のように必死で口をパクパクさせている。
「ちょっと!暴力はっ…」と再び声を上げるギルドマスターを手で制すると、グリフは立ちあがって2人に近づいていく。
そしてファーギーに対し顎でちょっとそこどけ、としめすと彼女は仕方なくその場をどくが、どうやら納得していないらしい。その間も小さな声で「あたしはちゃんと…」などとまだ言い訳している。
この時こそ好機とばかりにがばと身体を起こすと、再びヨニーの口がせわしなく動かし始める。
「マスター!マスター・フローラ!これは、これはいったいどういうことなんですかっ!?僕はっ、突然こんな酷い目にあわされて。こんなこと、どっかの酒場でもなければ体験しないようなことが。この我ら魔術師が誇る、ウィンター・エンドのギルド本部で行われたという。この厳然たる事実っ……」
「黙れ」
それはたった一言、情けない姿で叫ぶように抗議していたヨニーの前で腰をかがめると、グリフはそれだけを言った。
そして、それを素直に聞かなくてもいいはずなのに、なぜか彼はそれまで必死に動かして反論をつむぎだしていた舌を凍りつかせてしまった。
「ヨニー・レーン。彼女も多分きちんと伝えたと思うが。念のため今再びこの俺、自ら説明してやる。
お前等が連れてきたあのティカという少女。あの娘の存在は危険になる一方でね、その辺の事情は君にもわかるだろ?とにかく正直、今はもうヤバいところまで来ている。状況はよくない。
だが今回、魔術師ギルドは俺達と組んで逆転の一発を狙って勝負に出ることになった。
さて、そこで君にもやってもらうことがある。君はあの娘をここへ連れてきた張本人の1人だ。なので彼女をこの先『しばらくの間』面倒を見てもらう。
まだある。この事件が終わったらお前はあの娘と一緒に我がライバー家が始めるハンターギルド付きの魔術師になってもらう。わかったかな?」
「しるかっ!?そんなこと、僕の知ったことかっ」
間髪いれず叫んで拒否するその姿を見て、ファーギーが再び暴行を加えてやろうと近づくのを手で制すると、グリフはとぼけた顔になって素っ頓狂な声を上げた。
「ええっ?ひょっとしてやりたくないの?」
「当たり前だっ、こんなことされて誰がやるもんかっ」
「本当に?それってまずくない?}
「あんだよ、それは。なにがまずいっていうんだ!?僕がやらなきゃいけない理由がどこにあるって…」
「だって、君。本当はジルバン・ラソから破門されたこと、ギルドには内緒にしているでしょ。それって魔術師ギルドではまずいんじゃないの?」
一瞬の静寂は、どこかで冷気を感じさせるほどのものだった。いや、もしかしたらフローラの体から漏れ出した魔力の影響で、じっさいにこの場所の温度が何度か下がったのかもしれない。
「……どういうことです?今、とても興味深い話をきけたのですけど」
部屋の事は別にしても、フローラの顔から間違いなく彼女の中に怒りがわき上がっているのは間違いなかった。
「な、なんてことをいいだすんだ!このブタ野郎っ。この僕が、よりにもよって偉大な我が師匠から捨てられたなどと。どんな証拠があって…」
どこか必死に言い訳するヨニーだが、グリフ達とフローラの顔を見比べながらしゃべるせいだろうか。その抗議する姿にまったく説得力がなかった。
「ま、君はあの変人がいらなくなった弟子をほうりだしても、それをいちいちギルドには報告しないだろうと思ったんだろうね。いい考えだ、実際今日までこうしてだましてこれたんだから。本当に頭がいい」
とぼけてそう言い放つグリフとその後ろでキキキッと笑いながら見下してくるファーギーがヨニーには本当に悪魔に思えた。
「そんな脅しに僕は絶対に屈したりはしないぞ!暴力の次が脅迫か?このゴロツキ共めっ。お前達のような奴の話しにホイホイと誰が協力などするかっ、もう一度言うぞ!外道の言うことなど、僕は聞かない!」
再び勢いよく叫び出したヨニーの言葉をフローラは頷いて肯定を示しながらも
「あなたの言葉には全く同感です。ところで、まずあなたが自分の身分を詐称しているということに関して、きっちりと話しを聞かせてください」
恐ろしくそれを冷静にいうので、ヨニーも日頃の悪行が頭をよぎってさすがに身の危険を感じたのか。
グリフ達に向けていた顔を、恐る恐るフローラの方へとむけながら
「あの、あのですね。マスター・フローラ。これには少し…誤解があるようで……」
恐る恐る最後の抵抗を試みるが、それも長くはなかった。
「ヨニー・レーン」
静かに名前を呼ぶフローラのその声は極寒の冷たさを感じさせるものがあった。
「ラソにはこの私が、直々に問い合わせることで真実を明らかにします。しかし、まずその前に!
あなた自身が自ら進んで、けじめをつけるというのであれば大事にはしないであげます。私のギルドで、これ以上ふざけた態度でいることも許しません。もしそのつもりでいるなら覚悟なさい。あと、もうひとつ……」
冷たい目を哀れな若い魔術師に向けながら
「今日、ただいまからあなたはこのライバーさんの指示に従いなさい。彼の言葉は私の言葉です。反論、反抗は大いに結構ですがその時が自分の魔法使いとしての経歴の終わりだと知りなさい。いいですね!」
力なくうなだれて小さな声で「はい」と答えるフローラを悩ませた問題児の姿に、不思議と何か溜飲を下げた気がした。
なんだ、思ったよりもこの関係も悪くないかもしれない。
たった半日で、彼女の抱えていた問題が2つ。いっぺんに解決してしまったのだから。そんなことをちょっぴり彼女は思ってしまった。
▼▼▼▼▼
扉の外の人の声で、こちらの中に入ろうとしていることがわかった。
久しぶりの面会人は、どうやらいつものやつとは違うらしい。
入ってきたのは、始めて見る太め若い男性だった。
「………」
だれ、と疑問を口にするものかどうか判断しかねていた。むこうもすぐには口を開かず足元の水に膝をついているこっちをじっと見ていたからだ。だが、挨拶を忘れていたのにようやく気がついたらしい。
「おおっと、失礼しました。お譲さん……私はライバー。グリフィン・ライバーという」
それは貴族のする礼だった。どうやら魔術師ではないらしい。
「無口なんだね。ああ、そうか。ここでは話す機会がないからかな」
むこうで勝手に自己完結する愉快な人だ。入口から水面まで続く10段の階段を少し下りると、彼はその途中で腰をおろしてしまった。なんだか妙になれなれしい態度だ。
「ここには君と話しに来たんだ。だけど君を見下ろして話すのは嫌でね。ま、でもこれくらいならいいだろう」
そう言うと、まっすぐと私の眼を覗きこんできた。しばらくの沈黙。
皆が見た後必ずそらしていたのに、この人は一向にその気配はなかった。ここにもわずかながら違和感を感じた。
「なに?」
「ああ、話しの事か。すまない…実は君と専属契約したいと思ってきたんだ」
「契約?」
驚きだった。てっきり私をどう処分するかと言う話しだと思っていたのに。それに契約ってどういうことなのか。
「思わせぶりな話し方で、混乱させようとするのはやめてほしい。ちゃんと話してくれないと、あなたとはもう話すことはできない」
私の当然の要求を聞くと彼はにっこりと子供のような笑みを浮かべた後で
「そうだね。…話すと長くなるけど、君とこうして交渉の場を用意するだけでも、俺はそうとう苦労をしてきたんだよ。それがどんなに大変だったか、君には想像出来ないだろうなぁ。
とにかく、俺はこの建物の上にいる連中と約束した。だからこうして君の前に今いるんだ」
「よくわからないけど、なんとなく理解はできる。彼等とした約束については話してもらえるのか?」
「もちろんだ、それには君が関係している。俺は彼らには君の件で”平和”的な終結を迎えられるようにすると約束したんだ」
驚きだった。そんなことできるわけがない、と喉まででかかったがなんとかそれはこらえることができた。それに興味は次の私をどうするのかということに移っていた。
「それで、わたしはどうなるのだ?」
「ティカ・ボーネン。君は俺のモノになる。全てが終わればここから出ていく。ギルドの正面口から太陽の下を歩いてね」
「………」
信じられなかった。いや、むしろこの人は何を話しているのだろうかとすら思った。まるで現実味のない話になんと返したらいいのだろう。
「頭がおかしいっておもってるのかな?だがそうでもないぞ。計画はこうだ。俺は君の師匠が今どこにいるのかを知っている。今からそいつの所に出向いて、事件の真犯人として彼の首を持ちかえるつもりだ。」
「それは無理よ。」
反射的だった。彼が言ったことを理解すると即座にそう私は口にした。出来るわけがない、そんなことは無理だ。
「彼等も最初はそう言った。だが、自分達には他に道がないと知ったから俺と約束を交わした。だが、そんな俺でもどうやら君のその思い込みをなんとかするのはこの短い時間では難しいようだ。」
そういって、苦い笑いを浮かべる。その目は強くなにかを主張していて、こちらの言葉で諦めるつもりなど全くないと言っているようであった。
「自分の師のこと、知っているの?」
「ああ、知ってる。もちろんさ。真っ先に調べたよ。
名前はアリケス。ひどくイカレタ、ヤバイ奴だ。
元々は普通の魔法使いになるはずだったが、同じくギルドで学んでいた悪い友人とかかわってからよくないことを始めるようになった。魔術師ギルドでつくられた純粋な悪人、狂人と呼んでもいいだろうね。
最後は自分の師匠と兄弟弟子を使って生贄ごっこしたのがバレてギルドから逃走。この時、自分を追ってきた魔法使いを殺しまくった。以来あちこちで極悪事件を起こしては、にげまわっている。こんな感じだったか」
その通りだ。なのに彼は師の恐ろしさを理解していないのだ。
「あなたはわかっていない、あの人は恐ろしい人よ」
「はいはい、そういうのはもう今日だけで十分に聞きあきた。君も尊敬もしていないクソ野郎をいつまでも師匠と呼ぶのは嫌だろ?それより、俺との契約の中身について話しあわないかい?」
こちらの言葉を全く聞こうとしない彼のその姿は、ただの愚か者のようにしか見えなかった。
だが、なめてかかっていい相手でないことは確かなのだ。いったい、魔術師達はなにを考えているのか。私はまだ会ったばかりだったが、こんな私の救世主になろうとしているおめでたい彼をなんとかして止めなくてはと思った。
「冗談はやめて」
できるだけぞっとするような冷たい声になってしまった。すこし声がかすれたせいもあるだろうが。
「確かに師匠に敬愛の念など抱いたことは一度もない。ずっと恐怖だけだった。でも、だからこそわかる。上の魔術師達はあなたの舌で黙らせることはできても、自分はそうはいかない。何度でも言う、やめなさい」
できるだけ恐ろしげに言ったつもりだったのに、むこうはまたもそうは受け取らなかったようだ。ふーん、といって笑顔なんかを向けてくる。
この私は確か、極悪な死霊術師の弟子だったはずだ。それを前にしても本当になんとも思わないのだろうか。
「そのクソ外道は確かにヤバイ奴だが、それだけだ。恐れる必要はない。
それに君は上の魔術師と自分は違うと言うが、俺に言わせるなら君の場合は上の連中より簡単だ。実際にこの手に首を引っ提げて君の前に立つだけでいいのだからね。」
どうやらこの人は本格的な馬鹿なのか、正気を失っているのかしているのかもしれない。そうはならないといっているのに。ついつい、いらだちを感じて私は思わず口走ってしまった。
「そんなに私と契約について話したいと?いいわよ、あなたが自分で言うようにできるなら、あなたの好きにしていい。でもそうはならないけどねっ!」
自分でも驚いたが、話しているうちに段々と自分の感情を制御できなくなっていくのがわかった。こんな言い方を人に向かってすることなど、もう何年もなかったはずなのに。
そう、まるで自分をコントロールできなくなったような…
「そっか。」
私が自己分析をはじめると、彼はそう言って腰を上げるとパンパンとほこりを払った。どうやら話は終わりらしい。だが、そんな私の考えを彼はまたもやくつがえした。
「そうだ。君のいるこの房、特別なんだってね。なんだっけ、君がつかっているその水。それはたしか…」
「清命酒と呼ばれている。教会と魔術師ギルドがつかう聖水のひとつよ。」
教えてやると、ぱっと顔を赤らめて
「そうだった。そうだった。いや、本で読んで知ってはいたんだよ。でも、忘れちゃうことも多くてね」
「無理はない、普通の人なら別に知らなくてもよいことなのだから。」
ようやく自分のペースが戻ってきたことがわかる。
「効能は覚えているよ。なぜ君のいるここにそれがあるのか、という意味でね。君の体にまとわりつくいわゆる”穢れ”をはらうためにそれはある。だが、それにつかるのは今の君でも消耗するはずだ。大変だね」
「仕方ない。彼等の考えは間違ってないもの。」
彼は何が言いたいのだろうか?
すると、彼の表情が一変した気がした。もしかしたら私の考えが顔に出て、それを読み取ったからかもしれない。
私は初めてその顔を恐ろしい、と感じた。
「君は今、俺が何を君に言いたいのだろうと思ったね?教えよう、それは俺が君をはじめとした魔術師たちの言葉をちっとも聞く気がないことに関係している。」
そう言うと彼は、一歩、また一歩とこちらへ。私に近づいて水面へと降りてきた。
止めた方がいいだろうか?
だが、”一般人”がこの聖水にふれても害はないのだ。放っておいてもいいのだが。
「繰り返そう。君の師匠だっけ?なにが恐ろしいだって?」
彼がそう言って水に片足を突っ込んだのを見て、私の目は驚きと共に大きく目を見開いた。しゅおっ、とおかしな音を立てて水が足に触れた部分から煙を上げ始めたからだ。
この水は対象の暗き神々の力の影響を、その”毒”なるものを排出するためにつかわれているのだ。つまり、普通の人間ではこんな反応を示すわけがない。また、反応があるなら何がしか影響がないわけがないのだ。
なのに、なのに彼は顔色一つ変えずにこちらへと平然と歩き続けてくる。
「君にとって恐怖こそが首を垂れる要素と言うなら、俺にも十分にそれがあると思うんだがね?」
信じられなかった。
信じたくなかった。
あいつの言うことなど、出来るわけがないと思いながらも、ずっといいなりになって手伝わされてきた。成功する可能性など、いつもなくて。あるわけがない、いるわけがないのに。
「少女よ。よく見るんだ。君が恐れるべきは、一体誰なのか。」
私の前まで来ると顔を近づけ、彼はそう耳元でささやく。私は声も出せないばかりか、なにやら苦しくて息も出来なくなりそうだった。
私の前で直立した彼の足もとから突然黒い霧が、それも大量の煙が噴き上げ、彼の体にまとわりついていく。
それは彼の体にまとわりつくと姿を変えた。長い耳が、赤い目が、獣の如き鋭い爪が。
いやああああああああああああああ!!
それは恐怖なのだろうか?
私はただ、なにも考えることができずにそう叫び続けることだけが、今は必要だった。
少女の凄まじい絶叫が響いたことで、扉の前で待っていたヨニーとファーギーは何事かと壁に寄りかかっていた身体を起こした。
しかし、そんな彼女達の前に扉から平然とした顔で出てきたグリフは、さっさと牢のカギをヨニーにむけて放り投げた。
中の少女の悲鳴はまだやもうとしない。いや、再び声を張り上げて絶叫を続けている。
「お、おい。なにをやったんだよ。凄い声だったぞ」
それをへっぴり腰で受け止めながら、ヨニーはいくぶん非難の調子を込めて言うがグリフは何も言わない。
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
ファーギーまでもがめずらしく、いまだに終わらずに悲鳴を上げ続ける牢の中の少女に心配してみせた。そこでようやくグリフはふんっ、とだけ鼻を鳴らすと。
「大丈夫さ。あれは俺との約束は守るという証みたいなものだ」
そういう彼の横顔は、まるで舞台の悪役がするように邪悪な笑みを浮かべていた。
▼▼▼▼▼
「こんなところにいるのかァ?」
なにやら語尾が怪しくなっているヨニーだが、この少し前から挙動からしておかしくなっていた。
グリフ、ファーギー、ヨニーの3人が町を出てだいたい3時間ほど、馬と徒歩で移動してついたのはなんの変哲もない洞窟の入り口の前にいた。ここに、ティカの師でもあり仇でもある男がいるはずである。
「そうだ。このあと死んでもらうそいつはここにいる。どうやら弟子がつかまったことでそれなりに用心はしていたらしい。一昔前は、町の近くに潜む盗賊などがこういう場所に潜んで、衛兵がよく討伐隊を出していたらしい」
そういいながらもグリフはあたりを見回す。どうやら周りの木々の中に人の姿はないか、念のため確認しているようだった。
「こんなとこ、よくみつけたよな」
そう感想を漏らすファーギーだが、先ほどのコスプレのごとき町娘の服装ではもうなかった。いつものやたら剥き出しの多い革鎧に2本のエグイ捻りの入った手斧を腰から下げている。つまり彼女の戦闘態勢は万全ということだろう。。
「こういう場所は、当s族以外にもコボルトやらオーガやらが繁殖する時に使ったことがあったらしい。数が少ないうちは過ごしやすく、手ごろな人数がそろったら町にいける。そういう意味で、住みやすかったんだろう。
で、それを防ごうと当時は町から討伐隊が出ていて、いつしかここにもよりつかなくなったとさ。この中も、多少降りていくようだがそれほど広くないと聞いている」
「そうかー、凄いねー。そんな記録、わざわざ調べ上げるなんて魔術師さんみたい。それでさー……それで、悪いんだけどもう一度。もう一度だけ僕がここにいる理由。説明してくれないかなー」
なにやら発言と挙動がおかしいヨニーをさすがに放置できなくなってきたのか、2人は彼をジロリと見る。それに少し身の危険を感じたのだろうか、慌てて
「わかってる。説明は聞いたよ?でもさー、僕はさー納得したいんだよ。納得できればいいなっておもったらさー。人を集めるわけでもなく、君等2人だけでここまできたのはやっぱり無茶だって思っちゃうわけでして」
「違うだろ。あたしらとお前の3人だろ」
そう訂正をファーギーが口にすると、あわてて追従するように
「そうそう、そうだったね。僕と君達2人。そうだね。でも3人しかいないんだよなー。極悪人討伐に3人はなー」
それを聞いて、はァとため息をひとつ付くとファーギーは目でグリフに「こいつ、大丈夫か?」と暗に伝える。が、グリフはそれを見ても何も答えなかった。変わりにヨニーに顔を向けて語りだした。
「奴を殺すのに大勢はいらない。正確にはできない。そういうのに敏感だからこそ奴はこれまでしぶとく生きてこれたわけだ。つまり必要最低限のこの3人で速攻で殺る。これはいいか?」
「そうか、なるほどねー。大勢はいらないのか。そんなことないと思うけど。そうかもしれないね。……でもさ、でもさぁ!なんでその1人が僕なのかなぁ!?」
「君の師匠から、君はこの国でも5本の指に入るほど破壊の魔法に関しては素晴らしい力を持っていると聞いている。まずこれがひとつ。そして今回だが、奴の討伐に関してファーギーや俺の名が表にあまり出したくない。つまり、終わったあとでこの話を聞いて納得できる力のある魔法使いがこの場に必要なのだ」
「そっかー、じゃ戦わなくてもいいってこと?」
それを寝言を言うなとでも言いたげにファーギーは地面を蹴りつけながら、少しイラついた声で
「そんなわけねーだろっ。まず、お前が魔法で野郎の気を引くんだよ。魔法使いなんだから当然だろ」
「そうだねー、わかってるよ。そうそう。魔法使いだもんねー僕」
なんだか、その声はとても ― そう、泣き声に近いもので、心なしか彼は震えているように見えた。
まだ一人でブツブツ言っているヨニーから離れたところでファーギーは話しかけてきた。
「なぁ、聞いてはいたけど。本当にあいつヘタレてるんだけど。使い物になるのか?」
その顔は少しばかり、というよりもはっきりと心配していた。
それはそうだろう。魔法使いとの対決である。あれが腰を抜かしていきなり瞬殺されては色々と面倒な話しになると考えるのは自然だった。
しかし、グリフの方はそれほど重大事とは考えていないようで
「心配ない。グダグダ言ってもここまで来たのは、逃げれば自分に未来がないとわかっているからだ。それに、これで抵抗も出来ずに殺されるくらいならうちで使うレベルではないということにもなる。死んでくれて構わないよ。
その時は俺とお前でぶち殺すだけだ。役割を果たせる程度の実力があるとわかれば今回はいいのさ」
そういいながら、身に着けていた白のコートや飾りを脱ぐとファーギーにつきだす。
「なんだよ、これ」
「こいつを持って待っててくれ。俺が先に行って中の様子を見てくる。相手がいなければ、無駄足になるからな」
「おいおい、大丈夫かよ。そんな小剣だけしかないのによ。あたしもいこうか?」
確かにファーギーの言うとおり。鎧を着ることもなく、グリフの腰にはショートソードだけがさがっているだけだった
。
そんな彼女の言葉に軽く笑いながらグリフは返す。
「正面から鬨の声を上げて戦うわけじゃない。この体を見られないよう、こっそりと身体を縮めながら見て回ってくるだけさ。待っててくれ、日が沈む前には戻ってくる」
そういうと、心配をよそにすたすたと曲がりくねった道の先の闇へと入っていってしまった。
仕方なく、ファーギーは天を仰ぎ見た。太陽は落ちてきていたが、空が夕焼けで染まるにはまだ大分時間があった。
光のない暗闇に入るとすぐ、グリフの耳に闇の中の囁き声が聞こえてくる。
(さて、ぐずぐずと時間をかけるものでもないし。さっさとすまそうか)
それが合図のように、暗闇の世界がガラガラと崩れていき、天頂部を境に夜中と明け方の2つの空が同時にある世界に彼は侵入していく。
”契約者”、それは暗き神々に直接対面し、その寵愛を受けた者たちを表すことばであり。この人ならぬ世界に踏み入ることを許された人間のことをいう。
そして、このグリフィン・ライバーという男は。わずか20数年の人生でその境地に達していたのだった。
その世界の冷たい空気が肺まではいりこみ、無機質に感じる大自然がまわりに広がっていることを認識した。
この世界で立ち止まって周りを見回すだけのグリフだったが。もう一方では闇の中を普通に歩き続けているグリフがいた。
2つの世界にいるグリフは同じ存在であり、同じ瞬間の2つの世界を認識しているのだ。
見回していたグリフはおもむろに近くにあった木の幹に手を伸ばす。それにどんな意味があったのかわからないが、途端にその頭の中にあるイメージが飛び込んできた。
洞窟の闇の中を歩くグリフは、そのイメージを見て歩みを止める。
それはこの先の道にいる5つの姿であり、歩く死者達だとわかった。
(門番がわりってことか?ならばいるな………よし、どうせだ。さっさと片してしまおうか)
そう考えをまとめると、怪しい世界のグリフは木から手を離す。そして今度は勢いよく走りだし目の前に迫ってきた小川の中へと飛び込んでいった。
同じ時、洞窟の闇の中のグリフは、突然その姿が見えなくなってしまった。
「なぁ、なぁ?」
「ああ?さっきからうるせーんだよ。なんだよ、コラ」
冷たい態度のファーギーに弱々しい声でヨニーは言う。
「あいつ、なんで1人でいっちゃったの?馬鹿なの?なんでよりにもよってデブが偵察にいくとかいいだすの?散歩気分なの?」
「うるせーなー。あいつは身軽なデブだから、そう簡単には見つかんねーよ」
なにやら確信ありげに答えてしまったが、正直それが正しいのかというと、ファーギーにもよくわからないというのが本音であった。しかし、やたら馬鹿っ強いし、身軽なのは実際に見て知っていることだ。
「でもさ、あいつ捕まっちゃったり。戻ってこなかったらどうするの?このままはまずくない?」
ガタガタ、ガタガタ言いやがって。こいつの態度にイライラしてくる。だからといってこの後、こいつには一応役に立ってもらわなくてはならない。
ファーギーの気分が晴れないからと、ここでボコボコにのしてしまうわけにはいかなかった。そんなことをしたら、戻ってきたグリフに何を言われるかわかったもんじゃない。
「日が沈むまでに戻らなかったら、帰る。それでいいだろ」
「そうか、そうだよね。仕方ないよね。仕方ないなー」
自然に顔がほころんでいるのがムカムカするが、ファーギーはこいつを無視することに決めた。
5つの動く死人達は、突然なにかの空気が変わったことを察知した。
侵入者に対しての番人として配置されている彼等は、通常よりもそういうものへの勘のようなものがよく働くようになっていた。
だが今回は少しばかり問題があった。その特別敏感な感覚が告げた警告だったが、彼等はそれをうまく理解できなかったのだ。
おかしいことがある。いや、そんなものはない。
まるでぐるぐると輪になったように、ひたすらその2つの結論を吐きだし続け。それが混乱を彼等の中に生じさせる。
人の気配はない、息はしない、はっきりとした存在も感じない。だが、なにかある。
いまだに警告を続けるそれを感じながら、どうしたらよいのかわからずに、ただ棒のようにその場に突っ立っていた。
次の異変は突如、全員に始まった。
彼らの背後にボウと、影の塊が立ちあがったのだ。
その影の中から、同時に刃物を手にした腕が伸びてくる。
ある者の背中を這いあがるように、ある者には首筋に向かって。ある者は頭の上から、ゆっくりと腕を出しながら伸びていく。
そしてある時点で腕達は、ぴたりとその動きを止める。
そして―
ジャッ!
ひらめいた刃に、ある者は首筋を切られ、裂かれ、貫かれ、死人達は次々と倒れ伏す。
あっという間に全ては終わり、彼等の背後にあった5つの影が一か所へと集まっていく。それらが一つに合わさると、その闇の中からゆっくりとグリフが姿をあらわしてきた。
彼は自分がおこしたであろう奇妙な現象になど、もう興味がないのだろうか。
一度だけ床に倒れて動かない、再び死を迎えた肉体の数々を見ると、さっさと洞窟の最奥地へと向かって歩き出した。




