異物混入
あの会議から2日がたった。
そしてフローラは最悪にあった。
いつもならば他に何か不愉快なことがあったとしても、気持ちを切り替えて笑顔の彼女が。会議からこっちなにをやっても仏頂面なので機嫌が悪く見えるのだ。
それでも下手に感情の制御を失ってヒステリーはおこすことはなく、対処は冷静そのものだったので周りは幾分か助かったが。それでも空気は重く、悪くなるのはどうしても避けられなかった。
そしてそのことは本人もちゃんと分っていた。
わかってはいたものの、それでもどうにもならないことだっだ。
そんなフローラが仕事の合間にギルドの入り口を通りかかった時のこと。
なにやら玄関の端の方から若い男と女の声が、笑い声と共にきこえてきたのが彼女のカンに触り足を止めさせた。
(……なによ。こんな昼間っからずいぶん楽しそうじゃないの)
それはどう贔屓目に見てもやっかみの親類縁者の類いの感情であったが。
「…ほんとだよ…そんなことないさ」
「えー…でも、家の…」
楽しそうな声の主達の姿はちょっと探しただけで見つけることができた。女のほうは少女で確かここの生徒だった。まだまだ恋に夢見る10代の年ごろの娘だ。
しかし、男の方は問題だった。あのラソが連れてたあの一団。彼の弟子達の一人で、ラソがここを立つ時になぜか彼だけを残していったのだ。以来、事あるごとにここに居座っている彼は大小さまざまな事件をおこしてはフローラの勘を逆なでするこのギルドの異物として存在感を発していた。
「…随分、楽しそうですね。もう仕事は終わったのかしら?」
特に意識はしていなかったはずだが、思ったよりもずっと冷たい声でその2人に話しかけてしまった。
少女は、一瞬だけ「しまった」という顔をすると、一礼してその場を立ち去る。しかし、男の方はと言うと少女の後ろ姿をそのまま見送りながら「またねー」などと軽い調子で、こちらを見ようともしない。
飛びかかった頭からひねりつぶしてやろうか、そんな妄想をすると鼻がぶくっと興奮を感じて膨らむ。いや、まさかそんなことはしたりはしない。ただちょっぴり頭に来ただけだ。
「ヨニー・レーン。随分と余裕じゃないの。師匠の性格をよく受け継いでいるようね」
「いやいや、そんなことはありませんよマスター。ただお手伝いでもしましょうか、というだけです」
いつもながらのこの態度。あのラソにそっくりで、なにを注意しようとしても一向にその態度が改められそうにない。
「それが他の人の邪魔をしているとしても、そう言えるかしら?」
「まさか、袖にされたからといってつきまとったりしませんよ、僕は。まぁ、そんな出会いもあるということですよ。荷物を持ったらついつい腰に手が触れてしまう、その程度の事じゃないですか」
こいつ、とは思うが感情に任せると今の自分では歯止めが聞きそうにないという恐れがある。仕方ないが、とにかく例の件が終わるまで、この生意気な魔術師については放っておくしかない。
「彼女はまだ15ですよ。あなたのような30間近の男性が、声をかけていい相手でもないでしょう」
いくぶん非難を込めた調子でそう言ったが、ヨニーはそれを聞くと少し傷ついたという表情をして
「ひどいですよ、マスター。僕はまだ27です。30と呼ばれるのは傷つくなー」
(そんなこと知るかっ、馬鹿っ!)
怒鳴りつけたいのを必死に抑えると、その場を振り向きもしないで去る。
本当に、イライラさせる男の弟子よ。
最初、ラソがさっさとでていってしまった時、てっきり彼の弟子たちも全員ついていったものだと考えていた。
しかしその翌日に、あちこちから苦情が噴出したことで、このヨニー・レーンという男が師や仲間と別れてここに残ったことを知った。
魔術師の師弟関係と言うものはそれなりに重いものがある。
師は個人的な弟子を簡単にとったりするのは感心しないし。
逆に師の預かり知らないところで、その弟子を好き勝手に他人が使いっ走りをさせるのはルールというか、モラルに反する行為だった。
今度はいったいなにがあったのかとフローラはさっそくヨニー・レーン本人を呼び出してその事情を聴くことになった。
当初は、研究だの教育だのに興味がありまして、などとラソとの師弟関係を解消したような口ぶりであった。しかし、その軽薄な物言いからは真剣さをさっぱり感じることができなかったし。その後も案の定、彼がしたことといえば他の魔法使いの研究の邪魔だったり、生徒に(よりにもよって)声をかけたり。こんなことばかりである。
さすがに頭に来て前に一度だけしつこく問いただした時があった。すると観念したらしい彼が言うには、この事件に解決のめどが立つまではとりあえず自分が代理としてここにのこるようにとあの師にいわれたと言いだしたのだ。
師匠が、自分の代わりに弟子を置いていくなど言語道断。スジの通らない話だとこれを聞いた魔法使い達は憤慨したが、なんせ相手はあの奇人である。とりあえず、問題が片付くその日までは放っておくことにしたのだが…。
普段ならまだ冷静でいられるだろうが、今の彼女には我慢の2文字はとてつもなく難しいことであった。正直、何かの拍子に堪忍袋の底が抜けるかもしれない。
そうなったら、あの無礼者を引き裂いてしまうかもしれない。……一瞬だけだが、フローラは脳内でその光景にウットリしてしまいそうになって慌てて首を振る。
いけない、自分がそんなでどうするというのか。
そんな一段高く不機嫌になったフローラの元に、委縮した生徒がなにやら伝えに来たのはその直後だった。
「なに……お客様ですって?」
声は努めて冷静であろうとしたが隠しようもない苛立ちの感情がそこに表れている。
「はい、えと。貴族の方だとか、見学とマスターとの面会を希望されています……あっ、紹介状もあるとおっしゃっていました」
生徒は自分が怒られたわけでもないのに、すっかりびびってしまい首をすぼめてぼそぼそとそう話す。
(まったく、こんなことではいけないわね)
自分の態度にそう反省しながらも、フローラは生徒を従えて再び玄関へと戻っていった。
(あの野郎!!)
玄関にフローラが戻ると、あのヨニーが先ほどの場所にまだいて、別の女性を捕まえてまた楽しそうに談笑しているのを見てキレそうになる。
しかし、今回はなんとかそれを押し込めることに成功した。
その理由は何と言ってもあの阿呆のすぐ近く、角を隔てた玄関の隅に立つ人間の男女の姿を確認したからだ。
その男はかなり太っていて、首がないのではというくらい驚くほど短く、黒と黄色が特徴の服装は貴族のもつあの独特の落ち着いた雰囲気をしていた。
だが、その隣にいたのは髪を横にお下げを垂らした可愛らしい女性だったのだが。なんというか少し化粧が濃く、服装も普通の町娘のそれと同じスカート姿なのにそれが妙に品がなく見えてしまう。そう、酒場の女とはまた違った、浮いているにあわなさを感じた。
フローラは2人に近づくと必死の思いで、今、出来る全力の笑顔を作って声をかけた。
「あの、見学と面会、ですって?私、フローラ=バスティアーニと申します。このウィンター・エンドの魔術師ギルド、マスターを務めております」
そういうと、品のない町娘風の女はちらとこっちを見るが、とくに興味がないのかすぐに目をそらす。
(なに、この娘)
今のフローラにはさすがにこの態度はカンに障ったが、反対に男の方がとても愛想のいい笑顔をむけてきて
「ああ、聞いてますよ。マスター・フローラ。突然の来訪を許してください」
というと、馴れ馴れしくフローラの手をとり、両手で包み込むように握ってぶんぶん上下に振る。どうやら握手ということらしい。フローラはそのぶしつけな態度に笑顔はひきつったが、それを崩さないよう気をつけつつ
「いえ、お気になさらないで。私たちはいつでも歓迎しますわ……ええと…ライバー。グリフィン・ライバーさん」
なんとか自分だけは礼を失することのないように応対することができた。
しかし、なぜであろうか。
そう答えるフローラには、この時一瞬だけ。目の前の男女の顔に浮かびあがる影を見た気がしたが、それをまったく彼女は気にも留めなかった。
まったくもってこの時の彼女は最悪だったのだ。
「見学からでよろしいのですか?」
彼女の問いにグリフィンと名乗った相手の貴族は、はげしくうなずきながら答える。
「ええ、ええ。まさかこんな急に訪問して、いきなりにマスターに直接面会させろと頼むような失礼な真似はできません。……ああ、そうそうこれが紹介状です」
そういうと彼は懐から少し集めの手紙を出すと差し出してきた。
「ガリランドのギルドマスター?」
手に取って読み上げながら、頭の中で必死に顔を思い出そうとする。
そうだ、ハリーなんとかいう人だったか。若く研究熱心で良心的な人柄だが、クセが強い変人とか言われてたっけ。
すると、聞いてもいないのに相手の貴族はペラペラと話しだす。
「ええ、そうなんです。実は私、つい最近ガリランドからこちらへ出てきたばかりでして。
向こうはいわゆる田舎町ですから退屈なのです。で、趣味のひとつにと魔法についての知識を学ぼうとしまして。それでこの、ハリー・ゴードン氏に力になってもらっていたのです。
しかし、家庭の事情でここに移ることになりまして。田舎暮らしにも別れを告げねばならなくなりました。
その時です。泣く泣くゴードン氏に別れを告げた際『無念です、もっと魔法と言う学問の深奥について学びたかったのだが』と言ったところ、そこまでの熱意があるのでしたらとこちらへの紹介状を書いてくれました。
いやぁ、嬉しかったですね。まさかそこまでやっていただけるとは思わなくって……」
どうやら話を聞くと、ギルドにとっての重要なパトロンになってくれそうな人物なので、そちらに譲る。そういうことなのだろうか?
とにかくこのおかしな貴族と変な女と机を挟んで話す前に、この紹介状を読めば事情がわかるということなのだろう。
フローラは1人の魔法使いを呼ぶと、彼等の見学につき添うよう指示を出すと、早々にその場を離れていった。
その場を立ち去るフローラの後ろ姿をこの男女はそろってじっと見つめていた。
しかし、それも若い案内役が近づくとさっと目をそらす。
「あなたが案内をしてくれるのですか?ああ、ここの生徒さんで?おお、これは有難い。いや、本当にこんな立派な魔法ギルドの中を見ることができるなんて、大変嬉しいですよ。」
矢継ぎばやに話しかけられ、少々勢いに負けそうになったが、案内役は真面目だった。
「え?名前?ああ、そうですね。私の事はライバーと呼んでください。それと、一緒に来たこの、ビッ……」
次の瞬間、どん、と足元で嫌な音がする。
どうやら女の方が男の足を蹴飛ばしたらしい。お互いなにもなかったようにしているが、ライバーの方は笑顔が固まったままだった。
「…失礼、彼女はファーギー。わたしのパートナーでして。…すいませんね、あまり礼儀を知らない女で。時々突拍子もないことをしてしまうのですが、それがベッドの上の魅力の一つってやつでして。
はっはははは。といっても、それを許せてしまうのは私の趣味みたいなものですから、他の方からみたらぶしつけで不愉快に感じるかもしれません。
許してください。先に謝っておきます」
いえいえ、と恐縮したがこのおかしな男女についてはあまり触れない方がいいのかも、生徒はそう心の中で思った。
「ほう、こちらが教室…ですか?」
ライバーの言葉に、少々得意になって案内役の若い生徒は語ってみる。
「はい、ここはいわゆる。魔法学校にあたる部分になります。魔力の有無はうまれてからすぐにわかりますが、だからといってその全てが魔法を使うようになるとは限りません。しかし、それでも学びたい者達のために我々の組織があります。ここで学ぶ技術と教育によって一人前の魔法使いとして世に出ていくことになるのです」
しかし、その熱い語りにこの2人の反応はというと実に薄い。
ファーギーという女の方はこれまでと同じようにあちこち歩き回るが、相変わらず面白くもなさそうにしているし。ライバーと名乗る貴族は逆に熱心になにが興味深いのかわからないが見て回るだけまし、というくらいでこちらの熱弁など聞いてないようだった。
「……なるほどね。確かに魔法を学ぶのに適した環境だと思いますね。ここなら家庭の事情でもてあました子供でも、立派な魔術師となれるでしょうな」
ライバーの口から洩れたその言葉のひびきに皮肉はなかったはずだが、それを聞いて案内役の生徒の顔が引きつる。
それは確かにある一面においての魔法使い達の家族の事実であったからだ。
魔法に才能のあるこの子ならば、ここよりもしかすると仲間と同じように学ぶことで大きく名を上げ大金を稼ぐ、そんな未来があるかもしれない。
生まれた幼いわが子が魔法の才能を無邪気に使う様を横目に、理解しようと必死に考える一方で恐れと逃避からそう考える親は多いという。
どうやら貴族と言っても、このライバーという人物は世間を知らないわけではないらしい。
ひとしきりあちこちを、うんうんとうなづきながら見ていたライバーが満足しただろうと思えたので「それでは次へ…」と口にしようとした時のことだった。
「あのー、ちょっといいですかね?」
「はい、なんでしょうか」
「ちょっと相談といいますか、お願いがありましてね。いいですか?ダメって言わないでください。(いや、そんなこと言われても内容がわからないとね)
実はですねっ!私、魔法というものへの好奇心に負けないものがもうひとつありまして。いわゆる歴史建造物に関することなのです」
「は、はぁ」
なにやら凄い勢いで喰いつくように、ずずいと近づくライバーは勝手に語り始める。
「ご存知ですか!?三国連邦にも様々な歴史がありますが、このウィンター・エンドもまた素晴らしく、陰惨で、伝説を多く残した建造物が数多くあるのですよ!」
残念ながら、普段魔法と一般教養ぐらいしか学ばない生徒の彼にとって、歴史的ロマンあふれる建造物への男のロマンなど語られてもさっぱりわからなかった。
しかし、彼にとってはそれはとても素晴らしいものであるらしい。
(きっと、新しい魔法を使えるようになった、ぐらいの嬉しさなんだろうな)などと漠然とは想像してみた。
「さて、ここでひとつクイズです。このウィンター・エンドの魔術師ギルドに使われているこの建物。ここの歴史的背景と言うものを、あなたはご存知ですか?」
相手はすっかり自分の趣味の話ができて嬉しいらしく、逆に生徒に語りだしてしまった。
「えと、えと…すいません。歴史とか建造物とかにこれまで興味があまりなかったので、わかりません」
「大変素直ですね、いいのです。そんなのに興味を持つ方がおかしいのですから」
そう言いながらも、話すのをやめようとは思わなかったらしい。
「良ければ、今後の訪問者に対する説明に加えてほしいという思いもありますが…まぁ、いいでしょう。
正解はこうです。この地がまだ三国連邦ではなかった昔。ここは亜人達を閉じこめ、奴隷として残忍に扱った次代があったのです。人が、人ではないもの達に向けた憎悪の印。”呪われて生まれたから人ではない者達”を閉じ込め。この世の中から消し去るために作られた牢獄だったのですよ」
ライバーが口にした事の意味を生徒はすぐには理解できなかった。
しかし、間をおいて段々理解をしてくると、自然と身体に震えが走るのを止められなかった。
「脅かし過ぎましたね。申し訳ない。
こういう知識を披露する機会と言うのはなかなかないものでね。
別にそうだった、ということだけですよ。過去は過去ってね。…ああ、そうそう。それで話しは変わるのですけど、こんな話をしたのもちょっとした頼みがありまして。というか正確には出来たのです」
明るく話すライバーのおかげでなんとか立ち直りかけたところにたたみかけられる
「ここの建物を見せてもらいましたが、しっかりとしています。と、いうことは。まだあるんですよね?」
「なんのことですか?」
一体彼が何を言っているのかわからなくて、思わず聞き返してしまう。
「ここの地下にあったとされる牢獄です。哀れな亜人達が放り込まれたその場所がまだ残っているはず。今日はそこを是非見せてほしいのですよ」
慌てる生徒とライバーの後ろでそれまで退屈そうに背を向けていたファーギーはこの時はじめて笑みをうかべた。
生徒が「ちょっと待っててください、鍵を持ってきますので。」といって離れたところで、それまで一言も話さなかったファーギーがグリフに近づくと話し始めた。
「まったく、気持ち悪いくらい作ったキャラでやりたい放題だったな」
「なんだ、お前が演技もしないで退屈そうにしかしないから、こっちが気合いを入れるしかなかったんだがね。まったく、お上品にふるまえとは言わないが、酒保の女にも見えないあたり。お前に着せたその服も無駄だった」
そう言われると、ファーギーはスカートを少し持ち上げ、胸元を見ながら
「この服、胸はきついし、足はスースーするし。やっぱアイツの服じゃ無理だったんだよ」
「胸の事はエリーに絶対いうなよ。怒ってお前の尻をかまどにくべて焼こうとしても俺達は止めないからな」
その言葉にフンッと鼻で笑う。
グリフは続けて
「いっておくがな。せっかく怪しまれないようにとお前の口を閉じさせてここまで連れてきたんだ。少しは役に立って見せようとは思わないのかね」
そう言うと、彼女はキッと可憐な横顔がみるみるうちにキツいものへとかわり
「ならないね。気持ちよく寝てたら、寝込みを襲いやがって。
しかも、実は服を脱がせにきただけでなく、こんなのを着せやがるときたもんだ。女に恥をかかせるなんて、最低」
「最低の演技しかできない女優なんだから扱いはそれでいい。お前がまったくやる気を見せないから、ここの魔法使い達に怪しまれるのではないかと大変だったんだ。なんとかここまでは来たが、この先はどうなる事やら」
そう言うと、お互いが黙ってしまう。
しかし、なにやら考えてたファーギーの顔がニヤけはじめるとグリフに語りだした。
「それじゃ、これからあたしも頑張ることにするよ。それでさ、いいことを考えたんだ」
「なんだ」
たいして気にするでもなく、まだかな遅いな、と思っているグリフに衝撃的な提案をファーギーは言いだし始める。
「あたしとさ、今ここでヤろうよ」
「……なんだって?」
「だからさ、朝のあの思わせぶりなやつの続きを今ここでやろうっていってるのさぁ。
なんか帰ってくるの遅いし、もしかしたらあの偉い婆さんを連れてくるかもしれない。そこであんたとあたしが激しくヤッてたら向こうも驚くし、あんたの仕掛けたアホな理由で本当に来たと信じるよ、間違いない」
「………なるほど、それは悪くないかもな」
「そう思う!?」
なにやら欲望に火でもついたのか、早くも誘うような眼をするファーギーにグリフは
「だが、問題がひとつある」
と返した。
「なに?女の脱がし方、もうわすれちゃったとか?」
「違う、商売女でもしない誘い方が最悪で、まったく俺自身が反応しない。つまり無理だってことだ」
ようやく生徒が戻ってくると、微妙に2人の間の空気が悪かったのに少しびっくりしたが気にしないふりをして「では行きましょう」とだけ告げた。
暗くて狭い通路をぬけ、階段を下りていく。
途中で、遠くで水の流れる激しい音が聞こえてきた。
しばらくすると、階段もようやく終わり。扉と格子をいくつか抜けてようやく目的の場所へとたどり着いた。
「これは素晴らしい。まだ残っているのですね」
グリフの口から感嘆の言葉が漏れる。
同時にこの生徒が危惧した、だれか他の魔術師をつれてくるかもしれないと思ったが結局一人で戻ってきた理由もわかった。
そこは三階にわかれた牢屋がずらっと並んでいた。
地下なのに向こう側の壁が見えない、恐ろしいほどの数である。
これだけ巨大であるなら、すこし歩いた程度ではグリフ達が目標とする場所にそうそうたどり着けるはずもないということだろう。
感心していると、いつの間にかグリフの隣にファーギーが来ていた。
先ほどの事などなかったかのように、その顔の表情は穏やかになっていた。
「それで、どっちだい?」
唐突にそう聞いてくる。
悪くない女だ。勝負所がわかっている。
生徒の方は突然話したファーギーに驚き、その言葉の意味がわからずどう反応していいのかわからないようだった。
グリフは自然、右へと顔を向ける。
この方向、この先から匂ってくる。
「こっちだ」
いきなりグリフが冷たくそう言うと、きびきびと先頭に立って歩き出したことで案内役の生徒はこんどこそ慌てだした。
しかしそんな彼の様子など、2人はまったく気にしない。
しばらくすると、ポツンと扉が見えてきた。
その前に立つと、ここに来て初めてにっこり笑顔をむけてグリフは言う
「ここ、鍵閉まってますよね?開けてください」
「なにを言っているんですか!いくら客人でもやっていいことと悪いことくらい……」
抗議の声をたまらず上げる生徒。すると、後ろの腰のあたりから鉄の束がチャリチャリと音を立てる。
瞬間、とっさに生徒は自分の腰に手を置く。ない!
「鍵、あったぜ」
後ろからする女の声に慌てて振り向くが、彼女の手にも、もう鍵はなかった。
それどころか、またも後ろからガチャガチャと音がすると手早く扉が開く音がする。
(なんて人達だ!こんなあっさりと。)
再び抗議をしようと、振り向いたところで後ろから来た衝撃にすとんと落ちるように気を失ってしまった。
「おいおい、大丈夫だろうな?」
「軽くやったよ。まぁ、怒るだろうけど。一緒に謝ってくれるんだろ、ダーリン?」
「黙れよ、ビッチ。それでも最後はよくやった。後は確認するだけだ」
そう言うと2人は扉の中へと入る。
そこは円径の部屋で、5つの牢屋につながる入口がそこにあった。
その入口をグリフは順に見ていく。
「で、本命はどこにいる?」
「そこだ」
あっさりとファーギーにそういうと、ある一つの牢の扉の前に立つ。
ガチャ
音を立てて牢の中をのぞく。
薄く張られた水の中に少女はひざまずいていた。
髪はすっかりそり落とされ、祈るようにも見えるその姿のまま動かない。
一体、彼女は今。なにを祈っているのだろうか。
「それで、どうだ?」
「ああ、いた」
短く答えるグリフは覗いた姿勢のまま動かない。浮ついた返事とその姿から少し不安に思い、ファーギーは声をかける。
「なぁ、大丈夫か?」
「ファーギー、さっきの話。なかったことにしないか」
「さっき?さっきってなんだ?」
「急にお前のそのにあわない姿でも、正直今なら十分だ。股の間の勢いがどうにもおさまりそうにない」
「なにそれ、フザケンナ」
吐き捨てるようにいいながらも、そのとなりに壁にもたれかかるように立つと
「それに、そんな時間はなさそうだよ。ほら、怒ったのが慌ててこっちに走ってきてる」
事実、何人かのあきらかに慌てたような足音が部屋の向こうからこちらへ近づいていることを告げていた。




