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『レッドショップ』

掲載日:2026/08/16

『レッドショップ』


 最近、街で話題になっている家具屋がある。


 その名も――


『レッドショップ』


 店で売られている家具は、すべて赤色。


 赤いイス。


 赤いテーブル。


 赤い棚。


 赤いベッド。


 店内の壁や床まで赤で統一されている。


 その変わった見た目が話題になり、雑誌やSNSでも紹介されるほど有名な店だった。


 そして今日。


 俺――林は、そのレッドショップに来ていた。


「ここがレッドショップか……」


 入口の前に立ち、赤い看板を見上げる。


 特に家具を買う予定があるわけではない。


 ただ、どんな店なのか気になって来ただけだった。


 俺は自動ドアをくぐった。


 ウィーン――。


「いらっしゃいませ」


 赤い制服を着た店員が頭を下げる。


 店内を見た瞬間、思わず声が出た。


「本当に全部赤いな……」


 見渡す限り、赤。


 深い赤。


 明るい赤。


 黒に近い赤。


 同じ赤でも、家具によって微妙に色が違う。


「すごいな」


 俺はゆっくり店内を歩き始めた。


     *


「こちらのイスはいかがでしょうか?」


「うわっ!」


 突然、横から声をかけられた。


 さっきの店員だ。


「座り心地がとても良いですよ」


「ああ……今日は見るだけなので」


「そうですか」


 店員は笑顔を浮かべる。


「では、こちらのテーブルはいかがでしょう?」


「いや、だから見るだけで……」


「こちらの棚も人気ですよ」


「…………」


 俺は少し困った。


 ずいぶん熱心な店員だ。


「何か欲しくなったら呼びますから」


「……分かりました」


 店員はようやく離れていった。


「なんなんだ……」


 俺は再び家具を見始めた。


 そのとき――


「いりません!」


 少し離れた場所から、大きな声が聞こえた。


 一人の客が、別の店員と話している。


「今日は買うつもりないんです!」


「ですが、お客様。こちらの商品は大変おすすめです」


「だから、いらないって言ってるでしょう?」


「一つだけでもいかがでしょうか?」


「いりません!」


 客は逃げるように出口へ向かった。


 俺はその様子を見つめた。


「…………」


 さっきの店員だけじゃない。


 この店の店員は、みんな客に家具を買わせようとしている。


 しかも、ただの接客とは思えないほどしつこい。


「有名な店だから、売り上げに厳しいのか?」


 そう考えたが、何か引っかかった。


 店員たちは家具を売りたいというより――


 何がなんでも店からなくしたいように見えた。


     *


 俺は店の奥へ進んだ。


「この机、いいな」


 大きな赤い机が置いてある。


 値札を見る。


「高っ……」


 俺は苦笑いしながら机に近づいた。


 そのときだった。


「……ん?」


 妙な匂いがした。


 俺は鼻を押さえる。


「なんだ、この匂い?」


 塗ったばかりの家具なら、ペンキの匂いがしてもおかしくない。


 だが――違う。


「ペンキの匂いじゃないな……」


 もっと別の匂いだ。


 どこかで嗅いだことがあるような気がする。


「…………」


 俺はもう一度、匂いを確かめる。


「どこだったかな……」


 思い出せそうで、どうしても思い出せない。


 でも確かに、以前どこかで嗅いだことがある。


 俺は机から離れた。


 隣にある赤い棚へ近づく。


「……こっちもだ」


 同じ匂いがする。


 イスも。


 テーブルも。


 ベッドも。


 店内に並ぶ赤い家具から、同じ妙な匂いがしていた。


「なんなんだよ、この店……」


 最初に入ったときには気にならなかった。


 だが意識すると、店全体にその匂いが漂っているように感じる。


     *


「お客様」


「!」


 振り返る。


 店員が立っていた。


 相変わらず笑顔だ。


「お気に召した家具はございましたか?」


「いや……」


 俺は家具を見る。


「ちょっと聞いていいですか?」


「はい」


「この家具、何で塗ってるんですか?」


 一瞬――


 店員の笑顔が消えた。


「…………」


「店中の家具から変な匂いがするんですけど」


「……特殊な塗料です」


「特殊な塗料?」


「当店独自のものです」


 店員はすぐに笑顔へ戻った。


「人体への影響はございませんので、ご安心ください」


「そうですか……」


 でも、何かがおかしい。


 店員の返事が妙に早かった。


 まるで、何度も同じ質問をされたことがあるようだった。


「それよりお客様」


 店員が一歩近づく。


「何か一つ、購入されませんか?」


「いや、今日はいいです」


「小さなイスでも構いません」


「いりません」


「棚はいかがでしょう?」


「だから、いりませんって」


「……一つだけでも」


「…………」


 笑顔を浮かべているのに、店員の声からは必死さが伝わってきた。


 俺は店員の顔を見る。


 よく見ると、額には汗が浮かんでいる。


「……そんなに売りたいんですか?」


「…………」


 店員は答えなかった。


     *


 俺は結局、何も買わなかった。


「ありがとうございました」


 出口で店員たちが頭を下げる。


 俺は外へ出た。


「変な店だったな……」


 赤い家具。


 しつこい店員。


 そして――あの匂い。


「どこで嗅いだんだっけ……」


 思い出せそうで、どうしても思い出せない。


 俺は振り返った。


 ガラス越しに、店員がこちらを見ている。


「…………」


 目が合った。


 店員はゆっくり頭を下げた。


 俺はなんとなく気味が悪くなり、その場を離れた。


 結局、俺は最後まで分からなかった。


 なぜ店員たちが、あれほど必死に家具を売ろうとしていたのか。


 そして――


 家具から漂っていた、あの匂いが何だったのか。


     *


 閉店後。


 レッドショップのシャッターが下りる。


 店内には客が一人もいない。


 昼間、林に接客していた店員がレジの前に立っていた。


 その顔に笑顔はない。


「今日も……ほとんど売れなかった」


 別の店員が小さな声で言う。


「どうする?」


「…………」


「また、あの人に怒られるぞ」


 店内が静まり返る。


 そのとき――


 店の奥にある扉が開いた。


 店員たちの表情が固まった。


 暗い通路の向こうから、低い声が聞こえる。


「今日の売り上げは?」


「……申し訳ありません」


「私は売れと言ったはずだ」


「でも、客が不審に思い始めています」


「関係ない」


 店員は震えながら、店内に並ぶ赤い家具を見る。


「もう……やめませんか?」


 返事はなかった。


 しばらくして、低い声だけが返ってくる。


「明日も売れ」


「…………はい」


 扉が閉まった。


 店員は何も言えなかった。


 命令に逆らえば、ただでは済まない。それだけは店員たちも知っていた。


     *


 しばらくして、店員たちも店を出た。


 誰もいなくなった店内。


 そこには、昼間と変わらず家具が並んでいた。


 赤いイス。


 赤いテーブル。


 赤い棚。


 赤いベッド。


 一見すれば、ただ赤く塗られた家具にしか見えない。


 だが――


 それらを染めているものは、


 赤いペンキではなかった。


 林が「どこかで嗅いだことがある」と感じた、あの匂い。


 店員たちは、その正体を知っていた。


 だからこそ、誰も家具に触れようとはしなかった。


 そして――


 店の奥。


 閉ざされた扉の向こうには、まだいくつもの家具が置かれていた。


 どれもまだ、赤くはない。


 その隣には――


 赤い液体の入った容器が、いくつも並べられていた。


 それが何なのか。


 どこから持ってきたものなのか。


 店員たちは決して口にしなかった。


     *


 翌朝。


 レッドショップは何事もなかったように開店する。


 昨日と同じ赤い看板。


 昨日と同じ赤い店内。


 そして――


 昨日と同じ赤い家具。


 一人の客が店へ入ってきた。


 ウィーン――。


 店員はその客を見る。


 ほんの一瞬だけ、表情が曇った。


 だが、すぐにいつもの笑顔を作る。


「いらっしゃいませ」


 そして――


「お客様。こちらの赤い家具はいかがでしょうか?」


『レッドショップ』


――完――

最後まで見てくれてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
赤い家具に漂う妙な匂いと、店員たちが必死に売ろうとする様子が不気味
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