『レッドショップ』
『レッドショップ』
最近、街で話題になっている家具屋がある。
その名も――
『レッドショップ』
店で売られている家具は、すべて赤色。
赤いイス。
赤いテーブル。
赤い棚。
赤いベッド。
店内の壁や床まで赤で統一されている。
その変わった見た目が話題になり、雑誌やSNSでも紹介されるほど有名な店だった。
そして今日。
俺――林は、そのレッドショップに来ていた。
「ここがレッドショップか……」
入口の前に立ち、赤い看板を見上げる。
特に家具を買う予定があるわけではない。
ただ、どんな店なのか気になって来ただけだった。
俺は自動ドアをくぐった。
ウィーン――。
「いらっしゃいませ」
赤い制服を着た店員が頭を下げる。
店内を見た瞬間、思わず声が出た。
「本当に全部赤いな……」
見渡す限り、赤。
深い赤。
明るい赤。
黒に近い赤。
同じ赤でも、家具によって微妙に色が違う。
「すごいな」
俺はゆっくり店内を歩き始めた。
*
「こちらのイスはいかがでしょうか?」
「うわっ!」
突然、横から声をかけられた。
さっきの店員だ。
「座り心地がとても良いですよ」
「ああ……今日は見るだけなので」
「そうですか」
店員は笑顔を浮かべる。
「では、こちらのテーブルはいかがでしょう?」
「いや、だから見るだけで……」
「こちらの棚も人気ですよ」
「…………」
俺は少し困った。
ずいぶん熱心な店員だ。
「何か欲しくなったら呼びますから」
「……分かりました」
店員はようやく離れていった。
「なんなんだ……」
俺は再び家具を見始めた。
そのとき――
「いりません!」
少し離れた場所から、大きな声が聞こえた。
一人の客が、別の店員と話している。
「今日は買うつもりないんです!」
「ですが、お客様。こちらの商品は大変おすすめです」
「だから、いらないって言ってるでしょう?」
「一つだけでもいかがでしょうか?」
「いりません!」
客は逃げるように出口へ向かった。
俺はその様子を見つめた。
「…………」
さっきの店員だけじゃない。
この店の店員は、みんな客に家具を買わせようとしている。
しかも、ただの接客とは思えないほどしつこい。
「有名な店だから、売り上げに厳しいのか?」
そう考えたが、何か引っかかった。
店員たちは家具を売りたいというより――
何がなんでも店からなくしたいように見えた。
*
俺は店の奥へ進んだ。
「この机、いいな」
大きな赤い机が置いてある。
値札を見る。
「高っ……」
俺は苦笑いしながら机に近づいた。
そのときだった。
「……ん?」
妙な匂いがした。
俺は鼻を押さえる。
「なんだ、この匂い?」
塗ったばかりの家具なら、ペンキの匂いがしてもおかしくない。
だが――違う。
「ペンキの匂いじゃないな……」
もっと別の匂いだ。
どこかで嗅いだことがあるような気がする。
「…………」
俺はもう一度、匂いを確かめる。
「どこだったかな……」
思い出せそうで、どうしても思い出せない。
でも確かに、以前どこかで嗅いだことがある。
俺は机から離れた。
隣にある赤い棚へ近づく。
「……こっちもだ」
同じ匂いがする。
イスも。
テーブルも。
ベッドも。
店内に並ぶ赤い家具から、同じ妙な匂いがしていた。
「なんなんだよ、この店……」
最初に入ったときには気にならなかった。
だが意識すると、店全体にその匂いが漂っているように感じる。
*
「お客様」
「!」
振り返る。
店員が立っていた。
相変わらず笑顔だ。
「お気に召した家具はございましたか?」
「いや……」
俺は家具を見る。
「ちょっと聞いていいですか?」
「はい」
「この家具、何で塗ってるんですか?」
一瞬――
店員の笑顔が消えた。
「…………」
「店中の家具から変な匂いがするんですけど」
「……特殊な塗料です」
「特殊な塗料?」
「当店独自のものです」
店員はすぐに笑顔へ戻った。
「人体への影響はございませんので、ご安心ください」
「そうですか……」
でも、何かがおかしい。
店員の返事が妙に早かった。
まるで、何度も同じ質問をされたことがあるようだった。
「それよりお客様」
店員が一歩近づく。
「何か一つ、購入されませんか?」
「いや、今日はいいです」
「小さなイスでも構いません」
「いりません」
「棚はいかがでしょう?」
「だから、いりませんって」
「……一つだけでも」
「…………」
笑顔を浮かべているのに、店員の声からは必死さが伝わってきた。
俺は店員の顔を見る。
よく見ると、額には汗が浮かんでいる。
「……そんなに売りたいんですか?」
「…………」
店員は答えなかった。
*
俺は結局、何も買わなかった。
「ありがとうございました」
出口で店員たちが頭を下げる。
俺は外へ出た。
「変な店だったな……」
赤い家具。
しつこい店員。
そして――あの匂い。
「どこで嗅いだんだっけ……」
思い出せそうで、どうしても思い出せない。
俺は振り返った。
ガラス越しに、店員がこちらを見ている。
「…………」
目が合った。
店員はゆっくり頭を下げた。
俺はなんとなく気味が悪くなり、その場を離れた。
結局、俺は最後まで分からなかった。
なぜ店員たちが、あれほど必死に家具を売ろうとしていたのか。
そして――
家具から漂っていた、あの匂いが何だったのか。
*
閉店後。
レッドショップのシャッターが下りる。
店内には客が一人もいない。
昼間、林に接客していた店員がレジの前に立っていた。
その顔に笑顔はない。
「今日も……ほとんど売れなかった」
別の店員が小さな声で言う。
「どうする?」
「…………」
「また、あの人に怒られるぞ」
店内が静まり返る。
そのとき――
店の奥にある扉が開いた。
店員たちの表情が固まった。
暗い通路の向こうから、低い声が聞こえる。
「今日の売り上げは?」
「……申し訳ありません」
「私は売れと言ったはずだ」
「でも、客が不審に思い始めています」
「関係ない」
店員は震えながら、店内に並ぶ赤い家具を見る。
「もう……やめませんか?」
返事はなかった。
しばらくして、低い声だけが返ってくる。
「明日も売れ」
「…………はい」
扉が閉まった。
店員は何も言えなかった。
命令に逆らえば、ただでは済まない。それだけは店員たちも知っていた。
*
しばらくして、店員たちも店を出た。
誰もいなくなった店内。
そこには、昼間と変わらず家具が並んでいた。
赤いイス。
赤いテーブル。
赤い棚。
赤いベッド。
一見すれば、ただ赤く塗られた家具にしか見えない。
だが――
それらを染めているものは、
赤いペンキではなかった。
林が「どこかで嗅いだことがある」と感じた、あの匂い。
店員たちは、その正体を知っていた。
だからこそ、誰も家具に触れようとはしなかった。
そして――
店の奥。
閉ざされた扉の向こうには、まだいくつもの家具が置かれていた。
どれもまだ、赤くはない。
その隣には――
赤い液体の入った容器が、いくつも並べられていた。
それが何なのか。
どこから持ってきたものなのか。
店員たちは決して口にしなかった。
*
翌朝。
レッドショップは何事もなかったように開店する。
昨日と同じ赤い看板。
昨日と同じ赤い店内。
そして――
昨日と同じ赤い家具。
一人の客が店へ入ってきた。
ウィーン――。
店員はその客を見る。
ほんの一瞬だけ、表情が曇った。
だが、すぐにいつもの笑顔を作る。
「いらっしゃいませ」
そして――
「お客様。こちらの赤い家具はいかがでしょうか?」
『レッドショップ』
――完――
最後まで見てくれてありがとうございました。




