第十一話:口が滑った、その代償
「私、被害者なのに……」
頬を膨らませて呟くと、
「みぃと兄貴は、何で寄ると触ると喧嘩ばかりするんだ?」
竜が呆れた声を出した瞬間、
「こいつが悪い!」
「遼が悪い!」
同時に叫んでしまった。
竜はさらに呆れた顔をし、力と陸は大爆笑。
私が頬を膨らませると、
「はいはい、そんなに膨れないの」
竜はくすくす笑いながら私の頭を撫でる。
「もう、今日はこの辺にしてあげたら?」
私がキラキラした目で何度も頷くと、遼は目を据わらせた。
「あのな……夏休みが終わるまであと一週間しかないんだよ。それまでに、このポンコツ頭に勉強詰め込まなきゃならない俺の身にもなれ」
「ポンコツ頭って……」
「あ? 基礎から教えないと分からない奴はポンコツだろ」
「じゃあ、そのポンコツ頭を丸めたノートで叩くのは止めてもらえませんかね? ポンコツがますますポンコツになるんで!」
「うっわ、ああ言えばこう言う!」
「はぁ? 大体遼は——」
「ストップ!」
竜が割って入った。
「みぃはあと五ページ。兄貴はみぃを触発しない! 分かったら、さっさと進める!」
鬼の形相で言われ、私は渋々問題を解き始めた。
しばらく解いていると、分からない問題にぶつかる。
チラッと遼を見ても、『自力で解け』の圧が……。
う~ん、う~んと唸っていると
「みぃ。ほら、ここ。公式違ってるよ」
背後から竜の手が伸びる。
「前にも話したけど、この公式を当てはめるんだよ」
気付けば、顔のすぐ隣に竜の顔。
(うわ! 近い近い近い!)
「……で、分かった?」
何気なく振り向いた瞬間、距離ゼロ。
お互い固まる。
竜が慌てて離れた。
「ご、ごめん。つい夢中になって……」
「とんでもない! 教えてくれてありがとう」
真っ赤になりながらもじもじしていると、
「お前……俺の時と随分反応違くないか?」
遼が顔を近付けてくる。
私は目を据わらせて、即デコピンしてやった。
「はぁ? 遼のムカつく態度と、優しく教えてくれる竜との違いでしょう!」
「それはお前が!」
「ゴホン!」
喧嘩しかけた私たちは、竜の咳払いにピタリと止まる。
ぐぬぬっとシャーペンを握り締めて遼を睨むと、遼は大きく溜め息をつき、窓の外に視線を向けた。
──黙っていると、本当にムカつくほどカッコいい。
切れ長の目に、通った鼻筋。
……ずるい。
「おい、手が止まってるぞ」
「はっ!」
慌てて問題を解き終えた。
「終わったー!」
遼が無言で手を差し出すので、私は賞状を受け取るみたいに両手でノートを遼に渡した。
採点する俯いた横顔。
睫毛……長っ!
見れば見るほど、綺麗な顔をしている。
思わず見蕩れていると
「俺の顔を見ても、答えは書いてないぞ」
そう言われてノートを返された。
「べ、別に答えが欲しくて見てたんじゃ無いわよ」
慌てて顔を逸らすと
「へぇ……じゃあ、なんでそんなに俺の顔を見てるんだよ」
「はい、全問正解。お疲れ様でした」
ぽん、と頭を撫でられた。
その優しさに、つい口が滑った。
「いや、黙ってると本当に良い男だなって……」
「……え?」
——しまった。
私が慌てて口を押さえると、遼の顔がみるみる赤くなった。
(え……?)
今まで、自分から散々『見惚れる程良い男か?』だの、『俺のようなイケメン』云々と言っていた癖に。
恥ずかしそうに顔を赤くして、私の頭から手を離した。
「お前……」
って言い掛けたかと思うと、慌てて席を立って
「竜と間違えてるんじゃねぇ!」
そう叫んだのだ。
「竜? なんで竜?」
遼の言葉に首を傾げると、益々、顔を真っ赤に染めているじゃない!
そんな遼が珍しくて
「あれあれ? 遼、なに照れてんの?」
からかい半分で覗き込んだ、その時。
遼の細くて長い指が、私の顎を掴んだ。
一瞬、何をされるのか分からなかった。
——キス。
頭が真っ白になる。
遼の顔が、ゆっくり離れていく。
(え……?)
遼の唇が何か言おうと動いた、その瞬間。
「ぎゃ~~~!!!」
我に返った私の悲鳴が部屋の中に響いたのであった。




