第十話:夏休み
「鬼~!悪魔~!」
試験休みが終わり、私は夏休み明けに転校することを告げられた。
みんなからは羨望の眼差し。
(特待生の石津さんなんて、校長に直談判しに行ったらしい。
“なんで普通科の奴が!”って)
変わってくれるなら、変わってほしいよ!
お盆が終わると、私は強制的に寮入り。
成績表を送りつけられ、深見遼の鬼指導のもと、
毎日、毎日、毎日――勉強漬け。
朝6時に起きて(起こされて)、
ラジオ体操からのランニング。
シャワーを浴び、朝食後はひたすら机。
間違えれば、丸めたノートで頭を叩かれる。
で、冒頭の叫びなわけですよ。
「遼さ……そんなに勉強漬けにしたら、みぃが可哀想だよ」
私の雄叫びに、双子の弟・竜がジュースを持って現れた。
「竜~、優しい!もう大好き!」
抱きついた瞬間、
「お前!俺の時と態度違いすぎだろ!」
遼の怒号。
「竜は遼と違って優しいから、平気なんです~」
あかんべ。
「お前、マジでムカつく!」
「まぁまぁ。二人とも疲れてるんだよ。少し休憩しよ?」
竜はいつも、こうやって空気を整える。
――深見家は、双子が二組の四兄弟。
二つ上の遼と竜。
同い年の力と陸。
遼は、燃え盛る紅蓮の炎みたいな人だ。
思ったことは絶対に曲げない。
反発する相手は容赦なく切り落とす。
竜は、その対極。
深い海みたいに静かで穏やか。
自分よりも、まず周囲を優先する人。
……じゃなきゃ、遼の兄弟なんてやってられないよね。
知らない人だらけの環境で不安だった私に、
竜はいつもそっと声をかけてくれた。
気づけば、
私にとって大切な存在になっていた。
竜は、いつもこうやって空気を整える。
「竜、まだ居られるの?」
シャツの裾を掴むと、竜はふわりと笑って、私の頭を撫でた。
「俺が居ると遼が怒るから……。終わったら、いくらでも相手してあげる。あと少し、頑張ってね」
宥められてしまう。
頬を膨らませてから、
「……分かった」
と答え、竜が持ってきてくれたお菓子と紅茶を口にする。
竜が苦笑いしながら部屋を出ると、遼がムスッとした顔で呟いた。
「それじゃ、俺が意地悪みたいじゃないかよ」
「みたいじゃなくて、意地悪なんだよ!」
反論すると、
「お前、本当に可愛くない!」
鼻をつままれ、そのままデコピン。
「誰のために時間割いてやってると思ってるんだよ」
私は額を押さえながら睨む。
「それ食ったら続きな」
遼は教科書をパラパラとめくり始めた。
俯いた横顔は、ずるいくらい整っている。
黙っていれば、超絶イケメンなんだけどね……。
小さく溜め息を吐いた、その瞬間。
「見蕩れるほど良い顔か?」
遼がちらりとこちらを見る。
「は? んな訳ないでしょう?」
目を座らせると、遼は鼻先まで顔を近づけて――
「だろうな。知ってる」
がぶり。
「ぎゃーーー!」
鼻の頭をかじられ、私は椅子ごとひっくり返った。
隣室から、竜と陸と力が飛び込んでくる。
「みぃ! 大丈夫?」
竜に抱き起こされながら、半泣きで訴える。
「噛んだ! 遼が、私の鼻の頭を噛んだ!」
竜は呆れた顔で遼を見る。
「遼……お前……」
「別にキスしたわけじゃないだろ」
開き直る遼。
竜は深く溜め息を吐き、ハンカチで私の鼻をそっと拭きながら言った。
「みぃも、遼を触発しないこと。分かった?」
……何故か私まで注意される。




