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第9話:【絶望】全財産0シルバー、残ったのは空っぽの袋とヤンデレの殺意のみ。なんJ民の「期待値理論」が物理(メイス)で論破される件www

 メテンのギルド前。ワイの黄色い手には、粉プンプン男をレスバで制圧して得たばかりのシルバー1,500枚が詰まった重い革袋があった。この重みこそが命の輝き、資本主義の勝利の証や。


「……ねぇ、あなた。……私、さっきの不快な粉を浴びて、心が汚れてしまったわ。……隣のクリーニング魔法店で服と一緒にこの穢れも浄化してくるから……。……いい? 1分でも離れたら、私自分の心臓を止める練習を始めるわよ……? ……あなたの隣にいない時間は私にとって死と同義なの……」


 リリィの瞳は浄化を必要としているというよりは、今すぐワイを浄化(物理)したそうなほどバキバキだった。


「わ、わかった。すぐ隣やろ? 行ってこい。ワイはここでこのシルバーの番人として不動の姿勢を貫くわ」


「キミ、私も少し席を外すわよ。この報酬から少し前借りして水槽の浄化フィルターを予約してくるわ。……いい? もし私が戻った時に、キミの姿が1ミリでもズレていたら街の地下水脈を全部逆流させてキミを噴水にしてあげるから。……いいわね?」


「ヒェッ、分かっとるわ! カミラさんも行ってらっしゃい!」


 二人の影が午後の活気に満ちた雑踏に消えていった。一分経過。二分経過。……静寂。ワイは黄色い手で革袋の口を緩め、中を覗き込んだ。鈍く光るシルバーの山。これがあれば今夜はポテト食べ放題、個室で熟睡、明日は新しい装備だって買える。


 だが、ワイの脳内のなんJギャンブル部の連中が一斉にレスを書き込み始めた。「【朗報】イッチ、種銭1,500枚を確保」「1,500とか中途半端すぎ。15,000に増やせばリリィに個別の精神病院を建ててやれるぞ」「 今、風が吹いてるだろ。向こうに見えるカジノの屋根虎の形してんぞ」


「………………そうや。1,500枚じゃ、このヤンデレ二人を養うには心許ない。リリィの心中グッズを買い叩いたら一晩で溶ける額や。だが、これが3,000枚……いや、15,000枚になれば、ワイは王様になれる。リリィを高級メンタルクリニックに入れ、カミラを巨大アクアリウムに寄贈してワイは南の島で自由になれるんや……!」


 ワイの手が、欲望でプルプルと震え始めた。  

 一人にしてはいけない男を一人にした。それが、この物語最大の悲劇の幕開けだった。


 ワイは二人が戻ってくるであろうクリーニング店の逆方向へ、デブカエルとは思えないスピードで疾走した。一週間キャンプなしで鍛えられた脚力は今この瞬間の破滅のためにあった。

 辿り着いたのはメテン最大の博打場。金と欲望が渦巻く、魔石ルーレットの聖地だ。入り口には巨大な虎の像が鎮座し、その目はカモが来たぞと言わんばかりに光っている。


「いらっしゃいませ。……おや、珍しいお客様ですね。カエルの方の入場は、一応知性があるということで許可しておりますが……チップは現金前払いです」


「やかましいわ! ワイはVIPや! この黄色い手が見えんのか? これは黄金を掴む手、なんJ民の選ばれしフリック入力ハンドやぞ!」


 ワイは受付にシルバー1,500枚が入った麻袋をドサリと置いた。銀貨がぶつかり合う重厚な音がカジノのロビーに響き渡る。


「全部チップに変えろ。……今日は、風が吹いとる。香川の小麦粉を吹き飛ばす、勝利の旋風がな……!」


 最初に座ったのは魔石を回転させて数字を当てるオーソドックスなルーレット「マセキ・チャンス」。  ワイはなんJで培ったオカルト打法を駆使することにした。


「ええか、ルーレット盤の回転数はワイが深夜のスレをリロードする速度と同じや。……ここや! 最初の挨拶や! 750枚を赤に一点突破や!!」


賭けは(No more )締め切りです(bet)』」


 ディーラーの声とともに、魔石が七色に光りながら盤上を跳ねる。

 ……カラン。カラン。  


「Red 24!」


「キ、キターーーー!! www ワイ、天才か!? www 秒で1,500枚が2,250枚になったわ! www リリィさん、見てるか!? これが経済を回す男の背中や!!」


 脳内麻薬がドバドバと溢れ出す。ワイの黄色い手が、チップを愛おしそうになでる。この感触最高や。一週間土の上で寝ていた惨めさが一瞬で上書きされていく。


 この時点で普通の人間カエルなら勝ち逃げを考える。だが、ワイはなんJ民。


「……ふふ、2,250枚か。だが、これでは自由には足りん。……次は、期待値が一番高いと言われるダブルアップ・ダイスや!」


 ディーラーが三つのサイコロを振る。出目の合計が「上(11以上)」か「下(10以下)」か。ワイは強気だった。全能感に支配された脳が勝手に出目を予知し始める。


「全額や。2,250枚、全部上に賭ける! 確率は二分の一! なんJ民の逆神パワーを持ってしても、ここは当たるはずや!!」


 ディーラーがカップを上げる。


「……合計、15。上です」


「ギャハハハハ!! 4,500枚や! www 1,500枚がたった5分で3倍! www 完全にバグっとるやろこの店! www 今日のワイは、神や。香川のうどん神がワイに味方しとる!!」


 この時、ワイは完全に引き際を見失っていた。脳裏には金貨の山に囲まれ、リリィを銀の檻(メンタルケア付き)に入れ、カミラを金魚鉢(最高級フィルター付き)に入れて眺める悠々自適な自分の姿が浮かんでいた。


 そして、運命の第三戦。ワイは再びあの忌まわしきルーレットの前にいた。


「ええか、確率は収束する。さっきは赤が出た。その前も赤や。……確率は常に均衡を求める。次は黒や。ここは勝負どころや。4,500枚全部黒に全ツッパ!! これで9,000枚……ワイの人生の上がりの鐘を鳴らしたるわ!!」


 ……カラン。  


「Red 12!」


「……あ、あれ? おかしいな。ま、まぁ、たまには偏ることもある。次は絶対黒や。……すまんディーラー、ギルドのEランクプレートを担保に、もう1,500枚分チップをくれ!」


「Red 3!」


「……嘘やろ? 3回連続赤? まだや、次は黒! 確率は収束するんや!!」


「Red 36!」 「Red 1!」「Red 19!」


 ワイの顔面がカエルの肌色を通り越して真っ青になる。盤面はまるで返り血を浴びたリリィの服のように真っ赤に染まっていた。


「な、なんやこれ……。赤しか出んやんけ……。これ、なんJのスレタイでよく見る【悲報】ワイのルーレット、赤しか出ないバグwwwのやつやんけ……! 運営、遠隔やっとるやろ!! レスバしたろか!!」


 だが、止まらない。止まれないのがギャンブルの魔力。


「次こそ黒……黒に決まっとる……!!」


 ……カラン。  


「Red 21!」


「………………」


 ワイの手元から、チップが消えた。黄色い手が空しくテーブルの表面を撫でる。1,500枚あったシルバー。粉プンプン男と命がけで戦って得た報酬。リリィのクリーニング代。カミラのフィルター予約金。今夜のポテト代。

 すべてが、無に帰した。


 カジノの黒服に「金がないなら帰れ」とゴミのように裏口から放り出された。メテンの夕陽がワイの黄色い手を虚しく照らしている。手元には空っぽの革袋。ただの布切れになった袋が風に吹かれてカサカサと音を立てる。


「………………おわ、た」


 その時、背後から凍りつくような音が聞こえてきた。  

 ズル……。ズル……。  

 巨大なメイスが石畳を削る、死のメロディ。そして、ピチャ……ピチャ……という逃げ場を塞ぐ水の音。


「……ねぇ。……あなた。……一分で戻るって……言ったわよね……? ……私、浄化して真っ白な心で戻ったのに……そこにいたのは、ただの空気だけだったわ……」


「キミ。……フィルターの予約金、どうなったのかしら。……まさか、その空っぽの袋みたいに、キミの脳みそもカジノで溶かしてきちゃったの?」


 振り返ると、そこには浄化されて殺意が純化した服を着たリリィと、全身から冷気を放つカミラが完膚なきまでにワイを包囲していた。


「あ、あ、あ……。……いや、これはやな。……資産運用や。……投資に失敗しただけでワイの心はお前らへの愛で一杯……」


「……ねぇ、あなた。……お金がないなら……今すぐ私の心臓を止めて、その保険金で遊ぶ……? ……それとも、あなたのその黄色い手を一本ずつ売って、二人用の棺桶を買う……? ……ねぇ、どっちがいい……?」


「キミ、覚悟はできてるわね? その手、何もいじれなくなるけど、水槽の底砂としてなら価値があるわよ」


「ヒィィィィ!! 誰か助けて!! ルーレットの赤に賭けたワイを、一時間前のワイを殴ってくれぇぇぇ!!」


 一文無しに戻ったワイ。残されたのは怒り狂ったヤンデレ二人と、空っぽの革袋。  

 ワイらの労働(クソゲー)は、ここからが本当の地獄ループの始まりだった。

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