表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/11

第7話:【極貧】無一文のワイ、冒険者になる

 一週間にわたる地獄の迂回ルート。地図なし、キャンプなし、あるのはメンヘラ聖女リリィの「私を見てくれないなら死ぬ」という脅迫と、水の精霊カミラの「キミを一生水槽で飼う」という監禁予告のみ。

 ボロボロになりながら、ワイらはついに交易都市メテンの巨大な城壁の前に辿り着いた。


「ハァ……ハァ……。ようやく、ようやく文明の香りが……。揚げたてのポテト、ジャンクなソース、そして何より防音完備の個室……待ってろよ……」


 ワイが歓喜の涙(とカミラに強制注入された余分な水分)を流しながら城門をくぐろうとした、その時だった。


「止まれ! 貴様ら、見慣れぬ顔だな。特にそこの……なんだ、その肥え太ったカエルは。不審者として入市を禁ずる!」


 行く手を阻んだのは、いかにも権力を傘に着た小役人といった風貌の門衛だった。槍を交差させ、見下すような視線をワイに投げつける。


「おいおい、なんや。ワイはただの善良な旅のカエルやぞ。不当な差別はギルティやで?」


「旅のカエルだと? 見たことがない種族だな。ふん、メテンは大陸一の交易都市だ。身分証のない怪しい魔物紛いの生き物や、その連れの女二人を通すわけにはいかん。特にそこの女……血生臭いメイスを持って、さっきからぶつぶつ独り言を言っているではないか。危険人物として即刻拘束だ!」


 リリィの瞳から光が消える。メイスを握る手にミキミキと力がこもった。


「……ねぇ。……あなた。……あの人が、私をあなたから引き離そうとしてるわ……。……いいの。……あなたが入れないなら、私、この門の前で自分の喉をこの槍で貫いて……あなたの記憶に永遠のトラウマとして刻まれてあげる……」


「リリィさん、待て! 出オチで心中しようとするな! ここはワイのターンや!」


 ワイは一歩前に出た。三段腹を堂々と揺らし、足をペタペタと鳴らしながら門衛の鼻先に指先を突きつける。


「おい、門衛。お前、今身分証がないって言うたな? それ、論理的に破綻しとるぞ。論破してええか?」


「あ、あんだと……?」


「ええか、よう聞けよ。第一にお前はメテンを大陸一の交易都市と定義した。交易とは何や? 人と物が行き交うことや。つまり未知との遭遇こそが交易の心臓部なんや。そこに身分証という既知の枠組みを強制するのは、交易都市としての自己否定、つまりアイデンティティの崩壊を意味しとるんや。お前は今、自分の給料を払っとるメテンの経済理念を全否定したんやぞ。これ、背任罪でクビちゃうか?」


「な、何をわけのわからんことを……! ルールはルールだ!」


「ルール? www 出たよ、思考停止のテンプレ発言www お前、その槍は飾りか? 脳みそまで鉄でできとんのか? 第二に、ワイの連れのリリィを見てみろ。彼女は元聖女や。聖女が持つ慈愛の心と、この物騒なメイス……このギャップこそが芸術、つまり萌えや。多様性を認めるはずの国際都市メテンが、個人のヤンデレ属性を理由に入場拒否。これ、ポリコレ的にアウトやろ。今すぐSNSで拡散したろか?」


「ポ、ポリ……? 拡散……?」  


 門衛がたじろぐ。ワイの怒涛のレスバ(屁理屈)に、周囲の野次馬もざわつき始めた。


「くふふ、キミ、相変わらず口だけは達者ね。でも、この程度の小役人に時間を割くのはタイパが悪すぎるわ」


 カミラが優雅に髪をかき上げ、門衛の前に立った。


「おい、下等な人間。キミ、私が誰だか分かっていて足止めしているの? 私は水の精霊カミラ。私がその気になれば、この街の飲用水をすべて塩水に変えることだってできるのよ? キミ一人を黙らせるために、街全体を渇きで滅ぼしてあげましょうか?」


「せ、精霊!? 馬鹿な、そんな高位の存在が、こんなデブカエルと一緒にいるはずが……」


「デブ言うな! これは蓄えや!」  


 ワイはカミラの横から再び割って入る。


「ええか門衛。お前は今、二つの致命的なミスを犯した。一つは精霊の不興を買ったこと。もう一つは、ワイという論理の権身を怒らせたことや。お前がここでワイらを通さないことで生じる経済的損失、精神的苦痛、および精霊による水害リスク。これらすべての責任を、お前一人の安月給で取れるんか? お前の家族、親戚、末代までその負債を背負わせる覚悟があるんか!? 答えろや!!」


「ひ、ひぃぃ……!」


「……ねぇ。……もういいわよ。……この人が邪魔なら、私が死んで、その呪いで街ごと腐らせればいいの……。……ねぇ、見てて。……今から自分の喉を……」


 リリィがメイスの先端を自分の喉に当て、うっとりとした表情で力を込める。


「待て待て待て! 門衛! 見ろ! お前のせいで一人の乙女が崖っぷちや! お前は今、殺人教唆の現行犯になろうとしとるんやぞ! 街を守る仕事が、街の入り口で心中をプロデュースすることなんか!? お前の正義はそんなもんなんか!!」


「わ、わかった! 通れ! 通ればいいんだろ! もう勝手にしろ!」


 門衛は顔面蒼白になり、槍を投げ捨てて門を開けた。なんJ民のレスバ、メンヘラの自傷予告、精霊の脅迫。この三連撃に耐えられるモブなど、この世界には存在しなかったのである。


 門をくぐり、ようやくメテンの賑やかな石畳を踏みしめた瞬間。ワイはふと、隣でまだメイスを喉に当てて「……死にたかったのに……」と呟いているリリィを見た。


 その胸元には、ボロボロになった服から覗く、金色の紋章が刻まれたペンダント。


「………………」 「……ねぇ、あなた。……どうしたの……? ……やっぱり、私と一緒に死んでくれる決心がついた……?」


「……リリィさん。お前、それ……聖女の身分証やんな?」


「……ええ。……もう捨てたはずの、忌まわしい過去の証明書よ。……それが何か……?」


「………………それ、最初に見せればレスバせんと入れたんちゃう?」


「………………あっ」


「カミラもカミラや! 精霊の加護がある身分証くらい持っとるやろ!」


「くふふ、キミ、面白いこと言うわね。そんな紙切れ一枚で証明しなくても、私の格で圧倒すればいいと思ったのよ。時間の無駄だったわね」


 ワイは天を仰いだ。 一週間の疲労と数十分間に及ぶ全力のレスバ。そのすべてがリリィが首から下げている光り輝く身分証一つで解決していたという事実。


「アカン……。ワイの10,000字級の論理展開、完全に無駄やったやんけ……。タイパ最悪や……。これだからメンヘラと地雷精霊は……www」


 ワイの脱力した声は、メテンの喧騒の中に力なく消えていった。しかし、地獄はここからだった。


「……ねぇ、あなた。……身分証の話なんてどうでもいいの。……早く、私とあなたが永遠に離れない家族になるための……所有物登録に行きましょう……? ……ねぇ……?」


「キミ、水槽の場所も探さなきゃね。逃げ出す足がないように、少しだけふやかしてあげるから」


 二人の圧に冷や汗を流しながら、ワイはふと自分の腰のあたりを確認した。……いや、確認するまでもなかった。


「…………待て。……アカン。詰んだわ」


「……どうしたの、あなた……? ……死ぬ決心、ついた……?」


「違うわ! 金や! そもそも金をいれる革袋すら持ってへんし、金一枚すら持ってへんことに気づいたわ!!」


 そうなのだ。身一つでこの世界に放り出されたワイに路銀などあるはずがない。


「……金がない……? ……ふふ、いいわよ。……なら、あなたのその黄色い指を一本ずつ売ってお金にしましょう……? ……そうすれば、あなたはもうどこにも行けなくなるし、お金も手に入るわ……。……ねぇ、素敵でしょ……?」


「素敵ちゃうわ! ワイのこの手はキーボード……じゃなくて労働のためにあるんや! 資本主義の洗礼を受けるんや!」


「キミ、情けないわね。精霊の私を連れておきながら、一文無しで袋すら持っていないなんて。……仕方ないわ、あそこに行きなさい。……人間たちが泥臭く小銭を稼ぐ場所、冒険者ギルドよ」


 カミラに指差された先には、剣と盾が交差する看板を掲げた巨大な建物があった。中に入ると安酒と汗の臭い、そして「俺、昨日ドラゴン倒したわー(嘘)」という虚言癖の冒険者たちの喧騒が充満していた。


「……うぅ、空気が汚い……。……あなた、やっぱり帰りましょう……。……お金なんてなくても、二人で心中すれば実質タダよ……」


「命のコストをゼロにするな! 労働や!」


 ワイは三段腹を揺らしながら、黄色い手で尻を掻きつつ受付カウンターへと進む。受付嬢は筋骨隆々の戦士たちを捌きながら、現れた黄色いデブのカエルを見て一瞬フリーズした。


「……いらっしゃいませ。……ええと、本日は食用カエルの卸しの方でしょうか?」


「誰が食材や! 冒険者登録しに来たんや!」


「冒険者……登録、ですか? 失礼ですが、武器や防具、せめてシルバーを入れる革袋すらお持ちでない……?」


「武器? www お姉さん、ミニマリストって言葉知らんのか? ワイのこの三段腹が防具や。袋がないのは、これから稼ぐシルバーをその場で使い切るっていう経済回しを想定しとるからや。……あと後ろの、情緒不安定な元聖女と態度のデカい水の精霊もセットや」


「ええと……魔物、または人外種による登録には一定の知性と戦闘能力の証明、および保証人が必要でして……」


「知性? www お姉さん、ワイを誰やと思っとるんや。一週間前にこの二人のヤンデレを連れて無傷(精神以外)で絶望平原を越えてきた男やぞ。保証人? そんなもんそこにいる精霊カミラさんの神格で十分やろ。それとも何や、この街のギルドは四大精霊のサインすら認めへん保守的な組織なんか?」


「あ、あわわ……わかりました! 登録完了です! こちらがランクEのプレートになります!」


 ワイのレスバによって、本来なら数時間かかる適性検査がわずか3分で終了した。

 ついでに図太く革袋もせしめておいた。


 首からランクEのプレートを下げ、ワイらは依頼掲示板の前に立つ。


「よし、サクッと高単価の依頼を受けて、高級宿に泊まるんや。えーとなになに……」


 ワイは黄色い手で、依頼板の隅っこで異彩を放つ一枚の紙をシュパッと剥ぎ取った。


【緊急依頼】謎の不審者「粉プンプン男」の確保または討伐

内容: 最近、メテン郊外の裏通りに出没する謎の男。 「粉プンプン! 粉プンプン!」と叫びながら、吸引すると発狂・錯乱状態に陥る謎の粉を撒き散らしている。 被害者が続出しており、治安悪化が懸念される。

報酬: シルバー1,500枚

備考: 吸引注意。鼻栓推奨。


「なんやこれ……完全にヤバい奴やんけ。粉プンプンって何や、不審者のネーミングセンスが地獄やぞ」


「……ねぇ、あなた。……発狂する粉なんて、素敵じゃない。……それを浴びれば、あなたも私への愛で理性を失って……今すぐここで私と溶け合ってくれるかしら……? ……ねぇ、今すぐ行きましょう……」


「リリィさん、期待する方向が間違っとるんよ! ……てか、リリィ。確認なんやけどこのシルバー1,500枚ってこの街やとどれくらいの価値があるんや? ワイ、一週間前まで聖域(サンクチュアリ)でネット掲示板見てただけのカエルやから、相場観がガバガバなんよ。1,500って数字だけ見れば、なんJの書き込み数上限(1,000)を超えとるから、結構な大金に見えるんやが」


 ワイは、革袋を握りしめた黄色い手をリリィに向けて差し出しながら尋ねた。リリィは、まるで汚物を洗うような目で粉プンプン男の依頼書を一瞥し、それから慈愛と狂気が入り混じった瞳でワイを見つめ返した。


「……シルバー1,500枚……? ……そうね、普通の冒険者が一ヶ月間、死に物狂いで働いてようやく手にする額……。……安宿なら三ヶ月は泊まれるし、美味しいお肉とお酒を毎日食べても、一ヶ月は贅沢に暮らせるわ……」


「……おっ、マジか! 結構なボーナスステージやんけ! 余裕で人権(カエル権)ある生活ができるやん!」


 ワイの黄色い手が、歓喜でプルプルと震える。しかし、リリィの言葉には続きがあった。彼女は一歩、また一歩とワイに距離を詰め、そのひんやりとした指先でワイのムチムチした黄色い手の甲をなぞった。


「……でも、あなた。……そんな汚れたお金で、何を買いに行くつもり……? ……シルバー1,500枚あれば、安物の心中用の短剣が300本は買えるわ……。……毎日一本ずつ、お互いの体を刺し合って、三ヶ月かけてゆっくりと死にゆく愛の儀式ができるわね……。……ねぇ、素敵だと思わない……? ……1,500枚の重みは、私たちが地獄へ落ちるためのおひねりなのよ……」


「……重いわ!! 貨幣価値を全部死ぬための道具に換算するな! 三ヶ月かけて心中するコスパの悪さ考えろや! 宿に泊まってポテト食わせろ!!」


 ワイは戦慄した。この女にとって、シルバーの輝きはすべて銀の短剣の輝きに見えているらしい。一ヶ月の贅沢か、あるいは三ヶ月の心中か。1,500枚という金額はワイにとっては希望の光だが、リリィにとっては極上の心中プランの軍資金に過ぎなかったのである。


「だがシルバー1,500枚はデカい。Eランクでこの単価は、皆が敬遠しとる証拠やな。つまりワイらみたいな実力はあるが金がないパーティーにはもってこいや!」


「ふふ、粉なんて私の水ですべて洗い流してあげるわよ。さあ、その不審者を私の専用水槽の最初の餌にしてあげましょうか」


「……というわけで、シルバー1,500枚は地獄への特急券には十分すぎる額ってことやな。OK、把握したで。ワイはポテトを食いたいが、リリィはワイを刺したい。カミラはワイを水槽に沈めたい。……動機はバラバラやけど、目指す獲物はただ一つ。粉プンプン野郎、覚悟せえよ。ワイらの生活費、まとめて絞り取ったるからな!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ