第3話:【悲報】空腹で死にそうなワイ、森で最強の聖女(ただし超メンヘラ)と遭遇する
「……ハァ、ハァ……アカン、もう一歩も動けん。心臓がバックバクや。これ不整脈やろ」
深夜の村を脱走してから数時間。ワイは深緑の闇に包まれた人跡未踏の森のど真ん中で、でっぷりとした黄色い三段腹を地面に投げ出していた。吸盤のついた足先は泥だらけ。自慢の黄色い肌はエルナからもらった水のおかげで最悪の乾燥こそ免れたものの、今度は空腹という名のモンスターがワイの内臓を内側からボコボコに殴りつけていた。
「腹減った……腹減りすぎてさっきから自分の指がフランクフルトに見えてきたわ。……ペロ。……おっ、不味い。黄色いゴムの味がする。これやったら前世で食った賞味期限が三日切れた半額のちくわの方がよっぽどご馳走やぞ」
脳内ではかつて現実世界で貪り食ったジャンクフードの記憶が走馬灯のように駆け巡る。深夜二時の背脂マシマシラーメン。油の塊のようなコンビニの唐揚げ。
「……あかん、泣けてきた。なんでワイ、こんなところで野生のカエルみたいな生活しとるんや。エルナちゃん、せめてあの時パンの一つでもパクっておけばよかったわ……」
その時だった。森の奥から不自然なほどの白光が漏れ出してきた。月光よりも鋭く、それでいてどこか押し付けがましいほどに清浄な光。
「……なんや? 警察の家宅捜索か? それとも【朗報】ワイ、UFOに連れ去られるか?」
ワイは最後の力を振り絞り、でっぷりした腹を揺らしながら光の方へペタペタと這い寄った。そこには森の木々を神々しい光でなぎ払いながら、一人の女が歩いていた。
そこにいたのは、人間離れした美貌を持つ女だった。透き通るような白い肌。プラチナブロンドの長い髪をなびかせ、白銀の装飾が施された豪奢な法衣を纏っている。背負った巨大な十字架型のメイスは、一振りで岩をも砕きそうな質量を誇っていた。
「……いたわ。焔竜ンゴンゴの気配が消えた場所。……誰? 私より先にあのドラゴンを始末したのは。……許さない。私の仕事を奪うなんて。……ねぇ、神様。私は愛されていないの? だからこんなに、いつも報われないの……?」
女はブツブツと周囲に誰もいないのに恐ろしい速度で独り言を吐き捨てていた。その瞳は、深淵よりも深い闇を湛えており、焦点が合っているようで合っていない。
「……おいおい、ヤバそうなのが来たで。あのビジュアル間違いなく重要キャラやけど、漂う空気感が完全に関わっちゃいけないタイプのそれやんけ」
ワイは木の陰に隠れようとしたが、空腹で鳴り響いた腹の音――「ギュルルルルンゴォッ!!」という猛虎魂溢れる咆哮が静寂を切り裂いた。
「……誰? ……そこにいるのは。……私を笑いに来たの? 私が失敗するのを待っていたのね……そうやってみんな、私を仲間外れにするんだ……!」
女がカッと目を見開く。その瞬間、彼女の足元から聖なる波動が爆発し、ワイが隠れていた巨木が粉々に粉砕された。
「ヒエッ!! 待て待て! ワイはただの腹減った通行カエルや! 暴力反対! コンプラ遵守!」
粉塵の中から現れたワイの姿を見て、女は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。
「……何、その、黄色い塊。……新種の魔物? ……それとも、私の孤独が形になった化け物……?」
「化け物とは失礼やな! ワイは誇り高きなんJ民や! お前こそ、夜中の森で光り輝きながら独り言とか不審者届出案件やぞ。お前、国家公務員か何かか?」
「……私は、王都エンテルエンウから派遣された、第一王立聖騎士団所属……聖女リリィ。……竜王を討伐し、神の愛を証明するために来たの。……なのに、ドラゴンはもういない。……私の存在価値が、また消えた……。……ねぇ、死にたい。あなた、私を殺してくれる? それとも、私のことを一生愛してくれる……?」
リリィと名乗った女は、突然メイスを地面に突き刺し、膝をついてボロボロと涙を流し始めた。
「……うわぁ、めんどくせぇ。メンヘラの極みやんけ。お前、そのスペックでなんでそんなに自己肯定感低いんや? 白人族国家の聖女(笑)やろ? エリート街道まっしぐらやんけ」
「……エリート? ……笑わせないで。私は強すぎるからって気味悪がられて、こんな危険な任務に一人で放り出されたの。お父様も、お母様も、私の顔を見るたびに震えるわ。……神様だって、きっと私のことなんて見てない。……私の祈りが足りないから? それとも、性格が重いから……?」
リリィの周囲に、ドス黒いオーラが渦巻く。ワイは空腹を一時的に忘れ、なんJ民としての修正を入れずにはいられなかった。
「おい、リリィちゃん。お前のそれ、ただの被害妄想やぞ。自分を悲劇のヒロインに仕立て上げて、酔いしれとるだけや。エビデンスは? お前を嫌ってるっていう奴らの実名、一人でも挙げられるんか?」
「……えっ?」
「挙げられんやろ。お前が勝手にみんなワイのこと嫌ってるんや……って決めつけて、壁作っとるだけや。そのデカいメイス振り回す前にもっと自分のコミュニケーション能力(笑)を磨けや。そんなんだから、せっかくの美貌も台無しなんやぞ。まさに宝の持ち腐れ、略してゴミやなw」
「……ご、ゴミ……? 私を、ゴミって言ったの……? ……お父様にも、王様にも言われたことないのに……っ!」
「あー、またそれや。親の名前出して自分を守ろうとするやつーwww お前、自立心ゼロなんか? 聖女名乗るならもっとこう、ドシッと構えろや。お前の信仰心、コンビニのレジ袋より薄っぺらいで。神様もお前みたいな構ってちゃんの祈りなんか、通知オフにしとるわボケwww」
「……っ!! 神様が……私の祈りを……ミュートしてる……!?」
リリィの精神に、ワイの口撃がクリティカルヒットした。 彼女はガクガクと震え、メイスを握る手が白くなっている。
「……許さない。……そんなこと言うなら、もう全部壊してやる……! あなたも、この森も、愛してくれない世界も……全部、全部、輝け!!」
「ちょ、物理攻撃はルール違反やろ! レスバで返せや!」
リリィがメイスを振りかざす。その先端に、太陽のごとき高密度の聖光が凝縮される。直撃すれば、ワイの三段腹は一瞬で蒸発し、黄色いシミになるだろう。絶命かと思われた瞬間――。
「ギュルルルルルルルルルルル!!!」
空気を震わせる、あまりにも卑俗で、情けない腹の虫の音がリリィの放つ神聖な詠唱をかき消した。
「……えっ?」
リリィの動きが止まる。ワイは力尽き、白目を剥いて地面に転がった。
「……アカン、もう限界や。煽る体力も……残ってへん……。リリィ、お前……最後に一言だけ……言わせろ……」
「……な、何? 遺言……?」
「……お前の……その法衣の袖に……食べカスついとるで……。……だらしない……聖女……やな……」
そう言い残し、ワイの意識はブラックアウトした。
どれくらいの時間が経っただろうか。鼻をくすぐるのは、香ばしい肉の焼ける匂い。
「……ん、ここは……天国か? なんJの飯テロスレの会場か?」
目を開けると、焚き火の前でリリィが所在なげに肉(おそらく森のイノシシか何か)を焼いていた。 彼女の表情は、先ほどの狂気的なメンヘラ状態から一変し、どこか捨てられた子犬のような哀愁を漂わせている。
「……起きたのね。……はい。これ、食べなさいよ。……あなたが死んだら、私を罵ってくれる人がいなくなっちゃうから……」
ワイは差し出された肉にガッつき、一気に平らげた。
「ンゴォォォ!! 旨い! 旨すぎるで! リリィ、お前、レスバの才能はないけどBBQの才能はあるやんけ! 見直したわ!」
「……見直した……? 今、私のこと、褒めたの……?」
リリィの瞳に、パァァッ……と光が戻る。危ない。このタイプ、ちょっと優しくしただけで運命の人認定してくるタイプや!
「勘違いすんなよ! 肉が旨いだけで、お前の性格は相変わらず地獄の底やからな! 加点要素1、減点要素100万や!」
「……あ、あはっ……そうよね。やっぱり私、ダメな聖女よね……。もっと、もっと罵って……。私、あなたに言われないと、自分がどこにいるか分からなくなるの……」
「ヒエッ……。なんか変な扉、開いちゃった?」
空腹を満たしたワイの前に、最強の重たい女がじっと熱視線を送っている。ドラゴンを論破し、美少女に助けられ、今度はメンヘラ聖女を飼い慣らす(?)。
「……よっしゃ。リリィ、お前、ワイの専属コック兼ガードマンにしてやるわ。その代わり、ワイがお前の腐った根性を、毎日レスバで叩き直したるからな」
「……本当? 私のこと、捨てない? ……もし捨てたら、このメイスであなたの腹、真っ二つにするけど……いいよね?」
「笑顔で怖いこと言うなやwww」
異世界なんJ民。 最強の弾除け(聖女)を手に入れたワイの旅は、いよいよ収拾がつかない方向へと爆走し始めた。




