第2話:【悲報】ドラゴンを倒したのに、キモすぎて村の牢屋に入れられるwww
ズシャァァァァァァァァン……!! 伝説の竜王ンゴンゴが、泡を吹いて倒れ伏した衝撃音が村の広場に長く尾を引いていた。数秒前まで死のブレスを吐き散らしていた巨躯は今や見るも無残に痙攣し、その金色の瞳は完全に白目を剥いている。メンタル崩壊による、完全なる機能停止。
「……ふぅ。一仕事終えた後のヤニは最高やな。持ってへんけど」
ワイははち切れんばかりの黄色い三段腹を「パンッ」と豪快に叩いた。吸盤のついた指を鼻の穴に突っ込み満足げに鼻クソを弾き飛ばす。視界には燃え盛る家々と、震えながら立ち尽くす村人たち。ワイは確信していた。これから始まるのは熱烈な歓迎パレード。村一番の美少女からの感謝のキッス。そして、長老から贈られる伝説の救世主の称号と、一生遊んで暮らせるほどの金貨。
「おーい、みんな! もう安心やで! このトカゲ、ワイがバキバキに論破しといたから、当分は再起不能や。さあ、遠慮せんとワイを胴上げしてええんやでw」
ワイは最大限のドヤ顔で、村人たちに向かって両手を広げた。だが返ってきたのは歓喜の叫びではなかった。
「……ひっ」
助けたはずの美少女――腰まである金髪を震わせ、大きな瞳に涙を溜めていた彼女がワイと目が合った瞬間に短い悲鳴を上げた。彼女はまるでこの世の終わりでも見たかのような絶望的な表情で、這いつくばるようにして長老の背中へ隠れた。
「えっ」
ワイのドヤ顔が、ピキリと凍りつく。周囲を見渡せば村人たちは誰一人として近寄ってこない。それどころか、親が子供の目を覆い隠し男たちは腰に差した鉈や鍬を握り直し、ワイをドラゴン以上の異形を見る目で睨みつけている。
「……なんや。お礼のキッスとか豪華なパレードは? ワイ、一応救世主やぞ。もしかして、異世界人って感謝の概念ないんか? 義務教育受けとらんのか?」
困惑するワイをよそに、村の自警団らしき男たちが震える足取りでワイを囲い込み始めた。
「き、貴様……一体何者だ……」 「言葉だけで竜を狂わせるなんて、どんな恐ろしい呪いを使ったんだ!」 「あの黄色い肌……あの醜い腹……あれはきっと、深淵から来た魔獣に違いない……!」
ひどい言われようだった。
「おい、失礼やな! ワイは呪いなんて使っとらん! ただの客観的事実の指摘と正論によるメンタルケアをしただけや! むしろドラゴンのプライドが高すぎたのが原因やろがい!」
「黙れ! 邪悪な声を発するな! その口を開くたびに村の空気が汚れるんだ!」
なんという偏見。なんというルッキズム。ワイは猛烈に反論を開始しようとしたが、いかんせんこのなんJ民ボディは運動能力がマイナス値だった。
「よし、捕らえろ! 網を投げろ!」
「ちょ、待てよ! 話せばわかる! 1ならワイが王様、2なら……ヒエッ!」
巨大な捕獲用の網が上空から降り注ぐ。ワイは逃げようとしたが、短い足がもつれ、自慢の三段腹が地面に引っかかって転倒した。
「ンゴォッ!!」
無慈悲に網に絡め取られ、さらに数人がかりでロープをぐるぐる巻きにされる。
「【悲報】ワイ、ドラゴンを倒すもルッキズムの壁に敗北……www」
そんな架空のスレタイが脳裏をよぎる中、ワイは不潔なボロ布を口に詰め込まれ、まるで出荷される家畜のように引きずられていった。
ブチ込まれたのは村外れの古い納屋を改造した牢屋だった。窓は鉄格子がはまった小さな穴一つ。床には湿った藁が敷かれ、隅っこには前の住人のものか家畜のものか判別がつかない不気味なシミがついている。
「……あかん。これ完全に不当逮捕やんけ。弁護士呼べや。せめてなんJ相談板にスレ立てさせろ」
口のボロ布をなんとか吐き出したワイは壁に寄りかかり、でっぷりとした腹をさすった。この状況本来なら絶望して泣き喚くところだが、そこは百戦錬磨のなんJ民。孤独には慣れている。
「……よし。脳内実況スレ、立てるか」
【悲報】異世界転生したワイ、ドラゴンを倒したのに牢屋に入れられるwww
1: 名無しのなんJ民 今牢屋なう。飯はまだか?
2: 名無しのなんJ民 草
3: 名無しのなんJ民 イッチの見た目がキモすぎたのが原因やろ(適当)
4: 名無しのなんJ民
3 殺すぞ
一人二役、いや一人千役の脳内レスバ。そんな虚しい遊びに興じていると、鉄格子の向こうからガシャガシャと金属音が聞こえてきた。
「……お、食事か? せめてステーキくらいは出せよ。ワイ、英雄やからな」
現れたのは、まだ成人もしていないような、幼さの残る村人だった。彼はガタガタと震えながら、手にした槍をワイの方に向け、もう片方の手で木の皿を差し出してきた。
「しゃ、喋るなよ! 呪われたくないんだ!」
「呪い呪いって、お前らそれしか言えんのか。ボキャブラリー貧困すぎて草。お前の語彙力、道端の石っころ以下やなw」
「ひっ……! ほ、ほら、飯だ! 食ったら静かにしてろ!」
差し出されたのは、カビが生えかけのパサパサした黒パンと、濁った水。ワイはパンを一口齧り、盛大に吐き出した。
「ペッ!! なんやこれ! 小麦粉の代わりに粘土でも練り込んだんか? 湿気た段ボール食ってる気分やぞ。お前の村、食文化中世以下かよ。お前のマッマ、料理下手やろw 嫁の貰い手ないレベルやな」
「な、なんだって……! 母さんを悪く言うな! 僕はこれでも、村で一番の槍使いなんだぞ!」
村人が顔を真っ赤にして叫ぶ。ワイは鼻で笑い、鉄格子越しに彼を指差した。
「村で一番(笑)。お前、井の中の蛙って言葉知っとるか? あ、ワイはカエルやけどなwww お前の槍の持ち方、なんなん? 腰が引けすぎて生まれたての小鹿みたいになっとるで。そんなんでワイの厚い脂肪が貫けると思っとるんか? 狙うなら喉元か目玉や。素人丸出しやな。はよマッマのところ帰ってミルクでも飲んでろや」
「う、うわあああああん! 長老ー! このカエル、やっぱり怖いですぅー! 心が、心が折れそうですぅー!!」
村人は槍を投げ出し、涙目になって走り去っていった。ワイは冷え切った牢屋に響く自分の声を聴きながらふぅと息を吐く。
「……一勝。でもこれ、腹減るだけで全く解決せんのやけど。誰か【朗報】牢屋の飯、意外と美味いっていうレスさせてくれや……」
数時間後。兵士の泣き言を聞きつけたのか村の長老が現れた。白髭を膝まで伸ばし杖をついた、いかにも賢者然とした老人だ。だが、その目は激しく動揺している。
「……お主。何者じゃ。いかにも弱そうなのにどうやって焔竜ンゴンゴの精神を破壊した?」
長老はまるで未知のウイルスでも見るかのような目でワイを凝視した。ワイは藁の上にどっかりと座り直しでっぽり腹をパンパン叩いてやった。
「エビデンスと論理的思考や。お前ら、情緒で戦いすぎやねん。あのトカゲ、自分のプライドを拠り所にしてただけやからな。そこを論理的に解体して、お前はただの息の臭いトカゲやって分からせてやっただけや。これ、現代社会じゃ常識やぞ。お前ら、情弱すぎひん?」
「ろ、ろんり……? えび……? 何を言っておるのか分からぬが……お主の放つ言葉は、この世界の法理をねじ曲げる邪悪な力に満ちておる」
「邪悪とか心外やわ。ワイは真実を言っただけや。長老、お前もそうや。その髭、長すぎて歩くとき邪魔やろ? 掃除の手間もかかるし、不衛生極まりないわ。それ、一種の自己顕示欲か? 私は知恵がありますよっていうアピールか? 浅ましいわwww」
「……ぐ、ぬぅ……っ!?」
長老が胸を押さえてよろめく。なんJ民の毒は異世界の純朴な人間には劇薬すぎた。
「……お主……お主という奴は……ッ!」
村の長老は膝まである白髭をワナワナと震わせ、杖を支えに辛うじて立っていた。先ほどまで、ワイは牢屋の鉄格子越しにこの村の権威の象徴である老人に「現代論理」の暴風雨を浴びせていたのだ。
「そんなに震えてどうしたんや? 寒気か? それともワイの正論が脳の処理能力超えてもうたんか? 悪いこと言わん、その無駄に長い髭を剃ってもっと風通しのええ思考回路にしたほうがええで。長生きしとるだけで偉いと思っとるなら、それはただの生存バイアスやw はい、論破ァ!」
「ぐ、ふ……っ、あ、あう……」
長老は白目を剥きかけ、介添えの村人に抱えられながら退場していった。ワイは、はち切れんばかりの黄色い三段腹をパンパンと叩き、満足げに鼻を鳴らす。
「ふぅ。老害を一人黙らせるくらいなんJの深夜スレに比べりゃ準備体操みたいなもんよ。さて……これでワイの知的で高尚な立ち位置は証明された。次は特上のステーキと、フカフカのベッドの用意かな?」
だが、現実はワイの予想とは180度違う方向に爆走し始めた。鉄格子の向こう側の扉が「ガチャン!!」という、これまで聞いたこともないほど重々しい音を立てて閉ざされたのだ。
そこから始まったのは、地獄の完全放置だった。
一日が経過した。食事は来ない。水も来ない。それどころか、見張りの村人すら「あいつの口を開かせたら呪われる」という恐怖が村中に伝染したのか、誰一人として近づいてこなくなった。
「……おい。誰かおらんのか。ワイ、英雄やぞ。ドラゴンを言葉一つで沈めた世紀の救世主やぞ……」
二日が経過。ワイの黄色い肌は見るからにカピカピに乾燥し始めた。吸盤のついた指先は潤いを失い、自慢の三段腹も心なしか萎んでシワシワになっている。なんJ民の体はどうやら適度な水分と誰かを煽る機会がないと生命維持が難しいらしい。
「……あかん。これ、実質的な死刑やんけ。無言で行われるネグレクト……掲示板で言うところの『徹底スルー』や……。レスがつかんスレほど悲しいものはないで……」
孤独と飢え、そして喉の渇きがワイを蝕む。意識が朦朧とする中、ワイは壁に「33-4」と指で刻みながら脳内で必死にスレを立て続けた。
【悲報】ワイ(英雄)、誰からもレスをもらえず牢屋で干からびるwww
1: 名無しのなんJ民 喉乾いた。コーラ飲みたい。ドクペでもええ。
2: 名無しのなんJ民
1 汚物には水も不要という村人の英断やな。
3: 名無しのなんJ民 イッチ、最後に言い残した煽りはあるか?
4: 名無しのなんJ民
3 この村の平均偏差値、3くらいしかない(遺言)
一人寂しく脳内レスバを繰り広げるワイ。だが、その脳内通知すら途絶えそうになった時――。
ギィィィ……。
重い扉が、微かに開く音がした。
「……お、オークか? それともドラゴンの逆襲か? どっちでもええわ、はよワイを食ってくれ……カピカピで不味いけどな……」
虚ろな目で入り口を見つめるワイ。そこに立っていたのは、醜悪な魔物でも、怒りに燃える村人でもなかった。
透き通るような白い肌。腰まで届く柔らかな金髪。あの日、ドラゴンの足元からワイが助け出したあの美少女だった。彼女は村の誰にも見つからないように震える手でバスケットを抱え、牢屋の鉄格子の前まで歩み寄ってきた。
「……あなた。生きてる?」
「……あ、あぁ。見ての通り、干物加工一歩手前や。お前……誰やったっけ。あぁ、あの時の震える置物ちゃんか」
死にかけてもなお、ワイの口からは煽りが漏れる。彼女は一瞬、眉をひそめて「キモッ……」と呟きかけたが、すぐに思い直したようにバスケットから水筒と果物を取り出した。
「これ、飲んで。……村のみんなは、あなたが怖いの。あなたの言葉が、お父様たちの心を……村の誇りを壊したって、みんな怒ってる」
「誇りねぇ……。そんなもん、トカゲ一匹に焼かれとった時点でゴミ箱行きやろ。ワイはただ、そのゴミを片付けるのを手伝っただけや」
ワイは差し出された水を、貪るように飲み干した。全身の細胞が「ンゴォォォ!」と歓喜の声を上げる。水分を得た黄色い肌が、徐々に潤いを取り戻し、吸盤がペタペタと床に吸い付く。
「……ふぅ。生き返ったわ。サンガツな、美少女さん。お前見た目だけやなくて心もJ1クラスやんけ」
「サンガ……? よくわからないけど……。私は、あなたに助けてもらった。ドラゴンから……みんなが逃げ出した時、あなただけが前に出てくれた」
彼女は、懐から古びた鍵を取り出した。村の宝物庫、あるいは長老の寝室から盗んできたものだろうか。
「今のうちに逃げて。村のみんなはあなたをここに置き去りにするつもりなの」
「……放置の次は、消去か。徹底しとるな、この村。エグいわ」
ガチャリ、という乾いた音とともに、鉄格子の扉が開いた。ワイはよろよろと立ち上がり、でっぽりとした腹をゆらして外へ出た。
「おい、美少女。名前は?」
「……エルナ。……あなたは?」
「ワイか? ワイは……なんJ民。名無しが名前や。……じゃあな、エルナ。この恩は、いつかワイがこの世界を文字通り論破した時にでも返したるわ」
ワイは、牢屋の出口で一度だけ振り返った。月明かりに照らされたエルナの姿は、このクソみたいな異世界で唯一、解像度が高い美しさを放っていた。
「エルナ、サンガツ! お前のこと、脳内の殿堂入り美少女スレに一等賞で登録しとくわ!」
「サン……ガッツ……? 意味はわからないけど……元気でね、黄色い人!」
ワイは吸盤のついた足音をペタペタペタと高速で鳴らしながら、夜の村を全力で駆け出した。暗い森の中へ黄色い塊が吸い込まれていく。背後でようやく異変に気づいた村人たちの「逃げたぞ! あのカエルが逃げたぞ!」という怒号が聞こえてくる。
「はっ、今更追いつけるかボケ! ワイの逃げ足は、レスバから逃走する時の速さと同等やぞwww」
異世界なんJ民。救世主から逃亡者へ。自由を手に入れたワイの煽り旅はここから加速していく。




