第19話:【始動】プロジェクトK
「……もう、限界。……あんたを、今すぐ、……バラバラにして、……私の代わりに……始末書を書く、……カエルの剥製に、……してやるから……!!」
辺境伯の館、中庭。変わり果てた館の光景と館中に溢れる男同士の絆の絵に脳を焼かれたローズが、ついに巨大なハサミを振り上げた。彼女の背後から怒りによって黒ずんだ茨が蛇のように伸び、ワイの全身を締め上げようと迫る。
「ヒエッ!? www ローズさん、暴力はアカンで!! www 期待値調整、失敗しとるぞ!! www」
「……黙れ。……あんたは、……世界のバグ。……私が、……監獄へ、……引きずって……一秒も、……休ませないんだから……!!」
茨がワイの首元を締め上げる。だが、ワイは動じない。かつて掲示板の深淵で顔も見えぬ強敵たちと24時間休まずレスバを繰り広げてきたワイにとって、ローズの怒りはあまりにも隙だらけの脆弱なデータに過ぎなかった。
「……なぁ、ローズさんwww あんた、なんでそんなに必死にワイを捕まえようとしてるん? www もしかして……自分の内側に潜む獣がワイに見透かされるのが怖いんか? www」
「……なっ……!? ……何を、……言ってるの……。……死にたいの……?」
「ええかwww あんたがこの館に入ってから壁の騎士たちのBL絵を見て気持ち悪いって言った時……一瞬だけ、鼻の下が伸びてたの、ワイは見逃さへんかったでwww」
ワイは茨に縛られ、顔を真っ青にしながらも、薄ら笑いを浮かべて言葉を畳み掛ける。
「……なぁ、ローズさんwww さっきから茨の動きが甘いんやwww 怒ってるフリして実は腰が引けとるやろ? www」
「……何を……ッ!? 私は本気!! 」
「嘘をつけwww あんたの視線、さっきからどこ見てる? www 訓練を終えて、汗を拭いながらこっちを不安げに見てる見習い騎士のルカ君……あの少年の無垢な瞳と目が合うたびに魔力が霧散しとるんや!! www」
ワイの指摘に、ローズの茨がピクリと震え、あろうことか元気を失ってシュルシュルと縮んでいく。
「……ローズさん、あんた社畜やろ? www 毎日残業して、上司に詰められて、……ボロボロの雑巾みたいになって……。そんなあんたが、寝る前に一人で思い描く理想の癒やし……。それは、強くて逞しい男やない。……自分より小さくて可憐で……でも意志の強い少年に『おばさん、仕事ばっかりで寂しいんだね? 僕が遊んであげようか?』って、主導権を握られて分からされること……。すなわち、ショタ攻めという名の救済やろ!! www」
「…………ッ!!? ……な、……なななな、何を……!! 」
「ほう、茨が震えとるぞwww これがなんJ民のプロファイリングや!! www あんたはショタを可愛がりたいんやない。……ショタに魔女としてのプライドもろともめちゃくちゃに翻弄されたい、……究極の受動体(ドM)なんや!! www」
「……やめて。……やめてよ……。……私が、……あんな小さな子に……主導権を……あ、……あぁぁぁ……!!」
ローズはその場に両膝をついた。なんJ民のデバッグは魔女が一生をかけて隠してきた心の防壁を、一瞬で更地に変えてしまった。
「……図星かwww ローズさん、あんた自分のことショタを愛でるお姉さんやと思ってたやろ? www 違うで。あんたは、ショタに分からされたい無力な社畜やったんや!! www」
ワイは茨を払い除け、ガックリと肩を落とすローズの前に立った。
「……さてwww 弱みを握られた気分はどうや? www あんたのこのショタ攻め・重度ドM脳内怪文書の内容、今すぐ魔女会議に一斉送信されたくなかったら……。ワイの計画に手を貸せ」
「………………。……何、……すればいいの……。……もう、……どうにでもしてよ……」
「よろしいwww ええかwww ワイは今、シルフィと一緒に萌えを広めとる。……でも、シルフィはまだ純粋や。……だから、この計画はシルフィには絶対秘密や。……あんたが、単独でこの国のショタを一人残らず女装ショタに仕立て上げてくるんや!! www」
「……え、……私が、……一人で……? あんたは行かないの……?」
「当たり前やろ。 ワイは忙しいんやwww あんたは茨の魔法で馬車を引くなり、徒歩で歩くなりして、村から村へドレスを布教してこい。……これは性癖の口封じ代やからな。一円も払わんぞ!! www」
「……最悪。……なんで、……魔女の私が、……一人で……馬車を引いて……ショタにドレスを売らなきゃいけないのよ……」
数日後。辺境伯の館の裏門から、一台のボロい馬車がギシギシと音を立てて出発した。馬はいない。ローズが自らの茨を馬具のように馬車に繋ぎ、徒歩でそれを引っ張っているのだ。荷台にはワイがシルフィの目を盗んで発注した大量のフリルドレスと、なんJ民の描いた「女装の極意:ショタ攻め編」という教本が山積みになっている。
「……はぁ、はぁ。……冷たい。……北風が、……身に染みる……。……残業代も出ない、……交通費も出ない、……福利厚生も……何もない……。……私、……何してるんだろう……」
かつて傾国と謳われた茨の魔女が今は地味な旅装束に身を包み、泥まみれになりながら一人で馬車を引く。その姿はあまりにも哀れなドブ板営業マンそのものだった。
だが、その心の内側では。
(……でも、……次の村には、……きっと可愛い子が……。……その子に、……無理やりドレスを着せて……「おばさん、……変な服着せないでよ……。……ほら、……責任取って、……僕の言うこと聞いてよね?」……なんて言われたら……。……あ、……あぁぁぁ……!! )
ローズは鼻の下を伸ばしてニチャつきながら、茨を引く手に力を込めた。羞恥と期待が入り混じった魔女の孤独な旅路。それがいずれドラシール王国全土を巻き込む女装ショタバイオハザードのあまりにも泥臭い第一歩だった。
「……待ってて、……未来の、……私の王様たち……!! 」
北の凍てつく荒野に、一人の魔女の、壊れた高笑いが虚しく響き渡った。
「……寒い。……お腹すいた。……なんで、私が……こんなこと……」
北の大地の凍てつく風が、ローズの薄い旅装束を容赦なく叩く。かつては傾国と謳われた茨の魔女が、今や自らの茨を馬車に繋ぎ、馬の代わりに荷車を引いて雪道を歩いている。荷台には、あの黄色いカエル(ワイ)から押し付けられた大量のフリルドレスと、「女装の極意:ショタ攻め編」という最低な教本とその他色々が山積みだ。
「……あいつ、……絶対に許さない……。……館で、……お嬢様と、……ぬくぬくとポテトを食べて……。……私だけ、……有給も使わせてもらえないで、……こんな、……犯罪一歩手前の、……営業なんて……」
一歩歩くたびに泥がブーツにこびりつく。魔女会議に性癖を暴露される恐怖。それが彼女を動かす唯一の燃料だった。だが、数時間の歩行の末ローズの頭の中は怒りよりも妄想に支配され始めていた。
「……でも、……このドレス。……あの子が着てくれたら……。……「おばさん、……僕にこんなの着せて……。……僕の自尊心、……傷ついたんだけど? ……どうやって責任取ってくれるの?」……なんて言われたら、……私、……私……!! www」
極寒の地でローズの鼻の下がだらしなく伸びる。彼女は茨を引く手に力を込め、最初の目的地である「カルナ村」の門をくぐった。
カルナ村は竜人族の見習い戦士たちが多く住む、活気ある村だった。ローズは村の広場で足を止め、荷台のドレスを広げた。
「……えー。……そこの、……可愛い男の子、……いるかしら。……いいもの、……あるわよ……。……これ、……最新の、……戦闘服、……なんだけど……」
ローズの営業スマイルは、三週間の不眠と一ヶ月の昏睡、そして現在の重労働によって完全に怪しい誘拐犯のそれになっていた。
「ねえ、お母さん。あの女の人、怖いよ……」 「見ちゃいけません! 茨を振り回してドレスを売るなんて、新手の呪術師よ!」
村人たちがクモの子を散らすように逃げていく。ローズはその場に立ち尽くした。
「……ひどい。……私は、……ただの、……女装布教中の、……ドMな魔女なのに……。……どうして、……誰も、……話を聞いてくれないの……」
彼女は膝をつきドレスの山に顔を埋めた。社畜として魔女として、そして一人の女性として、その尊厳はすでにマイナスまで叩き落とされていた。
その時だった。
「……おい。そこで泣いてる不審なおばさん。邪魔だぞ」
冷たく、だが透き通るような高い声がローズの耳を打った。顔を上げると、そこには木剣を担いだ一人の美少年が立っていた。大きな金色の瞳、まだ幼さの残る白い肌、そして、自分をゴミを見るような目で見つめる……傲慢なまでのプライド。
「……っ!! (心臓の音)」
ローズの脳内でなんJ民にデバッグされた「ショタ攻め(ドM)」の回路がショートした。そう、これだ。自分を敬うわけでもなく、魔女として恐れるわけでもない。ただの邪魔なおばさんとして切り捨てるこの残酷なまでの純粋さ!!
「……あ、……あの。……ぼ、僕。……これ、……着てみない……? ……これ、……勇者の、……裏装備、……なんだけど……」
「……はぁ? 何言ってるんだ、このおばさん。そんなフリフリした布切れが、装備なわけないだろ。……バカなの? 死ぬの?」
「…………っっっっっ(絶頂)!! 」
ローズは、その場でのたうち回った。
「バカなの? 死ぬの?」その言葉が彼女の枯れ果てた魂に、ポテトの揚げたて油のような潤いを与えた。
「……そうよ! ……バカなの! ……死ぬわ!! ……だから、……お願い!! ……このドレスを着て、……もっと、……私を蔑んで……!! 」
「……衛兵呼んでくる」
少年が立ち去ろうとした瞬間、ローズはなりふり構わずその足にしがみついた。
「……待って!! ……これを着てくれたら、……何でもする!! ……この馬車の中の金貨も、……私の魔術も、……全部あげる!! ……だから、……一回だけ、……一回だけでいいから……!!」
その必死さに少年は少しだけ足を止めた。彼は冷めた目で、ローズが差し出した純白のドレスと、なんJ民の教本大人の分からせ方を見比べた。
「……ふーん。何でもするんだ。……じゃあ、一回だけ着てやるよ。……その代わり、おばさんは僕の下僕として、一生この馬車を引き続けるんだぞ。……いいな?」
「……はい!! 喜んで!! 」
数分後。村の物陰で着替えを終えたルカが姿を現した。そこには、フリルたっぷりのドレスに身を包み、不機嫌そうにスカートの裾をいじる、世界一美しい女装騎士が降臨していた。
「……っ……あぁ……。……尊い……。……完・全・合・致……!! 」
「……何見てるんだよ、エロおばさん。……さっさと馬車を引きなよ。……ほら、早く!」
ルカがドレス姿のままローズの背中をポンと蹴る。ローズは鼻血を噴き出しながら、見たこともないような満面の笑みで茨の綱を握り締めた。
「……はいっ!! ご主人様!! 行きます、……行かせていただきます!! 」
カルナ村の住人たちはドレス姿の美少年を乗せ、鼻血を流しながら猛烈なスピードで馬車を引いて消えていく魔女の姿をただ呆然と見送った。シルフィには秘密の、そしてローズの人生を完膚なきまでに破壊するプロジェクトK。その魔の手はいまや一人の少年の目覚めと共に、王国全土へと広がり始めていた。




