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第16話:【悲報】ワイ、世界のバグに認定されるも、監視役の社畜魔女が有給返上で迫ってきて無事死亡www

 泥まみれのポテトを必死に貪りながらワイは涙を流した。なんJで煽り合い、現実でも居場所を失い、異世界に来てからもヤンデレに命を狙われ続けたワイの人生。そのすべてがこの泥味のポテトに凝縮されている気がした。


「……ううっ、……寂しい。www 誰でもええ、……ワイを煽らへん、普通の温もりが欲しいわ……」


 極限の空腹と孤独。そして北方の冷気がワイの体温を奪っていく。黄色い皮膚が紫に変色し始め、意識が雪の白さに溶け込もうとしたその時――。


「……おや。婆さん、見てくれ。街道の端で妙な生き物が何かを必死に食べているぞ」


 後方から少し低く、しかし穏やかな人間と変わらないトーンの声が降ってきた。


「あらまあ……。泥を食べているのかしら。可哀想に、よほどお腹が空いていたのね」


 霞む視界の中で二人の人物がワイを覗き込んでいた。背丈はワイが知る人間と同じ程度だが、その額には立派に反り返った二本の角があり、頬から首筋にかけて鈍い銀色の鱗が輝いている。


「……ヒッ、……怪物!? www 待って、ワイ、まだ食べても美味しくないで!! www」


「ははは! 元気なカエルさんだ。安心しなさい、取って食いやしないよ」


 自分たちと変わらぬ大きさの手がしかし力強くワイを掬い上げた。そこにいたのは銀色の鱗と立派な角を持つ老竜人、ゼフさんと、その妻のミラさんだった。彼らは街道を通って麓の村へ薪を運ぶ途中だった。


「ここはドラシール竜王国の北端へと続く街道だ。今は秋の終わり。こんなところで一人でいたら一晩で氷像になってしまうぞ」


 ゼフさんは、自分の防寒着と同じ素材の毛布でワイを包み込み、荷馬車に乗せてくれた。竜人の体温は人間よりもわずかに高く、その温もりは驚くほど優しかった。馬車が街道を外れ、森の奥にある山間の村へと向かう揺れの中でワイは数日ぶりに恐怖のない眠りに落ちた。


 目が覚めた時、ワイはゼフさんの家の暖炉の前にいた。ドラシール竜王国――そこは、武勇と誇りを重んじる竜人族の国。だが、辺境の村に住む人々は驚くほど穏やかで、余所者のワイを珍しい旅人として受け入れてくれた。


「ほら、おあがり。この地方特産のドラコ芋のシチューだ。泥まみれのポテトよりはずっと美味しいはずだよ」


 ミラさんが出してくれたのはホクホクの芋がたっぷり入った白いシチューだった。一口食べた瞬間、ワイの脳内に革命が起きた。


「……うま、……うますぎるわ!! www 期待値……期待値が、感動でカンストしたあああ!! www」


 泥の味がしないポテト。殺意の混じっていない食事。それがこの一杯のシチューで浄化されていく。ワイが元気になると村のドラゴニュートの子供たちも集まってきた。


「ねえ、おじちゃん! 南の魔法使いなの?」


「おじちゃんの体、なんでそんなに黄色いの? 珍しいね!」


 子供たちの身長は人間の子供と変わらない。ただ、尻尾をパタパタと振り好奇心旺盛な瞳でワイを見つめてくる。


「……魔法? www そうや、ワイは不運を幸運に変える(自称)伝説の賢者や! www 黄色いのは、これ、生まれつきの黄金のオーラやからな!! www」


 ワイはいつの間にか子供たちの人気者になっていた。竜人の子供たちは力が強く、追いかけっこをすればワイは文字通り猛烈なダッシュに晒されたが、彼らの笑い声には狂信も執着もなかった。


「アッハッハ! おじちゃん、また逃げた!」


「明日も遊んでね、賢者おじちゃん!」


 小さな、しかし温かい鱗のある手。ワイは心の底から安堵していた。


「……なんや、これ。……ワイ、今、めちゃくちゃ普通に幸せやんけ。www 煽りも、裏切りも、爆発もない……。これがワイが探し求めていた最強の期待値やったんか……?」


 夕暮れ時。ゼフさんと一緒に村の広場で焚き火を囲む。ドラシール竜王国の空には澄み渡った冬の星座が広がり始めていた。


「ゼフさん、ワイ……このままここで、芋を育てて暮らしてもええかな? www」


「ははは、大歓迎だよ。お前さんが来てから村が明るくなった。竜人はな強さだけでなく、隣人を守る心も大切にするんだ」


 ワイは焚き火の火を見つめながら勝利を確信していた。境界の魔女とかいう僕っ娘魔女の蹴りで飛ばされた先は誰にも知られていない北の果て。リリィさんもカミラさんももう追ってこれへん。ワイの人生、ここからようやく勝ち組ルートの確定演出や!!


 ──だが、その時。ワイが通ってきたあの街道。


「……はぁ。……はぁ。……寒い。……何なの、この国。……竜王国? ……遠すぎ。……足、死んでるんだけど……」


 泥まみれのブーツを引きずり巨大なハサミを杖代わりにして、一歩一歩北へと進む少女の影があった。  茨の魔女、ローズ。彼女の瞳には光がなく、周囲には不当な残業への怒りが具現化したようなどす黒いオーラが漂っていた。


「……あの、黄色い、……バグ。……見つけたら、絶対逃がさない。……茨でぐるぐる巻きにして……私の代わりに、全部始末書書かせてやる……!!」


 彼女は街道に残されたカエルの泥の足跡と、食べ散らかされたポテトの食べカスを見逃さなかった。

 幸せボケ真っ盛りのワイ。そして、徒歩で着実に近づく絶望の社畜魔女。静かな竜王国の夜に、不気味なハサミの引きずる音が微かに響き始めていた。







 ドラシール竜王国の辺境、ゼフさんたちの住む村は年に一度の収穫祭の夜を迎えていた。広場の中央では巨大な焚き火が燃え上がり、角を持つ竜人たちが地酒を酌み交わしながら歌い踊っている。


「ほら、おじちゃん! 次のポテトまだー!?」


「賢者おじちゃんの揚げる芋、村のどの料理より美味しいよ!」


 ワイは特製の揚げ油(村で採れるドラコの実の油)をなみなみと注いだ大鍋の前に立ち、得意げに菜箸を振るっていた。


「まかせとけ! これぞ南方の秘伝、Mエムの秘儀や!! www 二度揚げすることで外はカリッと、中はホクホク。これに岩塩を少々……ほら、食うてみろ!! www」


 黄金色に輝くドラコ芋のフライドポテト。それを一口食べた子供たちが尻尾を千切れんばかりに振って歓喜の声を上げる。その光景を見て、ゼフさんやミラさんも目を細めて笑っていた。


「……はぁ。最高や。www 煽りカスやったワイが、今や子供たちのヒーローやで。www 期待値、もはや無限大。人生上がりやな!! www」


 ワイはパチパチとはぜる火を見つめながら、自分の幸せを確信していた。この北の大地にはリリィさんのような破壊神も、カミラさんのような執着精霊もいない。ここにあるのはただ穏やかな時間と、美味しい芋だけや。


「……もう、ここから一歩も動かへん。ワイは、この村のポテト神として一生を終えるんや……」


 だが、その最高潮の盛り上がりの中。村の入り口、街道の方から一人の少女がフラフラと幽霊のような足取りで歩いてくるのに気づく者は少なかった。


 その少女の服装はボロボロに裂けた黒いローブ。髪には枯れた茨が絡まり、背中には身の丈ほどもある巨大な裁断用ハサミを、杖のようにして引きずっている。彼女が歩くたびに地面の雪が怒りと絶望のオーラでドス黒く変色していった。


「……あ。……いた。……見つけた。……私の……有給を……返せ……」


 地を這うような低い声。それは楽しげな祭りの音楽を、一瞬にして凍りつかせる呪詛のようやった。


「……ん? www な、なんや……? www 誰か、酔っ払いが乱入してきたんか? www」


 ワイが菜箸を持ったまま振り返るとそこには、数週間の不眠不休の移動と不当な追加業務によって完全に魂が死んだ目をしたローズが立っていた。


 ローズは揚げたてのポテトを抱えて満面の笑みを浮かべるワイを、血走った目で見つめた。


「……あんた。……何、……楽しそうに、……ポテト、……食ってるの」


「ヒエッ!? www ちょ、あんた、誰や!! www 目がバキバキやないか!! www さては、……さてはあんたも、ワイの魅力(期待値)に吸い寄せられたヤンデレ枠か!? www」


「……違う。……私は、……茨の魔女、ローズ。……あんたの……監視役。……というか、……被害者。……不当な、……業務命令の……犠牲者」


 ローズは持っていた巨大なハサミを「ガシャン!」と地面に突き立てた。その衝撃で広場の焚き火が一瞬で消えかかり、竜人族の大人たちが武器を持って立ち上がる。


「ゼ、ゼフさん! 待って、この子、なんか事情がありそうや!! www」


「事情? ……事情なんて、……山ほどある。……北方の魔獣領から、徒歩と馬車でここまで……三週間。……寝てない。……風呂も、……入ってない。……全部、……あんたのせい」


 ローズは一歩、また一歩とワイに近づく。彼女の周囲から赤い薔薇の蔓が伸び、ワイの逃げ道を塞ぐように広場を囲んでいった。


「……あのババアたちが、言ってた。……静観しろって。……殺すなって。……でも、……一言も、……拘束するなとは、……言ってない」


「待て待て待て!! www 茨が、茨がワイのポテトを絡め取っていくううう!! www ローズさん、落ち着け!! www 話せばわかる。ワイとレスバ……いや、対話しようや!! www」


「……うるさい。……喋るな。……あんたが喋るたびに、……私の脳が、……始末書の文章を、……生成し始める。……迷惑。……死ぬほど、……迷惑」


 ローズはワイが揚げたばかりのポテトを茨の蔓を使って一本、自分の口へと運んだ。


「……あ。……美味しい。……塩分が、……疲れた脳に、……染みる……」


 一瞬だけ彼女の死んだ目に人間らしい光が戻った。だが、それはすぐに深い絶望へと上書きされる。


「……でも、……ポテト一本で、……三週間の不眠は、……チャラにならない。……決定。……あんたを、……捕まえる。……そして、……私は、……その横で、……寝る」


「えぇー!? www 監視って、添い寝のことか!? www 期待値……期待値が、なんか変な方向に跳ね上がっとるぞ!! www」


「……黙れ。……エロい意味じゃない。……あんたを茨で、……まゆにして、……枕にするの。……それが、……一番、……合理的」


 ローズが巨大なハサミを振り上げた。といっても、彼女にはワイを斬る気力すらない。ただ、そのハサミを合図に無数の茨がワイの全身をミノムシのようにぐるぐる巻きにし始めた。


「ギャアアアア!! www ワイの幸せなスローライフがああ!! www 結局、ワイは、女に縛られる運命なんかあああ!! www」


「……静かに。……近所迷惑。……あ、……竜人の皆さん、……ごめんなさい。……これ、……公務(しごと)なので。……気にせず、……祭りを、……続けて……。……ふあぁ……。……おやすみ……」


 ローズはワイを茨の繭にして地面に固定すると、そのままワイの腹……ではなく、繭の背中の部分に頭を預け、立ったまま深い眠りに落ちた。


 収穫祭の夜。広場の中央には茨で固められたカエルの彫像と、それに寄りかかって死んだように眠るボロボロの魔女が残された。


「……ゼフさん、……助けて……。ワイ、……重いし、……茨の棘が、……ケツに刺さって、……痛いんやけど……。www 誰か、……期待値でもいい、……助けて……」


 ワイの自由時間はわずか数週間で幕を閉じた。だが、これはまだ六魔女による監視という名の地獄の序章に過ぎなかった。

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