第14話:【悲報】ステップセーボー崩壊
ステップセーボーの誇る二十体のアクア・ガーディアンゴーレム。数百年もの間、数多の魔獣を退けてきたその巨躯が今はただの熱せられた瓦礫として、クレーターの底に転がっていた。
「……ふん。石の塊の分際でキミにその無骨な腕を伸ばそうなんて。不快極まりないわ」
カミラは冷徹な瞳で溶け落ちたゴーレムの残骸を見下ろした。彼女の指先が動くたびに運河から供給される水圧が、ゴーレムの核であった魔石を粉々に粉砕していく。
「……そうね。……あなたに触れていいのは私だけ。……この汚い街の防衛機能ごと、全部愛の業火で焼き尽くしてあげる……」
リリィの【断罪の光柱】の残光が天を突く傷跡のように焼き付いている。彼女の足元からはもはや聖なるものとは思えないほどどす黒い黄金の魔力が溢れ出し、周囲の石畳を飴細工のようにグニャグニャに曲げていた。
「ヒエエエエ!! www 仲良くならんといてって言うたやん!! 共通の敵を見つけたヤンデレ二人が、一番手っ取り早く街を滅ぼすルートに入ってもうたあああ!! www」
ワイはクレーターの底で泥とオイルにまみれながら叫んだ。救世主だと思ったゴーレムが秒で不燃ゴミにされた。この時点でワイの生存期待値は宝くじの一等に三回連続で当選する確率よりも低くなっていた。
ゴーレムという共通の障害を排除した二人は再びワイという名の唯一の賞品に視線を戻した。だが、今度はその奪い合いのスケールが先ほどまでとは比較にならない。
「キミ、もう逃がさないわ。……この街の運河すべてを、キミを閉じ込めるための檻に変えてあげる」
カミラが両手を天に掲げると、ステップセーボー全域の水路が激しく震動し始めた。ゴゴゴゴ……という地響きと共に運河の水が溢れ出し、美しい石造りの街並みを一気に飲み込んでいく。
「アカン!! www 浸水被害どころの騒ぎやない!! www 街全体が巨大な洗濯機の中みたいになっとるやんけ!! www」
ワイは流されてきた木箱にしがみつき、激流の中を木の葉のように舞った。だが、その頭上からはさらに過酷な愛が降り注ぐ。
「……水の中に隠れるつもり!? ……許さない、そんなの許さないわ!! ……あなたが冷たい思いをしないように、街ごと暖めてあげる……!!」
リリィが建物の屋根を跳び移るたびに、メイスの一振りが放たれる。その衝撃波が水面に触れた瞬間、猛烈な水蒸気爆発が連鎖的に発生した。
ドォォォォン!! ズガァァァァン!!
街中の水路が間欠泉のように爆発し、歴史ある建物が内側から吹き飛んでいく。カミラの水による窒息の支配と、リリィの光による蒸発の蹂躙。ステップセーボーの住人たちが逃げ惑う中、ワイは熱湯のプールと化した街を地獄のジェットコースター気分で流されていった。
「ハァ……ハァ……。もう無理や……。ワイ、このままやと茹でガエルか蒸しガエルか、二択の調理方法しか残ってへん……」
流された末、ワイは奇跡的にまだ崩壊を免れていた高台にある高級住宅街の裏路地へと打ち上げられた。背後では、カミラとリリィが街を物理的に解体しながらワイを必死に探している。
「……キミ……どこへ行ったの? ……水から出ても無駄よ。空気中の湿度ですら、私の支配下なんだから……」
「……あ……な……たぁぁ……。……隠れないで。……早く、私と一緒に……一つになりましょう……?」
右からは冷徹な執着、左からは熱狂的な心中願望。ワイは震えながら、裏路地のゴミ箱の影に身を潜めた。
「……アカン、もう終わりや。……ポテトもない、金もない、英雄の称号はどこにもない。……あるのは、女二人に街ごと解体される恐怖だけや……」
ワイは泥にまみれた短い手で、自分の黄色い頬を叩いた。
「……いや、待てよ。……なんJ民の真髄は、最後の最後まで逆転の目を諦めへんことやろ! www 期待値がゼロやない限り、ワイは賭け続けるんや!!」
ワイは決意した。このまま陸にいても、リリィの光に焼き尽くされるのは時間の問題だ。ならば、あえてカミラの領域である水路のさらに深い地下下水道へと潜り込むしかない。
「カミラさんは水路は支配しとるけど、下水の汚れまでは完璧に制御できんはずや!! www 汚物と泥にまみれて、ワイの魔力の匂いを誤魔化すんや!! www」
ワイは裏路地のマンホールをこじ開け、真っ暗な下水路へとダイブした。落下した先は吐き気がするような悪臭と、冷たい水の感触。
「……ゲボォッ!! www 汚い、汚すぎるわ!! www でも、これや! この汚れこそが、聖女の浄化からも精霊の清廉からもワイを守ってくれる最強のバリアなんやあああ!! www」
ワイは、暗闇の下水道を全力で泳ぎ始めた。地上では、愛する者を失った二人の女がステップセーボーの街を完全に更地にする勢いで暴れ続けている。
「待っとれよステップセーボー……。ワイはいつか必ず、この街の最強の揚げたてポテトを食いに戻ってくるからな!! www」
ワイの悲鳴と決意が暗い地下水路に空しく反響する。伝説の賢者(仮)のあまりにも惨めで、あまりにも必死な逃走劇はいよいよ街そのものを壊滅させながら、次なるカオスへと突入していくのだった。
「……ハァ……ハァ……。ここなら……ここなら、バレへんやろ……」
ステップセーボーの地下、網の目のように広がる下水道。地上ではリリィの【断罪の光柱】が炸裂し、カミラが街を水没させているがこの汚れきった水の底だけはまだ二人の魔力のレーダーから外れているはずだった。
ワイは浮遊する正体不明のゴミ(おそらく昔誰かが捨てた生ゴミの成れの果て)にしがみつきながら、暗闇の中を必死に泳いでいた。
「……ゲボォッ!! www 臭すぎるわ!! www 伝説の賢者の最期がドブの中とか、どんな脚本やねん!! www でも、この臭い……この生活排水と汚物の混じった悪臭こそが、ワイの魔力の匂いを完全にマスキングしとる……。期待値的に見て、今はここが世界で一番安全な場所なんや!! www」
ワイは闇の中で自嘲気味に笑った。なんJでレスバに明け暮れ、現実から逃避してネットの深淵に潜っていたあの頃と同じ。ワイは今、この世界の深淵に潜ることで生き延びようとしていた。
だが、カミラを甘く見すぎていた。彼女は清らかな水の精霊だが、同時にこの世界の水を統べる者でもあった。
──ゴボッ……。
「……見つけたわ、キミ」
下水の水面が不自然に盛り上がった。そこには、青白く発光するカミラの顔が水面から浮き上がっていた。
「ヒエッ!? なんでや!! www ここは汚物まみれやぞ! 精霊さんの美意識に反する場所やろがい!! www」
「ふふ……。キミは勘違いしているわ。水はどこまでいっても水よ。汚れていようが、血が混じっていようが、私の支配からは逃れられない。……むしろ、この狭くて暗い場所、キミを閉じ込めておくには最高のロケーションだと思わない?」
カミラの手が下水の中から伸びてくる。その指先は氷のように冷たく、ワイの黄色い足を優しく、しかし万力のような力強さで掴んだ。
「さぁ、地上はあの狂った聖女が更地にしているわ。……このまま水底へ行きましょう? キミの肺を水で満たして、私なしでは生きられない体にしてあげる……」
「アカン!! www それ、実質的な溺死やんけ!! www カミラさんの加湿がついに液状化の領域に達したあああ!!」
カミラに水底へと引きずり込まれようとしたその時、地下水路の天井が轟音と共に崩落した。
ズガァァァァァァァァン!!
「……いた。……見つけた。……あなた、こんなに汚い場所に閉じ込められて……。可哀想に。……今、楽にしてあげるわね……?」
瓦礫の中から現れたのは全身から黄金色の蒸気を立ち昇らせたリリィだった。彼女は地上の音を頼りに、あるいは地面に耳を当ててワイの鼓動を聴き取り、メイス一本で地層を物理的に貫通してやってきたのだ。
「リリィさん!? www あんた、掘削機か何かか!? www 地下数十メートルの下水道まで直通ルート作る奴があるか!! www」
「……邪魔よ、精霊。……あなたをそんな不潔な水の中に置かせない。……私がこの下水道ごと、全部聖なる火で浄化してあげる……!!」
リリィがメイスを構える。狭い地下水路でカミラの水圧攻撃とリリィの光柱が再び激突しようとしていた。
「待て待て待て!! www ここでそんな大技使ったら、密閉空間で粉塵爆発……やなくて蒸気爆発が起きてワイが一番最初にミンチになるんやぞ!! www 期待値……! 物理法則の期待値を考えてくれ!! www」
だが、愛に狂った二人に物理法則などという軟弱な概念は通用しなかった。
「……キミは渡さない!」
「……あなたは、私のものよ!!」
ドォォォォォォォォォォォォン!!
地下で炸裂した極大魔力の衝突。その衝撃はステップセーボーの街の地盤そのものを内部から破壊した。 運河は枯れ、建物は地下へと飲み込まれ、街の中心部に巨大な愛の墓標とも呼べる大穴が空いた。
「ギャアアアア!! www 街が丸ごと地盤沈下したあああ!! www ワイの逃げ道、物理的に消滅して草も生えない!!」
ワイは爆風で地上へと吹き飛ばされた。視界に入るのはかつて水の都と呼ばれた場所の無惨な廃墟。そして、その中心でボロボロになりながらも、なおワイだけを見つめて立ち上がる二人の女。
「……さぁ、……あなた」
「……いいえ、……キミ」
ワイは、崩れた石畳の上で大の字に寝転がった。
「……はは……。もう、ええわ。www 借金も、ポテトも、英雄の座も、全部いらん。……ワイは、この二人に挟まれて、茹でガエルとして一生を終えるんやな……。これが、なんJ民のたどり着いた最強のエンディングか……」
だが、遠くの方からカサリという音が聞こえた。それは街の瓦礫の中から奇跡的に生き残った一個の揚げたてポテトが転がってくる音だった。
「……!? ポテト……? www まだ、まだ期待値は死んでへんのか……!? www」
瓦礫の隙間からコロコロと転がってきたそれは、ステップセーボーで一番人気の店、黄金の芋亭の秘伝のスパイスがまぶされた、奇跡の厚切りポテトだった。
「ポ、ポテト……! www 街が消滅しても、お前だけはカリカリのまま生き残ったんか!! www」
ワイは全力で手を伸ばし、泥にまみれたその一本を口に放り込んだ。鼻に抜けるガーリックの香りと暴力的なまでの塩分。脳内にアドレナリンが駆け巡る。
「……美味い。www 美味すぎるわ!! www 腹が減っては逃走はできぬ!! これがワイの……反撃の狼煙や!! www」
一方、目の前では愛という名の大量破壊兵器たちが、最終形態へと移行しつつあった。
「……キミ、そのポテトが最後の晩餐よ。さぁ、私の懐(水底)へ……」
「……いいえ、……私が、……その汚れたポテトごと、……あなたを浄化してあげる……!!」
二人の魔力が限界まで膨れ上がり、大穴の底で激突する寸前。ワイはなんJで培った逆張りの思考をフル回転させた。
ワイの策:自爆誘発型・緊急脱出
「カミラさん! リリィさん! www 二人とも、ワイのこと好きすぎて周りが見えてへんのとちゃうか!? www」
ワイはポテトを咀嚼しながら、二人のちょうど中間地点、魔力の衝突が最も激しい爆心地へと自ら躍り出た。
「ヒエエエエ!! www 見てや、この絶景!! 右から極大津波、左から超高温レーザー!! 普通なら死ぬけどこの二つのエネルギーがぶつかった瞬間に発生する上昇気流と空間の歪み……これこそがワイの唯一の脱出路や!! www」
「……逃がさない!!」
「……いかせないわ!!」
二人の叫びと共に、水と光が同時にワイを飲み込もうと放たれた。
「……アカン!! www さすがに計算ミスった!! www 上昇気流どころか、これ原子レベルで分解される勢いやんけ!! www 期待値ゼロ! 閉店ガラガラ! ワイの人生、これにて投了──────!!」
右から迫るカミラの絶対零度の水流、左から降り注ぐリリィの極大熱線。 二つの愛がワイの体毛一本一本を焼き、凍らせようとしたその刹那。
衝突の衝撃で舞い上がった土煙の中から、黒いローブの影が割り込んだ。
「……たく、五月蝿いな。死に際までギャーギャーと耳障りな生き物だよ、アンタは」
「だ、誰やあんた!? www こんな爆心地に突っ込んでくる奴があるか!! www」
現れたのは巨大な鎌を杖代わりに突いた謎の魔女だった。彼女は迫り来る水圧と熱線の濁流を鎌の一振りで強引に受け流す。だが、その表情には余裕がない。
「ボクは境界の魔女。名前なんて教える義理はないよ。……単なる気まぐれだ。理屈をこねながら泥水を啜って足掻くアンタの姿が、ほんの少しだけ……ボクの退屈しのぎにはなりそうだったからね」
魔女はぶっきらぼうに言い放つと、ワイの首根っこをゴミ袋のように掴み上げた。
「……あ、あの……カミラさんとリリィさんがすぐそこまで……www」
「わかってるよ。だから飛ばしてやる。このままここにいれば、アンタは蒸発するか、一生女のペットとして飼い殺されるだけだ。……ボクができるのは転移だけ。あとの面倒までは見切れないからな」
魔女が鎌の石突で地面を叩くと、足元に禍々しい紫色の魔法陣が展開される。カミラとリリィの魔力がすぐ背後まで迫り、空気がパチパチと悲鳴を上げた。
「転移先で何が起きようがボクの知ったことじゃない。……精々そこでも泥を啜って生き延びろ。その方が観測対象としてはマシだからさ」
魔女が魔法陣を起動させる直前、彼女のブーツがワイのケツに無慈悲にめり込んだ。
「ギャアアアア!! www 結局暴力かーーーい!! www」
視界が歪む。空間が捻じ切れるような轟音と共にワイの体はここではないどこかへと強制排除された。




