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第12話:【悲報】聖水GPSがチート過ぎて逃げられない件wwwww

 メテンの喧騒が遠ざかり、荒野に夜の帳が下りる。藪の深くに身を潜めた黄色いデブカエルことワイはトゲだらけの枝をベッド代わりにようやく一息ついていた。全身を襲う疲労感。借金取りの棍棒から逃れ、リリィの心中メイスを躱し、たどり着いたこの場所は何もないが敵もいないはずの聖域だった。


「……ハァ、ハァ……。ようやく静かになったわ。……見てみぃ、これがワイの単独逃走成功理やwww 結局、最後は一人で生き残る奴が一番期待値高いんよ。……でも、めっちゃお腹空いたし喉乾いたなぁ……」


 ワイはガサガサになった黄色い喉を鳴らした。メテンを出る際、あまりのパニックで水筒すら持たずに飛び出したのは痛恨のミスだった。周囲を見渡しても月明かりに照らされた乾いた岩場と、カサカサと音を立てる枯れ草しかない。


「アカン……。水……。せめて、あのアホみたいに加湿してくる精霊さんの水が……いや、贅沢は言わん。水道水でええから飲みたい……」


 ワイは胃の中に残っているさっき拾い食いした腐ったフライドポテトのわずかな塩分を呪った。美味かったが、その分喉の渇きが尋常ではない。


「……しゃあない。今日はこのまま寝て明日どこか川でも探すか。……ワイは強いカエルや。なんJで数々の炎上を生き抜いてきたワイに喉の渇きなんて……」


 ワイは重い瞼を閉じ、泥のような眠りに落ちようとした。


 深夜。藪を抜ける風の音とは違う、かすかな音がワイの鼓膜を叩いた。


 ──プシュ……。  ──プシュ……。


 それはワイが聞き慣れ、そして今最も恐れている霧吹きのような音。そして本来なら乾ききっているはずの藪の中が、にわかに異常な湿度を帯び始める。


「……ん、……なんや、雨か……? www 天気予報の期待値、外れたんか……?」


 ワイは半分寝ぼけながら肌に当たる冷たい感触に目を向けた。……おかしい。雨ではない。何者かが至近距離からワイの黄色い皮膚に丁寧に、丁寧に霧吹きをかけている。


 ワイは恐る恐る首を横に向けた。そこには月光を浴びて透き通るような青い肌を輝かせ、不気味なほど美しい笑みを浮かべた水の精霊カミラがワイの真横で添い寝していた。


「……あら。起きたの? ぐっすり寝てたわね」


「ヒィィィィィィィィッ!! www なんでおるんやあああ!!」


 ワイは跳ね上がった。藪のトゲが背中に刺さるのも構わず全力で後退する。だが、カミラは動じることなく優雅に指先から水蒸気を立ち昇らせている。


「なんで……なんでここが分かったんや!? ワイ、足跡も消したし匂いも下水で誤魔化したはずやぞ!」


 カミラはくすくすと鈴を転がすような声で笑った。その瞳には、ワイを完全に支配下に置いているという確信的な喜びが宿っている。


「キミ、忘れたの? ……キミのその黄色い体の中には私が生成した神聖な水がたっぷりと取り込まれているのよ。メテンにいた間、私の水をガブガブ飲んでたじゃない?」


「それが……それが何の関係があるんや!」


「精霊の水を体内に入れた者はその精霊から逃げられない。私の魔力はキミの血の中に細胞の中にそしてそのだらしないお腹の中に道標ビーコンとして刻まれているの。……キミがこの世界のどこまで逃げても私にはキミがどこでどんな心拍数で震えているか手に取るように分かるのよ?」


 カミラはすっと指を伸ばした。ワイの体内の水分が彼女の魔力に呼応してわずかに脈動する。


「アカン……!! ワイ、知らん間に体内GPS搭載されてたんか!! www 完全なるプライバシーの侵害やぞ! 運営に通報するぞ!!」


「無駄よ。ここは私の世界……水の循環が支配する場所。君が汗をかけばかくほど君の居場所はより鮮明に、私の脳裏に映し出されるわ。……ねぇ、無駄な抵抗はやめて大人しく私の加湿を受け入れなさい?」


 カミラの手から放たれた水が生き物のようにワイの足を絡め取る。それは優しく、しかし確実に自由を奪う鎖だった。


 カミラはワイの至近距離まで詰め寄ると、その冷たい指先でワイの黄色い頬をなでた。


「……今のうちに、相談があるの。……あの狂った聖女、リリィの姿はないわね」


「リリィさん? ああ、あの人は……たぶん今頃、メテンの路地裏で「あなたあああ!」って叫びながら、関係ない建物を破壊しとるはずや……」


「ええ。彼女は強いけれど、その執着が強すぎて逆に痕跡を見失いやすいの。……でも私は違う。私はもっと静かに確実に君を愛でたい。……ねぇ、キミ。このまま二人で別の場所に行かない?」


「別の場所……?」


「そう。リリィにも、あの汚い借金取りにも誰にも邪魔されない場所。……この先にある都市、ステップセーボーを目指すの。あそこは水路が発達した美しい街。私の力もより強く発揮できる。……そこで、君を私の特別な伴侶……いえ、唯一の観察対象として一生面倒を見てあげるわ」


 カミラの提案。それは一見借金とリリィから逃げる救いの手のように聞こえた。だが、彼女の瞳の奥にあるのは純粋な善意ではなく、冷酷なまでの独占欲だった。


「待て待て待て!! それ、実質的な誘拐やんけ!! www ワイは自由なカエルなんや! 誰かの管理下に入るなんて……」


 ワイが拒否の姿勢を見せた瞬間、カミラの周囲の空気が一変した。穏やかだった水蒸気が鋭い氷の粒へと変わり、ワイの皮膚をかすめる。


「……あら。私の提案、不満かしら? ……じゃあ、別のプランを用意してあげる」


 カミラは手のひらの上に魔力で編み上げられた小さな、あまりにも小さな水槽を浮かび上がらせた。


「私の言うことに従わないなら君を今ここで極限まで圧縮して、この水槽の中に閉じ込めるわ。……食事は一日一粒の苔。水は私が直接口移しで与えてあげる。……もちろん、一生そこから出すつもりはないけれど」


「ヒッ……!! www 苔はアカン! ワイ、ポテト以外は受け付けない体質なんや!!」


「選んで。……私の伴侶としてステップセーボーへ行くか。それとも、私の観賞用ペットとして一生を水の中で過ごすか。……返事は三秒以内よ?」


「三……」


「アカン、これ完全に詰み(チェックメイト)やんけ!! www」


「二……」


「分かった!! 行く! ステップセーボーでもどこでも行ったるわ!! www 水槽よりは期待値高いはずや!!」


 ワイの屈辱的な回答を聞き、カミラは満足げに微笑んだ。


「いい子ね、キミ。……じゃあ、出発しましょうか。……リリィが追いつく前に夜の荒野を抜けるわよ」


 こうして、借金取りとヤンデレ聖女から逃げたはずのワイはさらに狡猾で逃げ場のない水の牢獄こと精霊カミラに連れられ、次なる都市ステップセーボーへと引きずられていくのだった。


「……ワイの人生、なんでいつもこう、極限の二択しかないんや……。誰か……誰かワイに普通の自由を……」


「……返事が早くて助かるわ」


 水の精霊カミラは満足げに目を細めた。彼女の指先から放たれる微細な水滴がワイの黄色い皮膚を絶えず湿らせる。それは一見すると乾燥を防ぐ慈愛のようにも見えるが、ワイにとっては自分の位置を常に送信し続ける発信機の起動ボタンを押し続けられているも同然だった。


「……なぁカミラさん。その、ステップセーボーって街に行けばワイの自由とポテトは保障されるんか? それとも、あっちでもワイを水槽に入れる機会を伺うつもりか?」


「ふふ、どうかしら。キミの行い次第ね。……でも、少なくともリリィよりはマシだと思わない? 彼女なら今頃キミを捕まえて、どこかの古城に監禁して自分以外の世界が見えないように目を潰している頃でしょうし」


「……ヒエッ。例えが具体的すぎて草も生えないわ。www あいつならやりかねんのが一番怖いんや……」


 ワイはガタガタと震えながらカミラの示した方向――北西の地平線を見つめた。そこには、王国の運河が集まる水辺の都市、ステップセーボーがあるという。


「……でも、王都の軍勢とかは来んのか? 竜王ンゴンゴを倒したんやぞ。普通、国家の英雄としてパレードとか叙勲式とか、そういうキラキラしたイベントが期待値的に発生するはずやろ!」


 カミラは冷ややかに笑い飛ばした。


「キミ、キミは人間というものを信じすぎているわ。……王国が求めているのは結果であって、それを成し遂げた正体不明の黄色いカエルじゃない。むしろ、制御不能な聖女と精霊を従えた君は彼らにとってはンゴンゴ以上の警戒対象よ。今頃、王都では君をどう処分するか会議が長引いているでしょうね。助けなんて来ないわ。……少なくとも、今はね」


「アカン……。英雄になったはずなのに指名手配犯以下の扱いとか、この世界バランス調整ミスっとるやろ!! www 運営の無能っぷりに涙出るわ!!」


 カミラは立ち上がり周囲の空気を操って霧を発生させた。この霧の中では、カミラの魔力によって追手の視覚が狂わされ、物理的な追跡は困難になる。


「さぁ、ぐずぐずしていられないわ。リリィは直感的サイコな嗅覚でこちらに向かっている。……夜のうちに距離を稼ぐわよ」


「……待ってや。ワイ、まだ何も食べてへんのや。ポテトどころか、さっき食うたゲロまずい雑草が喉に詰まって……」


 すると、カミラはどこからともなく水の膜で包まれた何かを取り出した。


「これでも食べてなさい。メテンのカジノの厨房から通りがかりに拝借してきたものよ」


 それは冷めきって、少しふやけたフライドポテトだった。


「……っ!! ポテトや! 冷めてるけど、紛れもなくジャガイモの揚げ物や!! www カミラさん、あんた最高や! 惚れ直したわ!! www」


 ワイは貪るようにポテトを口に放り込んだ。湿気てはいたが、絶望の中で食べるポテトの塩分はワイの涙腺を崩壊させた。


「……ううっ、美味い。……でも、これ1個だけか? ステップセーボーに着くまで、これだけで持たせろとか言わんよな?」


「ふふ、わがままなカエルね。……もし道中で逃げようとしたり、私を怒らせたりした、次からは茹でただけの野草になるわよ? 分かった?」


「ハイ、ヨロコンデー!! www ワイ、カミラさんの忠実な下僕カエルになりますわ!!」


 プライド? そんなものはンゴンゴのブレスで焼き尽くした。今のワイにあるのは生存の期待値と胃袋の充足だけだ。


 霧に包まれながらワイとカミラは荒野を歩き出した。カミラは宙を浮くように優雅に進むが、短い足のワイは必死に泥を跳ね上げながら追いかける。


「ハァ、ハァ……。なぁ、カミラさん。……その、リリィさんは本当に追ってこれへんの? あいつ、メイス一本で地形変えてくるタイプやん。霧とか関係なく、直線距離で突っ込んでくる可能性あるで?」


「……だから急いでいるのよ。リリィの愛はもはや物理法則を超えているわ。……でも、ステップセーボーは水の都。街中が運河で満たされている。そこに入り込めば私の魔力は数倍に跳ね上がる。……そうすれば、彼女が暴れても私が街ごと水没させてキミを隠してあげられるもの」


「さらっと街を滅ぼすような発言してて草www 精霊さんもメンヘラとは方向性が違うだけで、十分ヤバい奴やったわ……!! www」


 夜の荒野には狼の遠吠えや、夜行性の魔物の蠢く音が響いていた。本来なら一匹のカエルが生き延びられる場所ではない。だが、隣にいる世界を凍らせることもできる精霊が放つ殺気のおかげで魔物たちは近寄るどころか全力で逃げ出していた。


「……まぁ、最強の用心棒がおると思えば、この夜逃げも悪くないか。……ポテトも食うたし、ワイの天下はこれからや! www 待っとれよステップセーボー! 美味い酒と、高期待値のギャンブルと、最高の揚げたてポテトをワイに用意しとくんやで!! www」


 ワイはカミラの冷ややかな視線に気づかないふりをしながら、夜の闇へと力強く(?)踏み出していった。しかし、その背後数キロの地点ではリリィが破壊したメテンの門を越え、血走った目で地面の黄色いヌメリを舐めとっていたことなど、今のワイには知る由もなかった。


「……あ、なた……。……見つけた。……絶対に、逃がさない……。私たちの愛のゴールは、ステップセーボーなんかじゃない……。もっと、深い、暗い……奈落の底なのよ……?」


 狂気と執着のパレードはまだ始まったばかりだった。

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