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第1話:【悲報】ワイ、異世界転生するも見た目が完全になんJ民www ~ドラゴンを煽り倒して無双開始するの巻~

 その日、日本の片隅にある四畳半の聖域(サンクチュアリ)は、青白いモニターの光に照らされ、異様な熱気に包まれていた。掲示板の名前は『なんでも実況J』、通称なんJ。そこに集うのは、野球を愛し、煽りを愛し、そして不毛な議論に命を懸けるガイジたちの群れだ。

 今回の議題は「ラーメンにチャーシューは必須か否か」。一見すれば平和な食の好み。だが、そこには互いのプライドを懸けた、血で血を洗う思想の対立があった。


「は? チャーシューなしのラーメンとかただの麺と汁やんけwww」 「チャーシューは肉の旨味が凝縮しとるんやぞ! お前わかってないだけや!」


 ワイは、キーボードを叩く指先に全神経を集中させていた。画面の向こう側にいる「グルメ通ぶる貧乏人」というコテハンの挑発に、脳の温度が沸点を超える。


「具材はスープの風味を邪魔しない程度でええねん」 「チャーシューはラーメンの主役ちゃうぞ」 「お前の舌、カップ麺でしか育ってないんやろ」


 最後の一行だった。それは、ワイが週に六日はカップ麺を啜り、特売の袋麺を「ご馳走」と崇める底辺生活を送っているという冷酷な事実を突きつける、狙い澄ました一撃。


「……っ! ぐ、あああああああ!!」


 心臓がドクンと跳ねた。図星を突かれた衝撃で、脳内の毛細血管がサンバのリズムで激しく踊り始める。視界が真っ赤に染まり、やがてセピア色へ。口の端からはカニのような白い泡が止めどなく溢れ出した。モニターに並ぶ「>>1乙」「はい論破」「負け犬の遠吠えww」という文字が歪み、重なり合い、闇へと溶けていく。


「ワイが……レスバで……負ける……なんて……」


 誇り高きなんJ民としてのアイデンティティが崩壊する音を聞きながらワイの意識は途絶えた。最後に耳に届いたのは、過熱したPCのファンが断末魔のように回る音と、どこか楽しげな謎の声だった。


『――その執念、異世界(あっち)で活かしてみるか?』


 ぐるぐると、世界の境界線が溶けるような感覚。


(あ、あかん。ワイ、ひょっとして死ぬんか。最後がラーメンのレスバとか、スレ立てられて一生擦られる案件やんけ……)


 無念を抱えたまま、ワイの精神は暗黒の深淵へと沈んでいった。







「ンゴッ!!!」


 奇妙な鳴き声とともに、ワイの意識は急浮上した。全身を包んでいたのは、数ヶ月洗っていないシーツのベタつきでもなく、カーテンを閉め切った部屋に漂う文明のゴミ箱を煮詰めたような異臭でもなかった。鼻腔をくすぐるのは、驚くほど澄んだ青々とした草の匂い。頬を撫でるのは、柔らかく、それでいて力強い風の感触。


「ん……? ここ、どこや……?」


 重い瞼をこじ開ける。そこにあったのは、1k・家賃4万5千円の天井ではない。地平線の果てまで続くかのような大草原。そして、その背後に控えるのは、天を突くほどに巨大で鬱蒼とした森林。緑の絨毯には、現実世界では見たこともない、七色に発光する花々が咲き乱れている。


「空、太陽が二つあるやんけ……。これ、CGか? VRか?」


 見上げた空には、大小二つの太陽が並び、黄金色の光を大地に注いでいた。鳥のさえずりも、どこか金属質で、聞いたこともない音階を奏でている。


「それに……ワイの部屋の異臭がせえへん……」


 ワイの部屋は、いわば魔境だった。熟成されたコンビニ飯の残骸、洗濯を拒絶した万年床の脂汗、飲み残しのエナジードリンクが発酵したガス、そして換気を忘れた空間に澱むカビ。それらが絶妙なバランスで混ざり合ったあの実家の安心感ならぬ底辺の絶望臭が、ここには欠片も存在しない。


「……夢、だよな? これ。完全に現実逃避の類やろ。脳が都合のええファンタジーを見せとるんや」


 ワイは震える手で、自分の頬を強くつねってみた。思い切り、皮膚を引きちぎる勢いで。


「いっっったあああああい!!」


 鋭い痛みが脳天を突き抜けた。痛み、感触、風の温度。すべてが現実を凌駕する解像度で迫ってくる。夢特有のフワフワ感など微塵もない。


「マジか……マジなんか。ワイの部屋は……? 隣の住人のくしゃみ一発で壁が振動する、ワイの聖域(サンクチュアリ)はどこへ行ったんや!?」


 立ち上がり、必死に周囲を見回すが、人工物は一切見当たらない。PCの駆動音も、階下の道路を走る深夜バスの音も、ましてや隣の部屋から聞こえる壁ドンの音もしない。


「え、待て。状況を整理せな。さっきまでレスバしとった。……あかん、そこから先を思い出そうとすると、頭の中に砂嵐みたいなノイズが走る……!」


 さらに恐ろしい事実に気づいた。自分の本名が思い出せない。家族の顔も、卒業した学校の名前も、勤めていた(といってもバイトだが)会社の住所も、すべてが深い霧の向こう側に隠されている。思い出せるのは、掲示板の青い背景色、飛び交う激しい罵詈雑言、そして自分が誇り高きなんJ民であったという、救いようのない事実だけ。


「名前……名前は……なんJ民。そうや、ワイはワイや。名無しこそが真の自由。それ以外に何が必要なんや」


 そう自分に言い聞かせた瞬間、自分の手が視界に入った。


「ていうか……なんや、この手……?」


 草原を踏みしめる足取りは、いつになく重い。目の前にかざした手。そこには、キーボードを叩きすぎて(たこ)ができた人間の指はなかった。彩度の高い、目に刺さるような原色の黄色い肌。関節は節くれ立ち、指先には丸っこい吸盤のようなものがついている。


「ヒエッ!? 誰がバナナの皮をワイの手に接着したんや!」


 慌てて自分の体を触る。胸から腹にかけて手を這わせると、そこには見事なまでのでっぷりとした球体があった。 「ボヨンッ」という音が聞こえてきそうだ。湿った感触と凄まじい弾力。脂肪というよりは内臓すべてがレスバの悪意でパンパンに膨らんだような異様なボリューム。


「ウソやろ……鏡、鏡はないんか……」


 ドタドタと不格好な足取りで走り出し、近くにあった水たまりを覗き込む。そこに映っていたのは、虚無をたたえた死んだ魚のような目、だらしなく半開きになった口。そして、着ていたはずのTシャツははち切れんばかりの腹のせいで限界まで引き伸ばされ、へそが丸出しになっている。  


「これ……どこからどう見ても、なんJ民のイラストそのものやんけ……」


 ネットの深淵に生息し、あらゆる物事を斜に構えて煽るあの象徴的ビジュアル。人間としての尊厳をかなぐり捨て、概念と化した姿がそこにあった。


「アカン……。こんなところで絶望してても、1円の得にもならんわ」


 ワイは三段腹を両手でどっこいしょと持ち上げ、なんとか歩き出した。見れば見るほど生理的嫌悪感の詰め合わせのような見た目だが、不思議とこの体しっくりくる。  


「せめてイケメン王子様なら、美少女とイチャイチャできたのになぁ……。いや、もうええ。ワイはなんJ民。名無しがアイデンティティや。この黄色い皮こそが、ワイの鎧なんや」


 ペタペタ、ペタペタ。吸盤のついた足音が、異世界の静寂を汚していく。ワイは食料と情報を求め、草原の先に広がる森林へと足を踏み入れた。


「ひぇ~……なんやこの木、デカすぎやろ。スカイツリーか?」


 森の入り口にそびえ立つシダ植物は、高さ数十メートル。足元には紫色の光を放つキノコが群生し、時折、空中に浮遊するクラゲのような生物が漂っている。


「これ、食ったらどうなるんやろ。【朗報】ワイ、異世界のキノコを食べて覚醒wwwか、あるいは【悲報】ワイ、死亡か。……誰もスレを立ててくれんのが一番辛いわ」


 独り言を猛虎弁で垂れ流しながら進む。歩き始めて二十分。このなんJ民の肉体は想像以上にスペックが低かった。


「……ハァ、ハァ……重い。なんやねんこの運動不足個体。前世の不摂生がそのままステータスに反映されとるんか? 誰かタクシー呼んでくれや」


 三段腹を揺らし、滝のような汗を黄色い肌から噴き出しながら歩くワイ。その時だった。


「――助けて! 誰か、誰か助けて!」


 大気をつんざくような、切実な少女の声。


「なんや? イベント発生か? テンプレやな……」


 野次馬根性こそがなんJ民の原動力だ。ワイは本能的に、声のする方角へ向かってドタドタと走り出した。でっぱりとした腹が、走るたびに上下に激しく波打つ。

 森を抜けた先、そこには小さな集落があった。だが、そこは平和な農村ではなかった。空を焦がす黒煙。燃え盛る木造の家々。村人たちが泣き叫びながら、阿鼻叫喚の図を繰り広げている。


「ヒエッ……マジで燃えてるやんけ」


 ワイはその光景に足がすくんだ。スマホの画面越しに見る災害ニュースとは違う。熱風が肌を焼き、死の臭いが漂ってくる。


「ギャアアア! 助けてくれ!」 「騎士様は!? 魔法使い様はいないのか!」


 混乱の渦の中心に、それはいた。全長二十メートル。鋼よりも硬そうな黒い鱗に覆われた巨躯。巨大な翼を広げ、傲慢に頭をもたげる、伝説の生き物――ドラゴン。


「愚かな人間どもよ、我が空腹を満たす糧となれ」


 ドラゴンの声は、脳内に直接響くような重圧(プレッシャー)を伴っていた。そして、そのドラゴンの足元。崩れた荷馬車の影で、一人の少女が腰を抜かして震えていた。  


「助けて! 誰か、誰か助けて!」


 さっきの声の主だ。ドラゴンがゆっくりとその巨大な鉤爪を持ち上げる。


「……チッ。しゃあない。これもネタのためや」


 ワイは自分でも驚くほど自然に、ドラゴンの真正面へと歩み出ていた。魔力? ない。聖剣? もちろんない。あるのは黄色い三段腹と、ネットの掃き溜めで磨き上げた言葉の刃だけだ。


「おい、そこの黒光りしとるトカゲ! 聞こえとるか!」


 甲高い、しかしどこか人を食ったような声が戦場に響き渡った。

 ドラゴンの動きが止まった。金色の冷徹な瞳が、足元に転がっている黄色いゴミ――ワイを捉える。


「……なんだ、ただの醜い羽虫か。我が破壊の宴を邪魔するのか。消え失せろ、不浄な獣め」


 ドラゴンの言葉には、一瞥して相手を格下と断じる絶対的な傲慢さが溢れていた。だが、ワイにとってその程度の煽りは、掲示板の「おはよw」程度の挨拶に過ぎない。


「羽虫? お前、目ぇ腐っとるんか? どこからどう見ても、誇り高き『なんJ民』やろがい。それよりお前……さっきから見てれば、攻撃のセンス皆無やなw」


「……何だと?」


 ドラゴンの眉間がピクリと動く。よし、食いついた。レスバのゴングや。


「いやな、そのブレス。さっきから見てるけど、火力の割に範囲広げすぎやねん。お前、物理学とか学んだことないんか? 拡散させたら熱密度下がるの小学生でもわかるで。あんなん、ちょっと熱めのサウナやんけ。村人全員(ととの)ってまうわ。草生えるwww」


「貴様……! 我が至高の息吹をサウナ呼ばわりするか! 焼き尽くしてくれるわ!」


 ドラゴンが大きく息を吸い込む。喉の奥で魔力が収束し、紅蓮の輝きが膨れ上がっていく。村人たちが絶望に顔を伏せる中、ワイは鼻で笑い、さらに畳み掛ける。


「あー、またそれ? 学習能力皆無かよ。お前の行動パターン、10年前のRPGの雑魚キャラ並みに単調やな。しかも見てみろよ、その構え。予備動作がデカすぎて今から撃ちますよーって宣伝しとるようなもんやぞ。そんなんやから、こんな辺境の村でイキることしかできへんねん。お前、魔王の軍勢とかに入ろうとしても、面接で即落ちするタイプやな。履歴書の特技欄に民家破壊って書くんか? 職歴なしの無職トカゲがwww」


「黙れッ! 我はこの地を支配せし竜王、焔竜ンゴンゴなり!」


 あまりの言われように、ドラゴンはブレスを放つのを忘れ、自己紹介でマウントを取ろうとしてきた。だが、それが最大の悪手だ。


「はい、出たーwww 自分の実績語れないから竜王とかいうふわっとしたワードでマウント取ろうとするやつーwww 実力ある奴は自分で俺は強いなんて言わんのや。お前が名乗れば名乗るほど、小物臭がプンプン漂ってくるで。それ、香水か? 加齢臭か?」


「……ぐ、ぬぅ……っ!」


「おまけにその名前。ンゴンゴ? ぷっ、ギャハハハ! なんやその名前、自分で考えたんか? 厨二病拗らせすぎやろ。それともマッマが『強そうな名前つけたろ!』って必死に考えてくれたんか? 期待に応えられずに村の牛食ってる現状、マッマ泣いてるぞw お前のマッマ、今頃掲示板で【悲報】ワイの息子、ンゴンゴとかいう名前でトカゲやってるんだがってスレ立てて相談中やでwww」


「マ、母上を……母上を愚弄するかぁぁぁ!!」


 ドラゴンの瞳が血走る。だが、怒りは思考を鈍らせ攻撃の精度を奪う。ワイは黄色い腹をパンパンと叩き、さらに追い打ちをかける。


「お前、最強最強って喚いとるけど、その根拠(ソース)はどこや? お前より強い奴がおらんっていう公的なエビデンスあんのか? 示せへんならそれはただの個人の感想や。はい論破www」


「……あ、ああ……我は、我は最強……最強のはず……数多の戦士を葬り……」


「最強の定義も言えんのか。呆れたわ。お前鏡見たことあるか? その色完全にただのコゲたトカゲやんけ。その鱗もボロボロやし、手入れ不足やろ。不潔なトカゲに滅ぼされるとか、村人たちに同情するわ。これからはンゴンゴ(笑)に改名しろや。お似合いやぞ」


 ドラゴンの巨体が、プルプルと震えだした。身体的なダメージは一切与えていない。だが、精神的な拠り所であった竜王のプライドが、現代ネット社会のドロドロした悪意によって、見るも無残に解体されていく。


「最後にな、決定的なこと言うたるわ」


 ワイは一歩踏み出し、短い人差し指をドラゴンの顔面に突きつけた。


「お前、もう喋るな。息が臭いねん。さっきのブレスより、お前の口臭の方がよっぽど公害やぞ。自覚しろや。お前がそこに存在しとるだけで、この世界の偏差値が下がるんや。はよ削除(デリート)されろや、この害獣ゴミ


「……あ……嗚呼……我は……我は何のために……数百年を……」


 ドラゴンの目から、大粒の涙が溢れ出した。伝説の竜王ンゴンゴは、あまりの屈辱とアイデンティティの完全崩壊、そして「息が臭い」という本質的な否定に耐えきれず、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

ズシャァァァァァァァァン!!  


 地響きとともに、ドラゴンの口からは白い泡が滝のように流れ落ちていた。完全なメンタル崩壊による絶命だ。


 静まり返る村。一匹の黄色いカエルが口喧嘩だけで最強の生物を沈めた。その光景は、もはや神話ですらなく、ただのシュールな悪夢だった。


「……ふぅ。弱すぎや。ワイのいたスレの糖質でんちゃの方が、よっぽど粘ったで」


 ワイは満足げに鼻を鳴らし、はみ出た腹をさすった。後ろを振り返ると、そこには腰を抜かしたまま口をあんぐりと開けた村人たちがいた。彼らの瞳には感謝でも尊敬でもなく、「……なんやこの、キモい生き物は……」という純粋な困惑が浮かんでいた。


 異世界なんJ民。伝説のレスバ無双が、今ここに幕を開けた。  

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― 新着の感想 ―
面白いポイント ・なんj民×異世界という斬新さ ・転生した理由が「レスバに負けたから」という馬鹿馬鹿しさ ・チート能力はもたず、能力は「レスバ」だけ ・そのレスバだけでドラゴンを倒す実力 ・そんな主人…
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