剣の冠
廃ビルの奥から、轟音が響いた。
爆発音に近い、空気を叩き潰すような衝撃。
「……来た」
澪が低く言う。
次の瞬間だった。
「――っしゃあ!!」
男の声が、建物全体に響き渡った。
熱を帯びた叫び。
同時に、床が揺れる。
正面の通路から、凄まじい勢いで“何か”が吹き飛んできた。
瓦礫と一緒に転がったそれは、黒く歪んだ影――妖だった。
「一体、確保ォ!!」
奥から、駆ける足音。
姿を現した男は、迷いなく妖へ距離を詰める。
大柄な体格。
荒々しい呼吸。
握られているのは、異様に長い刃。
次の瞬間。
――振り抜かれた。
躊躇も、溜めもない。
ただ、叩き斬る。
刃が空気を裂き、妖の胴体が真っ二つに割れた。
黒い霧のようなものが弾け、床に消えていく。
「よっし!」
男は刃を肩に担ぎ、満足そうに笑った。
「一体目、終了!」
その声は、驚くほど明るかった。
湊は、呆然と立ち尽くす。
――速い。
考える前に、終わっていた。
文字が浮かぶ暇すらない。
「……あれが」
息を飲んだまま、呟く。
澪が答えた。
「剣の冠」
男は、こちらに気づいたらしい。
「お、増えてる?」
軽い調子で歩み寄ってくる。
近づくにつれ、圧が分かる。
ー熱量。
ー生命力。
存在そのものが前に出ている。
「そっちが新入りか!」
ずいっと顔を覗き込まれ、湊は思わず一歩下がった。
「っ……」
「あ、悪い悪い!」
男はすぐに笑って距離を取る。
「びっくりさせたな!」
歯を見せて笑うその姿は、さっき妖を斬った人物と同一とは思えない。
「俺は――」
そこで、澪が一言挟む。
「自己紹介は後」
「おっと、そうだった!」
男は頭をかきながら、奥を振り返った。
「影のやつが、もう一体を追ってる!」
その瞬間、湊の視界が揺れた。
文字が、強く滲む。
《侵:活性化》
《移動:高速》
《方向:下層》
「……下です!」
思わず声が出る。
「地下に向かってる! 速度、速い!」
剣の冠の男が、ぱっとこちらを見る。
その目が、ぎらりと光った。
「マジか!」
次の瞬間、笑った。
「最高じゃん!!」
「……え?」
「よしっ、今度は楽しめそうだな」
なんだかすごく楽しそうだ。これが戦闘狂というやつか?
全力で走るためか、剣の冠は準備運動を初めていた。
「澪! 行ってくる!」
「無茶は――」
「する!」
言い切った。
そして、湊を見る。
「なあ、新入り!」
呼びかける声は、真っ直ぐだった。
「さっきの情報、もう一回くれ!」
胸が、跳ねる。
この人は、僕の情報を信じてように向かおうとしている。
湊は、視線を閉じ、文字を読む。
《歪:拡張》
《侵:加速》
《阻止:三十秒以内》
「……三十秒」
顔を上げて告げる。
「それ以上行くと、この世界に完全に形を持って出てくる!」
剣の冠の男は、にやりと笑った。
「十分だ!」
刃を握り直し、駆け出す。
「聞いたか、影!!」
遠くで、かすかな応答が返った。
「――了解」
剣の冠は振り返らず、叫ぶ。
「行くぞ! 新入りも!」
一瞬、湊は戸惑った。
でも、澪の声が背中を押す。
「さあ、行くわよ。読む役は、そこに必要よ」
湊は、深く息を吸い、走り出した。
前線へ―
戦うためじゃない。
――意味を渡すために。
剣の冠の背中は、炎のように前へ進んでいた。




