順調…?
それは、確かな手応えから始まっていた。
人のいない工業地帯。
夜間は立ち入りが制限され、灯りもまばらな場所。
湊の視界には、すでに文字が浮かんでいる。
《歪:誘導中》
《侵:収束》
《到達予測:三分後》
「……来ます」
低く告げると、烈が肩を回した。
「よっしゃ。今日はここだな」
ひよりは周囲を見回し、軽く頷く。
「人の反応、なし。問題ないよ」
静はすでに影に溶け、外周の気配を遮断していた。
澪が短く指示を出す。
「予定通り。湊、読みを続けて」
「……はい」
湊は、息を整える。
この戦法は、うまくいっている。
歪みを読む。
読むことで“意味”を与える。
意味を与えられた歪みは、引き寄せられる。
人のいない場所へ。
冠たちが集結できる場所へ。
誰にも知られず、日常を壊さないまま対処する。
――正しい。
間違っていない。
歪みが、形を持ち始めた。
烈が前に出る。
「来たぞ!」
刃が振るわれ、静が退路を断ち、ひよりの光が流れ込む。
湊は、そのすべてを見ながら、読み続ける。
《侵:低下》
《歪:収縮》
《消失予測:二十秒》
「……いけます!」
「了解!」
烈が笑い、最後の一撃を叩き込んだ。
歪みは、音もなく霧散する。
何事もなかったように、夜は続いていた。
「よし、今回も完璧だな!」
烈が振り返る。
「なあ湊、この作戦、マジで相性いいぜ!」
ひよりも、にこっと笑った。
「うん。事故も目撃もゼロ。理想的だよ」
湊は、ほっと息を吐いた。
――できている。
自分の役割。
字の冠としての価値。
それを、確かに果たせている。
……はずだった。
ふと、視界の端が揺れた。
もう消えたはずの場所。
何もない空間。
そこに、一瞬だけ――文字が滲んだ。
《歪:残存》
《状態:不定》
「……?」
違和感。
これまでとは、違う。
読む。
意味を拾う。
それは、いつもなら自然にできる。
だが今回は――
文字が、定まらない。
重なり合い、ほどけ、また崩れる。
「湊?」
澪の声で、はっと我に返る。
「どうしたの」
「……いえ、大丈夫です」
本当に?
自分に言い聞かせるように、湊は視線を戻す。
歪みは、確かに消えている。
現象は終わっている。
それでも。
胸の奥に、小さな引っかかりが残った。
――読んだはずなのに。
――読めたはずなのに。
静が、ふいに言った。
「……数、増えてきてるな」
「え?」
「歪みの“密度”だ。最近、濃い」
短い一言。
だが、澪は黙って頷いた。
「誘導が効いている分、集まりやすくなっている」
ひよりが、少しだけ眉をひそめる。
「それって……いいことじゃないの?」
「短期的には、ね」
澪の視線が、湊に向く。
責める色はない。
ただ、静かな観察。
湊は、無意識に左手を握りしめた。
読むことで、歪みを集めている。
人のいない場所へ。
安全な場所へ。
それでも。
――集まりすぎている。
ふと、あの感触が蘇る。
文字が、嫌がるように滲んだ瞬間。
意味が、拒まれたような違和感。
「……次、行けそう?」
烈の声に、湊は顔を上げた。
「……はい」
少しだけ、間を置いて。
「行けます」
嘘ではない。
だが、確信もなかった。
戦法は、まだ機能している。
連携も、崩れていない。
それなのに。
このやり方は――
どこかで、歪みを追い詰めている。
湊は、誰にも聞こえないほど小さく息を吐いた。
成功している。
だからこそ。
この方法は、いつか必ず――
何かを、壊す。
夜の工業地帯に、風が吹き抜ける。
人のいない場所で、誰にも知られず。
歪みは、静かに次の形を探していた。




