読む覚悟
それは、これまでとは少し違う“感覚”だった。
はっきりとした歪みではない。
事故も、崩落も、悲鳴もない。
けれど――確実に、そこに在る。
湊は、歩きながら息を整えた。
街外れにある、夜の公園。
人気はなく、街灯の光だけが静かに地面を照らしている。
ベンチに腰掛けてスマホを見ている人もいない。
犬の散歩すら、今日は見当たらなかった。
「……ここなら」
呟いた瞬間。
視界の奥で、文字がにじむ。
《歪:微細》
《侵:潜伏》
《反応:読解に呼応》
胸が、きゅっと締め付けられる。
(……やっぱり)
見ている。
読もうとしている。
それだけで、歪みは“応じてくる”。
以前なら、ここで目を逸らしていた。
だが――
湊は、視線を外さなかった。
「……来る」
イヤーピースに手を当て、静かに言う。
「皆さん夜分遅くにすみません。歪みが、僕に反応して集まり始めてまして」
少し間があって、澪の声が返る。
『場所は?』
「○○公園。人はいないです。……意図的に、ここを選びました」
一瞬の沈黙。
だが、それは否定ではなかった。
『……続けて』
湊は、深く息を吸う。
「読むことで引き寄せられるなら、逆に“誘導”できます」
文字が、はっきりと形を成す。
《収束:進行》
《移動:限定》
《中心:読解対象》
「今は、俺が“中心”です。ここから離れれば、歪みも追ってくる」
『つまり』
烈の声が割り込む。
『囮ってことか?』
「……はい」
一拍置いて、湊は続けた。
「でも、前みたいに一人で抱えません。今、読めてる情報は全部共有します」
静の短い声。
『外周、確保する』
ひよりが、少し強めに言った。
『湊くん、無理はしないで。引っ張りすぎたら、私が止める』
胸の奥が、じんと温かくなる。
――一人じゃない。
「……歪み、三。まだ形になる前です」
湊は歩き出す。
ゆっくりと。
意図的に。
歪みが、追従するのが分かる。
まるで、意味を求める影のように。
「……ここだ」
開けた場所。
妖が出現したとしても十分戦える。
人の気配はなく、視界も広い。
次の瞬間。
空気が、軋んだ。
《侵:顕在化》
《核:露出》
《安定点:可》
「今!」
叫ぶ。
同時に――
「おっしゃあ!!」
烈が前に出る。
剣が唸りを上げ、歪みの“縁”を叩き斬る。
影が、影を縫う。
静が逃げ道を断ち、可能性そのものを削ぐ。
ひよりの光が走り、烈の動きが加速する。
澪は全体を見渡し、即座に指示を飛ばす。
「湊、次を!」
湊は、視線を逸らさない。
意味を持たせるギリギリだったため、怖さはある。
だが、もう躊躇はなかった。
《歪:崩壊》
《侵:遮断》
《残存:なし》
「……終わります」
その言葉通り、歪みは音もなく消えた。
夜の公園に、静けさが戻る。
誰にも知られず。
何事もなかったかのように。
烈が、肩で息をしながら笑う。
「ははっ!いい誘導だったじゃねえか!」
ひよりが、湊に駆け寄る。
「無茶してない? 大丈夫?」
「……はい」
湊は、小さく笑った。
静が、短く言う。
「いい作戦だ」
澪が、ゆっくりと頷いた。
「ええ。読むことで引き寄せ、共有することで制御する」
湊は、左手の痣を見つめた。
読むことは、危険だ。
確実に歪みを引き寄せる。
けれど――
一人で背負わなければ、
それは“武器”になる。
「……これが、俺のやり方です」
澪は、ほんのわずかに微笑んだ。
「ええ。いい戦い方だわ」
夜風が、静かに吹き抜ける。
世界は、まだ何も知らない。
だがその裏側で――五つの冠は、確かに前へ進んでいた。




