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隠蔽の限界

 それは、確かな形を持たないまま広がり始めた。


 ニュースになるほどではない。

 大きな事件でもない。

 ただ――“妙な話”として、街のあちこちに残り始めただけだ。


「ねえ、昨日の動画見た?」


 大学の食堂。

 昼時のざわめきの中で、湊の耳にそんな声が入った。


「え、なにそれ?」


「夜の工事現場でさ、なんか……影が動いたって」


「影?」


「うん。人影みたいなのが、フェンスの向こうで一瞬だけ」


 湊の手が、わずかに止まる。


(……影)


 スマートフォンの画面を覗き込む学生たち。

 動画は短く、画質も荒い。


 再開発区画。

 街灯。

 フェンスの向こう。


 そして――一瞬だけ、揺れた“黒”。


 


「これさ、編集じゃない?」


「CGっぽくない?」


「でも、撮ったやつ、ガチでビビってたらしいよ」


 


 笑い混じりの会話。

 誰も本気にはしていない。


 ――今は、まだ。


 湊は、そっと視線を逸らした。

 左手の甲が、微かに熱を持つ。

 

(……見られた)


 



 その夜。

 洋館の円卓の部屋は、いつもより空気が重かった。


 


「四件」


 澪が、静かに言う。


「今日だけで、“映像として残った事例”が四件確認された」


「増えてるな」


 烈が腕を組む。


「今までは、せいぜい目撃証言止まりだったのに」


「スマホの性能、上がりすぎなんだよね」


 ひよりが苦笑する。


「誰でも、すぐ撮れるし、すぐ上げちゃう」


 静が、短く告げた。


「削除して対応はしている。だが――拡散速度が、上回り始めている」



 湊は、円卓の中央を見つめていた。

 そこに、文字が滲む。

 


《歪:微細連鎖》

《侵:断続》

《露見:可能性 上昇》


 


「……“隠す前提”が、限界に近づいてます」


 自分の声が、少し硬い。

 


「歪み自体は、まだ小さい。でも……出現回数が増えてる」



 澪が、頷いた。


「人の生活圏と、重なり始めているわ」


 烈が、舌打ちする。


「つまり、いずれ――」 


「完全に、人の目に触れる」


 静が、淡々と続きを言った。

 沈黙が落ちる。

 湊は、胸の奥に重たい感覚を覚えていた。


 今までは、“何も起きなかったこと”にできていた。


 だが、これからは――


「……噂になります」


 湊が、静かに言う。


「映像が、断片的でも残れば。人は、勝手に繋げ始める」


「“何かがいる”って」


 ひよりが、唇を噛む。


「それ、一番まずいパターンだよね……」


「ええ」


 澪は、目を伏せる。


「恐怖より、好奇心が勝つとき――歪みは、さらに引き寄せられる」


 烈が、拳を握る。


「だったら、もっと早く潰すしかねえだろ」


「数が、増えすぎている」


 静が言った。


「一件ずつでは、追いつかない」


 湊の視界に、また文字が浮かぶ。


 


《歪:集中傾向》

《規模:拡大予兆》 


 心臓が、どくりと鳴る。



「……近いうちに」


 湊は、言葉を選びながら告げた。


「“誤魔化せない規模”が、来ます」


 


 誰も、否定しなかった。

 澪が、静かに息を吐く。


「隠蔽の段階は、もう終わりに近いわ」


 


 その言葉が、はっきりと響いた。


 


 まだ、街は普通の日常を続けている。

 SNSは冗談半分。


 だが――

 その裏側で。


 世界は、確実に“限界”へ向かっていた。

 湊は、左手の痣を握りしめる。

 守るために、これから何を選ぶことになるのか。


 


 その答えは、もう遠くない。

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