歪みの頻発化
それは、確かな異変だった。
街は、今日もいつも通りだ。
朝の通学路。
信号待ちの人々。
コンビニの前で立ち話をする学生。
誰一人として、足を止めない。
だが――
「……三件目ね」
洋館の円卓で、澪が静かに言った。
テーブルの中央には、淡く光る簡易端末。
ここ数時間で検知された歪みの位置が、点として浮かんでいる。
「全部、小規模。発生しては消えてる」
「消えてるって言うか……」
ひよりが画面を覗き込む。
「“芽”の段階で潰れてる、って感じだよね」
「ええ」
澪は頷く。
「誰かが意図的に抑えているわけじゃない。自然に閉じている。でも――」
視線が、湊へ向く。
「数が、明らかに多い」
湊は、喉を鳴らした。
自分の視界にも、同じものが見えている。
《歪:微細》
《侵:未満》
《持続:短》
それが、点在している。
しかも、昨日より今日。
今日より、今。
「……増えてます」
静かな声で言った。
「場所も、時間も、バラバラです。でも共通してる」
「何が?」
烈が腕を組む。
「“人の生活圏に近づいてる”」
その言葉に、場の空気が一段沈んだ。
「まだ、完全には重なっていません」
湊は続ける。
「でも……このまま増え続けたら、いずれ“見える場所”で起きる」
静が、壁際から言う。
「抑えきれなくなる、ってことか」
「ええ」
澪は、短く息を吐いた。
「頻発化。これは、次の段階に入った証拠よ」
烈が、苦笑する。
「妖を倒せれるってわけじゃないのは厄介だな」
「うん。気づかれないまま進むのって、嫌な予感しかしない」
ひよりが、カップを両手で包みながら言った。
その夜。
湊は、帰り道を歩いていた。
駅前は賑やかで、ネオンが眩しい。
笑い声が響き、誰も不安なんて抱いていない。
――それが、余計に怖かった。
視界の端で、文字が滲む。
《歪:微弱》
《侵:準備》
《観測:不可》
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないレベル。
(……ここにも)
足を止めることはできない。
止めれば、ただの“怪しい人”だ。
だから、通り過ぎる。
見えないものを、見なかったふりをして。
翌日も。
その翌日も。
洋館に集まる回数は、確実に増えていた。
「ここ一週間で、十七件」
澪が告げる。
「全部、臨界前で消えてる」
「偶然にしちゃ、多すぎるな」
烈が舌打ちした。
「……字の冠」
澪が湊を見る。
「どう感じる?」
湊は、少し考えてから答えた。
「“溜めてる”感じがします」
「溜める?」
「はい。一気に出るために、小さく試してるみたいな……」
言葉にした瞬間、背中に冷たいものが走った。
《収束:進行》
《誘因:未特定》
澪は、ゆっくりと頷いた。
「やっぱりね」
静が、短く言う。
「近いうちに、隠しきれなくなる」
ひよりが、珍しく真剣な顔をした。
「……大きい歪みが出現するってこと?」
「可能性は高いわ」
澪の声は、淡々としている。
「人の目に触れた瞬間、状況は一変する」
湊は、拳を握った。
まだ、誰も知らない。
だからこそ。
――今が、最後の猶予だ。
「……間に合いますか」
小さな声で尋ねる。
澪は、はっきりと答えた。
「間に合わせる」
烈が、にやっと笑った。
「そのために、俺たちがいるんだろ?」
静は、短く頷く。
「まだ、壊させない」
ひよりが、湊を見る。
「大丈夫。
気づけてるうちは、守れるよ」
湊は、ゆっくり息を吸った。
歪みは、確実に増えている。
だが――
まだ、日常は続いている。
それを守れるのは、
“気づいてしまった者たち”だけだ。
嵐は、近い。
だが、まだ。
人々は何も知らずに、眠っている。




