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夜の帳を捲るもの <ルフル視点>






 ホントについさっきだけど、ウチのクランの別動隊からも連絡があった。


地下施設の捜索を切り上げてエルンの町に帰還しようとしたところで、ゾンビの群れに襲われて包囲されたというのだ。


 めちゃんこ嫌な感じがした。


だって、タイミングが悪過ぎる。


まるで狙ったみたいじゃん。


つまり、このゾンビ共を裏で操ってるだろう黒幕は、この状況を作りたがってるっぽい?


 ゾンビ共と戦う、あーし達。

 町を守るために戦う、冒険者達。


 そういう景色と構図を作り上げた上で、何を狙いにするのか。もしも黒幕がネクロマンサーだったとして、欲しがるものと言えば……。


 オーソドックスなところで……、死体?

 じゃあ、その死体って誰の……?

 まさか、……あーし?

 いやいやいや、ちょっと自惚れ過ぎかー?

じゃあ、もっと可能性が高いとすれば……。


“剣聖”とさえ呼ばれる、サニアか。

 

 或いは、ゾンビ共を実戦で動かしてみたいだけだったりして。要するに、人造ゾンビ兵の動作テストというか性能の確認みたいな感じで。

 

 「そんなのに付き合わされてるなんて、マジで最悪じゃ~ん……」

 

 頭の中に渦巻きはじめた不穏な憶測を、溜息交じりの呟きで打ち切る。

 

 まぁ黒幕の目的なんて、この際どうでもいい。あーし達の使命は、この夜を乗り越えて、町の人達を守ることだ。それより重要なことなんてない。

 

 「さぁ~てと……!」


全力バチバチに伸びをした。

コキコキと首を鳴らして、肩も回しておく。

 

 あーし達が陣取っているのは、食糧庫と居住区を囲う防壁通路。高さは十数メートルほどで、町の外壁と大差ない高さを誇っている。


星も月も隠れた曇りの空夜からは、湿った空気が吹き下ろしてくる。それを思いっきり吸い込み、大きく吐き出した。

 

「ちょ~っと苦戦を強いられるかもだけど、気張って行こう……!」


 あーしの呼びかけに、「はっ!」とか「応!」とか威勢のいい声を上げたのは、クラン『正義の刃』に所属する魔術士隊、その分隊メンバーだ。

 

 甲冑と魔術士装束を組み合わせたような装備を纏った彼ら、彼女達の数は8人。その全員が夜空に目を凝らしつつ、其々に触媒や杖を構えて、魔術詠唱の準備に入っている。

  

 居住区に飛び込んでこようとする有翼ゾンビどもを、魔術の波状攻撃で撃墜するためだ。

 

 あーしも負けずに、集中集中……!


重装騎士人形を同時に8体操り、仲間の魔術士達を庇う配置へと展開しておく。


 今夜のあーしの任務は、有翼ゾンビ共を撃ち落としつつ、魔術士分隊を守りきることだ。マジで責任重大。死ぬ気で戦わないと。


まぁ、自分の死は覚悟しているから怖くない。

……いや、流石にちょっとは怖いけど。


でも、町の人たちが皆殺しにされるような光景は――実体験として、あーしの頭にこびりついた光景の方が――もっと怖い。


 そんなことにならないよう、あーし達の他にも、冒険者や領兵騎士団出身の魔術士たちも防壁上の通路に配置されている。

 

 「いざってときには、神官さん達もいるし……。大丈夫っしょ」

 

 防壁の上から居住区の景色を振り返った。

 

 町の住人たちには、区内の集会所や倉庫に別れて避難して貰っている。


そして其々の避難場所では、神官たちが結界魔法を展開してくれているし、領兵騎士団員も守りを固めていた。


あーし達が有翼ゾンビを撃ち漏らして防壁を飛び越えてられても、それが決定的な危機にならないのは心強い。

 

魔導機術製品である大型の照明器具を、防壁周囲に幾つか設置するのもギリギリ間に合った。


焚火や松明を用いなかったのは、戦闘の際の弾みで、居住区に火が燃え移らないようにするためだ。


 多少コストのかかる戦闘用の設備だっただが、準備していて正解だった。この明かりがゾンビ共を誘き寄せてしまうとか、標的になるとか、そういうリスクも勿論ある。


 だが、そのリスク以上に視界を確保できていた。


夜空を飛行するゾンビの群れが、こっちに向かってくるのが見える。

 

「それにしても……」


 ボヤいても始まらないけど、思わず嫌な感じで溜息が漏れた。


「今度のゾンビ共は数が多いだけじゃなくて、デカいなぁ~……」


 夜空から襲来してきたゾンビは、人間と巨大な鳥を、ついでに、他の動物や魔物を組み合わせたような姿だ。


 人間の身体から翼が生えているといった感じだが、その喉首が蛇のように長かったり、羊っぽい角が生えて居たり、両腕の代わりに狼らしい獣が生えていたり……。


昼間のときと同じような、魔物と人間の死体を繋ぎ合わせて造り出されたという風情だ。


 まぁ、かなりキモいし、グロいし、デカい。最悪だ。


あんなのを昼も夜も相手にするのなんて、マジ勘弁なんですけどぉ~。


そんなふうに実際に口に出して愚痴を垂れる暇はなかった。ヤツらの飛翔は速い。あーし達の頭上まで、もうゾンビ共の群れがやってきていた。


あーし達を無視して居住区に飛び込んでいこうとしてるヤツと、それから、あーし達に向かって急降下してくるヤツだ。


そんでもって、数は8、9、10……、いや、もっとだ。


18体ぐらい? ぱっと見じゃ数えきれない。バーカ。多いっつーの。


 でも、問題ない。

 いけるいける。大丈夫っす。


あーしが操る重装騎士人形がカバーしている魔術士達も、それぞれに魔術を完成させていたからだ。


魔術士達の詠唱が重なり合い、照明によって薄められた夜の闇に殷々《いんいん》と響いていく。


 直後だ。魔術士の4人が共同で完成させた巨大な炎の壁が立ち上がり、居住区に飛び込んいこうとする有翼ゾンビの群れを食い破り、猛烈な熱波で吹き飛ばした。


 それに続いたのは、残りの魔術士4人だ。彼らが編み上げたのは、バリバリバッチバチ!と青っぽい火花を散らしまくる巨大な電撃球の礫《つぶて》。


あーし達に向かって急降下してきた有翼ゾンビ共が黒焦げになって、煙を上げながら墜落していく。


 さっすがァ~!


我が『正義の刃』が誇る魔術士部隊の力を、舐めてもらっちゃ困るね~。巨大な魔物を討ち取る作戦に、何度も貢献してきた凄腕ばっかりなんだから!


 とはいえ、いかに優秀な魔術士達でも、強力な魔術詠唱は連発できない。魔力も集中力も使うし、時間が必要だ。


別の飛行ゾンビの群れが、あーし達を襲うべく滑空してくる。さらに6体。魔術士たちの詠唱は間に合わないだろう。魔法では撃ち落とせない。


 でも、大丈夫。


防壁上の中空に佇み、魔術士達の壁となっている重騎士人形達を、あーしは即座に操作した。


戦闘感覚と意識を分割し、それを指先に伝えた。

夜の空気の中を、魔力の糸が舞って明滅する。


あーしの魔力と意思に応える重騎士人形は、手にした大剣と盾で、襲い掛かってくる有翼ゾンビを殴り飛ばし、次々に叩き落とす。


「巍巍《ギギ》……ッ!」

「禍亜亜《カアア》……ッ!?」

「亞我《アガ》ァ……ッ!?」


 悲鳴とも呻きともつかない濁った声を漏らしたゾンビ共の腐肉が潰れて、毒性の強い濁った体液も、夜の空気に冷されながら派手に飛び散った。


 あーしの顔にも、べったりとかかった。


ヤツらの毒は強力だし厄介だが、もちろん対策は打ってある。あーし達は神聖魔法による耐毒性結界を帯びてあるから、毒に冒される心配なくガンガン戦えるのだ。

 

 とはいえ、耐毒性結界は永続しない。


神官達が扱う神聖魔法は時間制限がある。あと数時間は大丈夫だが、この戦いが長引くようなら注意が必要だ。


……っていうか、くっさぁ……。


あーしは顔を腕で拭いながら、ゾンビ共が墜落していくのを目で追った。


 墜落したゾンビ共に即座に群がっていくのは、地上で守備していた『正義の刃』のクランメンバー、そして他の冒険者達だ。


彼らが次々に剣を突き立てることで、巨体のゾンビに確実にトドメを刺している。


 ああいう迅速で無駄のない完殺は、訓練された動きではなく、冒険者という職業を生きるなかで自然と培われるものだろう。習い性と言うか、まぁ、あれぐらいタフじゃないとやっていけない業界だ。


 このエルンの町の防衛任務を、ある種のペナルティとして紹介された冒険者達も多い筈だった。だが、こうして戦いになれば逃げ出すこともなく、勇敢に参加してくれているのは助かる。

 

 有翼ゾンビの数は、北防壁に押し寄せてきたゾンビ共に比べれば少ない。だが、決して少ないし、一体一体がデカくて強力なのだ。

 

 居住区防壁の上に配置されている魔術士は、総勢で30名を超えている。それでも、突撃してくる有翼ゾンビ共の全てを撃ち落とすことはできていない。


 こちらが放つ魔術の波状攻撃をすりぬけた有翼ゾンビ共が、次から次へと地上へと滑空し、ウチのクランメンバーや冒険者達の戦列に突撃を続けているのだ。


「空飛ぶゾンビとか最悪だなオイ!」

「デケェし頑丈なのも面倒くせぇぞ!」

「大弓での攻撃が効いてのンかどうかも分からねぇ!」

「構わねぇよ撃ちまくれ!」

「オイ突っ込んで来るぞ!」

「盾を構えて並べ!」

「防御と同時に、束になって袋叩きだ!」

「ぶっ倒せるぞ! さっきと同じ要領だ!」

「吹っ飛ばされるなよ!」

「うるせぇ! 指図すんじゃねぇよ!」


 居住区の防壁守備についている者達の怒号が、地上から昇ってくる。それに、ゾンビ共の低い呻きと、鈍い激突音、鉄が肉を潰し、引き裂く音、気配、熱気、振動……。


 あっという間に、地上はもう激戦状態だ。


でも流れは悪くない。防壁内にサニアが待機していたからだ。


あーしは防壁上の通路から、眼下の戦場を視線だけで見下ろす。すぐに見つけた。


 流石は“剣聖”というべきか。


 他の冒険者達やクランメンバー達が、一致団結して有翼ゾンビの突撃を受け止め、地面に引き摺り下ろし、そこで寄って集って剣だの槍だのを突き刺しまくっている。

 

 その集団戦には混ざらず、突出したサニアは、有翼ゾンビ共の襲撃を独りで引き受けていた。


 機術製品である照明が闇を溶かす中でも、彼女の剣筋が暗銀の線となって煌めき、幾条も奔っていた。


 サニアはただ独りで、凛然と細身のロングソードを持ち、急降下してくる有翼ゾンビの巨体を迎えるように両断し、斬り捨て、その肉片を地面に撒いて、積み上げていた。


 彼女はただ剣劇の間合いに有翼ゾンビを待ち受けるのではなく、甲冑を着込んだままで鋭く跳躍し、空中の有翼ゾンビ数体を斬り裂いてすらいる。


 誰もサニアを守ろうとか、援護しようとか、そんな気配はない。寧ろ、誰もサニアの領域に届いてないから、近づくこともできていない。


 でも、それでいい。



 力の及ばない者では、逆にサニアの足を引っ張るだけだろう。


 戦闘の中に入り込んだサニアは、滅多に助けを求めない。

 彼女が要請するのは、いつも自分の援護ではなく、周囲の者達への援護だ。


 副隊長として、あーしは、そのことを分かっている。

 幼馴染として理解している。いや、理解したいと思っている。

 故郷を魔物に焼かれたあの日から――。


 過りそうになった感傷を、脳裏から追い出したときだ。

 

夜空から不気味な声が響いてきた。


「無宇宇宇亜亜亜亜亜《ムウウウアアアアア》―――」

「怨怨怨怨怨怨怨怨怨《オオオオオオオオオ》―――」


 あーし達の、ほとんど真上からだった。

 他の有翼ゾンビよりも、二回りほどデカい。

 

いや、デッカ……。


 ヤツらの身体が照明を鈍く反射しているのが見えたので、鎧を身に着けているのかと思ったが、どうやら違う。というか、あんな奴らに着せる鎧など、絶対に無い。


 人間を十数人、無造作に無理矢理くっつけたような姿で翼を動かしている奴らは、身体の肉そのものに、金属板か何かを埋め込まれているか、打ち込まれているかしているのだろう。


 金属混じりのゾンビ玉だ。


 デカいしキモいだけじゃなくて、かなりの重量がありそうだし、あーしの重装人形に匹敵しそうなぐらいに頑丈そうだった。


そんなゾンビ玉が、夜の空気を引き裂くような物凄いスピードで突っ込んでくる。いや、正確には真上から落下してくる。


 魔術士分隊の詠唱は――完成まで、あと数秒。


 あーしの出番だ。指先と人形達の動きに意識を注ぎ込む。重装人形達を動かして、瞬時に防御態勢を構築した。ゾンビ玉を1体につき、4体の重装騎士人形で止めていくスタイルだ。


「マリーテ! ステファ!」


 あーしは振り返り、2人の女性魔術士の名を呼んだ。

 

 「はいよー!」


 背も高くて颯爽とした雰囲気のマリーテは、艶のある赤紫の髪を後ろで束ねている。すっきりとした美人顔と、切れ長だが少し垂れ気味の目許が特徴だ。


「あーい!」


 艶のある褐色の肌、クリーム色をしたセミロングの髪が色っぽいステファは、ぷっくりとした唇に少女のような笑みを浮かべている。


 魔術士装束の胸元をはだけさせ、ファッションのように着崩しているこの2人は、『2等級・銅』の上級冒険者で、あーしのギャル友でもあり、優れた魔術士でもある。


彼女達の詠唱速度は、あーしがカバーしている魔術士分隊でも随一だ。


「詠唱が完了したら、あのゾンビ玉にぶちかましてやって!」


 マリーテとステファは詠唱を続けながら、あーしに向けて、目の横にピースサインを作った。


 次の瞬間には、あーしの操る重装騎士人形とゾンビ玉が衝突した。


火花が中空に散って、ドグワッシャーーーーン……ッ! みたいな、とんでもなく鈍い金属音が夜空に響いた。硬いものが拉げて割れるような、腹の底に響いてくる、くぐもった音だった。


 砕けた金属と腐肉と一緒に、ゾンビの濁った液体が飛び散って防壁を汚した。一瞬の静寂の間を、冷たい夜風が吹いていく。首筋が寒くなった。


「うわ、マジ……?」


 あーしは戦慄と共に呟いてしまった。

 舌打ちをしたかったが、それどころじゃなかった。


 あーしの重装騎士人形は、手にしたゴッツイ盾でゾンビ玉をガッチリと止めていた。握っていた剣だって、ゾンビ玉にしっかりとぶち込んでいる。


 だが、そのゾンビ玉が異様な動きを見せたのだ。


 まるで蕾が解けて花でも咲くみたいに、ゾンビ玉の身体と言うか球体部分が、グパァァッ……!と開いたのだ。いや、あの迫力はもう、肉食獣が牙を剥いたといった方が正しい。


 実際、ゾンビ玉の攻撃は獰猛極まりなかった。


その開いた口らしきもので、あーしの重装人形4体を、一気に銜えこんで、砕き、貪り喰うように飲み込み、取り込んでしまった。


 正確に言えばゾンビ玉は2体いて、その両方が同じ攻撃方法を取ったので、あーしが操っていた重装騎士人形の8体が、一気に破壊されてしまった


 ゾンビ玉の内部からは、バキバキボキボキボキゴリュゴリュギュチチギギギ……、みたいな、金属が激しく擦れ合いながら潰れていく音が漏れてくる。


 やばいやばいやばい、何コイツ……!

 ってか、次の人形達を取り出して、守備姿勢を取らないと!

 みんな殺されちゃうって……!


 あーしの心は焦っていたが、思考は澄んで落ち着いてた。感情的に取り乱していても、頭は冷静に作動する。

 

 自分自身の魔法で自分の体や頭を弄ったり、薬物を用いての精神力の限界突破訓とか、そういう魔術士的で狂気的な特訓の成果だった。


このピンチにあっても、あーしの身体と思考は、あーしの感情とは切り離されて動いている。


 マリーテ、ステファも、あーしと同じ精神状態に違いない。


そうじゃければ、あのゾンビ玉の異様な攻撃動作を目の当たりにしながらも、あんなふうに声を揺らすこともなく、詠唱を正確に紡ぎきることは不可能だ。


「――雷ytieo乃導yertet焼kaiwy祓trqw……!!」

「――雷ytieo乃導yertet焼kaiwy祓trqw……!!」


 2人は仲良く魔法の詠唱を終わらせて、同時に雷撃を放ってくれた。横向きの稲妻みたいな、極太の雷撃だった。直撃。威力も申し分なかった。


「巍《ギ》――……ッ!?」


 ゾンビ玉のうち1体が、稲妻に抱き巻かれて、弾け飛んだ。黒焦げになった無数の肉片が、細い煙を上げながら飛散りって落下していく。


「どーよ! ウチらの“ズッ友☆ラヴラヴ☆サンダーボルト”の威力ぅッ!」

「いや技名ダサくね? てか、ラヴじゃねぇしフレンドだし」


 ちょっと緊張感に欠けたことを言っているが、あーしのギャル友は流石だ。


 マジで頼りになるぅ~! なんて、内心で盛り上がってばかりもいられない。


あーしだって危機に対処しないと。新たに重装騎士人形4体をアイテムボックスから呼び出す。


「レニー! ガウェリー! 下がって!」


 まだ残っているゾンビ玉は、今まさに、グパァァ!っと口を開いたグロテスクな肉食巨大花みたいな形状になって、魔術士隊の2人に空中から迫り、食いつこうとしていた。


レニーとガウェリーは色男2人組で、その詠唱速度には特に定評がある優秀な魔術士だった。彼らの詠唱は完成間近だった。


だが、ギリギリ間に合いそうにない。


 あーしはゾンビ玉に向けて、新たに取り出した重装騎士人形を突撃させていく。


ゾンビ玉の動きを少しでも止めるためだ。結果的に、稼げた時間は数秒だった。


重装騎士人形の4体は、空中でゾンビ玉を押しとどめようとしながら、ガチャガチャバリバリムシャムシャを噛み砕かれていく。


 ちょっとさぁ~、もっと遠慮して食べてよね?

 その人形、マジで高いんだから……。

 備え付けた装備も込みで、いくらすると思ってんの?


 あーしは胸中でボヤきながら、眩暈と吐き気を覚えた。重装騎士人形を破壊された、金銭的な損失からではない。


 深刻な魔力消費の激しさからだ。流石に12体を連続で操作するのは堪えた。酷い悪寒がきた次に、後頭部に激痛が走った。


夜空が落ちてきたみたいに、一瞬だけ目の前が暗くなる。


 だが、ワケが分からなくほどではない。

 視界と焦点が戻るまでは、2秒半ほどかかった。


 これがソロなら致命的な隙だが、幸いなことに、あーしには仲間がいる。

 大事なクランメンバーが。


 戻ってきた視界で前を見ると、レニーとガウェリーの2人は詠唱を完成させ、魔術士装束から触媒を取り出していた。


 発動させた魔法の破壊力を上昇させる、術式封入済みの触媒だろう。数百万ジェムでも珍しくない超高級アイテムだ。


 レニーとガヴェリーは、それを使った。


「えぇい……ッ! くそ……!」

「全財産の半分だ! 喰らいやがれ!」


 忌々しそうに叫んだレニーとガウェリーの2人は、魔法紋様がびっしりと刻まれた金鎖を投げつけた。ゾンビ玉の口の中に目掛けてだ。


 直後には、ゾンビ玉を中心にして風の刃が吹き荒れた。金鎖に籠められていたのは、強力な風属性の魔法だったようだ。


「亜巍巍巍巍巍愚愚愚愚《アギギギギギググググ》――!!」


流石にこれは効いたようだ。


 花みたいな形になっていたゾンビ玉は切り裂かれながら呻き、粉々になって飛び散った。腐肉と金属の残骸が、バラバラバラっと周りに落下していく。

 

 「や~るじゃん!」

 

 厄介なゾンビ玉は撃破した。

 それを確認して、あーしは安堵しかけた。

 次の瞬間、背筋が凍った。


 新しいゾンビ玉だ。

 あーし達の直上。しかも、4体。さっきの倍だ。

 夜空の闇から滲み出してきたように、そこに陣取っていた。


 ……無理。


 流石に、時間稼ぎもへったくれもない。

 詠唱も何も間に合わない。


 ヤバい。勝てない。

咄嗟にそう思いかけて、唇の内側をちょっと噛み千切った。

 折れそうな心を必死で繋ぎとめる。


 だってさ。

 あーし達が諦めたら、町の人達はどうすんの……?


 あーしは、自分の育った村が焼かれたのを見た。

 あの景色は、いまも大陸の何処かで再現され続けている。

 ありきたりで陳腐な、平凡な悲劇だ。


 でも、その悲劇を未然に止めたかった。人々の暮らしを無慈悲に蹂躙していく、不条理な暴力と脅威を、退ける力になりたかった。


 だから、このクランに入ったのだ。『正義の刃』に。


 あぁ。そうだ……。

 マリーテも、ステファも。

 レニーも、ガウェリーも。


 魔物被害の孤児だったっけ。

 だから、魔物を専門に戦うウチのクランに入ってきたんだ。


 同じなんだよね。あーしと。サニアも……。


 跋扈する魔物達から、誰かを本気で守りたいと思った者が集まる。

 ウチは、そういうクランだ。

 だから結束も固いし、ブレないし、臆病風が吹かない。

 誰もが最後まで、武器と意志を握り締めて戦うんだ。


 あーしが操れる重装騎士人形は、残り2体。

 あとは魔法自体も使える。

 身体に残った魔力量は心許ないが、まだ戦える。


 悲愴な覚悟を携えたあーし達は、此処で死ぬかもしれない。

 いや死ぬ。死ぬって分かる。でも負けない。道連れにしてやる。

 あーしの周りにいる魔術士全員も、そういう貌になっていた。


 頭上のゾンビ玉4体が、こっちを包囲するように降りてくる。

 嫌味なくらい悠然と、だが、決して遅くない。グングン近づいてくる。

 それは、あーし達にとっての『死』そのものだった。

 あーし達を押し潰す、無慈悲な力そのものだ。


 だが、その『死』に向かって、防壁の縁から跳躍していく者がいた。

 物凄い鋭さのジャンプだったし、一瞬、それが誰なのか分からなかった。


 ……というか、一体どこから?


 その疑問を抱いたのは、あーしだけじゃないだろう。

多分、この場にいる全員がそうだった。


 実際、誰もが言葉を発することも出来ずに、呆気に取られてただ見上げているしかなかった。


 彼は、この防壁の壁面を駆け上がってきたに違いなかった。

よじ登るとかじゃなくて、跳躍と走行を繰り返して。


 普通なら、そんな芸当をこなしてきたなどという確信はバカげている。だが、あの凄まじいジャンプを見たら、そう考えるのが寧ろ自然だった。


 彼の跳躍は、速度も高さも角度も、何もかもが完璧だった。


 あーし達が呆然として夜空を見上げる視界の中で、彼は小柄な身体をしなやかに翻した。ゾンビ玉を足場にして、音も無く着地している。


 あの気配の無さと速度のせいか、ゾンビ玉の方も、彼が跳んできたことに気付いていないようだった。


 照明の加減で、ゾンビ玉の上に降り立った彼の顔は左半分が影に塗りつぶされていて、その右半分しか見えない。


だが、そこに垣間見た彼の冷然とした無表情と、温度の無い無機質な眼差しに、心臓が冷たくなるのを感じた。


 この身に覚えのある無力感と寒気は、間違いなく“恐怖”に類する感覚だった。


 今の彼は、昼間は羽織っていた灰色のローブを脱いでいる。黒いボディスーツ姿の彼が手にしているのは、あの少し変わった形をした杖でも、白と黒色をした二振りの短剣でもなかった。


 昼間、黒鬼のゾンビが握っていた、あの馬鹿みたいに長い刀だ。自分の身長よりも長さのある刀の切っ先を下げて、ゾンビ玉の上に彼が佇んでいる。


 ――っていうか、アッシュ君、何する気なの……?

 やばくない? 危ないって、そんなトコに居たら……。

 あーしは混乱気味に、そんな平凡なことを思ってしまった。


 次の瞬間だった。


 表情を一切動かさないアッシュ君が少し屈み、手にした長刀を振るった。その振るう腕の動きが見えなかった。疾い。いや疾いだけなく、澱みが無かった。


「亜ァ……?」


 間抜けな声を溢したゾンビ玉の身体が、ゆっくりと崩れていく。

 それは、瞬間的に複数の斬撃を受けたことによる現象だとすぐに分かった。


 金属が混ぜ込まれたゾンビ玉は、かなりデカいし頑丈だ。それなのに、柔らかな果物でも切り分けるように切断されて、呆気なくバラバラに切り裂かれて落ちてくる。


 その肉片やら粘性の高い液体やらが降ってくるので、あーしは着込んだ防具で顔と頭部を庇う。

 

 どちゃどちゃ……! ぐちょびちょ……! ばちゃばちゃばちゃぁああ……! といった感じの、嫌な音が足元で響き続けていた。防壁上の通路は、すぐに肉片塗れになった。

 

ひどい有様だが、魔術士分隊の皆も、ゾンビ玉の肉片が降ってくるのを腕や防具で受け止め、押し潰されないよう踏ん張っている。


 あーしは、いや、あーし達は、顔を腕で庇いながら、夜空を見上げていた。




斬り崩されて落下していくゾンビ玉から跳躍したアッシュ君は、また別のゾンビ玉に着地していた。


 そこから2体目、3体目と、アッシュ君が次々とゾンビ玉を斬り刻んで斬り分け、バラバラにして夜空に撒いてしまうまで、あっという間だった。


 ただ静かに、平然と、何の感慨も感情も窺わせることもなく、アッシュ君は長刀を振っている。それも、明らかに力任せではなく、どこまでも澄み切った、練り上げられた技術によって完成された動きだった。


昼間に遭遇した黒鬼ゾンビも、“剣聖”サニアと正面から打ち合うほどの凄まじい刀剣捌きだった。ただ、アッシュ君はそれを凌駕していた。


 ゾンビ玉の最後の4体目は、流石にアッシュ君の存在に気付いたようだが、気付いただけで抵抗らしい抵抗はできなかった。


 跳び移ってきたアッシュ君を喰おうとしたのか。グパァァ! と口を広げようとしたところで、アッシュ君に分割されて斬り分けられて、ただの肉片の残骸となって降ってくる。


 ゾンビ玉が処理されたあとの空には、ただ夜の風が通り過ぎていく。

 静寂が残り、ただ地上の戦闘の音が響いてくるだけだった。


 そして、足場となるゾンビ玉を全て刻み落としたアッシュ君も、長刀を手にして防壁通路の上へと降りてくる。


夜空の静けさを身体に滲み込ませながら、平然と、冷淡な表情のまま、あの高さから――。


 しなやかな彼の着地は、やはり無音だった。


膝と上半身を巧みに折り曲げ、長刀の峰を肩と首の後ろに担ぐように持ち、しゃがみこむような姿勢になって、着地の衝撃を最大限まで殺していた。


「負傷されている方は――」


 顔を上げて立ち上がったアッシュ君が、温度の無い眼差しを巡らせて、あーし達を見た。


身体を仰け反らせたマリーテとステファが、「ひぅ……」とか「ひぃん……」とか小さく悲鳴を漏らすのが聞こえた。


 今のアッシュ君を前にして緊張しまくっているらしいレニーとガウェリーも、頬とか首の筋肉をバキバキに強張らせて、唾を連続で飲み込んでいる。


この場にいる誰もが、アッシュ君のことを刺激することを恐れていた。今のアッシュ君から意識を向けられることに怯えている。


 まぁ皆の気持ちは分かる。

 今のアッシュ君、すっごい怖いんだもん……。


 だが、あーし達の中に重大な負傷者が居ないことを認めて、本心で安堵したのだろう。


「……いないようですね。良かったです」


 アッシュ君はそこで、柔和な笑みを口許にだけ微かに過らせてみせた。


 吹き消えてしまいそうな蝋燭の火が、また灯り直したような儚さ、それに素朴な優しさを感じさせる微笑だった。彼が纏っていた冷厳かつ超然とした空気も、ふっと遠のいていく。


 先程までの完全な無表情と、今の彼の微笑の間には、埋めがたい何かがあるように感ぜられた。


 ちょっと頼りなさそうな彼の表情と、彼が手にしている長刀の禍々しさが上手く繋がらない。ちぐはぐだ。不吉なほどに。


「……すみません。援護に入るのが少し遅くなりました」


 まぁ、さっきの凄惨な殺戮処理を行った当の本人が、何だか申し訳なさそうにして軽く頭を下げてくれてるのも、ちょっと反応に困るというか……。


「また助けられちゃったね。あんがと」


 ちょっぴり今のアッシュ君の雰囲気にビビりながら、あーしも口許でだけ笑みを返した。


 そこでようやく、今までガチガチに緊張していた魔術士隊の皆も、強張り切った身体から余計な力を抜いたようだ。


「凄いな、アンタ……」「見惚れちまったよ」

「カッコイイじゃん!」「いや、可愛いじゃん!」

「助かったよ」「その腕で5等級とは……」

「あぁ、凄腕の名無し《ネームレス》ってヤツだな」


 なんて、他の皆もアッシュ君に礼を言いながら、ざっと状況を確認している。


 そうだ。まだまだ安心するのは早い。周りの空には有翼のゾンビ共がまだ飛んでいるし、地上でも戦闘が続いているのだ。


 ヌゥウウウウオオオオオオッッ…――ォォホッホッホッホォォォオオンンヌァァアア……!!


 そのとき、居住区防壁の東側から物凄い大声が響いてきた。とんでもないデカブツのゾンビが、新手で現れたのかと思ったが、違う。


「こぉぉのウルトラハイパァァァエレガァァンスな淑女たる私《わたくし》が来たからにはァァァ!! 100万人力ですことよぉぉぉ!!」


 この凛然としていながら高飛車で、傲慢そうで瑞々しく、力強さ、優雅さの漲る笑い声は――。


『報告します! 居住区防壁の東方面に、エミリア=レアボルドが加勢!』


あーしが装備している通信用指輪から、隊員の興奮した声が飛んでくる。


『うぉ……っ!? 球状の巨大ゾンビ2体、いや、3体を、ふ、粉砕しています!』


上擦った隊員の報告の向こうに、あのトゲ付きの大盾をギュオンギュオンと振り回すエミリアの姿が見えた気がした。


あの出鱈目なパワーと戦い方には呆れつつも、味方にとって頼もしい限りだ。


「りょ! そっちは皆で、エミリアを軸に隊列を組み替えて! っていうか、エミリアにぶっ飛ばされないように気を付けてねマジで……!」


『りょ、了解しました!』


 直後。西側の方で爆炎の柱が立ち上がった。有翼ゾンビ共が吹き飛ばされて、燃えカスになって消し飛ぶのも見えた。


 とんでもない火力だ。


 機械術によって製作された照明の白い明かりが、苛烈に濁った赤橙色で塗り潰されて、辺りが昼間のように明るくなる。っていうか、あっつ……! 凄い熱風……!


 何事かと思ったが、状況はすぐに分かった。更に別の隊員からの報告。


『カルビ=エストマゴです! 炎の防壁を張りつつ我らの部隊を援護し、共闘してくれています!』


 続いて、南側からは極寒の風が吹き上がってきた。


寒い。寒い寒い……! まるで雪山で遭難したみたいな気持ちになる冷たさだ。冷気の渦が、蒼い魔力となって屋上まで立ち昇ってきている。

 

『此方では、ネージュ=グラキエースが先頭に立って戦っています! 壁面を氷壁で守りながら、我らのクランメンバーや冒険者に加勢してくれる模様です……!』


さらに別の隊員の報告が続き、そこに付け足すようにアッシュ君が短く説明してくれる。


「ローザさん達のパーティが連絡を取りながら別れて、居住区の守備戦闘に参加しているんです」


 あぁ、なーるほどね。


西側を守る部隊にはエミリアが、東側にはカルビ、南側にはネージュが援護に入ったわけだ。


彼女達は等級こそ高くはないが、戦闘に関しては1級品である。腕が立ち過ぎるぐらいに立っている。彼女達が分かれて戦況に入ってくれたなら、全体戦力の底上げにもなっただろう。


「……ありゃ? じゃあ、パーティリーダーのローザは?」


 あーしが訊くと、『居住区の内側いるよ』とローザ本人から返事があった。


一瞬、どこに居るのかと驚いたが、なんてことはない。アッシュ君が指に嵌めている、通話用の指輪からだ。


『サニアさんから付かず離れずの位置にいるけど……。私じゃ援護できないくらい、サニアさんってば強いからね。私は他の冒険者に混じって、ゾンビを相手にしてる最中だよ』


 落ち着いて応じるローザの声の背後に、短くも激しく空気が振動するような音が通り過ぎるのが分かった。複数回だ。恐らくは魔導銃を発射したのだろう。


 あーしも魔術士だから分かるが、ローザだって割と怪物の域にいる。


 魔導銃を撃った経験はあーしにもあるが、魔力消費が凄まじ過ぎて、1発でグロッキー状態に陥ったもん。それを連発で撃つなんて、考えただけでも吐き気がする。


素質が無くて魔法が扱えないということだったが、ローザの持つ魔力量は相当ヤバい。


潜在的な可能性というか実力というか爆発力というか、そういったもので言えば、あーしは個人的にはローザが一番だと思っている。


 まぁ、とにかくだ。

彼女達が味方で良かった。それは間違いない。


 地上にいる味方の士気も、ぐんぐんと上がってる気配が分かりやすいくらいに伝わってくる。このまま状況は好転する。何とかなる。


 夜明けは近い。


 そう思いたかったが、やめておいて正解だった。おかげで、夜空の向こうに、何か物凄くイヤな感じのモノが見えても、落胆せずに済んだ。

 

 何なの、アレ……。真っ暗の夜空に、濁りまくった紫色の魔法円が積層状態で浮かんでるんだけど……。

 

やけに明るい魔力光の御蔭で、その魔法円の真ん中で、何かが両手を広げるようにして佇んでいるのが分かる。


 あれは――女性……?

 

夜空に浮かび上がっているシルエットは、神殿に祀られている女神像にそっくりだ。

  

 だが、あんな禍々しい魔法円と魔力光、そして無数の有翼ゾンビを引き連れている時点で、あーし達を助けにきてくれたワケはないだろう。


明らかに新手のゾンビだった。


それにしたって、女神を模した人造ゾンビだなんて。冒涜的にも程がある。

 

 しかも、他のゾンビ共を従えている点から見ても、あれが人造ゾンビ共の指揮個体と考えて間違いなさそうだ。なんか強力な魔法まで使ってきそうだし、やってられない。


 まさかアレも、黒幕の差し金っていうか、ネクロマンサーの作品ってワケ?

 

 頼んでもないのに“お代わり”を出された気分だ。

 

 「もうお腹いっぱいだよ……」


 あーしは思わず顔を歪めてしまう。

ほぼ同時か、すぐ後だった。


 「……姿を見せればいいとは言いましたが」


 近くにいたアッシュ君が、感情の全てを叩き潰して平らにしたような、全く抑揚のない声を溢すのが聞こえた。ゾッとするような声だった。


 「そういう姿で僕の前に現れるのなら、真剣な言葉も不要ですね」


 遠方の夜空から迫りくる女神ゾンビを見遣ったアッシュ君は、手にした野太刀を静かに握り直していた。



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