第13話 パーティへの誘い2
「アタシ達が護衛してた大商隊が、いきなりワイバーンどもに襲われてな。そしたらネージュの奴、商隊を護衛するどころか、他の冒険者もろとも大型の荷馬車6台を氷漬けにしちまったんだ」
「そ、そんなことがあったんですね……」
アッシュは困惑と同時に、向かいの席に座るネージュの方をちらりと窺う。
彼女は忌々しそうにカルビを睨んでいた。余計な話をするな、という目だ。
ローザは笑みを引き攣らせ「ぁ、あったねぇ」と、苦い思い出を何とか笑い話にしようとするかのような、強張った声を出している。
「あのときは確か、私まで凍り漬けにされそうになりましたわね……」
そのときのことを思い出したらしいエミリアも、背筋を震わせるようにして自分の両肩を抱いていた。
「あれは不可抗力よ……。もっと冷静に思い出しなさい」
そう語り出したネージュは、不味そうに眉間を絞りながら鼻を鳴らした。
「あの数のワイバーンを相手にするには、凍結魔法の規模も威力も、あれぐらい必要だったでしょう? 1体1体を順に仕留めてたんじゃ、荷馬車どころか人的な被害も抑えられなかったわ。……それに」
物騒に片方の眼を窄めたネージュは重大な過失を指摘するように、カルビに鋭く指を向けた。
「あのあと炎熱魔法の火力を誤って、商隊の馬車の殆どを消し炭にしたのは貴女じゃない」
アッシュは再び「えぇ……」と困惑の声を洩らしつつカルビを横目で見て、喉まで出掛かった「大惨事じゃないですか」という言葉を辛うじて飲み込んだ。
肘杖をついていたローザは片手で顔を覆い、「スゥゥゥゥ……」と歯の隙間から息を吸い込んでから、「あぁぁ……、スゥゥゥゥ……、あったねぇ、そんなことも……」と呟いていた。
あれは流石に笑い話にできないといった様子で、思い出すのも辛そうな声音だった。
「えぇ、まったく」
やれやれといった様子のエミリアは、額に手の甲をあてがって俯き、「ほふぅ」と大袈裟な溜息を吐き出してみせる。
「カルビさんは力加減を知らない、ゴリ押し馬鹿力ウーマンですから……。まさにフレイム★ゴリラ。護衛や調査といった繊細な任務には本当に不向きですわよね……」
「そっくりそのまま返してやるよ、その言葉」
カルビは下らなさそうに眉をハの字に下げて、エミリアに指を向ける。
「エミリアだって魔物と戦うときは大体ゴリ押しじゃねぇか。しかも、いっつもブリブリウホウホ叫びやがってよぉ。アタシなんかよりよっぽどゴリラしてるぜ」
「ウホウホブリブリなんて言ったことありませんわよッ! 私が口にしている言葉は“ブリリアント”であって……ッ!」
眉を吊り上げたエミリアがムキになって言い返すが、カルビはもう聞いていない。
「あー、はいはい」と気のない返事をしながらヒラヒラと手を振って、話を戻した。
「まぁ、あの時のアタシの火力は適切だった筈だぜ。ワイバーンどもを餌にしてるウィンドドラゴンまで飛んできやがったんだ。あんなデカブツを追い払うには、ちょっと強めの火力が必要なんだよ」
カルビは全く悪びれることなく、ほとんど開き直る様な口調で「なぁ、お前もそう思うだろ?」と、アッシュの視線に気づいて大袈裟に肩を竦めてみせた。
「いや、僕はその場に居合わせたわけではないので、何とも言えませんけれど……」
アッシュは引き攣った笑みを維持するので精いっぱいだった。
俯きがちになってグラスを手にしたネージュも、ボソッと溢す。
「その“ちょっと強めの炎熱魔法”で、護衛対象まで焼き払っていれば世話も無いわよね」
「でもさ~。あの時はホントに運が悪かったよ」
今更だけどといった口調で、ローザが不満を表明した。
「ワイバーンの群れに襲われることだって想定外だったのに、そこにドラゴンまで来るんだもん。誰も対策してないし、実際、私達以外の冒険者とか、ほとんど潰走状態だったじゃん」
ボックス席の椅子に体を投げ出すように座り直したローザは、この場にいない誰かと言うか、自分に言い訳をする口振りでブツブツと言いだした。
賑やかな酒場のなかで、このボックス席だけが葬儀場のようなしめやかな空気に包まれはじめた。
アッシュも何を言えばいいのか分からなくなる。
だが、この場で1人だけ黙っている訳にもいかない気がして、「た、大変だったんですね……」と言うしかなかった。自分でも驚くぐらい気遣わしげな声が出た。
「本当だよ。やってられねぇって感じだったぜ、実際」
鼻を鳴らしたカルビは遠慮も警戒もなく、アッシュにもたれ掛かってくる。
「あの場にアタシらが居なかったら、他の冒険者も商人共も、一人残らず喰われちまってただろうよ。でも、それが全員生還だぜ? 感謝されるなら分かるけどよぉ。アタシなんか貢献度の大幅マイナスで、『2等級・金』から『3等級・銅』まで格下げになったんだからな。マジで最高に笑えねぇよ」
カルビが唇を尖らせてぼやいた。
「私は『4等級・金』まで格下げになったけどね」と深呼吸とも溜息ともつかない息を吐きだている。暗い顔になったエミリアが項垂れた。
「私もネージュさんと同じく、『2等級・銀』から『4等級・金』に降格に……」
「いや、エミリアの場合は、他の冒険者を自分の攻撃に巻き込んだからじゃん」
ローザが控えめにツッコむのを聞いて、アッシュは何となく、彼女達の戦闘能力に反してやけに低い理由が分かった気がした。
つまり彼女達は頻繁にトラブルを引き寄せてしまい、その結果として割を食ってきた、ということらしい。
「私は格下げにはならなかったけど、消し炭になった品物の何割かを弁償することになったのは、まぁまぁ落ち込んだなぁ……」
遠い眼になったローザが、宙に視線を投げ出しながら呻くように洩らした。当時を思い出して体調でも悪くなったのだろうか。さっきまでよりも若干顔色が青く見える。
「た、大変だったんですね……」
アッシュはもう一度、やはり自分でも驚くぐらい心が籠った相槌を打つ。
「アタシ達の武勇伝はまだあるぜ。これより強烈なヤツもな。ついでに聞きたいか?」
ほとんどヤケクソな声音になったカルビが笑いかけてきた。
「――って言いたいところだが……、まぁいい。その様子だと、ホントにアタシ達の話とか聞いたことねぇんだな。お前、冒険者になってどれくらいだ?」
「冒険者になってからは、ちょうど1年くらい……、でしょうか」
「その間に、他の冒険者に誘われたことぐらいあンだろ?」
「はい。……1度だけ、声をかけてもらったことがあります。でも、5等級の僕では足手纏いだということで、結局、その話は無かったことになりました」
カルビに訊かれて、勝気そうなリーナの顔が頭に浮かんだ。オリビアの優しそうな表情と、レオンの冷笑、ロイドの笑い声も一緒に思い出される。
「そりゃ、ソイツ等に見る目が無かったな」
さっきまで飲んでいた大量の酒が回ってきたのか。カルビの綺麗な琥珀色の瞳が、とろんとしているように見えなくもない。
「重要なのは等級じゃねぇ。お前の実力と、信頼できるかどうかってことだ。これに関しちゃ、アタシ達の中に文句のあるやつはいねぇだろ」
「まぁね~」と、そこでローザが深く頷いた。
「私への治癒魔法料や同行依頼料にしても、アッシュ君はゴネたり吹っかけてくることもしなかったしさ。今回の稼ぎだって、等分で納得してくれてるんだもん」
「えぇ。お金の話をするときも、アッシュさんはずっと冷静でいらしたわね」
エミリアがうんうんと頷き、ネージュも微笑みをアッシュに向けてくる。
「私やカルビを助けてくれたことに、恩着せがましい傲慢さも一切見せなかったわ」
「あぁ、それに何より」
唇の端を持ち上げたカルビは、アッシュから目を逸らさないまま言う。
「初対面のアタシ達の為に、お前は躊躇なく身体を張って見せた。コイツは信頼できると思ったぜ。だからアタシは、お前がパーティに入ることには賛成なんだよ」
彼女達の真摯な声音や態度からは、アッシュを利用してダンジョンを楽に攻めようといった思惑や、色の良い返事を強要するような圧力も感じない。
アッシュの性能ではなく、アッシュ自身を必要としてくれているのを感じた。
喜ばしいはずなのに、何故か胸が痛んだ。
「……申し訳ありません。僕のことを評価してくれているのは有難いですし、恐縮なのですが……」
頭の隅の方で、男の低い声が聞こえてくる。
――“お前は人形だ”
――“お前は出来損ないだ”
ローザの同行依頼を受けたときにも、この声はアッシュの脳裏に響いてきた。
――“そうだ”
――“それでいい”
――“もっと殺せ。殺し続けろ”
だが、今はあのときよりも重く、鈍く、そして、アッシュの心の表面を削るようにザラついた感触を伴っていた。
――僕は、彼女達に信頼されるような存在なのだろうか?
慣れ親しんだ自問が、形を変えて意識を過っていく。
俯いたアッシュは黙り込んで、テーブルを見つめながら唾を飲み込んだ。彼女達からの誘いを断るのに、何を、どう伝えればいいのか分からなくなる。
ローザ達がくれた優しい沈黙に、暗い重みが兆し始めた時だった。
「そっか……。うん。分かった」
席にもたれたローザが明るい表情をつくり、軽やかに頷いてくれた。パーティ加入の誘いを断ったアッシュを攻めるでもなく、しつこく食い下がるでもない。
「アッシュ君にも都合があるし、理由もあるもんね。仕方ないか」
肩を竦めるローザは、アッシュの意思を尊重してくれているのだと分かった。
「そうね。……無理強いはできないものね」
しょんぼりした顔になったネージュが俯いた。
「そ、そう、ですわよね……。えぇ……。もう、本当に残念ですけれど……。ふぅうう……。アッシュさんの気持ちが、何よりも大事ですものね……えぇ……」
ズビビッ! と洟を啜ったエミリアは悲しみを押し殺すような半泣きで、今にもテーブルに突っ伏してしまいそうな程の意気消沈っぷりだった。
「おいおいマジかよ~」
椅子に凭れて天井を仰いだカルビは、だが、すぐにガバっと姿勢を戻して、「なぁんでだよ~」と駄々をこねるように、アッシュと肩を組んできた。いや、抱き竦めてきた。
「ちょ、ちょっと、カルビさん……!?」
さっきも思ったことだが、やはり酔いが回ってきているのだろう。カルビの目の中が酒で濁りつつある。
「アタシ達のパーティに入れって。そしたらローザが、あのデッカいフワフワおっぱい、見せてくれるってよ」
エミリアとネージュと吹き出した。
「え、えぇと……」
どう反応していいか分からず、アッシュはたじろいでしまう。
「そんな話してないけど?」と、ローザも目を怒らせていた。
だが、本格的に酔っぱらい出しているカルビは、そんなローザには全く怯むことなく微笑みを湛えて、ゆったりと頷く。
「はやく脱げよ」
「脱がないわよ! こんなトコで脱ぐワケないでしょ!」
ローザは即座に言い返し、「自分が脱げば」と、厄介な酔っ払いを突き放すような声で付け加えた。
だが、言われた方のカルビが「しょうがねぇなぁ~」などと言いだしたので、「えっ」とローザの表情に緊張が走った。エミリアが「……は?」と低い声を出し、ネージュが舌打ちをしたのも聞こえた。
アッシュは逃げ出したくなったが、カルビにガッチリと肩を組まれているのでそうもいかない。
「アッシュにだけ、特別だぜ?」
愉しげに酔った声音に凄絶な艶を含ませたカルビは、「ほぅ」と灼熱の吐息を漏らしながら、より強くアッシュを抱き寄せた。そしてアッシュの額にあたりに頬を寄せ、片手で装甲服をゆっくりと脱ぎ始める。
いつの間にか酒場が鎮まり返っていた。周りの冒険者たちが一斉に話を止め、アッシュ達が陣取っているのボックス席を凝視しているからだ。
「アタシのおっぱいを見たら、今度はアッシュも脱げよ~?」
「か、カルビさん! ちょっと酔い過ぎですよ! お水を貰いましょう!」
必死な声でアッシュは提案するが、「アタシは全然酔ってねぇよ」と簡単に退けられた。どうやらカルビは絡み酒で、酔うと脱ぎだす悪癖でもあるようだ。
本当にカルビが脱ぎ始めるとは思わなかったのか。慌てた様子のローザが「えっ、ちょっと、えっ」などと、おろおろとしている。
「お待ちなさいカルビさん! アッシュさんの前で破廉恥な振る舞いは、この私が許しませんわよッ!」
義憤を漲らせたエミリアが、椅子から腰を浮かせて肩をいからせた。それを横目で見たカルビが、面白がるように鼻を鳴らす。
「あぁん? じゃあ、お前が脱げよ」
「望むところですわッ!」
「いや、望まなくていいから……」
毅然とした態度で言い放つエミリアの隣で、ローザが疲れたような半目になる。黙り込んでいるネージュも五月蠅そうな顔で、エミリアとカルビを見比べていた。
アッシュは何とか話を逸らそうと頭を動かすが、目の前の事態に圧倒されて話題が出てこない。
「あぁ、やっぱりやめとけよエミリア」
そのうち、何かを思い出したようにカルビが、落胆の溜息をついた。
「干乾びたミミズみてぇだからな。お前の乳首。アッシュに気を遣わせちまう」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁンンッ!!?」エミリアが紅の髪を振り乱し、恐ろしい顔になった。「だぁぁぁれの乳首が干乾びたミミズだとォォォ!!?」
「声が大きいわよ……」
顔を顰め捲ったネージュが迷惑そうに指摘する。その隣のローザは、何か言いたげな顔のままで赤面していた。
アッシュもどんな顔をしていればいいのか分からず、取りあえずエミリアとカルビの言い合いを見守るしかない。
「私の乳首は真珠貝のように滑らかで色艶も美しく、ぷっくりとした厚みと抜群の感度が自慢のォォォォ……――!!」
テーブルをぶん殴りながら立ち上がったエミリアが、唾を飛ばして力説を始める。カルビの様子が少しおかしいことにアッシュが気付いたのは、その時だった。
「すぅ……、すぅ……」
「……えっ?」
急にカルビの身体が、横からのしかかってきたのだ。
何ごとかと思いアッシュは身構えつつも、カルビの身体に殆ど力が入っていないのが分かった。それに、耳元で聞こえる吐息は規則的で、安らかな寝息だった。
大量に飲んだ酒で顔を赤らめているカルビが、アッシュの肩に頬を乗せて眠っているのだ。
「ぁ、あの、カルビさん……?」
起こそうと思って少し体を揺すってみたが、目を覚ます気配が全くない。装甲服から零れ落ちそうな彼女の乳房が、ポヨポヨと柔らかく弾むだけだ。
「まったく……、まるで子供ね。場を掻き混ぜたいだけ掻き混ぜておきながら、自分は酔いに任せて勝手に眠ってしまうなんて」
向かいの席で立ち上がっていたネージュが、腕を組んで鼻を鳴らした。それからすぐに、優しい眼差しになってアッシュに向き直った。
「アッシュ君。その馬鹿に抱きつかれ続けて、窮屈だったでしょう? ちょっと今から、ソイツを3階層に放り出してくるわね」
穏やかな声音のネージュは、そう言いながら腰を浮かせかけていた。どうやら本気らしい。
「さ、流石にダンジョンに放置するのは可哀そうでは……」
アッシュは肩を組んでくるカルビの腕を解いた。そして、その腕を枕にしてテーブルに突っ伏すような姿勢にさせる。
気持ちよさそうな寝顔のカルビは、一切の抵抗を見せないまま、「ひひひ。どうだぁ~、アッシュぅぅう~……」などと寝息をもらし、むにむにと唇を笑みの形に歪めている。
「どんな夢見てるんだろ。幸せそうな顔しちゃってさ」
やれやれと言った苦笑を浮かべたローザは、テーブルに頬杖をついてカルビの寝顔を覗き込んだ。
「僕の名前を呟いているのが、ちょっと怖いですけど……」
アッシュは隣でテーブルに突っ伏し、むにゃむにゃと心地よさそうに眠るカルビを眺めた。満腹になった猛獣が寝転がっているみたいだった。その寝顔は無防備で可愛いのに、全体的に迫力がある。
「いつも馬鹿みたいな量を飲むけど、」
優しい声を出したローザに、腕を組んだネージュが鼻を鳴らすついでのように頷いた。
「今日は特にペースも早かったわね」
カルビを見下ろすネージュの眼つきは、鋭くはあっても冷たいものではなかった。手の掛かる仲間を見守るような、やれやれといった感じの眼差しだ。
「アッシュさんのことをパーティに加えることを想像して、はしゃいでいたんでしょうね。えぇ。その気持ちは私も痛いほど分かりますけれど」
そう続いたエミリアも、やはりネージュと同じような態度と表情である。色々と言い合うことも多い彼女達だが、やはり互いのことを本心から嫌っているわけではないのだろう。
ローザ達のパーティは不運に見舞われることも多いが、そのぶん、メンバーの結束が強いパーティなのだ。それぞれに実力もあるし、困窮している風でもない。
治癒術士であるアッシュが、どうしても必要という状態でもないはずだ。
だから、背筋を伸ばしたローザが「……実はアッシュ君に、もう一つ話があるんだよね」と切り出してきたことには、少し驚いた。
「これはさ、パーティに誘ったりっていう話じゃなくて、冒険者としての仕事の話なんだけど」
真剣みのある声で言うローザの隣で、エミリアとネージュが怪訝そうな表情で顔を見合わせている。まだ何か話すようなことがあるのか、という顔つきだった。
「は、はい、何でしょう?」
アッシュも姿勢を正してローザに向き直ると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「うん。私達が冒険するときにはさ、またアッシュ君に声をかけたいと思ってね」
にこやかに告げるローザの意図を、エミリアとネージュはすぐに察したようだ
「つまり、パーティ勧誘ではなく……」
「アッシュ君への同行依頼を続ける、ということね?」
「そ。今日みたいにね」
ローザは気楽な声で2人に応じてから、アッシュを正面から見据える。
「アッシュ君がソロを続けようとしてるのも、多分、アッシュ君にとって重要な意味とか、理由があるんだろうしさ。そのことについて、この場で色々と訊き出そうなんてつもりは無いよ。ただ、今日は私達のことも助けてくれたし、依頼も受けてくれたでしょ?」
ゆっくりと瞬きをしたローザの瞳に、より力強い光が宿ったように見える。
余りにも真っ直ぐな彼女の眼差しに、アッシュは少し体を引いてしまう。だがその分、ローザがテーブルに身を乗り出してきた。
「冒険者の仕事としての同行依頼だったら、アッシュ君も受けてくれるんじゃないかな~って思ったんだよ。あくまで対等な関係としての依頼だからさ、都合が悪かったり気分が乗らないときは、遠慮なく断ってくれればいいし」
力の籠った声で言ったローザは、「……どうかな?」と訊いてくる。
エミリアとネージュは黙ったままで、この遣り取りを見守っている。束の間の沈黙があって、その隙間を埋めるようにカルビの寝息が悠長に響いていた。
「……どうして」
よく分からない種類の胸の苦しさを感じたアッシュは、ローザの視線から逃げるように俯いてしまう。
「どうして、そんなに熱心に僕を誘ってくれるんですか?」
――“お前は無価値だ”
――“お前は無意味だ”
こびりついたように、男の声が耳の奥で聞こえる。過去から響いてくる。
だが、その声をアッシュから払い除けるように、ローザが「にひひっ」と悪戯っぽく笑った。
「どうして誘うかって訊かれても、理由はさっきと一緒だよ。アッシュ君が、信頼できる冒険者だって分かってるから」
口許を緩めたローザが、力強く即答してくれる。その言葉は、アッシュが自分自身でも触れたことがないような、心の奥深くを揺さぶった。
「……だから、アッシュ君からしてみれば鬱陶しいかもしれないけど、こうやって食い下がらせて貰ってるってワケ。でも、安心して。これで最後のお願いだから。断られても恨んだりもしないよ。せっかくだし、アッシュ君と友達くらいにはなりたいとは思うけどさ。ね? ネージュ」
「えっ」
不意に話を振られたネージュは、今までの静かな表情を崩した。僅かに目を見開き、その薄青い瞳でローザとアッシュとを順に見た。
それから、「友達……というのは、よく分からないけど」と、何故か赤面しつつ言葉を繋いだ。
「アッシュ君と友好的な関係を築きたいとは、私も思うわ。……もちろん、ローザの言う通り、アッシュ君が私達との接点をこれ以上持ちたくないのであれば、仕方がないけれど」
ネージュは言い終わると、僅かに口許を緩めながら、テーブルに突っ伏しているカルビに視線を向けた。
「駄々をこねて騒ぎ出しそうな馬鹿も、今は静かにしているから。ローザへの返答については、遠慮はしないで」
「この話がどのような結果になっても、カルビさんにはうまく伝えておきますわ。ですからアッシュさんは、ご自身の御心のままに応えてくださいまし」
ネージュに続き、すやすやと暢気に眠るカルビを一瞥したエミリアも、眉を下げた穏やかな表情で言ってくれる。二人とも、アッシュに言うべきことはここまでだというふうだった。
ならば次は、アッシュが何かを喋る番だった。
「……僕は、パーティ戦が苦手です。今回は役に立てたかもしれませんが、それも、たまたまだっただけかもしれません。それに、僕は世間知らずと言うか、ちょっと皆さんとズレている部分もあると思います」
アッシュは今までの自分のことを見つめ直し、一つ一つ確認するように言葉を紡いだ。
ローザとネージュと、それにエミリアを順に見た。カルビの寝息が、やけに優しく聞こえる。
――“お前の自我など不要なものだ”
心の内部を重く占めていたあの男の声が、ローザ達の前では遠ざかっていく感覚があった。アッシュはテーブルの下で拳を握る。
「それでも、僕のことを必要としてくれて、こうして声を掛けてもらえることは、……とても嬉しいです」
今までのアッシュは、過去から届いてくる男の声を半ば受け入れていた。
男の声――象牙のローブの男の声は、アッシュの肉体に向けられた言葉だ。アッシュという存在から、物理的な何か以外を削ぎ落そうとする、冷酷な呪いだ。
だが、アッシュをパーティに誘ってくれるローザの言葉は、そのどれもが、アッシュの肉体ではなく、内面に向けられている。
アッシュ自身の意思を問うてくれているのだ。
この場でのアッシュの選択を否定せず、どこまでも対等であり、アッシュ自身を尊重しようとしてくれているのを感じた。
――《《いいか、よく聞け》》。
――“お前が何かを判断するなど、我々は赦さん”
男の低い声と、苦痛に塗れた記憶が甦ってくる。
幾つもの命を破壊してきた感触も――。
僕は穢れている。分かっている。
それでも、言い訳じみた希望が湧くのを止められなかった。
《《僕という個人としてではなく、“1人の冒険者”として》》ならば、ローザさん達の信頼を受け取る資格はあるのではないかと――。
アッシュは自分自身の意思を握り締める思いで、顔を上げる。
「……僕なんかで良ければ、またダンジョンに御一緒させてください」
その言葉を口にするには、自分の中の何かを飛び越えるような勇気が必要だった。
声が微かに震えている気がしたが、構わなかった。アッシュは席に座ったままで背筋を伸ばし、ローザ達に向かって頭を下げる。
「わっ、本当!?」
テーブルに身を乗り出していたローザが立ち上がり、目を輝かせる。
「はい。その……、よ、よろしくお願いします」
「うん! 此方こそ!」
「えぇ、よろしくね。アッシュ君」
ローザとネージュが握手を求めてきて、アッシュはそれに応える。
「ふぅうううんんんん……!! よ、よよ、よ、宜しぐお願いしばすわわわわ……!」
感極まった様子のエミリアは半泣きで声を震わせ、両手で握手をしてくれる。
冒険者として活躍し、重い銃器や大槍を扱ってきたに違いない彼女達の手は、しなやかでありながらも力強く、ゴツゴツとしていて、ひんやりと冷たかった。
自分という存在を、誰かが求めてくれている。
嬉しさよりも寧ろ、恩を感じた。
「おぃぃ~、アッシュぅぅ~……、今度はアタシの番だぞぉ~……」
テーブルに突っ伏すカルビが、ふにゃふにゃ声の寝言でアッシュの名を口にして、アッシュ達は顔を見合わせてから少しだけ笑った。
「どんな夢を見てるのかしらね」と、決して冷たくはない静かな声で言ったネージュが、手元のグラスに残っていた水を飲み干した。
今のアッシュもまた、温かな夢を見ているような心地だった。
実感の籠らない頬の熱さ、誰かに必要とされる喜びは、この店の喧騒が与えてくる錯覚ではないかと思う。
だが、アッシュの掌に残るローザ達の握手の感触は、新しい冒険を予感させるには十分過ぎるほどに実在的だった。




