表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

作者: あい太郎

「うそでしょ……めっちゃキレイ……!」


 理沙はサンゴ色のビキニを揺らしながら、真っ白な砂浜を駆けた。南の島、レンベルト諸島。日本からはかなり遠いが、SNSで見た景色に一目惚れして、貯金を崩してまで来たのだ。


 太陽は高く、空には雲ひとつない。海は冗談みたいに透き通っていて、沖の方では観光客がシュノーケルを楽しんでいた。


「映えるー!」


 理沙はビーチサンダルを脱ぎ、水に足を入れる。ぬるい。まるで風呂のように暖かい。波打ち際には小魚の群れがきらめき、ヤドカリが砂を這っている。


 そして、誰も気づかない。


 白波の向こう、水面の奥に、黒く巨大な影が潜んでいたことを。


 


 ***


「さっきの海、マジ最高だったんだけど!」


 宿のバーで、理沙は外国人の青年と話していた。彼はルークと名乗り、フリーのダイバーをしているという。日に焼けた笑顔が印象的で、理沙はすぐに打ち解けた。


「このへん、サメとかいないんですか?」

「グレートホワイトは滅多に来ないよ。でも、ブルとかタイガーは……いるかもね」


 ルークは冗談っぽく笑ったが、理沙は少し顔をこわばらせた。


「マジで? 泳いでて大丈夫かな……」

「シャークアタックなんて、何万回に一回さ。俺の友達も一度だけ見たことあるけど、もう十年も前だよ」


 その言葉に、理沙はホッとしたように笑った。バーには陽気な音楽が流れ、周囲の旅行客も酔いにほぐれていた。


 だがルークの瞳の奥には、言葉にしない沈黙があった。


 


 ***


 翌朝。

 理沙は早朝のビーチに立っていた。ほとんど誰もいない。潮の香りが濃く、遠くで波が音を立てていた。


「今なら独り占めだ……」


 昨日のルークとの会話も、もう忘れていた。理沙はゆっくりと沖へ進む。肩まで海に浸かったとき、背後に誰かの気配がした。


「……ルーク?」


 振り返ると、誰もいない。空は灰色がかってきており、太陽はまだ顔を出していない。


「なんか……変な感じ」


 その瞬間——


 ザブンッ!


 何かが水中から突き上がった。理沙は背中から突き飛ばされ、水を飲み込んだ。


 「うわっ、なに!? 魚!? 岩!?」


 慌てて顔を上げたが、そこに浮かんでいたのは——人の足だった。

 女性の足が、ひとつだけ、水面にぷかりと浮いていた。


「……え?」


 悲鳴を上げる間もなく、理沙の足首に強烈な痛みが走る。


 「ぎゃあああああッ!!」


 引きずられる。海中へ、力任せに。


 理沙は必死に水をかき、手を伸ばした。岸が遠ざかっていく。


 その時、すぐそばを、鋭く三角形の背びれがかすめた。


 「シャ……シャーク……!」


 声にならない。肺が、破裂しそうだ。下半身に感覚がない。見れば、左脚がなくなっていた。流れていく自分の血が、海を赤く染めている。


 もうダメだ、と思ったその時——


 誰かが、手を引いた。


 ***


 気がつくと、理沙はベッドの上だった。白い天井。点滴。エアコンの音。


「生きて……る?」


 足元を見る。

 左脚は、太ももで切断されていた。


 「うそ……なんで……」


 涙がにじんだ。だが、それよりも先に、隣に座る人影に気づく。


「ルーク……」


 彼は、理沙の手を取った。


 「君は運がよかった。あと一秒遅れてたら、もう引き裂かれてた」


 「サメ……だったの?」


 「ああ。タイガーシャーク……3メートルはあった。たぶん、最近人間の味を覚えたんだろう」


 理沙は息を呑んだ。


 「それって……また?」


 「……そうだ。味を覚えた奴は、もう魚を狙わない。次も人を襲う。」


 


 ***


 一週間後、理沙は義足の手続きを終えて、ようやく帰国の準備をしていた。


 ビーチにはもう近づいていない。だが、ニュースは毎日目に入った。


 《レンベルト諸島で再び行方不明者》

 《サーファーの遺体、腰から下が消失》

 《鮫の可能性、専門家が指摘》


 ルークからは毎日メッセージが届いた。励ましと、謝罪。そして、**「気をつけろ」**という一言が毎回添えられていた。


 日本に帰国した夜、理沙はテレビをつけた。


 ニュースでは、また新しいビーチでの失踪が報じられていた。


 だが理沙は、ニュースキャスターの後ろに映る映像に目を奪われた。


 ——波打ち際に、奇妙な軌跡があった。

 人の手のような跡。這って上がったような線。


 その先に、何かがいた。

 水中から、ぬっと灰色の、ザラついた鼻先が浮かび、目だけが静かにこちらを見ていた。


 理沙は息を呑んだ。

 それは、確かに彼女を襲ったあのサメと、同じ目だった。


 『まだ……終わってない』


 

 海は、何も語らない。

 ただ静かに、次の獲物を待っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ