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第96話:胸肉のパリパリ焼き



 


店の暖簾が揺れたのは、深夜0時を少し過ぎた頃だった。


「……いらっしゃい」

と、いつも通りの声で迎えるのは、板前・マサとおかみ、しのぶ。


入ってきたのは、少し疲れた顔をした若い男――湯浅ゆあさ

細身の体に作業着のズボン、そしてコンビニ袋をぶら下げていた。


 


カウンターに座ると、袋の中から缶チューハイを取り出す。


「これ、開けていい?」

「おう、グラスも出すか?」

「そのままで」


どうやら、今夜は何も語らずに飲みたいらしい。

マサは、それ以上聞かずに火を入れる。


 


「……で、何か食うか?」

「うん……肉、焼いてる匂いがする。あれ、なんかいいな」


マサは無言でうなずき、手元の鶏肉に包丁を入れた。


 


皮を下にして火にのせる。

パチパチと油がはじける音が、静かな厨房に響く。


 


「鶏の胸肉?」

「おう。皮パリパリに焼く。重しは、俺は使わねぇ」


「重しって、乗せた方がいいんじゃないの?」

「潰れちまう。きちんと火を入れりゃ、ちゃんとパリパリになる」


 


火加減は中火。

皮目からじっくり焼き、焼き色がついたら蓋をして少しだけ蒸す。


鶏肉の脂がジュウと音を立てながら、鍋肌を走る。

その香ばしさに、湯浅の喉が鳴る。


 


両面に丁寧な焼き色がついた頃、マサは鶏肉を皿へ乗せた。

そして、フライパンに残った油に――酒、味の素、生姜、ニンニクを加えて、煮詰めていく。


にんにくと生姜の香りが、空気を包み込んだ。


 


「つけタレで出す。……それと、ワサビ、いるか?」

「……ワサビ?」


「鶏の塩コショウは、しっかりめにしてある。タレなしでも、ワサビだけでいける」


 


しばらくして、皿がカウンターに置かれた。


パリパリの鶏肉。

一切れずつに切れ目が入り、横にはつけタレと小さく山葵が添えられている。


 


湯浅はひと口目をタレで、ふた口目をワサビだけで。


「……うまっ」

「……これは、やばい……ビール止まらないやつ」


 


缶チューハイを一口、続けてもうひと切れ。

あっという間に皿が空になり、マサがごはんを出す前に、湯浅がポツリとつぶやいた。


 


「……派遣、切られた。明日から仕事ない」


 


マサは特に驚きもせず、黙ってタレを少しかけ足した。


「焦って探すより、腹を満たせ。働く前に、食っとけ」


「……そうだな」


 


湯浅は茶碗を手に取った。

タレを少しだけかけて、鶏肉と一緒に頬張る。


「……あー、やっぱライスも止まらんな、これ……」


 


その夜、湯浅は久しぶりに腹いっぱい食べて、

何も言わずに、少しだけ背筋を伸ばして帰っていった。


 


雨は降らなかったけれど、

深夜の街には、鶏を焼く香ばしい匂いが、少しだけ長く残っていた。


 



---


料理:鶏の胸肉のパリパリ焼き


材料とポイント(簡易メモ)


鶏胸肉は均一に開いて、しっかり塩コショウ


皮目から中火でじっくり焼く(重しは不要)


両面を蓋して蒸し焼き、パリパリになるまで時間をかける


残った脂で、酒+味の素+生姜+ニンニクを煮詰めた「つけダレ」を用意


添えるのは、生ワサビ。塩味の効いた鶏と相性抜群


ビール、酎ハイ、ごはん、全部に合う一皿



 


マサのひとことアドバイス:


「火と時間は、嘘つかねぇ。

慌てず焼け。鶏の皮は、人間より根性ある」





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