第93話:ホットドッグ
雨上がりの深夜、
路地裏にひっそりと灯る明かり。
カラン……と鈴が鳴って、ひとりの中年男が入ってきた。
「いらっしゃい」
カウンターの中で鍋を洗っていた板前・マサが、目だけで迎える。
「……ホットドッグ、いける?」
男の名は田畑 圭吾。昔は銀座の洋食屋で腕をふるっていたという噂もあるが、今は町工場で働く職人。
「いいわねぇ、ホットドッグ」
奥から現れたのは、やさしい微笑みのおかみ・しのぶ。着物姿にエプロンをまとい、温かい番茶を湯呑みに注ぐ。
マサはパンを軽くトースターで温めながら、冷蔵庫からソーセージを取り出す。フライパンを火にかけ、ジュッと音を立ててソーセージを焼き始めた。
「ソーセージは焼き? ボイル?」
田畑が尋ねると、マサは手を止めずに言う。
「うちは焼きだね。ジューシーだしね」
焦げ目がつくまで転がし、香ばしい匂いが立ちのぼる。
こんがり焼いたドッグパンに、粒マスタード、ソテーしたキャベツ、そしてパチパチと跳ねる焼きソーセージをはさむ。
ケチャップを細く流し、黒胡椒を少々。
「はい、ホットドッグ」
「……あぁ、これだ」
ガブリとかぶりつくと、パリッとした皮の中から肉汁があふれる。
「昔よ、オレも店で出してたんだ。けどな、こういう“まかない風”が一番うまかった」
そう言って、残りを一口で頬張る。
「マサさんのは、仕事してる味がするよ」
「そっちだって、働く手だろ?」
マサがニッと笑った。
しのぶが茶を注ぎながら、ぽつりとこぼす。
「若い頃、屋台で食べたホットドッグが忘れられなくてね……パンがちょっと焦げてて、でも、あれがよかったのよ」
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ホットドッグ簡単レシピ
材料(1本分)
ドッグ用パン……1本
ソーセージ(太めがおすすめ)……1本
キャベツ……1枚(千切り)
粒マスタード……小さじ1
ケチャップ……適量
塩・胡椒・油……適量
作り方
1. ソーセージは焼く。フライパンで転がしながら、表面に焼き目がつくまで。
2. キャベツは軽く油で炒め、塩コショウで味付け。
3. パンはトースターで軽く焼き、切れ目を入れる。
4. パンにマスタード→キャベツ→ソーセージの順にはさみ、ケチャップを細くかけて完成。
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マサの一言アドバイス:
「ボイルもいいけど、焼いた方がパンに負けねぇ味になるんだ。焼き目の香りも立つしな」
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夜の隙間にしみこむ、香ばしさと温もり。
ひとつのホットドッグが、過去の思い出と今をつなぐ。
『深夜食堂 しのぶ。』は、今日も静かに人の心を温めている。




