第86話『鯖の一夜干し』
深夜0時を少し回ったころ、店の暖簾がふわりと揺れた。
「いらっしゃい」
優しげなおかみさん・忍さんが出迎え、奥では無口な板前・マサさんがコトコトと何かを仕込んでいる。
現れたのは、くたびれた背広姿の初老の男性。
彼は無言のままカウンターに腰掛け、ぽつりと言った。
「……鯖の一夜干し、焼けるかい?」
メニューにはないその一品に、マサさんが静かに頷いた。
七輪に炭がくべられ、香ばしい香りが立ち上る。
じりじりと焼かれる鯖の皮が、パチパチとはぜる。
忍さんが、白米と味噌汁、小鉢を添えて出す。
「どうぞ、あつあつですよ」
男はしばらく見つめるようにしてから、箸を取った。
皮をぱりっと割ると、脂がじゅわっと湧き出る。
一口、口に含むと……その瞬間、彼の瞳がふと潤んだ。
「……こいつを焼く匂いで、女房が起きてきたもんだよ。もう、二年前に先に逝っちまったけどね」
忍さんは、そっと言葉を添える。
「鯖の脂の香りって、思い出に沁みるんですよね」
男は静かに頷き、もう一口、また一口と箸を進めた。
どこか、救われたような表情を浮かべながら。
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レシピ『自家製・鯖の一夜干し』
材料(2人分)
鯖(半身)…2枚
塩…大さじ1(片面小さじ1程度)
水…400ml
酒…大さじ1
作り方
1. 鯖は骨を抜き、軽く洗って水気を取る。
2. 水400mlに塩・酒を加え、よく混ぜて塩水を作る。
3. 鯖を塩水に30分〜1時間浸す。
4. 水気を切り、キッチンペーパーでしっかり拭く。
5. 網に乗せ、冷蔵庫で一晩乾かす(または通気の良い場所で風干し)。
6. 食べる時にグリルや七輪でこんがり焼いて完成。
ひとことアドバイス
皮目をしっかり焼くと香ばしく、身はふっくら仕上がります。大根おろしとすだちを添えると、より絶品です!




