第83話「カレーライスと止まった時」時の旅人編
その夜、風はなかった。
時間が止まったように静かな深夜、古びた路地裏の一角にだけ、ぽつりと灯る明かりがある。
「深夜食堂しのぶ」
看板にはそんな名が書かれている。
入口の暖簾をくぐると、ふわりとスパイスの香りが鼻をくすぐった。
「こんばんは……また来たよ」
そう言って現れたのは、ロングコートに身を包んだ青年だった。
隣には、穏やかな微笑みを浮かべる美しい女性。彼女は時折、彼を見つめては頷いていた。
「いらっしゃい」
奥から姿を現したのはおかみさん・忍。温かな笑顔をたたえ、2人を迎える。
「マサさん、カレー、お願いね」
静かに調理場へ向かったのは、無口な板前・マサ。
彼の手元では、玉ねぎがじっくり炒められていた。
バターと油で飴色になるまで丁寧に、ゆっくりと。
「君の料理は、やっぱり香りからして違う」
男は懐中時計を取り出し、静かに呟く。
その時計は、不思議なことに食堂の中でしか動かない。
そして今、カチ、カチ、と静かに秒を刻んでいた。
「……今日のカレーは、ちょっと甘口。優しい時間の味ですよ」
忍が笑って差し出す。
マサ特製の野菜と鶏肉のスパイスカレー。
ご飯の隣には、さっぱりしたキャロットラペと、ゆで卵の半熟が添えられている。
「うん、うまい。……懐かしい記憶の味だ」
男は目を細めながら、ゆっくりと口に運ぶ。
隣の女性も、小さく微笑みながら頷いた。
「ここに来ると……時間が戻る気がするんだ」
男の声が、ぽつりと漏れる。
忍は、その言葉に静かに相槌を打った。
「大切な人と、一緒に食べるごはんは、何よりの薬ですから」
その時、時計の針がひときわ強く「カチ」と音を立てた。
「お代を、置いていきます。」
「……そろそろ時間だ」
男が懐中時計を閉じる。
彼と彼女は立ち上がり、礼をして暖簾をくぐっていった。
外の世界では――まだ、深夜0時のままだった。
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本日のレシピ:マサ特製・優しいチキンカレー
材料(2人分)
・鶏もも肉…200g(一口大に)
・玉ねぎ…2個(スライスして飴色に)
・にんじん…1本(乱切り)
・じゃがいも…2個(中サイズ、角切り)
・トマト缶…1/2缶
・市販カレールー…2かけ
・バター…10g
・水…400ml
・塩、胡椒、隠し味に蜂蜜と牛乳少々
作り方
1. 玉ねぎをバターでじっくり炒める(約20〜30分)
2. 鶏肉を入れて表面に焼き色がつくまで炒める
3. にんじん、じゃがいも、トマト缶、水を加えて煮る(約15分)
4. カレールーを入れ、溶かす
5. 味を見て塩・胡椒で整える
6. 牛乳と蜂蜜を少し加えて、まろやかさをプラス
ポイント
・玉ねぎをじっくり炒めることが、甘くて深い味の鍵
・牛乳と蜂蜜で優しい後味に
・具材はお好みで変えてOK。ナスやオクラなども◎




