第8話『昔ながらのナポリタン』父の店の味。
「すいません……ナポリタン、ってできますか?」
夜の11時を過ぎた頃、カランと鳴るドアベルとともに入ってきたのは、どこか懐かしい雰囲気の女性だった。白いブラウスに薄手のカーディガン。仕事帰りにしては、どこか寂しそうで、でも柔らかな空気をまとっている。
「うん、あるよ。昔ながらの、でいい?」
カウンターの奥、白い割烹着姿の忍さんが優しく微笑んだ。
無口な板前、マサさんはすでに立ち上がり、手慣れた動作で厨房へ向かう。
「ケチャップ多めで。あと……ピーマン、入れてください」
女性は恥ずかしそうに笑った。
「父がね、よく作ってくれたんです」
しばらくして、湯気とともに運ばれてきたナポリタン。
鉄板の上には、艶やかなスパゲティ。輪切りのピーマン、タマネギ、ハム。焦げ目のついた赤いケチャップの香りがたまらなく食欲を誘う。
「……いただきます」
フォークでくるりと巻いて一口。噛むたびに、懐かしさが胸を満たしていく。
甘くて酸っぱくて、ほんの少し苦い。
「……やっぱり、こういう味なんですよ。懐かしいなあ……」
彼女はそうつぶやくと、残さず綺麗に平らげた。
「父の店、なくなっちゃって。でも……今日、ここに来て良かったです」
そう言って、ぺこりと頭を下げる彼女に、忍さんは小さく笑った。
「また食べたくなったら、いつでも来なさい。うちは“メニューにないメニュー”が売りだから」
女性が帰ったあと、カウンターにポツンと残った一言メモ。
《ナポリタンって、元気の出る魔法みたいだね。ありがとう》
マサさんはそれを拾い、静かにポケットへしまった。
今夜も、「深夜食堂しのぶ」には、誰かの思い出と空腹を満たす料理が生まれていた。
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レシピ『昔ながらのナポリタン』
材料(1人分)
スパゲティ(乾)100g
ハムまたはウインナー 2〜3枚(本)
ピーマン 1個
玉ねぎ 1/4個
ケチャップ 大さじ3
サラダ油 適量
塩・こしょう 少々
バター(仕上げ用)5g
作り方
1. スパゲティをやや柔らかめに茹でる(表示+1分が目安)
2. ピーマン、玉ねぎ、ハムを細切りにする
3. フライパンに油をひき、具材を炒める
4. 茹で上がったスパゲティを加え、ケチャップを絡める
5. 塩・こしょうで味を整え、仕上げにバターを落として完成!
ワンポイントアドバイス
茹で置きのスパゲティを使うと、より“喫茶店の味”に近づきます。
ケチャップは焦がさないよう、火加減に注意!