第76話「唐辛子の味噌炒め」
深夜二時。小雨が降る中、提灯の明かりがぼんやりと灯る。
小さな暖簾をくぐると、いつものように静かな「深夜食堂しのぶ」の空間が広がっていた。
「こんばんは……やってる?」
入ってきたのは、薄手のレインコートを羽織った中年女性。どこか焦げた匂いと、疲れた空気をまとっている。
「いらっしゃい」
笑顔で迎えるのは、おかみさんこと忍さん。
無言でうなずくマサさんは、奥の板場で包丁の音を立て始める。
「何にしましょう?」
女性は少しだけ迷いながらも、こう答えた。
「……昔、母が作ってくれたの。青唐辛子の味噌炒めって、できます?」
「青唐辛子……あるわよ。少し辛いけど大丈夫?」
「うん、むしろ辛くないとダメなの。……ちょっと、今夜は、目を覚ましたくて」
***
マサさんは静かに作業に取りかかる。
ごま油を熱したフライパンに、刻んだ青唐辛子とナス、ピーマン、玉ねぎを放り込む。
強火でさっと炒め、味噌、みりん、酒、砂糖少々を加えて、手早く仕上げる。
香ばしい香りが立ち上る。
そして――
「お待たせ。青唐辛子の味噌炒め、かまど炊きご飯と一緒に」
女性は湯気の立つ皿と茶碗を前に、しばし動けなかった。
箸を取り、唐辛子を口に運ぶ。
ピリッとした辛さ、そして広がる甘辛い味噌の旨味。
ご飯をひと口。辛さが、より深く染みわたる。
「……ああ、これ、母の味だ……」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
「うち、いつも貧乏で。でも、母はこの味だけは忘れなかった。これと味噌汁で、どんな日もやり過ごしてきた」
「……帰っても、誰もいないんですけどね」
忍さんは微笑みながら、お冷を差し出す。
「いいのよ。ここに来た人たちは、何か忘れられない味を探しに来るのかもね」
マサさんは、炊き立てのご飯をもう一杯よそった。
無言のやさしさが、また店を満たしていく。
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レシピメモ:青唐辛子の味噌炒め
【材料(2人分)】
青唐辛子(辛さはお好みで):6〜8本
ナス:1本
ピーマン:1個
玉ねぎ:1/2個
味噌:大さじ2
みりん:大さじ1
酒:大さじ1
砂糖:小さじ1
ごま油:大さじ1
【作り方】
1. 野菜はすべて細切りに。青唐辛子は輪切りに。
2. フライパンにごま油を熱し、野菜を強火で炒める。
3. 味噌、みりん、酒、砂糖を加えてなじませたら、完成。
【アドバイス】
辛さは唐辛子の種類と分量で調整可能。
ナスの代わりにズッキーニやししとうも美味。
目玉焼きを添えると、マイルドな変化が楽しめます。




