第72話 変わり種、冷やし中華
蒸し暑い夏の夜。
日付が変わる頃、ひとりの若い女性が暖簾をくぐった。
「いらっしゃい」
おかみさん、忍がいつもの優しい声で出迎える。
奥の厨房では、無口な板前・マサさんがちらりと目を向けて、すぐに包丁を走らせる音を再開した。
「……メニュー見てもいいですか?」
女性は汗をぬぐいながらカウンターに腰をおろしたが、目の前の短冊メニューには定番ばかり。
「でも、あの……冷やし中華、できますか?」
忍はふふっと微笑んだ。
「できるわよ、うちは“あるもので作る”のが売りだから」
*
厨房ではマサさんが静かに冷蔵庫を開け、具材を並べていく。
ハム、きゅうり、錦糸卵……までは普通だが、彼が手にしたのは、なんと、焼き茄子と梅干し、そしてカニカマだった。
「……えっ、何これ?」
驚いた顔の女性に、忍が言う。
「マサさんの“変わり種冷やし中華”。クセになるのよ、これが」
タレは胡麻ベースに、少しだけ柚子胡椒を利かせる。
酸味の代わりに、叩いた梅干しがタレにまろやかさを加えていた。
焼き茄子の香ばしさ。梅干しのほのかな酸味。
カニカマの甘みが錦糸卵と絡まり、口の中でひとつになる。
「……うん、冷たいのに、あったかい味がする……」
思わずこぼれた女性のひとことに、マサさんが少しだけ口の端を上げた。
それを見た忍は、小声でつぶやいた。
「めずらしく笑ったわね」
女性は、冷やし中華を食べ終えたあと、ぽつりと呟く。
「彼、冷やし中華にマヨネーズかける人だったんです。だから、食べるのがちょっと……」
それでも――
「これなら食べられます。きっと、あの人も、好きだったかも」
帰り際。彼女は空になった器を見て、小さく微笑んだ。
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本日のレシピ:変わり種冷やし中華
【材料】
中華麺(冷やし中華用)1玉
焼き茄子 1本分(皮をむいて縦に裂く)
梅干し(はちみつ漬けでも可)1個
カニカマ 2本
錦糸卵、きゅうり、ハムなど適量
【タレ(ごまベース)】
練りごま 大さじ1
醤油 大さじ2
酢 大さじ1
砂糖 小さじ1
ごま油 少々
梅干し(叩いて混ぜる)
柚子胡椒 少々
【アドバイス】
・タレは前もって冷やしておくと、より風味が活きます。
・焼き茄子は皮をしっかり焼いてから、冷やすと香ばしさアップ。
・辛味が欲しい方はラー油を数滴足してもOK!




