第7話「豚バラの生姜焼き」
「今夜は……誰も来ないかな」
深夜0時をまわった頃。
ネオンの灯りが雨に滲む、裏通りの端っこにある「深夜食堂しのぶ」。
カウンター越しに、板前のマサさんが黙々とまかないの仕込みをしていた。
奥では、おかみの忍さんが手拭い片手にふうと息を吐く。
そのとき、店の扉がカラン、と開いた。
「こんばんは……まだ、やってますか?」
濡れた傘をたたみながら入ってきたのは、二十代後半と思しき女性。
くたびれたスーツと、少し赤くなった目元。仕事帰りらしい。
「ええ、ようこそ。どうぞ、カウンター席へ」
にこやかに忍さんが促すと、女性はふっと肩を下ろして座った。
「何か、お好きなものを?」
「……豚バラの生姜焼き、って作れますか?」
メニューにはない注文。だが、この店では珍しいことではなかった。
「マサさーん。豚バラの生姜焼き、お願いね」
マサさんは無言でうなずき、冷蔵庫から豚バラ肉と生姜、玉ねぎを取り出した。
ジュウウウッ――
フライパンの上で豚バラが焼ける音に、女性は目を細めた。
「いい匂い……」
やがて湯気の立つごはんと、あつあつの生姜焼きが目の前に置かれる。
「いただきます……」
一口食べると、彼女の表情がふっと緩んだ。
「……ああ……おいしい……」
涙ぐみそうになる目元を隠すように、ごはんをかきこむ。
「昔、母が作ってくれたの、思い出しました」
「今日は……職場でちょっと、つらいことがあって。誰にも言えなくて……」
ぽつぽつと話す彼女の背に、忍さんはそっとお茶を置いた。
「疲れたときはね、心が覚えてる味が、一番沁みるんです」
生姜の香り、甘辛いタレ、肉のうま味と玉ねぎの食感。
それは、彼女の心をそっと抱きしめるような、温かい一皿だった。
「……ごちそうさまでした。おかげで、明日も頑張れそうです」
深く頭を下げた彼女に、忍さんが微笑む。
「また、食べに来てくださいね。いつでも、待ってますから」
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本日のレシピ「豚バラの生姜焼き」
材料(1人分)
豚バラ肉スライス…100g
玉ねぎ…1/4個
生姜…小さじ1
醤油…大さじ1
みりん…大さじ1
酒…大さじ1
砂糖…小さじ1
サラダ油…適量
作り方
1. 豚バラは食べやすい大きさに切る。玉ねぎはスライス。
2. フライパンに油をひき、豚肉を焼く。色が変わったら玉ねぎを加える。
3. 調味料と生姜を混ぜておき、火が通ったら加えて全体に絡める。
4. タレにとろみが出てきたら完成。
ポイント&アレンジ
生姜はチューブでもOK。
玉ねぎの代わりにピーマンやしめじでも。
お弁当にもぴったりです!




