第68話『自家製ラーメンと、あの日の音』
夜風が夏の熱気を押しのけるように吹き始めたころ――
「深夜食堂しのぶ」の暖簾が、ゆらりと揺れる。
扉の音に振り返ったのは、板前のマサさんと、おかみさんの忍さん。
「いらっしゃい。あら、今日は遅かったわね」
「……ああ。ちょっとな」
入ってきたのは、スーツの襟をゆがめた三十代くらいの男。どこか目の奥に疲れを溜めたまま、カウンターに腰を下ろした。
「何か、食べていく?」
「メニューにはないんだけどさ。……ラーメン。あんまり重くなくて、けど、ホッとするやつ」
マサさんが、微かに頷く。
湯を沸かし、寸胴を火にかける。チャーシュー、煮卵、ネギ、生姜――背中が語る職人の手仕事。
忍さんが、静かに湯呑を差し出す。
「うちのは、自家製よ。いい意味で、フツーじゃないけど」
「……そういうのが、今は欲しい」
スープが湯気を立てる。
濃すぎず、でも深く。どこか懐かしい、焦がし醤油の香りが、店の空気を染める。
やがて丼が、音もなく彼の前に置かれた。
黄金のスープに浮かぶのは、太めの自家製ちぢれ麺。薄切りチャーシューが二枚、煮卵は黄身がとろりと光り、焦がしネギが静かに香ばしさを添えていた。
箸がそっとスープをすくう。
ひと口。
「……うまい」
どこか、堪えきれなかったのか。
彼の肩が小さく震えた。
「……子どもの頃さ、親父と夜中にラーメン屋行ったんだ。あのとき、店のラジオから流れてた音が今でも覚えててさ……こんな感じだったよ」
忍さんは、微笑みながら火を落とす。
「音も味のうちね。あなたがそれを思い出せたのなら、料理も本望よ」
マサさんは黙って、次のスープの準備を始めていた。
――「また来ます」
その男が扉を閉めると、忍さんがぽつり。
「いい顔になってたわね」
マサさんは、うん、とだけ答えた。
今日もまた、深夜食堂しのぶには、小さな温かさがひとつ、灯された。
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自家製ラーメンレシピ
材料(2人分):
中華麺(ちぢれ麺がおすすめ)……2玉
鶏ガラ or 鶏むね骨つき(スープ用)……1羽分
長ネギ、にんにく、生姜……各適量
醤油……大さじ2~3
みりん……大さじ1
ごま油……小さじ1
チャーシュー、煮卵、メンマ、青ネギ(トッピング)
作り方:
1. スープを作る:鶏ガラと香味野菜を水から煮出し、アクを取りながら2時間以上弱火でコトコト。最後に醤油・みりん・ごま油で調味。
2. 麺を茹でる:好みの麺を茹でる(市販でもOK)。
3. 器にスープを注ぎ、茹でた麺を盛り、トッピングを乗せて完成!
ワンポイントアドバイス
鶏ガラがなければ、鶏手羽先+鶏がらスープの素でも代用可能。
煮卵は、ゆで卵をめんつゆ+みりんに一晩漬けるだけ!
少量の焦がしネギ(ごま油で炒めたネギ)は香りがぐっと増します。




