第66¹話 思い出のピーマン炒め
「……ピーマン炒め、できますか?」
深夜一時を回ったころ、暖簾をくぐって現れたのは、小柄な女性だった。髪を一つにまとめ、仕事帰りらしい疲れた顔をしている。
カウンター越しに、忍さんがおっとりと微笑む。
「うち、メニューはあるけど、できる範囲でならね」
「……ありがとうございます。ピーマンだけでもいいんです。あ、できれば……薄切りハムと一緒だと嬉しいです」
後ろから「へい」と短く返事をするマサさん。
無口だけど、頼んだ料理は驚くほど優しい味をしていると評判だ。
鉄鍋に油をひき、刻んだピーマンがジューッと音を立てる。
そこに細切りのハムが入ると、香ばしさが一気に広がった。
しばらくして、小鉢に盛られたそれが、彼女の前に置かれた。
「……いただきます」
箸を手にした瞬間、ふと彼女の表情が緩んだ。
「……母がよく作ってくれたんです、これ」
しゃきっとしたピーマンに、塩気のあるハムの脂がちょうどいい。
醤油の香りがふんわり鼻に抜けて、どこか懐かしい。
「私、ピーマン嫌いだったんです。ずっと」
「でも、母が作るこの炒め物だけは食べられた。多分……味じゃなくて、母の声や匂いと一緒に記憶してるから、ですね」
忍さんが静かに微笑んだ。
「不思議ね、味覚って。誰かを思い出す鍵みたい」
「はい。……今日、母の命日で」
マサさんが、そっと湯呑を差し出した。
中には、熱いほうじ茶。
「……ありがとうございます」
その目に涙を浮かべながら、彼女は最後の一口を大切に口へ運んだ。
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今宵のレシピ:ピーマンとハムの炒め物
【材料(1人前)】
ピーマン……2個(細切り)
ハム……2枚(細切り)
ごま油……小さじ1
醤油……小さじ1
酒……小さじ1
塩・こしょう……少々
【作り方】
1. フライパンにごま油を熱し、ピーマンを炒める(中火、軽く火が通るまで)。
2. ハムを加え、炒め合わせる。
3. 酒、醤油で味をつけ、塩・こしょうで仕上げる。
※お好みで、鰹節や白ごまをふっても◎。
ワンポイント
ピーマンは炒めすぎると色が悪くなるので、食感が残る程度で火を止めてください。
「香り」を引き出すため、最初のごま油が決め手です。




