第63話、手作り「イカの塩辛」
看板の灯りが、今夜もぼんやりと路地裏に浮かんでいる。
「深夜食堂しのぶ」
時刻は午前0時を回ったところ。今夜もぽつぽつと、常連客が集まりはじめていた。
奥のカウンター席に腰掛けていたのは、ちょっと無愛想な女性だった。髪は短く、スーツ姿。どこか疲れた目をしている。
「ねぇ、忍さん。イカの塩辛、ある?」
おかみの忍は驚きもせずに、ニコッと笑う。
「マサさん、イカあったっけ?」
厨房の奥から板前のマサが、無言でうなずくと、さっそく作業に取りかかる。
—トントン…
イカの胴体を丁寧に裂き、内臓とワタを分け、肝をしごいて塩と酒で馴染ませる。
「うちのは手作りだからね。少しクセあるよ」
「いいの。市販のより、あたたかい気がするから」
しばらくして、渋い陶器の小鉢に盛られた塩辛がカウンターに置かれた。
その横には、ふっくらと炊かれた釜のご飯と、熱い緑茶も添えられる。
彼女は箸で塩辛を少しつまむと、白飯に乗せて一口。
「……はぁ。なんか、泣きそう」
「疲れてんの?」
「うん。……母が好きだったんだよ、これ」
彼女はぽつりぽつりと語りだす。生前、母がよく作ってくれた手作りの塩辛。子供の頃は苦手だったのに、今では無性に懐かしくなる味だという。
忍は黙って、茶を差し出すだけ。
マサは次の注文もないまま、包丁を研いでいた。
だが、それでいいのだ。
この店では、料理が言葉の代わりになることがある。
その夜、彼女はほんのすこし、肩の力を抜いて帰っていった。
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本日のレシピ:手作りイカの塩辛
材料:
生のスルメイカ 1杯(鮮度高いもの)
塩 適量
酒 少々
(好みで)柚子皮、唐辛子少々
作り方:
1. イカは内臓を取り出し、肝と身を分けてよく洗う。
2. 肝に塩をすり込み、一晩寝かせる。
3. 身を薄く切り、同様に軽く塩をして数時間置く。
4. 寝かせた肝を包丁でしごいて滑らかにし、酒でのばす。
5. 切った身と肝を和える。
6. お好みで柚子皮や唐辛子を加えると、風味が変わって楽しい。
冷蔵庫で2~3日寝かせると、まろやかさが増します。




