第62話 時の旅人、再び。そして二人。
深夜一時をまわった頃――
看板の灯りは静かに揺れ、のれんがわずかに動く。
「いらっしゃい」
奥から出てきたのは、優しげな笑みを浮かべる女将、忍。
厨房には、無口だが腕の確かな板前・マサが黙々と包丁を動かしていた。
しのぶとマサの営む『深夜食堂しのぶ』には、今日もまた、どこか寂しげで不思議な空気が流れていた。
──その時、カラン、と扉が鳴った。
のれんをくぐって現れたのは、フード付きのロングコート姿の男。
その隣には、彼のコートに寄り添うように歩く、もうひとりの旅人がいた。
「……あら?」
しのぶが目を細める。
「前に来てくれた、旅のお方……今日はお連れさんも一緒?」
「……ふふっ」
隣の小柄な女性が、コートの隙間から目だけをのぞかせて微笑む。
「彼女さんかしらねぇ?」
しのぶが茶目っ気たっぷりにそう言うと、カウンター越しのマサが、ぼそりと一言だけ呟いた。
「……羨ましい」
「聞こえてるわよ、マサさん」
しのぶがくすくすと笑う。
二人の旅人は静かに腰を下ろした。
「味噌汁と、納豆。……あとは、白いご飯をください」
「はいはい。お味噌、納豆、ご飯ね。マサさん、お願い」
数分後――
湯気の立つ味噌汁と、艶やかなかまど炊きの白ご飯、粘りのある納豆が並ぶ。
「……いただきます」
旅人の男が手を合わせ、ゆっくりとご飯を口に運ぶ。
ぱくり。
ほろりとした米の甘みと、出汁の効いた味噌汁の香りが、体の奥からじんわりと染みてくる。
納豆の糸をゆっくりと引きながら、女の子が口元をほころばせた。
「……ねぇ、これが“幸せ”ってやつかな?」
彼女のつぶやきに、男はふと目を細める。
「たぶん……そうだな」
そのやりとりを聞きながら、しのぶは心の中でそっと思う。
(旅をして、いろんなものを見てきたのに……ここに来ると、ふたりともまるで子供みたいな顔になるのね)
食事が終わると、旅人は懐から金色の懐中時計を取り出した。
「……時が、また進み出す」
カチリ、と時を刻む音。
時計の針は、確かに“動き出して”いた。
「ごちそうさまでした」
ふたりは静かに立ち上がり、のれんの向こうへと消えていった。
「また……来るかしらね?」
「来るよ。きっと」
マサが、かすかに笑った。
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本日のレシピ
【かまど炊きご飯・納豆・味噌汁】
●白米:炊き込み鍋でも炊飯器でもOK。少し水を少なめにするとおこげ風になります。
●納豆:辛子と醤油は少し控えめに。ねぎや大葉、キムチを加えるアレンジもおすすめ。
●味噌汁:出汁は昆布と鰹。具は豆腐とわかめ、シンプルで身体に優しい味に。
ひとことアドバイス
白ご飯を美味しく食べるコツは、冷凍せず、その日のうちに炊きたてを食べること。もし余ってしまったら、焼きおにぎりか雑炊にリメイクすると◎




