第61話:親子丼
――時刻は、深夜一時。
その食堂は、路地裏の奥、灯りもまばらな場所に、ぽつんと佇んでいる。
看板にうっすらと浮かび上がる文字。
『深夜食堂しのぶ』
木の引き戸を引くと、チリンと控えめな鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい」
微笑んだのは、女将・忍さん。ふわりとした割烹着姿が、どこか懐かしい。
黙ってカウンター越しに礼をするのは、板前のマサさん。
寡黙だけれど、彼のつくる料理は、心に沁みる優しさがあった。
その夜、カウンターに座ったのは、スーツ姿の若い女性。髪を結い直しながら、小さく呟く。
「……親子丼、できますか?」
メニューにはない注文だった。だが、忍さんはにっこりと微笑み、マサさんへ視線を送る。
マサさんは、コクンとうなずき、黙って厨房へと向かっていった。
――トントントン。
やわらかい鶏もも肉が、心地よい音を立てて刻まれていく。
玉ねぎは薄くスライスされ、出汁で煮込まれながら、徐々に透き通る。
鍋に卵が割り落とされ、半熟のまま、ふわりと蓋がされる。
その香りに、彼女の目がわずかに潤んだ。
「どうぞ」
目の前に置かれた、あつあつの親子丼。
とろとろの卵が、炊き立てのご飯の上に優しく広がっている。
ひとくち、すくって口に運ぶ――
……ああ、やさしい。
甘辛い出汁の旨味。玉ねぎの柔らかさ。鶏の弾力。そして卵のやわらかさがすべてを包み込む。
知らぬ間に、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
「……ごめんなさい。なんか、泣けてきちゃって」
忍さんは、ただ黙って、傍にいてくれる。
「親のこと、思い出したんです。ひさしぶりに食べたな、親子丼……」
その夜、彼女は最後の一粒までご飯をかき込むと、深く一礼して帰っていった。
背筋が、少しだけまっすぐに見えたのは、気のせいじゃないだろう。
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今日のレシピ:ふわとろ親子丼
【材料(1人前)】
鶏もも肉 100g(小さめの一口大に切る)
玉ねぎ 1/4個(薄切り)
卵 2個(軽く溶く)
だし汁 100ml(または水+和風顆粒だし)
醤油 大さじ1
みりん 大さじ1
砂糖 小さじ1/2
ご飯 茶碗1杯分
【作り方】
1. 小鍋にだし汁、醤油、みりん、砂糖を加え、鶏肉と玉ねぎを煮る。
2. 鶏肉に火が通ったら、溶き卵の2/3を回しかけ、ふたをして弱火で30秒。
3. 残りの卵を加え、半熟状で火を止める。
4. 熱々のご飯にかけて完成!
【一言アドバイス】 ・卵を2段階で加えることで、ふわとろの食感に! ・仕上げに三つ葉や刻み海苔を添えると風味UP。




