第57話「ハムカツ定食」
「……あっつ、サクッ……うまっ……!」
カウンターの席で、ひとりの中年男性が小さく声を漏らす。 目の前には、こんがり揚がったハムカツがふたつ。 一つは分厚く、もう一つは、昔ながらの薄切りタイプ。
静かにテレビの音が流れる深夜二時の「深夜食堂しのぶ」。 店内の空気は落ち着いていて、木の温もりが心をほっとさせてくれる。
「昔はさ、薄いハムカツに、ソースべちゃっとかけて、白飯がっつくのが定番だったんだよ」 男が言う。
「あたしもよ。母ちゃんがよく弁当に入れてくれてたわ」 おかみさんの忍が微笑む。
「でも最近は、厚切りばっかりよね。食べ応えはあるけど、なんか違うのよ。アレは別物」
カウンターの奥、寡黙な板前のマサさんが、片手で包丁を握り、もう一方でソース鍋を温めている。 彼は何も言わずに、二枚目のハムカツをそっと油に沈めた。
パチパチッと油の音。
その音に、店内の空気が少し弾む。
「俺、今日会社でさ、部下に“薄いハムカツって意味あります?”って言われてさ」
「意味があるのよ。思い出って味がするの」
「……そっか。味の奥に、あの頃があるんだよな」
サクッ―― 一口かじると、薄切りのハムの香ばしい香りと、ちょっと甘めのソースが舌の奥に広がる。
マサさんが、無言でお代わりのご飯を差し出す。 それに小さく頭を下げると、男は少し照れ臭そうに言った。
「……今日、来てよかった」
忍が笑う。 「また、いつでもいらっしゃい」
夜はまだ深いけれど、店内には確かに、誰かの心を温める味があった。
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今日のレシピ:ハムカツ定食(懐かしの薄切り&今どき厚切り)
材料(2人分):
薄切りハム(ロース)……4枚
厚切りハム(ボンレスハムなど)……2枚
小麦粉、卵、パン粉……各適量
サラダ油……揚げ用
中濃ソース……お好みで
作り方:
1. ハムに小麦粉→溶き卵→パン粉の順に衣をつける。
2. 180℃の油で、薄切りは1分ほど、厚切りは2〜3分きつね色になるまで揚げる。
3. ソースをかけ、千切りキャベツを添えて完成。
アドバイス:
薄切りハムは2枚重ねてもOK。軽めのサクサク食感を楽しみたいなら1枚で。
ソースは温めた方が香りが立ちます。
おにぎりとセットにすると、より“あの頃”の弁当気分。




